Nana Produce Vol.27『軋み』|日澤雄介×寺十吾 インタビュー

舞台は女の死体が横たわっているところから始まる。が、犯人探しをするわけではない。売れっ子漫画家が、このチーフアシスタントを殺したのは自分だと言うのである。傍らには担当編集者。やがて、男性アシスタント、やめた女性アシスタント、死んだ女性の幼馴染という男も現れるなか、死んだ彼女と愛人関係にあった漫画家の夫はジタバタあがいていく。それぞれに隠していたものが滑稽に炙り出される『軋み』。演出の日澤雄介と主演の寺十吾がその面白さを語る。

──日澤さんの演出が決まった経緯から教えてください

日澤 寺十さんに推薦していただきました。僕は寺十さんの演出を受けたこともありますし、寺十さんに劇団(劇団チョコレートケーキ)に出演していただいて僕が演出したこともあって以前から仲良くさせてもらっているんですけど、あまり演出する機会のないジャンルの本なので、いいトライができるんじゃないかとありがたかったです。

寺十 この作品って、あまりにも愚直に面白い本だからこそ難しいところがあって。日澤くんは、こんなに本と俳優を大事にする人も珍しい、というくらいの人ですから、一緒に考えながら作っていけるんじゃないかなと思ったんです。

日澤 “愚直に面白い”は言い得て妙ですね。読んでいるだけで面白い本って、本の面白さをはみ出ることができないことが多いので、僕もそこが厄介だなとは思います(笑)。あと、掛け合いの軽妙さを生かしていきたいんですけど、僕はそういう軽妙なものをあまりやらないので、俳優さんの力を借りつつ、そこがどうなっていくかが楽しみです。

──一方、このNana Produceでは演出をされることが多い寺十さんが今回は主演として出演。演じられるのは、妻が売れっ子漫画家の無職の夫・坂下役です

寺十 この人物が他人事と思えなかったんです(笑)。今でこそ僕も落ち着いていますが、若い頃は、周りに迷惑をかけたり心配をかけたり、いろいろな思いをさせながら芝居を続けていましたから。生き方がままならない坂下の後ろめたさや、追い詰められた心情に身につまされるものがあって、これは演じてみたいと思ったんです。

日澤雄介

──寺十さんの俳優としての魅力を日澤さんはどう感じておられますか

寺十 言ってやって、言ってやって(笑)。

日澤 魅力的ですよ(笑)。そもそもお芝居って、作りものの世界で自分の言葉じゃない台詞を喋って、嘘をつく仕事なんですけど、寺十さんはそこに嘘を持ち込まないんですね。台本を信頼しているけれども、違和感があったとしたら、理解して消化するために手段を選ばないみたいなところがあって、それは演出されるときもそうなんですけど。だから、昨日の稽古でも、台詞の中の「?」一つに10分間くらいディスカッションしましたし(笑)。テンポのある本なのでポンポンいきたいところですけど、安易にそこにいかず、相手からその言葉をもらった自分はどうなるんだろう、この言葉はどういう音をしているんだろうということを常に感じながら台詞を出しているので、すごく信頼できるし、台本以上の新しい表情を出してくれるのが面白いです。

寺十 ありがとう(笑)。

──台本以上のものにするために、どんなプランを立てて稽古に臨まれていますか

日澤 この台本は、笑いがあったり突飛なシチュエーションがあったり、すぐに見える外側が面白いんですけど、上辺の面白さだけにならないように、描かれていることや書かれている台詞や感情に、俳優さんがどれだけ実感を持てるかというところは、一番大切にしていきたいなと思っています。

寺十 こういうことを言うから日澤くんは信用できるなと思うんですけど。笑いに関しても、平成に書かれた台本を昭和の人間が演じて令和の人に見せるわけで、僕なんかはザ・ドリフターズ、ハナ肇とクレージーキャッツといった王道の喜劇が大好きなので、古臭く感じたりするんじゃないかと不安なんです。でも、日澤くんが言った“実感”に基準を置いていけばどういう表し方になるんだろうというのは楽しみで。ネタとして済ませずに、この本が持つ独特なリアリティを見つけていけるだろうなと思います。

──日澤さんはどこにリアリティを感じておられますか

日澤 書かれている表層の下側を想像させてくれる台本で、そこにリアリティがあるんだろうなと思っています。たとえば、寺十さんが演じる坂下と漫画家・由美子の夫婦も、終盤に向けて掛け合いがどんどん変化していて、読んでいくうちに二人の馴れ初めから見えてきたりするんです。そんなふうにほかのキャラクターも全部下側が見えてくるので、どう演じるとそこにつながっていくのか、そこが表出するのか、ということをやっていきたいと思っています。

寺十吾

──坂下を他人事と思えなかった寺十さんは、この人物のどこにリアリティを感じておられますか

寺十 ろくに仕事もしないで、妻が稼ぐお金でパチンコしたり公園の猫に餌をやったり、ものすごく自分本位なわけです。いや、坂下だけじゃない。登場人物みんなエゴイストなんですよ。そのエゴとエゴがバトルするんだけども、自分の矛盾を正当化するために必死なところが愚直に面白いところで、自分にも心当たりがあるなという部分が見えてくると思うんです。だから役者も、役の中に自分自身が出てくるかもしれないし。みんなクズではあるんですけど(笑)、バトルの後味として、観ている人に共感できるところがあるかもしれないと感じてもらえるところまでいけたらいいねという話はしています。

──この作品に『軋み』というタイトルが付けられているのはなぜだと思われますか。演出家、演者、それぞれから見た理由を考えてもらっていいでしょうか

日澤 僕はシンプルに、今お話した人間の表と裏のズレが軋みなのかなと思います。だから、シーンとしてキャラクターとしてどう軋ませていくかということを考えて作っていきたいですね。

寺十 演じる側としては、肉体、体重を持っているので、それこそソファに座ったときに座面が沈んで軋むわけで。魂も何gかあるという話を聞いたことがあるし。人間のエゴや業の重さみたいなものがミシミシと音を立てるようなところに向かってやっていけたらいいかもしれないですね。

──最後にお客様へメッセージをお願いします

日澤 この脚本を書かれたブラジリィー・アン・山田さんは、僕が演劇を始めた頃から面白い作品を世に出されていた人で、その方の作品を演出できることをまず光栄に思っています。しかも、初演からときを経て、年齢を重ねた我々がやるというのもいい試みだなと思うんです。おそらく、山田さんが劇団ブラジルで上演されたときとも、若い世代がやるのとも、作品の重みが変わってその重量感を楽しんでいただけるじゃないかなと思うので。ちょっと苦みが効いた新しい『軋み』を体験していただければなと思います。

寺十 本当にその通りです。そして舞台はナマモノなので、ナマの人間が目の前で出す軋む音を聞いてほしいなと思います。もしかしたら、鳴っていないけれども聞こえる軋みもあるかもしれません。

取材・文/大内弓子