『火花 ~ Ghost of the Novelist ~』又吉直樹 インタビュー

小説として自分じゃない人の言葉を書くことは
ある意味、演じているのと同じかもしれない

お笑いコンビ、ピースの又吉直樹が書き上げた、第153回芥川龍之介賞を受賞した小説『火花』。映画、ドラマ、コミックとさまざまな形で展開されてきたこの作品が、ついに舞台化される。キャストには又吉本人も名を連ねるほか、観月ありさ、植田圭輔、石田 明が出演するという。キャスティングだけを見ても、一筋縄ではいかない舞台であることは明らか。果たしてどのような舞台になるのか、ビジュアル撮影の合間の又吉に話を聞いた。

――まず、舞台化されるというお話を聞いたときの印象をお聞かせください。
又吉「一番驚いたのは僕自身に出演のオファーを貰ったことですね。キャストとして、何をやるんやろって(笑)。「火花」の中では、自分が演じられるような役はないと思ってたんで。なので脚本というか、どんな演劇になるのかを見てから判断させてもらおうと思ったんです。もちろん小説には、自分に近い感覚で書いたところもあれば、ぜんぜん違うところもある。語り手の徳永が僕に近いと言われてはいるんですけど、でも出てくる女性なんかにも僕に近い部分があったりするので。まぁ、そもそも僕はお芝居がほとんどできないですからね(笑)。経験もないですし、『僕じゃないほうがいいんじゃないですか?』って打ち合わせで言おうと思っていたんですが、話を聞いてみたらすごい面白そうやな、と。そしたら、不思議と関わりたいと思うようになりましたね」


――どういったところが面白そう、と思ったのでしょうか。
又吉「映画やドラマ、マンガなど、いろいろな形にしていただきましたけど、今回の舞台がもしかしたら一番斬新で、『火花』に新しい光を当ててくれるんじゃないか。これから一緒に作っていくんですけど、より『火花』の内面に踏み込めるかも知れないですね。だから原作を読んだ方も、より楽しんでいただけるんじゃないかと思います」

――ちなみに、又吉さんは何役なんですか?
又吉「僕は、作者として。又吉役として出ます。書いた人物として出ます。芸人が芸人の話を書いている時点ですでに二重構造みたいなものですから、それを演劇にすると、さらに三重なのか、四重なのか(笑)」

――自分が本人役で出演するというプロットなどを聞いて、驚かれたんじゃないですか?
又吉「なるほどな、というか。自分が呼ばれた理由がわかりましたね。凄く面白い仕掛けだなと思いました。これを実現するならば、やっぱり僕が居たほうがいい。ややこしくなるやないですか、又吉役でまた別の役者さんが演じてると(笑)。自分が小説で書いたものを、別の形にしてくれる機会もなかなかないですし、その中で全然違うアプローチの仕方がまだ残っていて。そのアプローチを僕自身が観たい気持ちもあります。そのためには、自分が参加しないと、というところですね」


――そういう構造になっているからこそ、ストーリーを追うだけでなく本質に近づけるということでしょうか。なぜ『火花』を書いたのか、みたいな部分にも触れていけるかもしれないですね。
又吉「実際、僕自身も今回の話があって、そういうことを考えるきっかけになっていますね。すぐに答えが出るものでもないんですけど。取材を受けるたびに『実は、これはこうで…』みたいな話をすることはあるんですけど、ちょっと後付けのような部分もあったりで。自分自身でも本当の部分はわかっていない。複合的なものだと思うんです。もしかしたら、原作を読んだ方が来ても『そういう捉え方や感じ方もあるんだ』と思われるかもしれないですね」

――キャストの筆頭には観月ありささんの名前が挙がっています。舞台で共演することになりますが、印象はいかがですか?
又吉「嬉しいというか、光栄ですね。でも、怖さもあります。凄い人ですからね、観月さん。失礼じゃないですか、僕となんて(笑)。以前に番組で共演させてもらってから、とても仲良くしていただいているんですよ。出演するにあたって、楽しみとは言ってくれています。観月さんとはお酒の席で会うことが多いんですよ。なので、今回の話があって、久々に酔ってない観月さんに会いました(笑)。お互いにそうなんですけどね」


――プライベートでも仲がいいんですね。会う前の観月さんのイメージ、知り合ってからの観月さんのイメージはそれぞれどんな感じですか?
又吉「お会いするまでは、現実感がなかったですね。テレビの中の人というイメージが強かったです。いろんなタレントさんがいらっしゃいますけど、特にそういうイメージが強かった。会ってみると、ざっくばらんで優しいんです。でもまぁ、その辺りも皆さんご存知だとは思うんですけど、お姉さん的な感じで。僕とかよく怒られたりしますから、『もっとしゃべってよ』とか。逆に守ってくれることもあるんですよね。お酒の席で僕が絡まれていたら助けてくれたり」

――そんな観月さんと、俳優として同じ舞台に立つわけですが…
又吉「正直、俳優としてという心構えはまったくなかったんですけど。そうか、演じるのか(笑)。自分を演じたことはないですからね」

――本人役とはいえ、ある時点の自分を演じたり、演じるという要素は出て来そうです。ご自身では、周りからどんなイメージで見られていると思いますか?
又吉「そうですね。おとなしくて…本を書いてからは、本のイメージが強いでしょうね。年配の方からは、『本の人』って言われることが多いですから。本を書くということは、物語を書いた時点で別の人の声を書いているんですよね。それはある意味、演じていることに似ているかもしれない。そういう意味で、又吉役を僕が演じるということは、実はとても面白いことなんじゃないかとも思いますね。皆さんが持っているイメージから離れて、急に僕がはっちゃけて踊りだすようなことはないと思うんですけど、本来の自分の行動を客観的に見ている自分がいるというのは、普段の自分とは違うかもしれないですね。本来、お客さんには見せない自分かもしれない」


――舞台という形だからこそ、お客さんの前では見せなかった部分も出てくる可能性がある、と。執筆していらっしゃったときは、ご苦労もあったんじゃないですか?
又吉「作業はけっこう時間がかかって、3ヵ月ぐらい毎日書き続けていたので。でも楽しかったですね。『作家は仕事を楽しんでいるようじゃダメだ』なんて言う方もいらっしゃいますけど。でも、僕サッカーやっていたんで。ゲー吐いて、泣きながらやっているような状態も含めて、楽しいと捉えてましたね。言葉にすると難しいんですけど、しんどいけど楽しい」

――しんどさもありつつ、割と楽しんで執筆できたんですね。
又吉「…ほんまはちゃんと覚えていない(笑)。しんどかったような気もするし、楽しかった気もするし…。でも、楽しかった瞬間があったのは覚えてます。パソコンで書いてて『うわ、こんなん自分が言ったようなことじゃないみたいや』と思うような。自分じゃないみたいな言葉が出てきて、それが続いていって、自分の能力を超えたような瞬間がありましたね。もちろん、ずっとそういう状態だったわけじゃないですけど。楽しい、というか、まぁ面白かったのかな」


――それまで短編の執筆はされていましたが、中編は『火花』が初めてだったかと思います。中編を書いたことで、何かご自身の中で変化はありましたか?
又吉「よく小説を書いている人が、全体は決めていなかったとか、最期の場面も決めてなかったとかいうじゃないですか。そういうのがどうしても信じられなかったんですね。そんな怖いことできるのかな、と。でも、中編を書いていて、こんな感じになるのかな?という想定通りには、どうしてもいかないんですよ。いかないに決まっているというか。もちろん、逆算してきっちり書けばできるのかもしれないですけど…。これは絶対書きたいとおもっていたイメージも拾えなかったし、入れたかったことも入れられなかったし。短編は、書いていて取り返しがつくんで、結末が変わってもそう大きな感動はなかったんですけど。コントでオチが変わったくらいの感覚で。でも、中編も同じことなんですけど、ほんまかな?と思っていたことが、自分にも起こったんで、面白かったですね。想定外のことが起こるんだな、と」

――なるほど。そんな執筆当時の又吉さんが、舞台上にも反映されるかもしれないですね。まだまだ謎の多い舞台ですが、ぜひ最後に見どころを教えてください。
又吉「観月さんが出てくださるということももちろんですが、僕自身が作者役として出ることで、すでに場の空間が歪んでると思うんですよ。原作にあるものをみんなが完全に演じるというワケじゃなく、プラスして書いた側の感覚が混ざってくる。でも僕も芸人なんで、登場人物とも重なったりする。あと、石田(明)くんは、漫才でチャンピオンになったことのある男なんです。『火花』の中にはチャンピオンが出てこないので、途中の人間を石田くんが演じることも個人的には面白いなと思っていますね。石田くんにもチャンピオンになる前の人生があるので、そういうことを考えていくといろいろな楽しみ方ができるんじゃないかな。いろいろな見方ができる作品になると思いますよ」

インタビュー・文/宮崎新之

【プロフィール】
又吉直樹
■マタヨシ ナオキ 1980年6月2日生まれ、大阪府出身。NSC東京校の5期生で、同期の綾部祐二とお笑いコンビ・ピースを結成。芸人としての活動と並行して小説を執筆し始め、2015年に中編小説『火花』で第153回芥川龍之介賞を獲得。2017年には長編小説『劇場』を書きあげている。また、ドラマの脚本も手掛けるなど幅広い活躍を続けている。