いしいのりえ、岩田光央 インタビュー|カナタ presents 「10周年記念公演 あぶな絵、あぶり声~祭~」

イラストレーターのいしいのりえと声優の岩田光央によるコラボユニットが贈る朗読劇「カナタ」。さまざまな愛の表現をいしいのイラストと岩田の演出による朗読とで表し、大人の女性限定の公演を行ってきた。開始から10年を迎えた2020年、カナタ presents 「10周年記念公演 あぶな絵、あぶり声~祭~」が上演されることになった。記念すべきステージを前に、2人はどのような思いでいるのだろうか。


――10周年を迎えるわけですが、最初はどのように始まった企画なんでしょうか

いしい「最初は、ある出版社から大人向けの絵本を出してみないか、という企画をいただいたんです。実際にその企画で進行していたんですけど、担当の編集さんが退社されることになって、企画そのものが立ち消えてしまったんですね。でもせっかくなので、企画そのものを出版社から離れて私にあずからせていただいて、そこからどういうふうに形にしていくかを考えていきました。いろいろな方にご協力やアドバイスをいただいてやっていく中で、絵本単体だと厳しいかもしれないから、当時流行っていた、朗読のCDをつけて販売してみてはどうだろう、という声があったんですね。誰に読んでいただこうか、と考えていたころに、友人に誘われていった声優さんのイベントに岩田さんが出演されていたんです。そのイベントのフリートークで、岩田さんが私と同じ専門学校の出身ということをお話されていて、同じ学校出身なら話を聞いてもらえるかも?と思ってご連絡しました。」

岩田「メールで企画書をいただいたんですが、びっくりしましたね。この方、一流の方じゃないか!って。有名な雑誌などでイラストを描いている方で、僕らは当時まだサブカルチャーと呼ばれるジャンルでしたから、カルチャーからサブカルチャーの方に連絡をしてくれた!みたいな気持ちだったんです。それで企画書を読ませていただいたら、とても魅力的な内容だったんですね。実は僕自身、昔は朗読に対する魅力ってさほど感じてはいなかったんです。小学生の時の朗読の時間の印象が強くて、変にかしこまって聞かなきゃいけないような感じがしていたんですね。ただ、大人になって声に特化した仕事をしていくうち、昔の朗読の感覚がありがながらも、ずっと気になっていたんです。そんな時に、いしいさんの企画を読んで、僕の中にある朗読とはまったく違った朗読ができるはず、と思いました。直感で、これは面白くなると思いました。しかも、学校の後輩です(笑)。時期は被ってないですが、コースまで一緒なんですよ。だからきっと、同じ感覚を持っているはずと思いまして、すぐお返事しました。」

――実際に会ってみた時のお互いの印象は?

いしい「いい人だな、って思いました(笑)」

岩田「薄いなぁ~絞り出した感じだよね(笑)。無理に気を遣っていい人って言わなくてもいいから! 特に印象はありませんでもいいですよ。」

いしい「じゃあ岩田さん覚えてます?」

岩田「えーと、いしいさんと初めて会った喫茶店の印象が強くて…。僕好みのいい喫茶店だったんだよなぁ。」

いしい「いい喫茶店でしたもんね。きれいなカップが並んでて、純喫茶みたいな感じのね。もう無くなっちゃったんですけど。カナタは10年目ですが、構想期間とかを含めると13年とかそれくらい前になっちゃうんですよ。」

――絵本と朗読CD、という形から朗読劇になるまでにはどのような経緯があったんでしょうか。

岩田「絵本を出版するためにいろいろな努力をしていたんですけれど、なかなか難しくて。だったら、先に舞台にしてしまいませんか?とお話したんですね。もともとはスピンオフのような形で朗読劇もできるといいですね、という話は上がっていて、夢が広がっていたんですけど。順番は逆になりますが、僕は小劇場でずっと舞台を作っていたので、舞台ならすぐに実現できますよ、と提案しました。不思議なもので、舞台を作るために動き始めたら、またいろいろなスタッフが集まってきて、絵本も出せますよ、ってなったんですよね。」

いしい「ああでもない、こうでもないといろいろ試行錯誤しました。本公演が始まる前に、神戸の新開地で行われた映画祭の場をお借りしてプレ公演をやったのが11年ほど前でした。」

岩田「その時はまだ「カナタ」という名前もなく、曲もSEもなく、素読みといしいさんのイラストのスライドだけという非常にシンプルな状態で、15分くらいの1篇だけを、たまたま映画祭に足を運んでいたお客様だけにお届けしました。その時の反応が非常に良かったんです。新開地映画祭というのは大人の女性向けの映画を上演している映画祭で、いらしている方たちも文化として大人向けの映画を捉えている方が多くて、本当にびっくりするほど手ごたえがあったんです。「素敵ですね」と声をかけていただいたりして。そこから本格的に動き出すことになりました。そこが原型です。」

――そうやって始まったところから、2回、3回と続けていくにあたって、何が原動力になりましたか?

岩田「最初の「滴」という作品を作るとき、まず絵本ができたんですが、それがもう本当に素敵な絵本だったんです。束もしっかりあって、装丁もすごく素敵で。その絵本をもとに、舞台を作っていって、音楽も、SEも選んでいって…すべてが形になった時に、すごく嬉しかったんですよ。18歳から30歳まで小劇場で舞台をやっていて、そこからしばらく舞台を踏んでいなかったものですから、また舞台に戻ってこれたことに手ごたえを感じたんです。」

――舞台の楽しさを改めて実感されたんですね。具体的に、どんな手ごたえでしたか?

岩田「それがね、僕とゲストの森川智之さんと交互に朗読する形で、間に暗転が入るんですけど、暗転の時に一切拍手とかが無かったんです。びっくりしました。ヤバいのかな…?って。交代する度に暗転があるんですが、やっぱり拍手がない。どういうことだ?と思いながら続けて、エンドロールになった時、本当に割れんばかりの拍手を受けたんです。そんな経験はありませんでした。そうか、全体を通して見終わるまで、拍手を我慢してくれていたんだな、と気づいたんです。お客さんが、このカナタの空気を壊さずに、途切れないようにしていてくれたんだな、と。舞台人生の中で、初めての経験でした。それがすごく手ごたえになりましたね。これはちょっと面白いぞ、とワクワクしました。それが10年続けるモチベーションにもなったと思います。あと、舞台は刹那で記憶だけに残るもので、それと同時に絵本として形に残るものも生まれる。その2つを同時に手に入れることができたのは、僕にとってすごく刺激的なことでした。」

いしい「第一回の公演の時に、森川さんから「続けることが大事なんだよ」っていう言葉をいただいて、それは今でもモチベーションになっていますね。」

岩田「ちっ、先に言われてしまった(笑)。あの言葉は大きかったね。」

いしい「多分、人気声優さんが朗読をやるっていうこと自体は、キャスティングさえできれば、やろうと思えばできること。でも、それを続けていくことの大変さは、その時には全然わかっていなかったんですね。できた、やったー!っていう気持ちだけで。だから、森川さんの言葉で、続けていくっていうモチベーションを持ち続けなければならないんだな、と自覚させられましたし、それは今でも変わらず持ち続けています。」

――10年続けていく中で、大変だったことは?

いしい「ああ、もう、すごくたくさん! 天災もありましたし、チケットが全然売れないなんてこともありました。スタッフ内でケンカとかも…(笑)。小屋は抑えたけど、キャスティングができないとか、本当にいろいろありましたね。」

岩田「本当に、森川くんの言葉に試されてるんだな、って思いましたね。そんなに順調にいくわけ無いよな、というのは思っていたけれど…。天災というのは、3.11東日本大震災です。僕らは表現者として、こういうことをすることがどうなのか、ということも、とことんギリギリまで考えました。そこから復活して始めるときも…こんなにお客さんが来ないんだ、おかしいな、なんてこともありました。18歳以上の女性限定、という縛りも入れてしまったので(笑)。その条件だけで、公演できない場所もありました。そういうコンテンツじゃない、というのを分かってほしかったですけど、決まりは決まりだそうで…。縛りが無ければ、もっとお客さんは入ったのかもしれないけれど、それは僕らのポリシーというか、ひとつのプライドとして、大人の女性が満足するような作品を作るんだと誇りをもってやってきました。逆にびっくりするくらいお客さんが来てくれることもありましたからね。僕らは自信を持って、人様に伝えることができるコンテンツだと思ってやっていますけど、その感覚とお客様との違いなど、いろいろなことをこの10年で勉強させていただいたと思います。」

――10年前と今で、自分を取り巻く環境や世の中がどのように変わったと思いますか?

いしい「恋愛のスタイルがちょっと変わってきたな、というのはとっても感じています。前作の「楓」を書こうと思った時に、ゲストが蒼井翔太くんでユニセックスなキャラクターで、今までにないものを描けるな、みたいな感覚があったんですね。恋愛スタイルも、男女が知り合って、恋愛をして、体を重ねて…っていうセオリーが曖昧になってきている。それは10年前には描けなかったことだと思います。それもあって、今「あぶな絵、あぶり声」というシリーズをちょっと考え直そうかという話をしています。今までの10年と、これからの10年を考えながら、作品作りをしていきたい気持ちです。」

岩田「僕の立場から言うと、声優の立場というか市民権のようなものがここ10年ですごく上がりましたね。CDとかのメディアが不調になった分、生のライブコンテンツが増えて、競争が激しくなったように思います。毎週のようにライブやイベントなど声優が関わる仕事がたくさんあって、そことの勝負をしていかなきゃいけない。生々しい話ですが、日程とかも考慮しつつ、自分たちの唯一無二のコンテンツを作っていかないといけない。お客様に喜んでいただけるか、という部分で非常に揺れながら…守るべきものは守りたい。変えるべきものは変えていく、それを繰り返してきた10年でしたね。」

――テーマを変えていくかも?というお話が出ましたが、現在、「心の先に身体がある」をテーマにした「愛交ストーリー」という形で公演をされています。このテーマについてはどのように考えていらっしゃいますか?

いしい「私はとてもこのテーマを気に入っているんですよ。今、数ある朗読劇の中でも、普通の男女、普通の恋愛を書いた朗読劇ってあまりないような気がするんですよね。私があまり聞いていないだけかもしれないんですけど。会場の雰囲気も、きちんとスーツを着てお出迎えをするとか、美しい音楽を流すとか、生の演奏でお届けするとか、私の絵を流すとか、ミニマルだけれども、一つ一つ繊細に、上品な空間を作るという部分では、とても自信をもってお届けできるものだと考えています。そこは崩したくない。ただ、内容については、今でもそういう要素は入れているんですけど、より一層、今の人たちが楽しめるコンテンツ、共感できる内容はどういうものだろうってことについて、もっとアンテナを張っていきたいと思います。」

岩田「愛する、交わる、愛交ストーリーって、いいキャッチコピーだなと思っているんですよ。つまりは、あたりまえのことなんですよね。僕ら大人が恋愛すれば、愛情の向こうに身体を重ねることはあたりまえのことであって。10年前はそのことをあまりにも隠してみたり、濁してみたり、きれいに装ってみたりというものが多かったように思います。だからこそ、ちゃんと描こうよ、といういしいさんの感覚を大切にしてきました。セックスが目的のものではない、愛情を昇華した形がセックスであって、それが正しい世界である。それをきちんと描きましょう、っていうことなんですよね。役者としてはやりがいがあります。ファンタジーじゃなく、擦れるような息遣いなど生々しい表現も役者としてはできないといけない。いしいさんもイラストも、舞台の表現もそうなんですが、非常に余白が多いんですね。石井さんのイラストは本当にうまく余白を表現してあって、そこに読み手のイメージが重ねられる作品なんです。その余白をもってお客さんに最大限のイメージを与えて、完成させるというのが僕の演出のポリシー。そういう上質な空間でお客さんにお届けしたい。それができれば、こんな面白いことはないですから。」

いしい「大人の愛の物語、というのはカナタの持ち味として変えないで、変わらず表現していきたい。ですが、表現方法としてセックスだけが恋愛、心のつながりを確認しあうための行為ではないという部分を、もう一度考え直していきたいという気持ちでいます。より今のお客さんに満足していただける作品を作っていきたいですから。」

――この10年でお客さんの反応で何か変化はありましたか?

いしい「10年前はもっとピシッとというか、固い感じで見てくださっていたと思うんですが、もっと柔軟になってきた感じがします。本の中で、ここはクスっと笑ってほしいな、と思っていたところを笑ってくださったり、泣いてくださったりもしますし。すごく感情に素直にご覧いただけるようになったんじゃないかと思いますね。それで私は、必ず会場のすすり泣きでもらい泣きします(笑)」

岩田「皆さん泣いてくださって…なんて言ってるけど、一番泣いてるじゃん!ってね(笑)。僕はこの10年、集中力をもって見てくださるお客様に変わらず感謝しています。本当にありがたいんですよ。僕が出ていないときに袖で客席を拝見していると、一遍が終わった合間に、ずっと我慢していた咳払いをされていたり、体制を整えていたり…それで次が始まると、客席の空気もピンと張りつめて。この空間はお客様と一緒に作らせていただいているんんだな、と。お客様の集中力のおかげで、いい場の支配ができているんだな、と思います。」

いしい「岩田さんは、場の支配という言葉をよく使われるんですが、カナタにご出演いただいた声優さんはみなさん本当に場の支配が上手なんだと思います。だからこそ、集中するんじゃないかな。」

岩田「僕の演出ポリシーとして朗読劇は“劇”であるから、ほんの少し、多少は動いてもらいます。非常にミニマルな動きでね。最低限の動きの中でやってもらう。だからこそ、ふと目線を動かすだけでドキッとしたり、少しうつむくだけで何かあるんじゃないかと思ったりする。お客様が集中してみているからこそ、イメージしてもらえるんですね。非常にゆっくりな動きで、お客様がイメージをつかむまで待ったりもして。お客様のイメージ力に歩調を合わせて、うまく作っていく。それが僕の言うところの場の支配なんです。」

――そして、10周年の記念公演は「祭」ということになりました。こちらはどのようなものになるのでしょうか。

いしい「実は「祭」というサブタイトルを決めたのは、我々じゃなくてスタッフなんです(笑)。仮タイトルだったんですけど、「祭」いいじゃん!って。」

岩田「「祭」最高じゃん!ってね(笑)」

いしい「ゲストさんも本当に豪華で、公演数もとっても多いので、お祭り気分でやりたいと思っています。エントランスもみんなが楽しくなるような展示物を置いたり…顔ハメとかね。」

岩田「打ち合わせでちょっと笑いをとるために言ってみたら、それいいね! って話になっちゃって……(笑)」

いしい「そういう楽しいことも、ちょっとしてみたいな、って。グッズも、今までグッズのことまで考えられなかったんですけど(笑)、ちょっとお土産のようなものを持ち帰りたいのにな、と思ってくださっていたお客様にも楽しんでいただけるようにしたいですね。いろいろ企画中です。10周年のその先、って考えても今は何も出てこないくらい(笑)」

岩田「たぶん、漠然としたイメージは既にあるんだと思います。ただ、まだピントがあっていないというか。僕はなんだかんだ言いながら作品を作ってくださっているいしいさんを、しっかりサポートしていきます。いしいさんの作品あってのカナタですからね。その上で、公演は僕に責任がありますから…10周年記念公演は15人いますから…15編演出しないといけないんです。今までは多くても4編ほどでしたから。こりゃ大変だ、と。照明さんも演奏もね。今からゾワゾワしています(笑)」

いしい「お祭りは準備も大変ですから(笑)」

岩田「15人というのは、これまで作り上げてきた10年をバランスよく選んでいますので、この公演をやり遂げることで、この先の10年につながる何かがまとまってくるんじゃないかと思います。いしいさんのピントがバチッと合うようなインスピレーションが浮かぶような。そんな勝手な予測をしていますね。非常にプレッシャーですが(笑)」

――キャストも非常に豪華ですからね。

岩田「いや本当にみんなよく受けてくれたな、と。もっともっといろんな方にお声かけしたかったんですが、どうしても枠もあって。それでもそうそうたるメンツが賛同してくれて、集まりました。これまで出演してくださっていた方が6割、4割が初めての方です。初めての方も「ずっと気になっていたんです」と前のめりの姿勢で来てくれました。最初は“なんかいやらしい話をやってる変な集団でしょ”と勘違いされながらも10年、めげずに、曲げずに、葛藤もありながらも信じてやってきたことが、伝わっているのかな、と思います。そこが、本当に良かったなと思いますね。」

いしい「毎週のようにイベントが乱立している中、本当によく集まってくださったなという気持ちです。ひとりひとりに、想いがありますが…。森川さんには絶対出てほしかったし、個人的には仲村宗悟くんはトリビュート公演の時に、貴重品の見張り番をしてくれていたんです。当時は養成所から出て事務所に所属したばかりで、お手伝いに来てくれていたんです。そんな男の子が若手を集めたネクスト公演を経て、ようやく本公演に出てくれる。そんな成長物語もあって、もう母心ですね(笑)。10年やってきたからこそ、だと思います。本当にうれしいですね。私は声優業界から離れたところに居るので、カナタで何か仲良く一緒に作り上げたとしても、そこでサヨナラになってしまう。だから、また再会できた嬉しさもありますね。」

――最後に、10周年記念公演への意気込みをお聞かせください。

岩田「一番シンプルな言葉で言えば、お客様のために。来てくださる方々のために、みんなの総合力で最大限いいものを観ていただく、お伝えしていくというのが、何よりも基本中の基本。お祭りってなると、自分たちのイエーイ!っていう楽しい方向になりがちですが、お客様がお祭り気分で帰っていただけるように身を引き締めて、今まで以上にいい緊張感をもって頑張ります!」

いしい「この10年でいろんなエンタメが増えて、週末に何をしようかっていういろんな選択肢の中でカナタを選んでくださった。その感謝を胸に、絶対、損はさせない!という空間づくりをします。ぜひ、楽しみにお越しいただければと思います!」

 

インタビュー・文/宮崎新之