2018年に佐藤隆太主演、上田一豪演出で日本初演された『いまを生きる』が、2021年1月の東京・新国立劇場 中劇場を皮切りに、大阪・サンケイホールブリーゼ、愛知・東海市芸術劇場で再演される。佐藤以外はオール新キャスト。原作は1989年製作のアメリカ映画『いまを生きる』(同名)で、2016年にオフブロードウェイで舞台化されたものだ。厳格な全寮制学院に、同校OBの英語教師ジョン・キーティングが赴任してから巻き起こる、“多感な青春時代”の歓喜や葛藤やぶつかり合いに、こころ奪われた作品ファンも多いのでは。「一番やりたい職業は俳優だけど、敢えて第二希望を挙げるなら先生」と佐藤が言うのも、中学時代にこの映画を見て深く影響されたから、だそう。彼をそこまで虜にする作品と役の魅力、再演への熱い想いを聞いた。
――初演時の思い出からお聞きできますか。
「もともと僕自身が原作の映画を初めて観たのは中学時代で、すごく影響を受けた大好きな作品だったんです。そんな自分がキーティング先生を演じることになり、夢のような不思議な感覚と喜びに満ちた初演でした。
キーティング先生と生徒たちが心を通わせていく物語なので、生徒役を演じる彼らとの心の距離感を常に意識していました。稽古場の段階から、ゆっくり、少しづつでも良いから、しっかりと信頼関係を築いていきたいと思っていましたね。
本番の舞台上で役同士の関係性を見せられればそれで良いという考え方もできますが、あの大きな舞台で初めてストレートプレイに挑戦する子もいたので、もし求められるなら少しでも支えになりたかったですし、先生と生徒たちの関係性こそがこの物語の大きな柱だったので。もちろん、でしゃばった事をするつもりはありませんでしたが、一歩踏み込んだ距離感を作れたように思います。
…とはいえ冷静に考えると、この状況、自分がもっと若く結婚していたなら息子でもおかしくない様な子たちの輪に、40歳手前のオッサンが頑張って入ろうとしているようにも見えるのか!?と、ふとした瞬間に思いもしましたけど(笑)。とにかく楽しかったです。
お芝居の面だけでなく、いろんな事を共有した上で舞台に立つ事ができました。あのメンバーで初演に臨めて本当に良かったです。だからこそ、再演のチャンスはうれしいと同時に、僕以外のキャストが総入れ替えになることにプレッシャーもあります。いまは、新しいみなさんとの関係性を一から築き上げていくんだな、という楽しみと意気込みでいます。再演だからといって“慣れた”感じなんて余裕は一切ないですね。」
――先生と生徒という役上でいうと、一歩踏み込んだ距離感で“一つのクラス”なった感じでしたか?
「キャリアや経験なんかは気にせず、生徒役の一人ひとりが思ったことを口に出して、遠慮せず、恥ずかしがらず自分のやりたい事を提案できる、そんな稽古場になったらいいなと思っていました。その点は僕以上に演出の上田さんも、とにかくみんなが心地よく、自分から発信できるのを待つ、という空気を作っていらして共感しました。無理矢理作品と重ね合わせるつもりはまったくないんですけど、なんでも言い合える稽古場は、物語とリンクするところもあったかもしれませんね。」
――再演だからこその意気込みはいかがでしょう。
「再演の台本があがってきたらしっかりと読み込んで、上田さんにお会いして、演出家の狙いとして前回に課題を残しているとしたら、ちゃんと応えていけるように演じていきたいです。」
――ご自身の初演からの宿題、次はこんな風に取り組もうなどはありますか?
「初演は初演で試行錯誤してたどり着いたものなので、それは置いて新たな気持ちで再演に向かいたいです。もちろん課題は沢山あります。例えば、僕が大好きだったロビン・ウィリアムズさんのキーティング先生に比べると、僕のキーティング先生はちょっとライトになっていたかな…と思ったり。映画版をそのまま追ってなぞるつもりはありませんが、今回は人生経験の重みみたいなものと、少年のような軽やかさのバランスを、もっとうまく取れるようにしたいです。」
――中学生で初めて観たとき、どんなところに惹かれたのですか?
「ニールという生徒が役者を志しているのですが、当時の自分もお芝居に興味を持っていたので、キーティング先生に映画の中から背中を押してもらったように感じました。もし役者という共通点がなかったとしても、あの時の自分のすべてを包んで肯定してくれる存在だったように思います。キーティング先生とは映画で出会ったけれど、実生活の先生とはまた別に、大切にしたい先生です。特に中学生という多感なときに観たことが大きかったですね。いまの年齢で初めて観たのでは、印象がまた違っていたんじゃないかと思います。」
――ちなみに、実人生での先生の思い出は?
「僕はすごく恵まれていて。小、中、高、大学と、出会えて本当によかったと思える先生がそれぞれにいらっしゃいます。高校時代の先生は、僕が所属した野球部の顧問で、担任でもあったので、本当にお世話になりました。甲子園を目指した球児の夏が終わり、役者になる勉強を始めようと芸術学部を希望したのですが、それまで野球しかやってきていない僕が突然「役者になりたいんです」と言っても先生は親身になって話を聞いて下さって「お前は、だれがなんと言っても挑戦するんだろうから、がんばれ」と、僕を理解して背中を押してくれました。そして、無事に日大の芸術学部に受かり、ここでも大好きな先生と出会えたんです。大学2年でデビューし忙しくなり、だんだんと授業がおろそかになってきたとき、「せっかくここまでやってきたんだから頑張って卒業しなさい」と様々な形でフォローして下さいました。卒業後も付き合いは続いて、厳しい言葉もちゃんとかけてくれるんです。時には「最近のお前はちょっと老け込んでないか。あのときのお前らしさが……」なんて言われたりして(笑)。厳しくて、やさしい、おもしろい方です。実はあえて二番目の夢を挙げるなら、学校の先生になりたかったんです。」
――そうなんですか? それが、最初に言われた「不思議な感覚」の正体?
「そうだと思います。すごく不思議なんです。お芝居もしたい、学校の先生も素敵だな、と思ったのが『いまを生きる』という映画で、実際に自分が演じることになったんですから。この縁は何だろうと。」
――それは……、奇跡的ですね。
「はい。本当にそう思います。
…あ!初演で感じた不思議な感覚、全く違うタイプの話ですが、今突然思い出したのでこれも正直にお話ししますね。うれしかったお話です。
初日の舞台に上がって、まずびっくりしたんです。僕が今まで立ってきた舞台と客層がぜんぜん違う。もう、わっかい女の子だらけ。なんじゃこれ!やばい!と、ほんっとに緊張しました。若い生徒役の彼らの、若いファンの方々がいっぱい観に来て下さっていて。なんといいますか、初めて109や渋谷のディズニーストアに足を踏み入れたときのような…自分が慣れ親しんだ汗臭い部室とは真逆の空間ですよね(笑)。それで、あるシーンのことです。僕と校長先生(大和田伸也)が二人で会話をしているとき、視界に入る客席の、多くの人がこっちを見ていないんです!生徒たちが舞台の奥で台詞なしのアドリブを続けている、そっちに釘付けになっている(笑)。もちろんそれは悪い事ではないのですが、僕と大和田さんは物語上大事な話をしている訳です。
そこから僕の新たな戦いが始まりました(笑)。
せっかく劇場まで足を運んで下さったのだから、お目当の彼を見ながらも、物語全体の醍醐味も存分に味わって帰ってもらいたい。そんなこんなで自分なりの課題を持ちながら公演を重ねていくと、それぞれの生徒役のファンの方たちから「この作品に出会えてよかった」「キーティング先生のあの言葉が響いた」「舞台は初めてだったけど、こんなに面白いんだと気づいた」と、僕の元にも沢山の感想のお手紙が届くようになったんです。好きな出演者をきっかけに、この作品を楽しんでもらえた事が伝わって、とても嬉しかったです。
この作品には、とくに若い方々の胸に響くだろう言葉や場面がたくさんあります。全てに共感できなくても、「いまの言葉いいな」というものを、一つでも届けたい。舞台を観始めるきっかけはなんでもいいんです。ぜひ踏み出してほしいです。」
――一番目になりたい俳優で、二番目にやりたかった先生を演じる。この奇跡について、もうすこし聞かせてください。
「甲子園を目指した高校野球の最後の夏が終わって間も無く『ROOKIES』(森田まさのり)の連載が始まりました。心底惚れ込んで、将来必ず俳優になって、この作品をやりたいと願い、ちょうど10年後にその夢が叶うんです。僕にとってのヒーローである川藤先生の役で。しかも、野球部時代には辿り着かなかった甲子園で、始球式をする機会まで頂いて。感動で震えました。こんな人生なかなかないんじゃないかな。恵まれています。」
――もう一つの別の世界で本当に先生になっていたら、どうでしょう?
「やっぱり、一度はキーティング先生を真似するでしょうね(笑)。で、佐藤先生って『いまを生きる』の真似してるよね、と職員室でバレるみたいな。でも、話はちょっと逸れますが、いざ親になって子どもが学校に通い始めると、改めて学校の先生は本当に大変だなと頭が下がります。」
――キーティング先生を演じるときに大事にしていることは?
「いろいろな言葉を紡いでいきますが、言っている本人が、舞台上でまさにイキイキと「生きている」を体現しなければ、説得力がない、生徒に響かない、ということです。そこが大事であり、難しいところ。ドンとした先生らしさもほしいけれど、軽やかな身のこなしも大切です。落ち着きすぎると生徒にも観に来て下さったみなさんにも届かない。色んな意味での大胆さが必要なんだと思います。いい大人がなにをやってるんだと照れた笑いが起きようとも、そこを打ち破っていく挑戦をする。こんな大人もいいなと思ってもらえるような先生を体現したいです。」
――キーティング先生もたぶん完璧じゃないんだろうなと思います。生徒たちと一緒に育つ感じや、思いをさらけ出す感じもあるのではと。
「そうだと思います。僕も、中学で見たときの印象と、改めて見直した時の感じ方は随分違いました。キーティング先生も完璧じゃない。いろいろ苦しんだり、必死になって戦っている。上田さんともよく話しました。でもそんなキーティング先生の心の揺れをあまり解りやすく見せるのではなく、汲み取ってもらえる位のバランスがいいんじゃなかろうか、と。」
――演出の上田さんといろいろ話されたのですね。
「初演時は稽古の最初から、気になることは全て聞かせて頂きました。どんなに細かい質問でも常に丁寧に一緒に答えを探して下さって、本当に感謝しています。この作品はキーティング先生が主役というわけではないと思うんです。むしろ、生徒たちのほうが舞台上に出ずっぱり。彼らの関係性や寮生活の緊張の糸を続けさせたいがゆえに、上田さんはあえて彼らをハケさせない演出をされたんです。逆に僕は舞台から降りるタイミングが何回かあって。ただ、感情の波は大きい。だから毎日、舞台に上がる直前に「よし」と、いつも以上に腹をくくりました。その意味では、タフな作品でしたね。彼らと関係性を築けたからこそできた舞台です。ご飯もたくさん行きましたし、休演日には皆んなでテーマパークにも行きました。まるで修学旅行みたいな感じで(笑)。そうした繋がりがベースにあるから、シビアなシーンや、悲しみの感情を爆発させなくてはならない場面も、力技ではなく演じることが出来たように思います。」
――これから新しい彼らとの関係性が築かれていくのですね。どんな気持ちですか?
「ドキドキです。先生が学校を移って新しいクラスを持つとき、こんな気持ちかなと、新しいキャスト表を見ながら想像しました。」
――初顔合わせはお得意ですか?
「あまり得意ではないですね。自分から積極的に行くようなタイプに見られがちなのですが、それが出来るのは、相手の方の心の扉がすくなからず開いているのがわかってからなんです。どちらかというと人見知り。ただ、この人大丈夫だな、と思ったらそこは行かせて頂きます(笑)。ちょっと開いている扉に滑り込むのは得意なんですかね。鍵のかかった扉をこじ開けるのはなかなか出来ないですね。」
――最後に、この息苦しい時代に『いまを生きる』というタイトルの作品を上演することに、めぐり合いを感じるのですが、いかがでしょうか。
「確かに『いまを生きる』というのはとても力強いタイトルですし、内容を知らなくとも響くのではないかと思いますよね。これまでに経験したことのない大変な局面に、いまみんなが遭遇している。僕も…やっぱり、考えるんですよね。いまの自分でいいのか、この仕事を続けていいのか、ここに住み続けることが自分や家族にとって正解なのか。「どう生きるべきか」と、自分を見つめ直す時間がある。『いまを生きる』は、この時代、この瞬間、自分がなにを求め、どの道を選択するのか、自分と向き合うきっかけを与えてくれる作品だと思います。全てがハッピーエンドではないけれど、そもそも人生がそうですよね。辛いこともたくさんある、けれど、そうであっても、なんとか前を向いて進んでいく。このタイミングでの再演は何かのめぐり合わせかも知れませんね。」
インタビュー・文/丸古玲子