左:倉持裕 右:向井理
小さな田舎町で、まわりからの信頼を得るひと組の夫婦。しかしちょっとした嘘をついたことをきっかけに、二人は取り返しのつかない自体に陥ってしまう――。『リムジン』は向井理が「ぜひいつか一緒にやりたい」と願っていた相手、倉持裕が彼のために書き下ろしたもの。この特別な作品について、向井と倉持に話を聞いた。
――『リムジン』は、向井さんの「倉持さんと一緒にやりたい」というラブコールから始まっているそうですね。
向井「僕の姉が……、片桐はいりという姉がいるんですが(向井さんと片桐さんは舞台、映画『小野寺の弟・小野寺の姉』で共演)、はいりさんが「倉持くんはいいよ」とおっしゃっていて。そこで観に行かせていただいたんです。コメディもシリアスも、いろんな作品を手がけられますが、すごく丁寧に作られる方だな、あの世界に入ってみたいな、と思いました。」
――そこから、お二人が出会われて?
向井「最初は数年前にいっしょにご飯を食べて……。」
倉持「「どうやら向井くんに興味を持たれているらしい」という噂を聞いていちど食事をしました。そこで「こんな芝居をしようか」なんて話をしました。元々いつかやろうと思っていた構想の中に向井くんに合いそうなものがあったんですよ。夫婦がちいさな嘘をついて、それを隠すための嘘をまたついて、雪だるま式に罪が膨らんでいってしまう。それを向井くんがやったらいいなと思ったんです。」
――その物語が向井さんに合うと思われたポイントはどこでしょう?
倉持「ご覧の通り向井くんは一見、スマートで洗練されているじゃないですか。でもそんな人が実は内心ハラハラして「次はどうしよう」となっている姿がドラマチックというか、面白いなと。これまで自分がやってきたものとは違う、ちょっとブラックなコメディになりそうですね。『リムジン』というタイトルは、人生を優雅にまっすぐスーッと走ってそうな感じにかかっているんです。」
――向井さんから倉持さんに「こんな作品をやりたい」というリクエストはされなかったんですか?
向井「その時はただ一緒にやらせていただければということだけ。でも、倉持さんのおっしゃるブラックユーモアというか、「笑っていいのかいけないのか」ということをやれればという話はいっしょにしました。あと、僕は歌わない、と。」
倉持「それ、開口一番に言われたよね(笑)。『鎌塚氏』シリーズはいきなり歌うので。今回は大丈夫でしょう。」
向井「でも、まだ僕も気は抜いていないです!」
倉持「今回のキャストに歌のうまい人、いるかなあ。」
向井「田口トモロヲさんがいらっしゃいますよ。」
倉持「トモロヲさんに歌ってもらうか。それはいいなあ。」
悩みながら演じることに意味がある
――倉持さん、向井さんという俳優に対する印象はどんなものでしたか?
倉持「派手も地味もできる人だな、と。容姿のことばかり言うのもなんですが、かっこいいじゃないですか。劇団☆新感線に出るときには思いっきりキメて演じる一方で、『小野寺の弟・小野寺の姉』のようにちゃんと平凡な男も成立させる。それが不思議で、魅力ですよね。」
向井「いやあ、舞台は難しいですよ。舞台では「これ」という正解を見つけたことがあまりなくて、いつも「これでいいのかなあ」と不安の中でやっていることが多い。」
――そんな中で、向井さんは作品ごとに舞台で魅力的な役を演じていらっしゃいます。
向井「悩みながらやっていることに意味があるんじゃないかな、とは最近思うようになりました。役者が安心して演じているのではなく、もがきながら、つらさを感じながらやっているほうが観ていて面白いんじゃないかと。昨年の舞台『美しく青く』のときはセリフが極端に少なくて、特に悩みました。演出の赤堀(雅秋)さんに稽古中も、はては本番がはじまっても「全然わからないです」という話をさんざんしました。でも、赤堀さんが「いいんじゃない、それで」と仰っていて。だから舞台は毎回挑戦するつもりでやっていますね。」
――向井さんは映像の仕事もたくさんある中でコンスタントに舞台に出られていますが、これは「挑戦」のためにあえて、でしょうか?
向井「そうですね。もちろん映像の仕事も楽しんでやっていますが、どうしてもわかりやすさを求められること、それを無意識にやってしまうことがある。それをリセットするためにも、舞台で修行を積んでいる感覚です。舞台は、緊張で震えが止まらないときもいっぱいある。でも、そういう刺激も大事だと思っています。」
――向井さんの妻を演じるのは、水川あさみさんですね。
倉持「水川さんの声が好きなんですよ。実はかつて、僕が初めて脚本を書いたテレビドラマにヒロインの一人として出演しているんです。まわりが明確なわかりやすい芝居をする中で、彼女はすごくフラットだった。内面を大事にしていたんです。そんな縁もあって、ここへきてご一緒できるのはうれしいですね。」
向井「10年以上前から知っている仲ですし、距離を感じない相手ですね。小市民で気の小さい僕の役をうまく引っ張ってくれそう。いい戦友になれそうだなと思います。」
倉持「向井くんとの組み合わせもいいなと、明るいし。向井くんがちょっとした罪を犯して「まずいから正直に答えよう」とするのに彼女が「いや、これは隠し通しましょう」って、二人だとその画が浮かぶんですよね。私がなんとかするから、って。それがイメージできたから。」
「取り繕う」さまを見せたい
――そもそも、倉持さんがこの話を思いついたきっかけは何だったのでしょう?
倉持「昔から「夫婦が人に隠れて共謀する」作品が好きだったんです。映画『シンプル・プラン』とか手塚治虫の『時計仕掛けのりんご』とか。でも自分で書いたことはなくて、いつかやりたいとずっと思っていた。台本はこれから書きますが、この夫婦に子どもがすでにいるのか、妊娠していてこれから生まれるのか、つくろうとしているのか、どうしようか迷っているんですよ。一度お父さんとお母さんになった二人が、小さな犯罪によってもう一度男女になるという要素が入れられたらな、と。」
――今作では向井さんにどんな演技を期待しますか?
倉持「今回大事にしてもらいたいいことは「取り繕う」ことかな。まわりから求められるものを一生懸命演じてもらえたら。きっと、作品の中でこの夫婦も、まわりから「スマートだなあ、洗練されているなあ」と思われ、そう見せなくてはと二人が一生懸命やっているはず。それが取り繕うってことだから、それができたら面白いなと思います。演技というもの自体そうですけど、表面に出していることと思っていることは違う。それが悲しかったり、笑えたりしたらいいなと。」
向井「誰しも日常の中で大なり小なり嘘をついたり、場面に合わせて話し方を変えたりする。そこをうまく表現できればと思います。難しいことは考えずに、倉持さんがおっしゃった「取り繕う」を無意識にできたら。毎日稽古をやっていくと、「ここでいつもと違う間をとったら空気ががらっと変わる」というようなことがわかってきてしまうんです。それを意識せずにできたらいいなと思います。」
――向井さんは主役として、座長として何か意識することはありますか?
向井「座長だからという意識はあまりありません。この作品ではたまたま僕の役にスポットが当たっただけで、同じ作品でも別の人にスポットが当たれば別のドラマがまたあるはず。気をつけることがあるとしたら、昼夜二回公演がある最初の日に差し入れをすることですかね(笑)。」
●ヘアメイク
晋一朗(IKEDAYA TOKYO)
●スタイリスト
外山由香里
インタビュー・文/釣木文恵
写真/ローソンチケット