知らない誰かとなにげなくするおしゃべりが、コロナ禍では少なくなってしまったかもしれない。商店街でのあいさつ、コンビニのレジ、そして、駅のホームの売店。
『夢ぞろぞろ』は、とある駅の売店で働く60歳の女性と、ある日突然電車に乗ることが出来なくなった青年の、夢と記憶を巡る物語。
2019年に上演した本作を、同じ2人で再演する。稽古場の中央には、どんと大きな売店のカウンターが、夢の扉のようにぽっかりと口を開けていた。
初演のベースがあるからこその、2人芝居の信頼感
この日は稽古2日目。再演とはいえ、2人芝居の膨大なセリフ量を思い出すのはたいへんな作業ではないかと思うが、台本を手放して動きや流れの確認をする。
どこかの寂れた駅のホーム。27歳の夏目(田中穂先)はどこか具合が悪いのか……売店に立ち寄り飲み物を買おうとするけれど、店員がいない。困った彼はカウンターにお金を乗せ、商品のお茶に手をつける。すると突然、店員(小沢道成)が現れ、万引きを疑って大騒ぎする。
夏目の言い分を信じない暴走ぎみの女性店員・田中夢子と、振り回される夏目とのかみ合わない会話は、コントのようで可笑しい。
2人とも動きと台詞にキレがあるので、なおさら笑いがきわだつ。しかし、いつしかその店員と客の会話に引き込まれてしまうのは、脚本には「夏目」と「夢子」という人間が息づいているからだ。コントのような瞬発力の高い笑いの根底に、2人の抱える悩みや過去といった人物像が、丁寧に織り込まれている。
稽古では、まるで本番かのように全力での熱演。ときにセリフや段取りを確認する。「この小道具はスタッフの 磯ちゃん(演出部:磯田浩一)が受け取ってくれてたっけ?」「……あ、違う、逆だ!こっち向きに動くんだ!」。前回の公演での動きの記憶が掘り起こされていく。「からだが覚えてる感じあるよね、こっちがいいかな~って」。
けれども、前回とまるで同じ再演をするわけではない。「このままどんどん歩いていくとどうなります?」 「このセリフはここで言いたいよね」と、あらためてシーンを再構築していく。
小沢が「じゃあ「うまくいかなかった」のセリフでバッと動こうか」と提案し、すぐにやってみる。うまくいくと、2人の目が合い、納得したように頷くこともある。
「やっていくうちに、違和感を感じるはずだから」。そう言えるのは、前回の公演でしっかりと作品の土台をつくっているから。そして、2人の俳優としての信頼感があるからだろう。
ともすれば、俳優として出演する田中よりも、脚本・演出・美術・出演をかねてさらにキャリアも長い小沢の方が、力が強くなってしまいそうでもある。2人芝居なのに俳優の力関係のバランスが悪いと、観客も安心して笑えないだろう。しかし、2人は対等に見える。それは、田中の演じることに全力な姿勢と、それを受け止めようと視線をずらさない小沢の、お互いへの尊重があるからではないか。互いを認め合い、俳優としてぶつかろうとする2人の立つ空間だからこそ、観ていて引き込まれていく。
1時間弱の稽古ののち「よし、いけるよ!」と腹落ちしてきたようで、10分の休憩(換気タイム)に入った。
再演で、さらに深まるキャラクターと芝居
本作は、前に進むことができなくなった青年と、過去から離れられない女性の物語だ。2019年の初演だが、2020年6月には“その後”を描いた作品が、本多劇場Presents「DISTANCE」内で上演されている。売店で働く60歳の田中夢子という、大切な場所を無くした女性の一人芝居という設定だった。
大切な場所を無くした、とはいったいどういうことなのか?
『夢ぞろぞろ』では田中夢子の過去も描かれる。
舞台の中央で、舞台美術である売店がくるくる回る。右へ90度まわるとベンチが現れる。さらに90度まわると、約45年前の学校の校舎が現れる。そこには、女学生だった田中夢子と、ひとりの少年(田中穂先/2役)がいた。
中央の売店がぐるぐるとまわるたびに、過去と現在が混ざり合っていく。そのうちに、現在を生きる青年・夏目の心情も見え隠れしてくる。
小沢は「夏目くんの内面を丁寧にやりたいよね。きっとこういう心の動きがあると思うんだけど?」と、自分の書いた脚本を読み解いてく。さらに「夏目くんにはこういう面もあるのかな、とお客さんに感じてもらえるといいな」と、客観的な演出家の視点でも、人物像を組み立てて提案する。
それに対して、夏目を演じる田中は「夏目は、暗さを持ってる人ではあるけれど、今回は、初演の時よりもっと明るい部分が多くてもいいかもと今は思っている。」と、自分なりのキャラクターを言葉にする。小沢は「そうだね。明るい印象の人が抱える裏側が見えてくると、僕はより共感するかも!」とすぐに肯定し、2人で作品を立ち上げていく。
初演の経験があるため、稽古のすすむスピードは速い。「前回はたいへんでしたよ。なにがいいのかわからないし」「最後の方で台本を大きくカットしたりしましたね」と、2人は振り返る。
しかし再演だからといって、セリフや段取りの確認をするだけではない。小沢は「稽古って、俳優の感情を違和感なくつなげることなのかな?」と言いながら、つなげるために、さまざまな角度から2人で役を見つめ、より奥へ奥へと掘り下げている。
一度作品をつくっているからこそ、さらに登場人物の存在が生々しく、作品が分厚くなるのだと感じる稽古だった。売店がぐるぐると回転するほどに物語が深まっていくように、同じ作品の稽古と上演を何度も繰り返すほどに、芝居が深化していく。
文/河野桃子