LGBTをテーマにしたヒューマンドラマ『MOTHERS AND SONS ~母と息子~』開幕!

2019.07.28

『タッチ』の上杉達也役や『キテレツ大百科』のトンガリ役など声優としてはもちろん、ミュージカル『テニスの王子様』(以下テニミュ)の脚本家・作詞家など多彩な顔を持つことでも知られる三ツ矢雄二。自らゲイであることをカミングアウトしている彼が、自らプロデュースする舞台シリーズ‟LGBT THEATER”がこの夏始動。
性的マイノリティにスポットを当てた同シリーズの第1弾として上演されるのは、『蜘蛛女のキス』などの名作で知られるテレンス・マクナリー原作、第68回トニー賞戯曲賞ノミネート作品でもある『MOTHERS AND SONS ~母と息子~』だ。

 

LGBTを題材として扱う舞台作品は多々あれど、「日本でもゲイのキャラクターが出てくる作品は多々ありますが、だいたいがオネエキャラで、笑いを誘う役が多い気がします」と三ツ矢は指摘する。この作品にはごく普通の社会生活を営む同性婚カップルのキャル(大塚明夫)とウィル(小野健斗)が登場。キャルの亡き恋人・アンドレの母親・キャサリン(原田美枝子)、そしてキャルとウェルの息子・バド(阿部カノン・中村琉葦、Wキャスト)らとの会話を通して、ゲイの人々が直面する問題や彼らの歩んだ歴史などもわかりやすく見えてくる。ここではその公開ゲネプロの様子をレポートする。

キャルとウィル夫婦の住むNY・マンハッタンのアパートに突然訪ねてきた、エイズで亡くなったキャルの元恋人アンドレの母・キャサリン。8年前のアンドレの追悼会で会ったきりのキャルとキャサリンの会話はぎこちない。原田美枝子演じるキャサリンは朗らかにアンドレの思い出を語ったかと思えば、新しいパートナーと子供にも恵まれたキャルに粘着質な絡み方をしたりと、一筋縄ではいかないキャラクターだ。そしてつとめて穏やかにその棘の潜む言葉の数々を受け止めつつも、苦悩の過去を振り返るキャルを、『ブラック・ジャック』ブラック・ジャック役などでおなじみのベテラン声優・大塚明夫が丁寧に演じていく。そして冷静にふるまいつつも、ゲイへの偏見を強く持つキャサリンへの嫌悪感を隠さず、ときに歯に衣着せぬ鋭い言葉を投げかけるウィルを演じるのが、“テニミュ”など2.5次元作品を中心に注目を集める小野健斗だ。

キャサリンは息子に加え夫にも死なれて独りぼっちになった絶望感を、キャルは深く愛していたアンドレに抱いていたある“疑念”を、ウィルはこの世にいないアンドレへの嫉妬を。会話の中で次第にあらわになっていくさまざまな負の感情を、いい意味で中和してくれるのが阿部カノン演じる夫婦の息子・バドの存在だ。キャサリン役の原田もインタビュー(https://engekisengen.com/genre/play/14205/)で「(この物語にバドがいてくれることに)希望があると思う」と語っている。キャルとウィルのカップルだけでなく、晩年を迎え無意識のうちに人生の終活を始めたキャサリンや、これからの未来を歩いていくバドがいることで、LGBTの人々を取り巻く事情が当事者だけでなくその身近な存在である家族の事情ともなり、より立体的に見えてくるのだ。

大人たちの会話の争点はいくつかあるのだが、「息子はNYに行って誰かの影響でゲイになった」という考えに固執するキャサリンを、「誰かの影響でゲイになるわけではない」とキャルが粘り強く説得しようとする。そして約1時間40分を通して明らかにされていくのが、「アンドレが死ぬまで求め続けていたものは一体なんだったのか?」ということ。時折激しい言葉を交わすシーンがありつつも、それぞれの考えは交わることなく平行線をたどるこの会話劇。しかしラストで思いもよらない展開が私たちを待ち受ける。

彼らの会話の中で、この10年程度の間にNYでは同性婚が認められ、HIV治療が進化するなどゲイの人々を取り巻く仕組みが大きく変化したにもかかわらず、2人が子供を連れて歩けば奇異の目で見られるなど、変わったようでいて変わらない現状についてもわかりやすくまとめられており、この作品が同シリーズ第一弾に選ばれた理由にもなるほどとうなずける。

LGBTの当事者にも、そうでない人にもリアルさを持ってその現状を伝える内容であることはもちろん、誰もが楽しめる普遍的なヒューマンドラマとしての側面も持っている同作品。上演期間が短いので、ぜひお見逃しなきよう。

 

取材・文/古知屋ジュン