左:藤木直人 右:生瀬勝久
生瀬勝久と藤木直人が語る、KERA×CROSS第二弾『グッドバイ』の行方
ケラリーノ・サンドロヴィッチ(以下、KERA)の名作戯曲を気鋭の演出家に委ね、新たな魅力を発掘する企画“KERA CROSS”。’19年夏の『フローズン・ビーチ』に続くシリーズ第二弾は、KERA・MAP作品として’15年に上演された『グッドバイ』を生瀬勝久が演出することになった。チラシやポスター用のヴィジュアル撮影をしている現場を訪ね、文士・連行役として出演もする生瀬と、この物語の主人公・田島周二役に扮する藤木直人に作品への想いを聞いた。
――まずは今回、KERA×CROSSの第二弾として『グッドバイ』を演出し、出演もされる生瀬さんに今の率直な心境をお伺いしたいのですが。
生瀬「僕はKERAさんの作品にいくつも出ていますが、KERA作品をたくさん観てもいまして。その中でも一番印象深く、好きだったのが『グッドバイ』なんです。それで、KERA CROSSの企画の話が出た時に、実は別の作品でのオファーだったんですが、もし選べるのなら『グッドバイ』をやらせてください!と、こちらからリクエストしたんです。だって僕、初演を観に行った時にあまりの興奮からKERAさんと、キャストの(小池)栄子ちゃんと(緒川)たまきちゃんと4人で食事に行ったくらいで」
――それは、生瀬さんとしては珍しいことだったんですか。
生瀬「珍しいことですし、もう速攻でとにかく何が良かった、どこが良かったと話したかったんです。その上で、これからKERAさんはこういう路線の作品を書いたほうがいいっすよ、ぜひ再演もしてくださいよと言っていたのに、まさかその作品を自分が演出することになるとはね」
藤木「ハハハ、そうだったんですか!僕も初演は観ているんですが、太宰治の原作をKERAさんが手がけるという話だったので、どれだけ重たい作品なのかと勝手に思っていたら、ものすごい勢いで客席が笑っていて。もちろん、僕も笑いましたけどね。ここまで笑いが起きる舞台ってあるんだ、と驚いたくらいでした。面白かったし、素敵だった。今回は、その『グッドバイ』をやるというお話だったので、僕もぜひとも参加したいなと思ったわけです。主人公の田島役ということで、ハードルは相当高いと思いますが参加できること自体がとてもうれしいです」
――藤木さんは生瀬さんと初舞台で共演されていますが、どんな印象をお持ちでしたか。
生瀬「『冬の絵空』(’08年~’09年)だね」
藤木「印象も何も、事務所に入った時から常に活躍されていらっしゃる方ですから。僕の場合は、生瀬さんの快進撃をすごいなーって思いながら、ずっと見てきたので」
生瀬「快進撃って、字が違うんじゃない?快じゃなく、怪しいの怪のほうでしょ(笑)。『冬の絵空』というのは、もともとは僕が所属していた劇団そとばこまちの作品で、あの時は演出がスズカツ(鈴木勝秀)さんだったから、僕が直人くんに直接アドバイスをしたりすることはなかったんですよ、単なる共演者だったんで。だけどやっぱり思うところは、いっぱいあって。今回は自分が演出ですからね、既に直人くんにやってほしいことがたくさんあるんですよ。直人くんも言っちゃなんだけど、いい年齢にもなってきていますから、ここでもう一段階ステップアップするためのいい機会にしてほしいんです。そして僕自身としても、お芝居を始めて30何年になるんですけど、実は2019年はなんと一本も舞台の仕事をしていなかったんです」
藤木「えっ、そうなんですか!?」
生瀬「別に休もうとしていたわけでもないんだけど(笑)。だからなんだか、お芝居をやりたい気持ちがすごくたまっていて。そんなタイミングで『グッドバイ』をやることになったので、ちょっとワークショップを開いてみたり、いろいろなことをやりながら準備を進めているので、今とっても楽しみなんです」
――生瀬さんが『グッドバイ』に強く魅かれたのは、この作品のどういうところだったんでしょうか。
生瀬「ハッピーエンドだということですね。僕は基本的に、ハッピーエンドが好きなんです、それは自分がハッピーエンドで死にたいから。僕自身も、実際に死ぬ時には「あ~、楽しかった!」と言いたい、と思っていて。最後にちょっと自分の人生を振り返った時に、苦しかったし辛いこともあったけど、でもやっぱり楽しかったねって締めくくりたいんです」
――KERAさんの作品の場合は、そうではない終わり方も。
生瀬「多々あるからね。しかも、この作品はここで一度区切りがつくというような終わり方なので」
――とても気持ちのいい、ハッピーエンドですよね。
生瀬「観た人が、劇場からの帰り道で気分よく「明日からまた現実社会に戻って、がんばろう」って思えるような作品だなと思います」
――主人公の田島については、いかがですか。愛人が10人もいる雑誌編集者で、その愛人たちとつつがなく別れるために偽の妻役として美女を雇い「グッドバイ」を言いに行く、というキャラクターなわけですが。
藤木「現代ではなかなか成り立ちにくい人物ですよね、コンプライアンス的に(笑)」
生瀬「いやいや、今だってこういう人、絶対いるよ。しかも一番幸せなんじゃないかな」
藤木「えっ、幸せですかねえ?家庭がありながらも恋愛を、という人はいるかもしれませんが。あそこまで女性が大勢いて、それを対等に愛してあげるなんてことはものすごく難しい気がします」
生瀬「難しいし、体力もいる。だけど彼はきっと、本気で全員を好きなんだよ。本当なら倫理的にも、文化的にも、いろいろなことで抑制できるものだけど。俺は共感できるし、憧れちゃうな」
藤木「本能に従っているわけですね」
生瀬「しかも、田島は悪い人ではないじゃない?裏では何かしらやっていそうだけれど、それも欲望のためで。結局、物欲と性欲とで生きているわけだから」
藤木「でも、途中から急にマジメになる、堅気になるって言うわけじゃないですか」
生瀬「あんなの、きっと嘘だもん」
藤木「嘘なんですか?(笑)」
生瀬「嘘っていうか、建前を言うんだよ。そうやって建前を言うところがまた、女性にモテちゃうわけさ。それも、たぶん計算してやっているわけじゃないんだよ」
藤木「たまたま、そう見えてしまう?でも、別れ方とか、ひどくないですか?本当の妻ではない女性を連れていって、別れを告げるという」
生瀬「それも、自分の元奥さんのところに戻ろうって思ってのことだし。しかも、私が演じる連行にそそのかされてやった作戦ですからね、私が悪いんですよ、そそのかすから。だけど田島には生まれ持った容姿もあるからこそ、モテる。そういう意味でも直人くんは本当にピッタリだと思うな(笑)」
――太鼓判を押されてしまいましたね(笑)。田島は、あの素直なところが愛されるんでしょうね。
生瀬「いやあ、そこがいいんでしょう。女の人にはね」
藤木「愛されないキャラだったら、この話自体が」
生瀬「成り立たないしね」
――生瀬さんが、この作品をどう演出するのかということもすごく気になります。
生瀬「僕は、特に自分のメソッドみたいなものってないんですよ。結局お芝居ってアンサンブルが大事で、そのカンパニーの顔合わせ、パワーバランスでどういうものを作れるかだから。最初から理想みたいなものは、ないんです。稽古初日からみんなで集まって、それぞれのいいところをどうやって引き出すかを考えて。そして誰かがアイデアを出したら、おお、それは面白いねって、実際にセリフを交わしてみる。そういうところから作っていきましょう、ということなので」
――では、今の時点では確固たるものが見えているわけではなく。
生瀬「今はまだ、全然見えていないです。アイデアはいくつかありますけど。僕は演劇というものは個人技でもスター制度でもないと思っているのでね。やっぱり関係性なんですよ。そしてミザンス(立ち位置)が決まれば、自然と物語をお客様は追っていく。だからひたすらセリフを信じて、その人物の思いで演じてもらえれば。だって、KERAさんが書いた台本なんですから、当然面白いんですよ。だから、それを疑わずにセリフ通りにやればいいんです。面白いことを狙ってやろうとしなくても、その人物が真剣に困って苦しんでいれば、自然と観ているお客さん側は他人事だから面白いんですよ」
――役柄として本気で苦しんで、本気で愛すればいい、と。
生瀬「そうそう。「こいつ、バカだな~」と思えるくらいに本気でね」
――生瀬さんとしては今回、藤木さんのどんな魅力を引き出したいですか。
生瀬「藤木くんってヴィジュアル的にとってもスマートだけど、困る役って今まであまりなかったように思うんです。ステップアップだなんて言うのもおこがましいけれど、こういう田島みたいな男を演じてもキュートだね、抜群だよねって思える役でもありますから。とにかく僕を信じてもらいたいです、万が一ダメだったらすべて演出家である僕の責任にしてもらっていいので(笑)」
藤木「いやあ、楽しみです(笑)。もう、自分もいい年齢なんで、ドラマの現場とかだとスタッフも僕より若い人が多くて。だから、お芝居に対してどうこう言われることも……」
生瀬「少ないよね。みんな、優しくしてくれる」
藤木「そうなんです、とてもいたわってくれるので(笑)。僕は特に芝居の勉強をしていたわけでもないので、今回は生瀬さんにいろいろと教われることがとても心強いです。俳優としての引き出しも今はまだまだないほうかもしれないけれど、これを機に増えるのであればそんなに素晴らしい体験はないわけですしね」
生瀬「ベースはそれぞれ役者が自分で考えてくると思うんですけど、それを崩すのが演出の僕の仕事だとも思うんです。それだと非常にスタンダードだから違うアプローチをしてくれない?とか、たとえばそこでこんな感じで笑ってごらん?とか、そういう演出はするかもしれないです。そうやって、スタンダードを崩すのが自分のやり方でもあるので。いろいろな可能性というものを探りたいなと思います。でもなあ、稽古してみないとどうなるのかわからない。このキャストだし」
藤木「なんだか今回のキャストは、いろいろなジャンルの方が集まっているイメージがあります」
生瀬「面白そうですよ、キャスティングは100点満点、僕の好みです。嫌いな人はひとりも入っていない。でも、ソニンさんだけは現時点でまだ一度も会ったことがなくて。では、なぜキャスティングしたかというと、いろいろな方のソニンさんへのイメージと評価を総合したら「イケる!」と思ったから。あと何人かはオーディションしてキャスティングしました」
――とても新鮮な顔合わせですね。初演とは、かなり雰囲気が変わりそうです。
生瀬「いや、絶対にすごいことになりますよ!さらに舞台装置のほうにも、いろいろ仕掛けを考えているところです」
藤木「舞台セットにもギミックがあるんですか?うわあー、それは出る側としても楽しみだなあ!結構、いろいろな場面が出てくる物語ですもんね」
生瀬「うん。これに関しては、1年前から温めているちょっとしたアイデアがあるんですよ、まだ秘密だけどね」
――では最後に、お客様に向けてメッセージをいただけますか。
藤木「太宰治さんの未完の遺作から始まり、KERAさんがその続きを書いてお芝居にしたものを、今回は生瀬さんが演出する。こんな豪華なリレーは、他にないと思います。単純に楽しめて、笑える作品なので。令和になって初めての新年、その笑い始めにぜひ、『グッドバイ』を選んでほしいなと思います」
生瀬「この芝居の売りは、観た次の日に元気になれますよ、ということかな。それが僕の、お芝居をやる原動力でもあるので。その点でも今回は一番適した舞台になると思います。明日、元気になりたいと思う方は、ぜひ劇場に足をお運びください!」
インタビュー・文/田中里津子
Photo/植田真紗美
※構成/月刊ローチケ編集部 12月15日号より転載
※写真は本誌とは異なります
掲載誌面:月刊ローチケは毎月15日発行(無料)
ローソン・ミニストップ・HMVにて配布
【プロフィール】
生瀬勝久
■ナマセ カツヒサ
’60年、兵庫県出身。舞台、ドラマ、映画、バラエティーでのMCと幅広く活躍。俳優だけにとどまらず、劇作家、演出家としても活動。
藤木直人
■フジキ ナオヒト
’72年、千葉県出身。俳優・ミュージシャンとして活動。ドラマ『ハル~総合商社の女~』(テレビ東京系)に出演中。