「未来への希望は一切ない作品」にしかない希望
ハイバイは4月に予定していた二つの公演が延期になってしまった。その後岩井は、俳優が初見の台本を読み合わせる「いきなり本読み」に活路を見出し、8月には「すげー俳優」たちを迎え、念願の本多劇場公演を二日間開催、配信も含めて好評を博した。
「(感染リスクのある)稽古をせずに、舞台上でも俳優たちがソーシャルディスタンスを保っていられるという条件が、たまたま揃ってたんですよ。才能と運のある企画だなと思っています」と岩井秀人。この男、やはり持っている。
そして次は、こんな状況になる前から企画されていたという「投げられやすい石」の再々演に挑む。 かつて「天才芸術家」ともてはやされた佐藤が失踪し、数年ぶりに呼び出された友人の山田との気まずさを煮詰めたような再会を描く。2008年に岩井が作演し、主演も務めた。
2011年、震災の直前にハイバイとして再演した際にも自身で演じた「佐藤」は、すでに落ちぶれているところに、ハイバイおなじみの「不条理」を具現化したかのような登場人物、コンビニの店員から相当にひどい仕打ちを受ける……。もし震災の直後でも再演したのか問いかけると。
「日本で震災が起きる前から世界中でとんでもないことは起きていて、その人たちを傷つけるかもしれないことをしているってことで、とっくに罪悪は積んでますからね」と語った。
だから、岩井自身の「ひきこもり」体験や父親からの暴力のことなどをもとに書かれた他の代表作とは異なり、まったくのフィクションであることで本作が「他人の不幸を笑っている」と受け取られる可能性を否定も肯定もする気はないという。
「(“80%自伝”といわれる)『て』では僕の視点と母の視点からなるべく冷静に等距離に書いたけれど、この作品は登場人物全員とゼロ距離で書いた感じがある。2008年の初演時は僕も俳優や劇団をやっていく自信がなくて、そのせいで今より自分にも世界にも攻撃的で、そんな僕の怒りも恐れも全部詰め込まれている」
それは、「ひきこもっていた自分が今もそのままいる」という感覚を持つという岩井が、登場人物をも「他人」ではないと感覚しているということか。
「佐藤にも山田にも僕はいるし、恐ろしく暴力的なコンビニ店員の中にも僕はいますね」
また、岩井は自分が評価されたのも「才能ではなく、時代と運」と感じていて、だからこそ「若い俳優を見てもらう機会になれば」と、代表作とする本作を自らが期待を寄せる井上向日葵、岩男海史、町田悠宇、山脇辰哉という4人の若者に託した。2016年から「ハイバイと相性がいい俳優さんと出会うため」に、「どもども」という無料のワークショップも開催していて、さまざまカタチで伝えていこうという意識も強く感じる。
「自分が感じていたような不安や怒りや恐れみたいな心の葛藤が、今の若い人に伝わるのかなと思ったけれど、作品を読んだ俳優たちの反応を見ているとそんなにズレはないのかなと感じています」
岩井が、「未来へのわかりやすい『希望』は一切ない作品です。ずっと笑いながら書いてましたけど」と言う悲喜劇。登場人物たちの怒りや悲しみや焦りや欲望が他人事ではないんじゃないかというくらいごちゃ混ぜになってわが身に湧きおこるのに、なぜか笑ってしまっているという不思議な体験を、ぜひともしてもらいたい。
希望とは与えられる「答え」などではなく、そんな葛藤の中でふと感じるものなのかもしれない。
インタビュー・文/鈴木励滋
Photo/平岩享
※構成/月刊ローチケ編集部 10月15日号より転載
※写真は本誌とは異なります
掲載誌面:月刊ローチケは毎月15日発行(無料)
ローソン・ミニストップ・HMVにて配布
【プロフィール】
岩井秀人
■イワイ ヒデト ’03年にハイバイを結成。’12年、NHKBSプレミアムドラマ『生むと生まれるそれからのこと』で第30回向田邦子賞を、’13年には『ある女』で第57回岸田國士戯曲賞を受賞。