『フローズン・ビーチ』鈴木杏×ブルゾンちえみ インタビュー

劇作家で演出家ケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)の名作戯曲を、才気溢れる演出家たちの手で上演するシアタークリエの新シリーズ「KERA CROSS」が始動する。その第一弾となるのが、鈴木裕美が演出を手掛ける『フローズン・ビーチ』。KERAの作・演出で1998年に初演された、劇団「ナイロン100℃」初期の代表作だ。女四人で紡ぐミステリー・コメディである本作に出演するのは、鈴木杏、ブルゾンちえみ、朝倉あき、シルビア・グラブという個性豊かな面々。今回、鈴木とブルゾンに話を聞いた。

 

——この作品のオファーがあったときはどう思われましたか?

鈴木「まさか自分が『フローズン・ビーチ』をやる日がくるとは全くもって思っていなかったので。おおお…っていう感じです(笑)。もちろんKERAさんの戯曲で、おもしろい作品だというのも知っていますし、(鈴木)裕美さんと久しぶりにご一緒できますし、四人芝居であることもすごく魅力的だし、『ありがたいチャンスをいただいたな』という気持ちになって飛び込んでみたものの………改めて戯曲を読むと、ハードルの高さに今おののいています」

 

——そういう難しい作品に挑むのってどういう気持ちなのですか?

鈴木「稽古が始まってしまえば、必死になるしかないけど、今は、一見さんお断りのお店に乗り込む、みたいな。『(そっと)いいですか、おじゃましても…』みたいな気持ちです。ファンの方も多い作品なので、そういう意味でも足を踏み入れていいのかしらという気持ちもあります。でもKERAさんの作品って『フローズン・ビーチ』に限らずそういう緊張感があるのかもしれないとも思うんです。昨年出演した『修道女たち』のときも薄い氷を張った湖の上を全力疾走しているような危うさがずっとあったっていうか。一歩踏み間違えたり、一歩強すぎちゃったりすると一気に世界観が崩れるんじゃないかっていう、すごくスレスレなものが、KERAさんのどの作品にも存在しているのかもしれないと思っていて。だからまだちょっと部屋の片隅に台本を置いて、人ごとにしておきたい(笑)」

 

——‘18年のKERA·MAP #008『修道女たち』や、’14年のナイロン100℃ 42nd SESSION『社長吸血記』などKERAさんの作品への出演も続いていますが、それでもそうなんですね。

鈴木「KERAさんが演出家として参加される作品の場合は、ご本人がその場にいらっしゃいますし、KERAさんって稽古をしながら先を書いていくというスタンスの方なので、流れに身をゆだねることができた。もちろんKERAさんの世界観のハードルの高さは感じていましたが、“どうなるかわからないまま進んでいく”っていうほうが印象としては強くて。必死でやっていたら初日だった、という感じでしたけど。やっぱり『フローズン・ビーチ』ってできあがってる作品で、尚且つオリジナルキャストの皆さんの印象が私の中でもすごく強いですし……これをやるのは大変だなって。だからもう『比べないでください!』って先に言っておきたいです。『全然別ものになると思うので比べないでください!』っていう弱気な発言を先にいろんなところでしておこうと思っています(笑)」——ブルゾンさんは今作が初舞台ですね。

ブルゾン「はい。ただ私は舞台に興味がある、と言いますか、舞台を観るのが好きなんです」


——どういうところがお好きなんですか?

ブルゾン「生きてる感……舞台上にいる人たちの『生きてます!』みたいな、あの感じが好きで。だから『舞台をやったら絶対気持ちいいだろうな』と思っていました。大変なことももちろん承知の上ですが、だからこその達成感があるだろうなって。なので今回、出演が決まって『そっち側も経験できるの!?』って、まず嬉しいと思いました。初舞台にして有り難い環境で…そこに飛び込ませていただけることは、嬉しくもあるし、緊張もあるし、いい痺れのようなものがあります。プレッシャーもすごく感じますが、未知の世界にワクワクする気持ちが大きいです」

 

——演出が鈴木裕美さんというのもおもしろい組み合わせですね。特に鈴木杏さん…おふたりとも鈴木さんですが。

鈴木「顔もちょっと似てるんです(笑)」

 

——杏さんの初舞台『奇跡の人』(’03年/ヘレン・ケラー役)は裕美さんの演出作品ですよね。

鈴木「はい。当時は15、6歳で、本当にさやいんげんみたいな状態から(笑)見ていただいています。そのときに演劇のおもしろさを全部教えていただいて、演劇の世界に引きずり込んでくださった。でも今回、『トップ・ガールズ』(’11)以来なので、すごく久しぶりで楽しみです」

 

——裕美さん演出の『フローズン・ビーチ』、どんなふうになりそうだと思われますか?

鈴木「本当に予想がつかないです。魔境に足を踏み入れる感じ。生きて帰ってこれるのか…みたいな(笑)。そんな気持ちでいっぱいです。だからこれから本読みをしたり、裕美さんのアドバイスだったりアイデアだったりをうかがったりしていくうちに、だんだん目指す場所がはっきりしていくんじゃないのかな。今はただただハードルの高さを感じているので。どうするんだろう、これ、みたいな。台詞量もそうですし、各々がやらなければいけないこともたくさんある作品ですよね。でも裕美さんってその一つひとつを一緒に乗り超えてくださる方で。役者のことを絶対に見放さないし、役のことを誰よりも愛してくださる。そういう信頼がすごくあるので、なんとか一緒にこの大きなエベレスト級のものを登れたらなって。滑落しないように気を付けます(笑)」

 

——ブルゾンさんも同じ初舞台で裕美さんの演出を受けることになりますが、先輩の杏さんからなにか言葉をかけるとしたら?

鈴木「裕美さんって誰よりも楽しんで稽古をご覧になる方なんです。役の気持ちと一緒に裕美さんの表情が変わるし(笑)。最初にご一緒したときはそれがすごく印象深くて、おもしろかった。細かく見てくださいますし、楽しい日々になると思います!」

 

——ブルゾンさんは普段から舞台を観にいかれるのですか?

ブルゾン「たくさん観ている方に比べたら全然ですが、劇場でチラシを見て『行ってみようかな』って行ったりもします。先日、『修道女たち』も観に行きました」

鈴木「え!そうだったんですか?」

ブルゾン「そうなんです」

鈴木「あら、まあ!」

ブルゾン「(笑)。そこで私は初めてKERAさんの作品を生で観ました。すごく現実っぽいのにすごくファンタジーっぽいっていう不思議な…共感することもあれば、なんじゃそれと思ったりとか。でもその違和感みたいなものがKERAさん特有の世界で、だから物語に引き込まれるんだろうなと感じて。『この作品を演じる人はすごいな』というのも目の当たりにしました。難易度の高さみたいなものは印象深いです」——16年にわたる女性同士の心の機微を描く密室劇ですが、面白さや魅力はどういうところだと思われますか。

鈴木「KERAさんの作品って全部を説明しないじゃないですか。そのなかでも特に『フローズン・ビーチ』はそこが強い作品なのかなということを改めて思いました。でもその“見えない”っていうことに求心力がある。じゃあ舞台に立つときに、そういうところをどこまで埋めて、どこまで漂わせるか。自分たちで『ここは理解しておいたほうがいいだろうからみんなで考えよう』というところも出てくるだろうし、『ここはわからないまま各々が思っていることでやったほうがいいんじゃないか』ということもあるだろうし。それを1か月くらいの稽古期間でやっていけるのかっていう。大変な作業になっていくだろうなと思っています。楽しくやりたいです」

ブルゾン「さっき『修道女たち』でも話したことですが、登場人物たちに対して『そういう感情、私も持ってる』とか『でもこの人の感情もわかる』とか思うんですよ。でもそうやって心が寄り添っていっているのに、急に全く共感できない感情とか出てくる。そこに気持ちのいい違和感があるなって思いました」

鈴木「『修道女たち』もそうなんですけど、結局その人が何者なのかっていうことがわからないまま終わっていくことがあって。それがやっていても居心地がいいんです。そういう“後追いしない”感じって、普通に自分を生きていることとちょっと似てるし。そこにいくことができたら一番いいんですけど。“ただそこで反応して生きてる人”が少しずつおかしなことになっていくっていう。それも絶対に起きないって言いきれないところがあるのが人間だったりするから。そういうところにいきたいですね」

 

インタビュー・文/中川實穂
Photo/篠塚ようこ