シアターコクーン・オンレパートリー2020『母を逃がす』 瀬戸康史 インタビュー

ヘアメイク:CHIHIRO スタイリスト:森保夫

まったく想像できないからこそ、やりたいと思った

 

伸びざかりの俳優は、出演作を重ねるたびにどんどん面白くなっていく。瀬戸康史もそんな俳優のひとりだろう。30代を迎え、意欲的な役柄に次々と挑戦。最新出演舞台『母を逃がす』でも間違いなく今まで表に出したことのない顔を見せてくれるはずだ。

瀬戸「作品を選ぶときは、自分が演じている姿が想像できないものを選びがちです。もちろん不安はあります。でも、それよりも試練がほしいというか。不安や恐怖を乗り越えないと、役者としても人としても豊かになれない気がするんです」


今回の役も、台本を初めて読んだときに
「想像できないと思った」という。本作は、松尾スズキが99年と10年に自身の劇団、大人計画で上演したもの。それにノゾエ征爾の演出で新たな命を吹き込む。

瀬戸「松尾さんの台本をやる上で今の自分に足りないのは野生感。大人計画のみなさんを見ても、普通の人にはないような異質感があるじゃないですか。あの個性は唯一無二。それをどう出していけばいいのか僕が聞きたいぐらいです(笑)。真似するのは不可能だと思うので、我々にしかつくれない『母を逃がす』になればと思っています」


舞台は、架空の農業集落。その閉鎖的なコミュニティを取り仕切る頭目代行の雄介を瀬戸が演じる。セックスや同性愛など松尾らしい際どい表現も飛び出すが、臆する様子はない。

瀬戸「一切抵抗はないですね。若い頃は舞台上でキスをするのも恥ずかしいという時期もありましたけど、今は羞恥心はなくなりました。上半身ぐらいいくらでも出します(笑)」

今やこうしたエキセントリックな作品はなかなか地上波では制作しづらい。劇場という閉鎖的な空間だからこそやれる作品とも言える。

瀬戸「そういう意味では、舞台はたくさんの可能性があるように感じます。まだまだ舞台の方が規制が厳しくないですし、表現の自由が侵されていない場所。だからこそ僕たちも生きていると感じられるのだと思うし、その快感があるから舞台に立つのをやめられないところはあるかもしれないですね」


頭目代行の雄介は、自らがリーダーの器でないことに思い悩む。彼の自尊心を支えるのは、婚約者の蝶子。かつて蝶子は兄の婚約者だったが、兄の子を身ごもることはなく、今は雄介の子をお腹に宿している。

瀬戸「あれだけ子どもがいる、いないに取り憑かれたのは、それが雄介にとっては生きた証だったから。彼は純粋すぎたから、ちょっといきすぎてしまっただけで。僕も自分の人生を歩む上で何かしら残したいという気持ちはある。それが子どもなのか、名誉なのかはわからないですけど。いつか自分が死んだときに、ちゃんと何かを残せたと思える人生だったらと思います」


そう未来に想いを馳せる瀬戸に質問を重ねた。いつか自分が寿命をまっとうするとき、何と言われたいか。その問いに、瀬戸は迷わず答えた。

瀬戸「『ありがとう』って言われたいです。僕の人生のテーマが感謝だから。そう言ってもらえるってことは、愛を持って周りに接してこられた証じゃないですか。だから『ありがとう』って言われて死ねたらいちばん嬉しいですね」


そう微笑む眼差しの美しさは、10代の頃からまるで変わらない。瀬戸の役者人生において『母を逃がす』はどんな作品として刻まれるのか。その答えを、劇場でしかと見届けたい。

 

インタビュー・文/横川良明
Photo/篠塚ようこ

 

※構成/月刊ローチケ編集部 3月15日号より転載
※写真は本誌とは異なります

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【プロフィール】
瀬戸康史
■セト コウジ ’88年生まれ。福岡県出身。近作に『関数ドミノ』『ドクター・ホフマンのサナトリウム~カフカ第4の長編~』など。