『リア王―King Lear―』|前田公輝インタビュー

2026年はウィリアム・シェイクスピア四大悲劇の一作『リア王』の当たり年なのか!?と噂されているくらい、それぞれに個性が光るカンパニーによる『リア王』の上演が続々と予定されている。中でも、森新太郎演出による東京芸術劇場版『リア王―King Lear―』は、タイトルロールを内野聖陽が演じるほか、前田公輝、井之脇海、清水くるみ、和田正人、杉本哲太、山路和弘ら、演技派がズラリと揃っていることでも注目が集まる座組となっている。
父・リア王と三人の娘たち、長女・ゴネリル、次女・リーガン、三女・コーディリアとの愛憎が物語の主軸として展開していくわけだが、この一家と対比するように描かれるのがリア王の臣下であるグロスター伯爵家。父・グロスター公と嫡男の兄・エドガーを恨み、陥れようとするのが私生児として生まれた弟・エドマンドだ。この壮大な悲劇がどう転がっていくかの鍵を握る男というべき役どころのエドマンドを今作で演じるのは前田公輝。本格的な稽古が始まるまでにはまだまだ時間がある4月半ば、予想や希望や意気込みを含めた現在の気持ちを率直に語ってくれた。

――シェイクスピア作品への挑戦という意味では、『ロミオとジュリエット』(2021年、ベンヴォーリオ役)以来ですね

はい。でも今回の『リア王』は質感がまったく違いますね、あの時は核となるのは若者の行き過ぎた価値観のぶつかり合いで、若気の至りがポイントとなる物語でした。それが今回は内野聖陽さんを筆頭に名だたる先輩方がいらっしゃって、重厚感のあるお芝居が求められると思いますし。その中で僕が演じさせていただくのは、自分の気持ちにあまり向き合えていないエドマンド役。つまり“自分と向き合ってはいけない”という枷を意識しながらお芝居をしなければいけないので、その点を今の自分の経験値で補えなかった場合は、おそらく稽古にとても時間を費やすことになるかもしれないな、と想像したりしています。極力、稽古初日を迎える前にしっかり準備をして、環境を整えておこうと思っています。まだ稽古前で具体的なものがないものですから、今のところはただただ現時点での自分の想像の範囲でお話しさせていただくことしかできないんですけど(笑)。

――では、この『リア王』への出演が決まった時の心境としてはどんな感じでしたか

その時点でリア王役が内野さんで、演出が森新太郎さんだということはお聞かせいただいていたんです。もちろん僕は以前から内野さんのお芝居に感銘を受けていましたし、森さんから演出を受けたことはありませんが、知り合いの俳優陣から森さんの演出方法や、どういう方かということをいろいろ伺っていたので。振り返るともう10年くらい前から森さんのお名前をよく耳にしていた気がします。その方と今回初めてご一緒させていただけるので、果たしてどうなるだろうという好奇心がとても強かったです。ただ、今年は『リア王』の上演が続くじゃないですか。プレッシャーも感じております。

――上演回数の多い作品ではありますが、特に今年は多いようです。その中でも今作はコーディリアと道化が一人二役というスタイルなので、そこは少し珍しいポイントかもしれません

劇中で、真実を語っているのがあの二人なんですよね。そういう意味では、もしこの役がいなかったら闇ばかりになってしまうところ、彼らが放つ光があるからこそ前に進んでいけると思えるとも言われているみたいですし。そんな二人を演じるのが(清水)くるみちゃんなので、きっと巧く演じ分けてくれるんだろうなと楽しみにしています。

――それぞれの役をどう演じるのか、とても楽しみです

以前ご一緒させていただいたことがあるのですが、ご本人は決して陰ではなく、明るい方で。でも、だからこそ道化であってもコーディリアであっても、そこにくるみちゃんのパーソナルな部分がちょうど良く役に乗っかっていきそうな気がしています。

――ちなみに前田さんが以前、内野さんのお芝居に感銘を受けたというのは、たとえばどんな作品を観られて?

何回も見返したことのある作品がたくさんありますが、最初はやはりドラマ『仁』の坂本龍馬役の印象が、僕には最も衝撃でしたね。当時10代だったのですが、ここまで強く印象に残る作品は初めてでした。

――お客さんの目線で楽しみながら見ていた作品だったんですね

ここまで印象に残っているということは、本当に心が動かされた瞬間だったと思うんです。その中に内野さんがいらして、その後も常にものすごく存在感のあるお芝居をされていて。今回初めて共演させていただけるのが本当に嬉しいですし、本当にありがたいことで、絶対に現場で内野さんに迷惑をかけないようにがんばらなければ!と決意しています。とはいえ、ついつい内野さんのことを目で追ってしまいそうなので鬱陶しいと思われないよう、そこだけは重々気をつけて稽古に励むつもりです。

――リスペクトする俳優さんのお芝居をそんなに近くで観察できることって、なかなかないですからね

先程ビジュアル撮影があって、ご挨拶させていただくことができたんです。初めてお会いした内野さんは、すごくニュートラルな印象でした。でも、稽古場ではきっと違うと思うんです。つまり今日は、僕の中では内野さんっぽくなかったというか。

――勝手に抱いていたイメージとは、違ったということですか?

これまでは役でしかお姿を拝見する機会がありませんでしたから、存在感が凄くて圧倒される印象しか持っていなかったんです。でも先程、一言二言お話させていただいたら、とても穏やかで柔らかな空気が流れていて。これは完全に僕の勝手な分析でしかないんですが、本番のために日常ではおそらくエネルギーを溜めていらっしゃるのではないか、と予想していまして。だから、いざリア王を演じる段階になったら、その溜めていたエネルギーを一気に放出されるのではないかと思うので、そのエネルギーに負けないように自分もその場に立たなければ!と思っています。

――でも、それで委縮してしまっても良くないですしね

そうなんです。あくまでもエドマンドとして、むしろリア王を食っていかないといけない場面も多いですから。そういう野心も持ちつつ、がんばりたいです!

――ほかに、気になっている方や共演経験のある方などはいらっしゃいますか

杉本哲太さんは、僕自身が俳優を志すようになった16歳の時に、ご一緒させていただいたことがありまして。『ひぐらしのなく頃に』という映画だったんですが、今回はひさしぶりの共演になるんです。これは僕がまた勝手に思っていることではあるんですけど(笑)、こうして『リア王』という、自分が今、挑んで大丈夫なのか?と思ったりするようなハードルの高い名作で、再びご一緒させていただけるとは!ととても感慨深い気持ちになっています。あともうひとつ、自分にとっての夢の一つであり、俳優の転機となった作品が朝の連続テレビ小説『ちむどんどん』だったのですが、そこでご一緒できたのが山路和弘さんと、井之脇海くん。このお二人とまた共演させていただけることも、とても嬉しく思っています。ほかにも映像や舞台でよく拝見させていただいていたり、影響を受けてきた方々がたくさんいらっしゃるので、自分が同じ場所に立てるということがとても光栄です。

――エドマンド役について、現時点ではどういう役で、どう演じたいと思われていますか

まず、エドマンドはほとんどの場面で自分の本心から離れて行動していると思うんですね。でも、極論を言うと、お芝居というものは自分自身の感情そのものではないじゃないですか。どなたかが書いて命を宿した“役”というものに対して自分がどれだけ真実で包み込めるか、みたいなところが俳優としては絶対に必要な部分だと思っていて。その自身の表現に対し、この作品のエドマンドとしてはもう一つ別のところに野心を重ねないといけないわけです。つまり、ここでは『リア王』という物語の中で見せたいエドマンドと、僕自身が表現したいエドマンド、さらにほかにもいろいろなことを考えてふるいにかけ、落ちてきたものが今回表現するべきエドマンドになるはずだと思っています。

――加えて、森さんが思うエドマンド像もあるでしょうし

そうなんです、きっと森さんのエドマンドも、内野さんが思っているエドマンドもいるので、その中でどう折り合いをつけていくか、みたいなことがまずは自分の課題になりそうです。あと、お客さまも「この人は嘘をついている」と知られながら物語が進行していくという意味では、やはりエドマンドってなかなか珍しいキャラクターだと思うんです。それをどう演じれば「これだったら確かにこれほどの悲劇になっても違和感はないな」と思っていただけるか。むしろ観劇している方には、エドマンドに対して多少の罵詈雑言が心に残るくらいの人物として認識していただきたいなという気持ちもあるくらいです。「舞台だから」とか「エンタメだから」といった前置きを感じさせない人物として、この舞台に存在することができたら、僕は幸せだなと思います。

――お芝居というより、リアルな人間がそこにいるように感じさせたい、と

というものが、森さんがもしお好きであれば、という前提での話ですけどね。

――そこに関しては、稽古が始まってみないとわかりませんね(笑)

そうなんですよ。だからまずは、ヒール役としていろいろな人を騙していかなければならないんですが、森さんからご指導を受けるまでは「こんなエドマンドどうですか」と自分からも提示してみようかな、と考えているんです。「やりすぎだったら止めてください」くらいまでできたら、この役を楽しめるようになるかもしれないなと思うので。というか、実際の僕自身は家族が大好きなのでなかなか切り替えるのが難しそうなんですよね。だってエドマンドは、家族を裏切ることが軸になっている人じゃないですか。

――お父さんを恨んで、お兄さんを騙したりしますし

そんなこと、僕は絶対にしないので。

――真逆の役なんですね(笑)

家族を愛して育ってきましたし、家族がいなければ自分はいないと思っていますし、家族への感謝の気持ちが今の僕の生き甲斐なので。だから、そこを逆手に取るぐらいのエネルギーを役づくりに注がないと、とまで思っています。ここまで家族愛のある人間がエドマンドを演じる、ということもなかなかないんじゃないかと思うくらいです。僕には本当に、異常なくらい家族愛があるので(笑)。

――そこまで真逆のほうが、ちょっと似ているとかよりもいいかもしれないです

僕も、そう思っています。むしろここまでの異常な偏愛があるから、その家族から裏切られた場合のことを想像できるというか。この“好き”のエネルギーを、真逆の方向へと持っていって演じてみたら、これまでエドマンドを演じられてきた方々とはまた一味違う感覚の表現ができるかもしれない。それをうまく提示できたら、役者冥利に尽きるなと思っています。

――どんなエドマンドが誕生するのか、とても楽しみになってきました

ありがとうございます。でも、すごくヘンなやつになっているかもしれないですね(笑)。とはいえ絶対に、魅力的にはしないといけないので。

――役まわりとしてはあくまでも人から愛される、魅力のある人物にしなければいけませんから

そうなんです。そのためにはある程度、ミステリアスなところも必要不可欠だとも思っていて。まあ、そこは完全に僕の、自分との戦いになるのかもしれませんが(笑)。そういう意味では兄のエドガーはすごく純粋ですから、その兄の純粋さに対しては純粋さで戦わないといけないでしょうし、リア王の娘たちに対してはやましい考えを持って近づくのでそこにしっかり共感をして演じなければあの姉妹の心も動かないでしょうしね。相手次第で、どんな欲望を抱いていくのかがちゃんと捉えられた時、エドマンドが仕上がるのかもしれないなと今は思っています。

取材・文/田中里津子