FUKAIPRODUCE羽衣 第24回公演『ピロートーキングブルース』糸井幸之介 インタビュー

演劇という芸術の力をお借りして、
「人生は心地よい」と思える作品をつくりたい

 
たとえば、誰かを好きという感情を演劇にする時に、「好きなのに」でドラマを転がしていく作家と、「好きだから」で分解していく作家がいる。FUKAI PRODUCE羽衣で作・演出・作詞・作曲を手がける糸井幸之介は間違いなく後者で、不倫も、失敗した初体験も優しい会話が続き、それが言外の切なさを生む。ゲストを呼ばず、劇団員だけで取り組む初の本多劇場公演について糸井は「観終わったあと、お客さんが人生は心地よいものだと思える作品にしたい」と言う。いつもより大きな空間を、いつもより柔らかな空気で満たすらしい。暗いニュースが多いからこそ、キッチュでリリカルな羽衣ワールドに触れてみたい。
 
 
── 『ピロートーキングブルース』全体の構成図を見せていただきましたが、伝説のサーファーを始めとする複数の“伝説の人”のシーンがあり、それぞれに独立したエピソードがあり、さらに全体を通すモスキートという存在がありと、ちょっと説明しづらい内容です(笑)。
 
糸井「そうですね(笑)。上演を観ていただければ、そんなに複雑ではないんですが」
 
 
── なので、今回の戯曲を書くにあたって最初のスタートラインになったものがあれば、そこからお聞きしていきたいのですが。
 
糸井「羽衣で公演することが、ちょっと久しぶりだったんです。木ノ下歌舞伎の『糸井版 摂州合邦辻』ツアーもありましたし、授業を持っている学校の公演とか、外の仕事が続いたので。どれも勉強になったし、これまでにない楽しさを経験しましたね。というのは、誰かの要望に応えることだったり、こういう感じのお客さんが来るからこういう形に収めたいといった目的が最初にあって、そこにみんなで向かっていくって、独特の気持ちよさがあるんです。羽衣だと、方向性をどうするかから、みんなで模索して試行錯誤しなければならなくて、苦しくもあり、楽しくもある。久々に羽衣でやることになった時に、その“若い”感じにまた戻れるかと思っていたら、違ったんですよ。なんだかそれも、遠い過去になっていました」
 
 
── シンプルに言うと、年を取った自覚が生まれた?
 
糸井「はい。僕だけでなくメンバーも年を重ねていますし。もちろん、楽して芝居をつくりたくなった、という意味ではまったくありません。変に無理をして、違和感があるものをつくりたくない。羽衣はメンバーの自然体が魅力のような気もしますので。じゃあ、今の自分たちにとって自然と言えるものは、と考えていった時に、心地よさみたいなものだったんです。『ピロートーキングブルース』というタイトルも、自分も年を取ってきたし、ロックというよりはブルースだろうと考えて付けたものなんですが、予想以上にそれが進んで(笑)、子守唄とか、ラジオを聞きながら寝てしまうとか、眠りながら聞く音や声の方向に進んでいきました。世知辛い世の中ですから、僕らのお芝居を観たあとで、お客さまが人生は心地よいと思ってくださるような舞台を、演劇という芸術の力をお借りしてつくりたいと思います」
 
── 羽衣というと、ユーモラスではありながらエロチックなシーンが特色でしたが、そういったものも減るのでしょうか。
 
糸井 「これがですね、微妙な話になってしまうんですけれども、やはり変化しまして。露骨にエロいシーンは、以前に比べてあまり筆が進まないというか、調子が出ないんです。かと言って、枯れたエロさという感じでもない。良くない傾向かもしれませんが、雑になっていまして」
 
 
── 雑というのは?
 
糸井「昔はもうちょっと、性に対してデリケートでした。女性のことはわからないから畏れを感じていましたし、男の欲望のイヤな部分には嫌悪感がありました。そういう部分が平たくなってきていると言いますか、そんなにこだわり過ぎなくていいかもと考えている自分に気が付いて、自分で戒めています」
 
 
── 以前からあった、大らかな人類愛の方向に行っているんですかね?
 
糸井「とは言っても、ピロートークはたくさん出てきます(笑)」
 
 
── 初の本多劇場はいかがですか?
 
糸井「虚勢を張っているわけではなくて、実はあまり特別な気概はないんです。こうやって僕が生きていられるのは演劇のおかげですし、演劇には感謝していますけれども、どこかの劇場が聖地という感覚は僕にはなくて、キャパシティがいつもより大きいなというぐらいの感覚です。だから今回、劇団員だけというのも、逆に気合いを入れて、ということではないんです。ただ、深井さんをはじめ俳優は“立ちたい”という思い入れがすごくありますね。みんなとても喜んでいます」

── 最近、羽衣はメンバーが増えていますよね? チラシに名前のない新人さんもいますが、劇団の今後に何かビジョンがあっての増員ですか?
 
糸井「いや、なぜなんでしょう? それはやっぱりリーダーである深井(順子)さんが“劇団員にする”と決めたからなんですけど、特に事前に話し合いみたいなものはないんです。ただ、深井さんはとても用心深い人なので、急な思いつきでそういうことはしない。何年か劇団のお手伝いをしてもらって、その中でメンバーと関係ができていくという段階は踏んでいて、僕らとしては“急に”という感じはないんです」
 
 
── なるほど。では、紹介も兼ねて、全メンバーの良い点を糸井さんから紹介していただけますか。
 
糸井「わかりました。1番新人の松本由花さんは、まだ21歳ぐらいかな、若いし可愛らしいんですけど、クレバーで、女性陣の中で1番落ち着いています。ゆくゆくは脚本を書いて演出したいそうで、根っからの俳優という感じとはまた違う人です。平井寛人君は、僕と深井さんが教えている多摩美(多摩美術大学)の学生として知り合って、彼も自分で作・演出をするんですが、俳優として、良い意味で気持ちの悪い(笑)、でも情熱的な人です。田島冴香さんは、人と距離を取るのがすごく巧い。デリケートに、気が付いたらフッと近くにいてくれるような人。パッと見、格好良い男の人みたいな雰囲気で、一緒にお酒を飲みに行きたくなります。お芝居も上手です。浅川千絵さんは、思うまま伸び伸びやっていただければ、それだけで充分チャーミング。器用なほうではなくて、筋力が弱いからすぐ疲れちゃうんですが、素のままで味があります。岡本陽介君は、身体能力がすごく高い人で、ダンスが上手です。とにかく動きにキレがあって、岡本君もちょっと気持ち悪いんですが(笑)、憎めない人ですね。新部聖子さんは、ちょっと爆弾娘みたいな、踊り出すと輪からはみ出ちゃって、他の人達を投げ倒さんばかりの勢いがあって。最近は俳優業に慣れたのと、あと年齢も重ね、そして少し体がシェイプされまして、色気も出てきました。キム・ユスさんは10年前ぐらいに出会ったんですけど、当時は美少年的な印象だったのが、最近はおじさま的な男前度が上がってきました。僕が女性だったら、羽衣の男優の中では断然ユスさんと付き合いたいですね。
 澤田慎司君は、何をやらせても上手。歌もダンスもできるし、劇団のTシャツのデザインもしてくれるし、今回は歌のハーモニーの部分もつくってくれて、どんどん器用になっています。先日は、僕の台本が遅れていたので、前のシーンを生かしながらエッセンスだけ変えようとした時に、「澤田君、そこちょっとやってみてくれる?」と頼んだら、シーンとしてちゃんと仕上げてくれて(笑)。高橋義和さんはですね、奇妙だけれども誰もが持っていて、周囲には隠しているような感覚を、高橋君にやってもらうとすごく普通の雰囲気になって、観ている人が“人間、そういうものだ”と感じるところまで引っ張ってくれる俳優です。鯉和鮎美さんは、出会った頃の10年前のチャームとはまた違うものを身に着けてきましたね。男の人はそれが渋みとか丸みになるんでしょうけど、女性の場合というか鯉和さんの場合は、色っぽい残酷さみたいなものが強化されてきたと思います。日高啓介さんは、おかしみがあるんですよ。もともとミュージシャン志望だったので、ギターを弾く役だと喜んでくれるんですけど、お客さんも日高さんがギターを弾いていると「素敵ね」って安心してくれると言いますか、それがただのかっこつけに終わらないのが良いんですよね。
 深井さんはですね、高校時代からずっと一緒にやってきた習性で、いまだに僕はお稽古も本番も、深井さんを中心に観てしまうんです。深井さんが重要な時じゃなくても、深井さんを観ながら全体像を確認することが多い。何と言うか、深井さんが楽しそうにお芝居をしているのを観たくて自分も芝居をやっている感じが実はあります。でもそれは僕の作品に限らずで、深井さんは常に楽しそうに舞台に立つ人で、そういう役者さんを生で観るのが演劇の醍醐味だと思うので、やっぱりすごい俳優だと思います」
 
 
── 今、劇団員の皆さんについての言葉を聞きながら思っていたんですが、世の中がどんどん窮屈になっている中で「だから壁を壊そう」と言う人も「わかりあえる者同士で集まろう」と言う人もいて、糸井さんが「お客さんに世の中は心地よいものだと感じてもらいたい」と考えて作品をつくるのは、もしかしたら、どんどんギスギスしていく社会に対抗するひとつの手立てなのかもしれませんね。
 
糸井「ああ、はい、優しい防衛本能と言いますか」
 
 
── 同調圧力や自主規制が強まっている今、「人生は悪くない」と言うほうが大変でもある。でも「明るい未来が来ます」とは無責任過ぎて言えないけれど、「何とか明日まで頑張ろう」と思っていた人が「明後日まで頑張ってみようかな」と思える心地よさが、羽衣なのかなと思いました。
 
糸井「いや、ほんと、それが言いたかったです。僕が言ったように書いておいてください(笑)」
 
 
── ダメです。今日はありがとうございました。

 

インタビュー・文/徳永京子
 
\舞台写真到着!6/23[日]まで下北沢・本多劇場にて上演中!/