2017年に竹野内豊が主演したドラマ「この声をきみに」のスピンオフとして、舞台「この声をきみに~もう一つの物語~」が2020年3月に上演される。舞台版では、ドラマでは描かれなかった場面を描き、尾上右近、佐津川愛美らが出演。脚本はドラマ版も手掛け、2021年の大河ドラマ「晴天を衝け」も控えている大森美香、演出を艶∞ポリスの岸本鮎佳が担う。朗読教室を舞台に、人と人との交流を丁寧に重ねていく物語に、佐津川はどのように挑むのか。その意気込みを聞いた。
――出演が決まった時、どんなお気持ちでしたか?
佐津川「朗読教室のお話と聞いて、私は朗読が好きなのでいいな、って思いました。ステージ上で朗読するんだろうな、と思ったんです。朗読劇も何度か出演させていただいていますが、昔から好きなんです、なぜか。小学生の時も国語が好きで…むしろ、国語しか好きじゃなかったくらい(笑)、教科書を音読するのも、読みたくって先生に当てられないかな?なんて思っていました。登場人物の気持ちを考えるのが好きでした。あと、高校生の時に、詩集を読んで聴いてもらう機会があったんですけど、その時からすごく楽しかったです。その時は、目の不自由な方に向けた朗読会だったんですが、みなさんとても集中して聴いてくださって…。想像しながら聴いてくださって、自分に無い感性で応えてくれた感じがしたんです」
――朗読を聴かせることで、自分以外の感性に触れられるような感覚があるんですね。
佐津川「そのお仕事に入る前に、おばあちゃんに朗読の仕事をすることを伝えたら、目の不自由な方が利用する施設に連れて行ってくれて、急に飛び込みでお話を聴く機会を作ってくれたんです。おばあちゃんは、地元で福祉関係のボランティアをしていたので。その時も、みなさん一生懸命に聴いてくださったんです。それがすごく嬉しくって、その感覚が自分に残っているのかもしれません」
――朗読で得られた嬉しい経験が好きな気持ちに繋がっているのかも知れないですね。
佐津川「この作品のことや朗読のことを考える中で気づいたことがあるんですけど、私はひとり旅も好きだし、ひとりでなんでもやるし、ひとりが好きなんです。映画も好きで、Instagramにも観た映画の感想をアップしているんですけど、家でひとりで映画を観ることだけは苦手なんです。Instagramに上げてある映画も、全部映画館で観た作品です。映画館で、知らない人がいっぱいいる中で、同じものを観て共有するのがいいんです。そういうものが好きなんだと思うんです。ひとりが好きだけど、人も好き、みたいな。そういう意味で、私は読書も苦手なんです。ひとりで読むものだから。でも、朗読は同じ作品を共有できる。だから、好きなんだと思います」
――読書と朗読の違いってどのようなところにあると思いますか?
佐津川「対象が自分のためだけか、誰かに伝えるために読むかっていうのは大きな違いだと思います。誰かのために読む方が私は好きなんだと思います。そのうえで、想像してもらいたいんです。解釈はそれぞれでいい。私が映画や舞台を好きなのも、それぞれの解釈でいいから。作品によって、人と感想を話したい作品とそうじゃない作品があるんです。自分の解釈だけで楽しみたい作品と、人の解釈も聞いてみたい作品。どっちの良さもあると思います」
――舞台はドラマのスピンオフという形になりますが、ドラマをご覧になった印象は?
佐津川「すごくそれぞれの個性が出ていたし、否定も肯定もあるけれど、いつもそばに優しさがあるような感じがしました。教室のメンバーをはじめ、いつも優しい人がどこかにいるんです。そこがすごく良いな、と思いました。うらやましいなって。“好きなもの”で、集まっている。私もそういう場に行ってみたいです。とても素敵でした」
――今回は先生役ですが、現時点でこんなふうに演じたいなどのイメージはありますか?
佐津川「ちゃんと先生っぽく見えたらいいな(笑)。私、先生できるのかな…? ドラマで演じられていた麻生久美子さんは、イメージが合うじゃないですか。私は…どうなんでしょう。京子先生って、ただのいい先生じゃないんですよね。そこが人間くさい部分につながるんですけど。朗読教室を開いている佐久良先生は、京子先生のことを認めつつも、こういうやり方もあるよって諭していく感じで、とてもいい先生ですよね。…私も、ちょっと落ち着いた感じを出していこうかな(笑)」
――今まで演じてこられた役どころとはまた違った役?
佐津川「そうですね。今までは、何かちょっと抱えているというか、一癖ある役が多かったんです。それももちろん楽しいんですけど、普通っぽい要素が多い役を舞台でやることはあまりなかったかもしれません。以前は普通の女子高生みたいな役はありましたけど、この年齢になってからは普通っぽい役は無かったですね。役どころが38歳と聞いて、えっ?とはなりましたけど(笑)。下がらないかな?数字で言われちゃうとね(笑)。でもビジュアル撮影の印象だと、すごく可愛らしい世界観だったので、楽しみです。セットもどんな感じになるのかな?」
――共演する尾上右近さんの印象はいかがですか?
佐津川「まだお会いできてないんです。ビジュアル撮影の時も別だったので本当に初めましてで、まっさらな状態なんですけど、そういう方と共演させて頂くことって今まであまりなかったんです。歌舞伎役者の方で、私とは違う世界で活躍されていらっしゃる方なので、いろいろなお話を聞いてみたいです。仲良くなれたらいいなと思います」
――演出の岸本鮎佳さんのご印象はいかがでしょうか。
佐津川「以前に艶∞ポリスの作品を拝見した時、すごく登場人物が多かったんですけど、それぞれのキャラクターが活きていたんです。集団心理のようなものをすごくうまく使われていて、味方っぽかった集団が、あるひと言をきっかけに団結して責めだすみたいな構図がすごく面白かったんです。演出でしっかり仕組まれている感じがしたんです。今回も、たくさんのキャラクターがいますから、そこをうまく演出してくださるんじゃないかと思って楽しみです」
――脚本の大森美香さんのご印象はいかがでしょうか。
佐津川「終始やさしさがある脚本なのは、大森さんの魅力なんじゃないかな。自分自身もほっこりしたいし、優しい作品と出合いたい(笑)。だから、大森さんの作品に出演させて頂けることがすごく嬉しいです。このお話は、好きなもののために集まっている人のお話。好きっていうエネルギーってすごいと思うんです。それに勝るものはない。私自身、好きなものを好きって言えない人間だったんです。好きなものが分からなかったし、自信もなかったし。でも30を過ぎてから、相手にどう思われようと自分が好きならそれでいい、と思えるようになりました。そこから、映画を映画館で観るのが好き、とか言葉にできるようになったんです。今までは、そんなに詳しくもないから映画好きだなんて言えるレベルじゃない、なんて思っていましたから」
――何か変わるきっかけがあったんですか?
佐津川「ひとり旅に行った時に出会った80代のご夫婦がきっかけです。ウィーンで出会ったんですけど、私はヨーロッパの文学や芸術が好きで、ご夫婦はその分野に詳しくて、仲良くなってオペラに連れて行ってくださったんです。それで私の好きなものについてお話していたら、この美術館に行くといいよ、この場所もおススメだよ、というのを教えてくださって。建築のこととかも教えてくださったんですけど、私は最初、あまり建築には興味が無かったんです。でも、行ってみたらすごく楽しくなって、一日中その建築家の建てたものを見て回ったんです。その時に、詳しくは分からなくても、これを見るのが好き、っていう気持ちだけで動いていいんだな、と気付いたんです」
――その夫婦との出会いで、好きという気持ちに素直になれたんですね。
佐津川「そうなんです。建築物を観ていたら、バルセロナのサグラダファミリアを観に行きたくなって、急遽チケットを取ってウィーンから行ってきました。その時、旦那さんは「スペインは広いから、1泊じゃもったいないよ」って仰ってたんですけど、奥様は「行きたいって思った時に行けばいいのよ」って言ってくださって。そしたら旦那さんも「そうだね。今はなんでもスマホで写真が出てきてしまう時代だけど、実際に見て何を思うかが大事なんだよ」って言われて、ハッとしました。そうだよな、と。人がどうこうじゃなくて、自分が見たいものを見て何を感じるか。それが大事なんだな、と。ちょうど1年ほど前のヨーロッパひとり旅で気づかせてもらいました」
――何気ない“好き”という気持ちが、どんどん世界を広げてくれた感じですね。
佐津川「それって素敵なことですよね。そのご夫婦とは帰国後もメル友になって、今はこういうバレエをやっていますよ、とか私の好きそうなものを教えてくれたりするんです。ご夫婦はヨーロッパの作品が好きで、ヨーロッパのものを多くご紹介くださったんですけど、私をきっかけに私が出演したドラマとか日本の作品も観るようになって。欠かさず観てくださって感想もくださるんです。「愛美さんのおかげで、日本のドラマも楽しめるようになりました。新しい楽しみをありがとうございます」っていう言葉もくださって…すごく嬉しかったです。『蝉しぐれ』を観てくださったときに、映画を観てから原作小説をお読みになってくださったみたいで、小説を読んでから映像作品をご覧になったことはあっても、その逆は初めてだったそうなんです。それも新しい楽しみ方を見つけさせてくれた、っておっしゃっていて。私にとってはすごく大きな出会いでした。私が好きでやってきたお芝居で、そんな風に思ってくださったことが、とても嬉しかったし、救いになりました」
――“好き”の原動力に改めて気付かれたんですね。
佐津川「この作品も、好きという気持ちから動いていく物語なので、そういう気持ちも表現できたらいいな、と思っています。今回の舞台が、みなさんにとっての何かきっかけとなる作品になればと思います。」
――楽しみにしています。本日はありがとうございました!
インタビュー・文/宮崎新之