KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『ビビを見た!』松井周×岡山天音 インタビュー

圧倒的な爽快感と息苦しさを美しく両立させた大海赫(おおうみあかし)の伝説の絵本『ビビを見た!』を、松井周が舞台化する。現代の歪みを象徴する人々のエピソードをサンプルの様に呈示し、現代社会のあり様をありのままに受け止める作風で注目を集める、作家・演出家・俳優の松井。松井自身があたためてきた創作の原点とも言える作品で、ぐるりと世界がひっくり返ってしまったときに、人間はどうなってしまうのかをまっすぐに描いている。その主人公“盲目の少年・ホタル”を演じるのは、若手俳優として注目を集める岡山天音。あまたの映像作品でその演技力を存分に発揮しているが、本格的な演劇作品としては、初舞台となる。松井ならではのユニークな稽古場の創作の様子が垣間見える、松井と岡山の対談をお届けする。



――岡山さんはお稽古に入る前のインタビューで、松井さんの演出について「フラットな状態で入りたい」とお話されていましたが、実際に入られて、今のところ松井さんの演出に対してどういった印象をお持ちでしょうか?

岡山「動きの演出や、舞台上にある美術をこう使い、それを後で別のものとして使うということなど、松井さんの脳みそから出てくる色んな発想が、僕の脳みそからすると奇想天外で。」

松井「(笑)。」

岡山「すごく面白いですね。松井さんのような方と仕事が出来て嬉しいなと思います。」


――松井さんの頭の中を覗けているような感覚?

岡山「そんなおこがましいことは言えないんですけど(笑)。お話を聞いて、びっくりするし、面白いものになるんだなと、本当に頼りにしています。」

松井「本当かな(笑)。冗談だと思っていたらしいですからね、僕がつけた演出が(笑)。」

岡山「そうそう、そういう瞬間もあるんですよ。僕的には飛躍し過ぎていて「これ本気で言ってるんだ!?」って。周りから松井さんは本当に面白いという話を事前に聞いていたので、ああこういうことかという感じですね、今。」


――具体的に、どういったことを言われたんですか?

岡山「実際にそれが舞台で採用になるかもわからないし、今はとりあえず違う方向でやっているんですけど、人間肉団子の話をしてた時とか…。」

松井「あぁ~。」

岡山「よくわからなかったですね(笑)。3人ぐらいで、団子になって転がってこれないか、みたいな…。」

松井「そうそう(笑)。」

岡山「でも、やったことあるんですか?」

松井「やったことあります。相撲をみんなで取り合うという風習がある村で、みんなで(相撲を)取っていたら団子状態になって、ちょっと性的な、くんずほぐれつに発展するという演出に発展したことがあるという話はしたことがありましたね。人間が人間じゃなくなるような様を見せたい、みたいな時がたまにあるので。」

岡山「多分、松井さんの中では道筋は通っているんですが、お客さんがこれを見た時にどう感じるのかわからない、読めないというのはいっぱいありますね。既に出来上がっている、人と人、バスと人などが衝突するとか。」

松井「あぁ、そうですね。」

岡山「見たことのない表現がいっぱい見られると思うので、楽しみにしていただきたいですね。」


――松井さんは岡山さんと稽古していてどういう印象ですか?

松井「色に例えたりしたんですが、「どういう風にも演出してください」という感じがすごくあります。それは咄嗟に反応出来るか出来ないかということではなく、僕が最終的に目指しているものが何なのかをちゃんと共有している。例えば、この話でいうと、主人公は子供じゃないですか。でも「僕は子供じゃないですけど」というところがひとつあったり、目が見えない主人公だけど目が見える状態になるのがどういうことなのかとか、そういういくつかの気になっていることをちゃんと気にしながら、でも今稽古していく時に即座に要求していく色んなことが、ちゃんと合っているのか、自分がアウトプットするものをチェックしながらやっているから、即座に全部対応しているわけじゃないんですが、多分、今はいっぱいいっぱいになっている(笑)。」

岡山「あはははは(笑)。」

松井「いっぱいいっぱいになっていながらも、出来ることは全力で出しているという状況かな? だから見ていて面白いです。こういう反応になっていくんだ、みたいな。」

岡山「そうですね、いっぱいいっぱいになってます(笑)。」

――原作はすごく視覚的な表現が強いものだと思いますが、台本を拝見して、すごく面白くて、これが視覚的にどういう風に立ち上がってくるかがとても興味深かったです。どんなプランをお持ちですか?

松井「絵本ですし、特に視覚的なインパクトが非常に強いビジュアルイメージの本なので、僕としては、大海(赫)さんの作品の、絵をそのまま出すかといえばそういうことは無く、自分の中で、このシーンのインパクトを舞台として“翻訳”する。絵本はパッパッと場面が切り替わりますが、演劇というのはずっと続いた時間があるので、その持続みたいなもので徐々に変化していくというのは、絵本の間を繋ぐ、演出家のお楽しみの部分(笑)。自分でどんどん想像していい部分で、舞台上に「こうなったらいいな」ということを試す場所でもあるので、そこは好き放題やりたい。でも結局は、この絵本の中にあるホタルの成長物語と、ある種の全体主義というか、本当に世界がひっくり返ったらどうなってしまうのかという両面を並行して表現したい。それが舞台上に起きていればいいなという感じですね。」


――岡山さんは今回、目が見えなくてしかも少年という役をされますが、たくさんの作品に出てこられたなかで、役へのアプローチというか、どこを自分の中で繋げてホタルという役を立ち上げようと思いますか?

岡山「キーワードを挙げていくと、突飛な役にも思えますが、ホタルは、根源にあるのは割と平均的な感覚なのかなと。主人公で、お客さんと一緒に色んな事件や衝撃、出来事を目撃していく、ある種とてもフラットな役だと思うので、そういうところにはストレートに、シンプルに共感しています。目が見えないところから見えるようになるような、表層的な難しさはありますが、心理や思考に関してはそこまで入り組んだ印象は無いですね。」


――松井さんがお稽古中に仰られて胸に残っている言葉はありますか?

岡山「そうですね、ビビについてですが、「視覚的な情報、視覚的な衝撃みたいなものを目で食べていく感覚で、ホタルや、師岡さんが演じているネクタイの男の子などの表情を観察していく感覚で見ていって」みたいなイメージの伝え方はとても面白いし、聞いていて逆に掴みやすいと思いました。松井さんの演出の付け方、言葉の選び方は、演じる側としては力をもらえる言葉だなと感じます。」


――これはポジティブな言葉として取ってもらいたいのですが、松井さんは変態性が高い作家と言われることがあります。今回台本を拝見して、筒井康隆さんのような世界も重なってきましたが、演出なさる上で絵本以外にイメージしているものは?

松井「筒井康隆さん、好きです(笑)。親子について書いているなと途中で感じました。それはもちろん原作にもあるイメージで、誰かに言われてそう気づいたところもありますが、やっぱり色んな親子がいて、その人たちの関係は多分それぞれ違いますが、例えばパニック状況になったら親子の関係は逆転してしまう。今まで頼りがいがあった親が逆転して子供のようになってしまうとか、このまま子供だけ生き残るのも可哀想だから、一緒に楽になろうと手を下してしまう感覚とか。パニックになった時の色んな親子のバリエーションを書いている気がします。」


――原作は絵本ですが、台本の最初には、子どもも入りやすいようなところもあると思います。どういう観客を想定して書いていますか?

松井「大海さんの作品に影響を受けたのが、僕は小学生の時でしたが、「世の中ってこんな不思議で、訳がわからないのかな」とちょっとトラウマになったぐらい、恐怖と強烈なインパクトがありました。グロテスクな部分もかなりあるので、小学生ぐらいだったら大丈夫だと思いますが、根本的に今、大人も子供も明日世界がひっくり返るかも知れないという感覚はわりと持っているんじゃないかな。物心ついてそういう感覚、「もしかしたら未来は訪れない」という感覚を持っている方だったら、この作品はビビッドに何か感じるものがあるんじゃないかと思うので、結構幅広い方に見てほしいと思っています。」

――岡山さんは、原作を読んだ時の印象と、上演台本を読み、実際に稽古に取り組んで、作品のテーマ性を松井さんと一緒に作っていて、ご自身の変化や一番面白いと思うところはありますか?

岡山「(しばらく考えて)僕自身は、原作を初めて読んだ時にビックリして…(苦笑)。次に舞台をやることが決まって、絵本が原作でと聞きました。フィクションをただ読んでいるだけで、すごく安全地帯に居るはずなんですが、そうじゃない所に引っ張りこまれるような感覚がありました。自分の中の「絵本はこういうもの」という概念から大きく出たもので、読んでいてとても怖くなりましたし、それがまた台本になった時に、それをどう三次元に持ってくるか、三次元に変換する時に、その意義はどこにあるのかということが、自分が想像してなかった形で台本に描かれていました。それは色んな演出の仕掛けや、お芝居自体の演出、キャストの身体的な表現など、とても刺激的な作品になるんじゃないかなと思いますね。見る人によってどういうことになるかはわからないですが、“事故った”みたいな感覚になる…。」

松井「事故った(苦笑)。」

岡山「見てくれる個人によって全然違う感覚になると思いますが、良くも悪くも、どこかに放り込まれる感覚になる作品になるのではないでしょうか。だから、迷子になってくれたら嬉しい。どこに行き着くか、何を頼りにするかはその人にお任せしたいし、そうあるべき作品だと思います。そうなるように、僕はホタル役を全う出来れば、僕に出来ることを舞台上で出来ればと、今全力で稽古しています。」


――今のお話を受けて、松井さんは、演出を実際に作られて、稽古が始まって、ご自身の想定通りに進んでいるのか、色んなものが稽古場で出てきているのかということをお聞かせください。

松井「僕は、自分の頭の中から出てくるものだけでは多分この世界は表現出来ないという感じがありました。それぞれの、例えば今だったら天音くんはどうやったら怖がるのか、人はどういう怖がり方をするのかを聞いてみて、「じゃあそういう怖がり方だったらこう来たら怖い?」とか、こう来たら逆に道をみつけられる、とか。稽古前は身体が無いですが、稽古は身体があります。空間の中で身体が動いて初めてわかることがあるので、身体を使ってこう動いてみる。僕だけじゃなくて、俳優も、スタッフも、皆さん絵本を読んで、強烈なシーンのイメージはあらかじめ共有しているので、あのシーンのこの感じは、この空間だとどこで、どういうことがあったらそうなるんだろうということは、割と頭の中で想像が出来ている。それをみんなが助け船のように出してくれるので、僕は取捨選択しているという感じで、毎日実験しているみたいですね。迷子になってもらうためにはどうすればいいかというのは、本当にずっと考えています。」


――皆さんでそれぞれアイディアを出し合ったりしているんですね。松井さんから見て今回の座組みはどういった雰囲気ですか?

松井「めちゃくちゃ風通しがいい。誰もがフラットに居る。目的は作品を良くするということで、そのために出来ることを、何も惜しむことなく、例えば身体や台詞の言い方、じゃあここは立って言うとか、マイクを使ってみるとか、僕から提案することもありますが、それはきっかけ作りで(笑)。結局、その人がモチベーションをもってそのことを面白がるきっかけになればいい。俳優さんそれぞれが多分、受動的ではなく、でも別に頑張って意見を言うという感じでもなく、自然とこの状況でこういう風になっていくよねというアイディアを、半分自動的に出してくれている。天音くんも、目が見えなかったのが見えるとなった時に、例えばですが、目が見えない状態だったら触るほうが認知出来るじゃないですか。だから、目が見えた瞬間も、早くものに辿り着くには、これがコップということを、触ってみなきゃわからないから、目を瞑って触ったほうがわかりやすいんじゃないかなと話してくれた。それはそうだよね、一致するまでの時間よりは、形を触覚でわかっているほうが今までは早かったから。そういう感覚について、具体的なアイディアや意見が自然に出る現場だと思うし、遠慮していない。僕もわからないし、実際(笑)。すごく有機的に、どんどん色んなことが自動的に作られていく、生き物みたいな稽古場になっているなという感じはします。」


――岡山さんはどうですか? 稽古場の雰囲気や、共演者の方とのコミュニケーションは?

岡山「今回僕は主役ですが、舞台の経験は皆さんと比べて圧倒的に無い中で、素敵な方ばかりで本当に救われています。たくさん色んなことを日々知る機会があって、この中でやらせていただけて本当に嬉しい。明るくて面白い人ばかりです(笑)。」


――俳優さん同士でも、色々お芝居のことなどを話されたりしますか?

岡山「お芝居のことはそんなに話していませんが、お母さん役の樹里(咲穂)さんとは、この間「こういうことも出来るよね」という話をしました。経験や年齢がバラバラの皆さんが集まって、お茶場でフラットに世間話が出来るのがすごく嬉しいですね。僕は結構テンパったりするので、そういう空気を皆さんが作ってくださって、その中に入ると、安心する。本当に素敵な人たちばかりです。」

インタビュー・文/岩村美佳