音楽劇『コーカサスの白墨の輪』|稽古場レポート&トレーラー到着!

2026.02.28

撮影:田中亜紀

作 ブレヒト × 上演台本・演出 瀬戸山美咲
木下晴香、平間壮一、sara、加藤梨里香、一路真輝、眞島秀和らの稽古場風景、初公開!

ベルトルト・ブレヒトがナチスを恐れ亡命生活の中で、未来への希望を込めて書いた『コーカサスの白墨の輪』を原作に劇作家・演出家の瀬戸山美咲が大胆に未来の戦争が終わった後の物語として原作にはない終幕を書き加え再構成。“こども”を巡って生みの親と育ての親、どちらが真実の母親かを争う裁判を描いたこのブレヒトの傑作を、「これから」の物語として描き直し、エレクトロやファンク、ロック、ディスコミュージックなどのオリジナルの楽曲による音楽劇として上演。

内乱のさなか、置き去りにされた太守夫妻の”こども”を自分の”こども”として育てる料理女・グルーシェ役を木下晴香。グルーシェの婚約者で戦地に赴く兵士・シモン役は平間壮一。”こども”を連れ戻しにやってくる太守夫人・ナテラ役にsara。グルーシェを支えるスリカ役は加藤梨里香。物語を確かな歌唱力で語り上げる“旅一座の歌手”役には一路真輝。反乱によって偶然にも裁判官となり、どちらが”こども”の母親か判決を下すことになるアズダク役には眞島秀和など、本作を彩るにふさわしい豪華キャストたちが勢揃いした。
そして森尾 舞西尾友樹武谷公雄辰巳智秋斎藤瑠希大久保祥太郎阿岐之将一酒巻誉洋浜野まどから実力派キャストも参集し、『コーカサスの白墨の輪』を遥か先の未来から今より少し先の未来を振り返る形で上演する。

本作の魅力の一つは上演台本・演出の瀬戸山美咲がこだわって作り上げたオリジナルの楽曲の数々。エレクトロやファンク、ロック調の他にもアカペラ曲が登場するなどそのジャンルも様々だ。緻密に構成されたこだわりの楽曲たちを、日本音楽シーンの第一線で活躍する豪華ミュージシャンたちの参加が決定し、生演奏で彩る。ベースを担当するのは自身がリーダーを務めるRYOZO BANDでの活動のほか、アパレル・ブランド「ISSEY MIYAKE」のタイアップ映像の音楽制作や多岐ジャンルにわたり楽曲提供も行う大林亮三。ギターを担当するのは多彩なプロジェクトで国内主要フェスにも多数出演。その他海外ツアーも経験し、グローバルな活動も光る大舘哲太。ドラムを担当するのはHO MOON(vibraphone sound jazz band)、NYA PULSE(dub reggae band)にてドラム・パーカッションを担当し、有名アーティストのサポート経験も豊富な小牧佳那。ここでしか見られない豪華ミュージシャンが奏でる音色が音楽劇である本作の大きな要を担っている。他にも客席を使った斬新な演出なども登場し、ブレヒトの往年の名作を2026年の今、「これから」の物語として再構築する。

トレーラー

https://youtu.be/P_j3m0P_XyU

稽古風景写真

撮影:田中亜紀

稽古場レポート

ファンクでロックでディスコテックなナンバー
大胆かつスピーディーに、そしてスリリングに
未来から現在を鋭く風刺する『コーカサスの白墨の輪』

2026年3月12日(木)から世田谷パブリックシアターで開幕する、音楽劇『コーカサスの白墨の輪』の公開稽古のレポートを送る。同作は、ドイツの劇作家ベルトルト・ブレヒトがナチスの弾圧を恐れ、アメリカでの亡命生活を送る中で執筆した戯曲。文化的にも歴史的にも背景が違う現代日本で、半世紀以上前の作品を上演するには綿密な“戦略”が必要となる。それを劇作家・演出家の瀬戸山美咲は、未来の戦争が終わった後の物語として、人工知能といったモチーフも織り込みながら大胆かつスピーディーに、スリリングに上演台本を再構成。観客を驚かせる斬新なアップデートで、原作に内包された普遍性を浮き彫りにする。ブレヒトは古典や近代古典を大幅にアレンジし、改作でも物議を巻き起こす存在だったとか。そんな挑発的な劇作家自身でさえ、2026年の現在地を映し出す巧みな読み解きにびっくりするに違いない。
幕が開いて音楽が鳴り、おそらく観客が最初に感じるのは、メロディーを聞いた途端「これは普通のブレヒト上演ではないな」と一瞬でキャッチできる斬新さだろう。演出家いわく「未来ではあるけれど、どこか80年代的な懐かしさもある。従来のブレヒト劇の常識にはとらわれず、ダンスミュージックとロックを混在させる――最終的に古今東西の参考曲を80曲ほどのプレイリストにまとめ、イメージを擦り合わせていきました」とのこと。確かに、ファンクでロックでディスコテック。踊り出したくなるようなノリの良さ、口ずさみたくなるキャッチーさ。舞台となる荒れ果てた世界に一見ミスマッチなキラキラとしたメロディーには、快い驚きと楽しさ、一種のアイロニーが満ちている。ブレヒトが提唱した “異化効果”は、あえて違和感あるものとして提示することで心理的距離を置かせ、観客に理性的な「観察」を促す効果を狙った手法。そう考えると、ここにも“瀬戸山流・異化効果”が横溢している。
億万長者が支配し、シンギュラリティが起きてもまだ人間たちが己を信じてすがりつく、未来の見えない荒廃した世界。そんな中ミサイルが発射され……不穏な序幕、物語の導き手である歌手(一路真輝)がリードしながら、キャスト総出でエネルギッシュに歌うオープニング《クーデター》は強いビートが効いた迫力あるナンバーだ。
混乱のさなか、料理女グルーシェ(木下晴香)は戦地へ赴く兵士シモン(平間壮一)と結婚の約束をする。シモンと別れたグルーシェは、城から逃げ出す太守夫人ナテラ(sara)が巨大な卵型カプセル器に入った小さな受精卵を置き去りにするのを目撃し、友人の料理女スリカ(加藤梨里香)の制止を振り切り、見殺しにできない“こども”を連れて逃亡。ここで歌われる《あなたと逃げる》は、ヒロインであるグルーシェの心情にピッタリと寄り添う曲。リズミカルに手際よく、コミカルな表現で彩りながら、めくるめく展開で “瀬戸山版コーカサス”の世界観がしっかりと提示される。
《アズダクのテーマ》は、家を失い行き場を失った難民たちの一群の中から、酔っ払いで人でなしのアズダク(眞島秀和)が歌う曲。飲んだくれの仲間を引き連れたアズダクはこの作品のダークヒーローだ。演出家から聞くところによると、ブレヒト『マハゴニー市の興亡』でも歌われる《アラバマ・ソング》(クルト・ヴァイル作曲)のような曲調を目指したとか。酒の匂いが漂うような、庶民たちがしたたかに生きるパワーが感じられる愉快なシーン。
“こども”を可愛がってくれそうな農村の夫婦の家に、ひっそりと培養器を置き去りにするグルーシェ。農婦が愛おしそうに培養器を家に持って入るのを見届け、安心したグルーシェと歌手が掛け合いで歌うのが《わたし、うれしいの》だ。「身も心も軽いの、だからちょっと悲しいの」と相反する気持ちを吐露するグルーシェと、優しく寄り添うような歌手の対話は胸に沁みる。原作でもグルーシェが歌手から「街に帰る娘よ/やけにうれしそうじゃないか」と問いかけられ、「愛するあの子から解放されたから/ああ 心がはずむ(略)身も心も軽くなったから 悲しいの」(酒寄進一訳)と答える。矛盾した心理状態をうまく織り込んだ歌に、観客も心が揺れることだろう。
この日の公開稽古はここまで。観た場面はほんの一部だが、立ち上がる光景はどれも、戦争が起こる構造を深く分析したブレヒトが物語に刻んだリアルだろう。AIに比べると誤作動だらけ、人間とはなんと厄介なものか! 魅力的なキャラクターをパワフルに“人間くさく”体現するキャストたちが、ここからどう仕上げていくか実に楽しみである。果たして人間の中に「善なるもの」はあるのか? ――ラストシーンには、未来から現在のわたしたちを鋭く突き刺す、強烈な場面が待っている。

取材・文=川添史子