『夜中に犬に起こった奇妙な事件』や『ハーパー・リーガン』などで日本の多くの観客に衝撃を与えた英国を代表する劇作家、サイモン・スティーブンスの最新作『FORTUNE(フォーチュン)』が世界に先駆け、日本で初演される。ゲーテの代表作『ファウスト』を現代のロンドンに舞台を置き換えた今作、悪魔に魂を売った男・フォーチュンには森田剛が、そして彼が思いを寄せる女性・マギーには吉岡里帆が扮するほか、出演陣には田畑智子、根岸季衣、鶴見辰吾ほか演技派、個性派が勢揃いすることになった。演出を手掛けるのは、これが日本初の演出作品になる英国で活躍中の気鋭の演出家、ショーン・ホームズ。
若くして成功した映画監督フォーチュンは幼少時のトラウマで人を信じ切れず、常に喪失感を抱えて生きてきた。そんな中、新作映画の企画を持ち込んできた女性プロデューサーのマギーに心魅かれるフォーチュン。しかし彼女は既に結婚していた。欲しいものが手に入らない焦燥、逃れられない悲しみから、バーで出会ったドラッグディーラーのルーシーに軽い気持ちで魂を売る契約を交わす。しかし彼女こそ、人間の女性に姿を変えた悪魔だったのだ。仕事、財産、名誉、欲しいものを次々と手に入れていくフォーチュンだったが……。
知らぬ間にフォーチュンの運命に巻き込まれていく女性、マギーを演じる吉岡は今作が4年ぶりの舞台となる。久しぶりの舞台出演に向けての意気込みや、作品への想いを語ってもらった。
――『FORTUNE』への出演の話を聞いて、まずどう思われましたか。
「私自身、舞台への出演が久しぶりですし、海外の演出家さんが手がける世界初演の作品ですし、いろいろと新鮮なことが重なっているので、幸せだなと思いました。実際に戯曲を読ませていただいたら、マギーというのはすごく挑戦的な役で。作品にとても重みがあり、テーマも単に恋愛を描くのではなくて人生を描いているように感じました。ショーン・ホームズさんは作品をエンターテインメントに演出される方だと聞いていますので、この作品をどんな風に面白く昇華していけるんだろうというところが、私もとても楽しみです。」
――ゲーテの『ファウスト』をベースにした、悪魔との契約がテーマの作品となりますが。
「『ファウスト』は宗教的、哲学的な部分がフィーチャーされた作品ですが、『FORTUNE』はそれよりもう少し軽やかさがある作品という印象があります。現代のフォーチュンという男性を通すことで、悪魔との契約のことも、より身近な人間の業みたいなもののように感じました。来ていただいたお客様がご自分の人生経験と照らし合わせながら見られるような、距離感の近い作品なのかなと思います。」
――現代版、ということで悪魔の描き方も違ってきますし。
「そうなんです。悪魔が、始めはフォーチュンと友人の関係から心に潜んでくるというか、実生活の中でごく自然に弱いところをつついてくる感じが、いかにも現代版だなと思いました。悪魔なんですけど、実体的な女性像として描かれるところも興味深いです。悪魔イコール角が生えているような、まがまがしい見た目ではなくて。実は一番身近にいる存在、そばで声をかけてくれる存在で、もしその言葉が悪魔のような力を持っていたらという、そんなメッセージが込められている気もしました。」
――吉岡さんが演じるマギーという女性については、どんなイメージを抱いていますか。
「マギーは真っ直ぐで知的で、清廉潔白な印象があります。ただ、美しく真っ直ぐで愛情深い女性である一面、やっぱり人間なんだと思えるというか。ヒロイン像としてどれだけ美しい女性として追い求められたとしても、人間らしさを強く感じさせるところが、私は読んでいてとても面白く思いました。そういう、人に引きずられて堕ちていくさま、というところに今回はぜひ挑戦したいなと思っています。」
まだ稽古に入る前ではありますが、そのマギーを現時点ではどう演じてみたいと思われていますか。
「主人公が追い求めたくなるような女性像を前半部分で演じながらも、フォーチュンがだんだん崩れていくに従って、一緒になぎ倒されていくような切なさを表現できるのもマギーなのかなと思うんです。そういった、人としての弱さとか業や、欲深い部分をまったく持っていない人間はいないんじゃないかと思うので、そういうところが滲み出るように演じられればと思っています。」
――映画プロデューサーの役なので、吉岡さんの身近にもいらっしゃるはずですから共感しやすいかもしれないですよね。
「そうですね。特に女性のプロデューサーさんの場合は男性とはまた違う強さや、信念を感じることがあります。お話していても、女性視点の現実的な部分が作品づくりに生かされるようにも思います。」
――マギーもそういうタイプのプロデューサーかもしれない?
「どうでしょう(笑)。とにかく真っ直ぐで、絶対に面白いものを作りたい!という思いが強い人なんじゃないかなとは思います。」
――今まで吉岡さんが演じてきた役柄と比べると、とても大人っぽい役柄のようにも感じます。
「確かにそうで、今回そういう大人な役を演じられることをうれしく思っています。同時に、背伸びしていると見られないよう、自分の中に役を落とし込んでいかなければ!という緊張感もあります。ただ、ストレートに愛を信じて、心が折れそうになっても何とかその人と向き合おうとするような気持ちは共感できるところだと思うので、そういうところを手繰り寄せながらマギー像を作っていきたいです。自分の嫌なところやダメなところもしっかり出していけたら面白く演じられる気がするので、きれいにやろうとせず、自分の中で渦巻いているエネルギーを舞台上で見せられたらいいなと今の段階では思っています。」
――今回の共演者の方々については、どんな印象をお持ちですか。
「役者として大先輩で舞台経験も豊富な皆様なので、私はたくさんのことを学ばせていただける機会になりそうです。しかも今回は舞台作品ですから、稽古期間からご一緒できるということもうれしく思います。共演したことがある方はいらっしゃらないのですが、個人的には平田敦子さんとお会いできるのが楽しみで。平田さんは、私が好きな赤堀雅秋さんの作品などに出られている姿をよく拝見していたので、いちファンとしてもご一緒できるのがとてもうれしいんです(笑)」
――森田剛さんと初めて共演することに関しては、いかがですか。
「私は舞台での森田さんをまだ拝見したことがないのですが、森田さんの舞台を観た人はみんな圧倒されると聞いたので、私も今からすごくドキドキしています。先日、ポスター撮影の時に初めてお会いしたら、フラットで優しくて、自然体で接してくださって。こういう優しい方がフォーチュンを演じたら、お客さんはまたグッとくるんじゃないかなって、勝手にお客さん目線になって思っていました。」
――主に映像で吉岡さんをご覧になってきた方など、今回は初めて舞台を観る方も多いのではないかと思います。お客様には、どういったところに注目していただきたいですか。
「初めて舞台を観る方には、『FORTUNE』が舞台作品との素敵な出会いになるのではないかと思います。私は今回台本を読んでいて、とても引き込まれていく感覚があったんです。このフォーチュンという主人公の、弱くて切なくてダメな部分が全面に出ているのに、なぜか憎めない。彼の心にどうしても共感してしまう自分も、そこにいるんです。これがもし舞台初体験になるなら、私はちょっと羨ましいくらいです(笑)。まだ稽古が始まっていないので具体的な部分はこれからですが、あらすじだけ読むと重くてずっしりしていると思うかもしれないけれど、ショーン・ホームズさんの演出でどんな表現の作品になっていくのか、そこもぜひ楽しみにしていただきたいです。」
インタビュー・文/田中里津子
Photo/ローチケ演劇部