松下洸平、河原雅彦 インタビュー|KERA CROSS 第三弾「カメレオンズ・リップ」

ケラリーノ・サンドロヴィッチの作品を気鋭の演出家たちの手で再構築し上演していく企画「KERA CROSS」の第三弾が「カメレオンズ・リップ」に決定した。本作は2004年に堤真一、深津絵里らにより初演となったクライム・コメディで、今回の演出は河原雅彦が務める。キャストには、松下洸平、生駒里奈、ファーストサマーウイカ、坪倉由幸(我が家)、野口かおる、森準人、シルビア・クラブ、岡本健一と多彩な面々が名を連ねた。一筋縄ではいかない、騙し騙されの物語を、どのように積み上げていくのか。主演の松下と、演出の河原に話を聞いた。

 

――お2人は2017年の音楽劇「魔都夜曲」以来のタッグになりますね。お互いの印象などをお聞かせください。

松下「実は「魔都夜曲」の時はあんまり時間的余裕がなかったんですよ。」

河原「台本も稽古が始まったときに1幕くらいしかなくて。キャストも、ベテランからこれからを担う若手の子たちもたくさん出ていて、混然一体としたチームでした。その中でも、洸平くんは若いけどキャリアをちゃんと積んでいるポジション。その枠ってたぶん洸平くんくらいだったじゃないかな?」

松下「それこそ僕より年下の、まだお芝居もしたことがないような子たちもいましたよね。」

河原「そういう部分では、洸平くんは最初から手がかからないお芝居をしてくれると思ってたんですけど……割と、肉食系というか、本能的な俳優さんで(笑)。思ったより動物的な俳優さんでした。それが面白いんですよ。理論派でシュッとしたようなアプローチかな、と勝手にイメージしていたんですけど、荒くれ者でした(笑)」

松下「(笑)。今でもそうですけど、当時は特に演劇とかお芝居に対して、学びの時期というか、いろいろ試そうと思っていましたから。そのスタンスは大きくは変わってないです。頭で考えるよりも、先に動いてしまう。それがいいかどうかは、現場によって変わると思うんですけど、当時はそういうアプローチでやっていたのを覚えていますね。」

河原「現場によって違うのかもしれないね。あの公演は、知っている人もたくさん出ている公演だったろうし、そういうアプローチになりやすかったのかも。面白かったよ。」

松下「河原さんは、本当に丁寧に、根気強く見てくださる方。大人数で、同じ方向を向いて進んでいかなければいけない中で、演技経験のない若手の子たちも含めて、先頭に立って舵取りしてくださる。ひとりひとり、演出を付けてくださっていた印象がありますね。」

――「カメレオンズ・リップ」を演出するにあたって、河原さんは“自分とは作品のタイプが真逆”というようなコメントもされていました。作品についてはどのような印象ですか?

河原「(ケラリーノ・サンドロヴィッチと)同じ事務所じゃなかったら、この仕事回ってこなかったと思いますね(笑)。悪い意味じゃなく、水と油くらい違う。でも、KERAさんのお芝居は当たり前のように若いころから観させてもらっていたから。なんていうか、フォン・ド・ボーみたいなものですよ。」

松下「え? フォン・ド・ボー(笑)」

河原「食べれば美味しいのは知っている、でも、自分では作らない。違う文化圏のモノ、みたいな。合わないとかそういうんじゃなくて、普段の僕の食卓にはないメニューなんです。」

 

――そんな“フォン・ド・ボー”にこれから挑戦する、と。

河原「だから、何ボーになるか分からない(笑)」

松下「“ボー”はあるんですね(笑)」

河原「“ボー”は足場。脚本はあくまでKERAさんのだから、そこに揺らぎは無いんだけど、“フォン・ド”になるかどうかは分からない(笑)。だって、フォン・ド・ボーなら単純にKERAさんが作ったほうがいいですし。こういう企画って、えてして「やっぱり○○が演出したほうがよかった」、とか言われがちなヤツなんですよ。だったら自分がキッチンに立って、「果たしてどんな料理になるのか?」ってことを、僕自身も楽しみたいと思ってる。KERAさんの舞台って、基本的に当て書きが多いし、集まってくれた俳優さんを見て、そこから物語を創作したり、ヒントにしたりしている部分も多いと思うんです。そもそも、そうやって出来上がった作品を預かるって、演出家的には難しいんですよ。フォン・ド・ボーを目指すなら、生瀬勝久さんっぽい人や犬山イヌコさんっぽい人を呼ばなきゃいけなくなるからね。」

松下「そうですね。」

河原「だから、“ちょっとやってみないとよく分かんない”くらいのカンパニーでやった方が刺激的かな、と。いろんなジャンルのいろんな感性を集めて、その人たちが“ボー”の部分、KERAさんのテキストから何を発想するか。それが、今回の「カメレオンズ・リップ」でフィードバックできたほうが楽しくなるんじゃないかな。だから、まずはやってみないとね、全然わかんない(笑)。」

松下「僕はDVDで初演を拝見して、すごさを痛感しました。でも、河原さんがおっしゃった通りで、なぞらえる必要はない。“ボー”の部分を壊さずに、しっかり新しい「カメレオンズ・リップ」を作っていかなきゃな、と思います。僕が観たものは素晴らしい完成度だったけれど、縛られずに。感じたことを素直に、そのままやっていきます。以前にも、別の方がやっていた役を、僕が演じることになったことはありました。当初はもっと前の方の演技がチラついたりするかな、と思っていたんですけど、実際に稽古に入ったらそんな余裕はない(笑)。自分のことに必死なんです。だから、前と全然違う感じにしてやろう、とも思っていないですし、そのままの気持ちで行こうと思います。」

 

――コロナ禍があって演出面でも配慮が必要な部分が出て来そうですが、そのあたりはどのように考えていらっしゃいますか。

河原「コロナ禍による変更は1カ所くらいかな。それよりも……リアルな話、お金の掛け方かな(笑)。セットも豪華だし、大雨を降らせたり、生きた魚を用意してたりね。生き物って大変なんですよ。日々のメンテナンスやら旅先への運搬やら(笑)。ほかにも仕掛けが盛り沢山だし。初演当時はKERAさんが初めてシアターコクーンに進出する、っていうタイミングだったんじゃないかな? KERAさんという才能のもとに、堤さん、深津さんを始めとする豪華キャストを招いて、やりたいことは全部やる!みたいな空気だったんだと思うんです。最初にDVDで鑑賞した時の素直な感想は、「これ面白いけど、このままできないな」って感じでした。けどね、逆にそれが良かったというか。劇場が変わったり、様々な制約は生じるけど、1から自由に発想できますからね。この企画をやるにあたって過去のいろんな作品を観させてもらったり、調べさせてもらった中で、僕的には出来るだけ古い作品を選びたかったんです。それこそ劇団健康時代のモノなんかも候補に入れさせてもらって。今のKERAさんではまず書かないようなものをやってみたくて。「カメレオンズ・リップ」はきちんと筋立てがあるお話ではあるけど、なんだかザラっとした野心のような物を感じて、そこに惹かれたって感じでした。」

松下「初演DVDの特典映像も観たんですけど、本当に、河原さんが仰った、当時の演劇界の熱さが伝わって来るようでした。楽屋でみなさんがしゃべっている姿が、すごくカッコイイなって思って。俳優さんたちのエネルギーがバシバシ伝わってきました。そのエネルギーを僕が、この「カメレオンズ・リップ」の中でどれだけ出せるのか。僕の中のエネルギーをどれだけ出せるかなんですよね。それが、作品の面白さに繋がればいいなと思っています。たくさんの嘘が入り混じった中で、削がれて削がれて、最後に生身の人間が残る。その時に、役柄同士がどう思うのか、僕自身がどう思うのか。それが楽しみです。」

河原「2004年の若かったKERAさんの筆の勢いってあると思うんですよ。当時のエネルギーが。多分、あえて整合性をとっていらっしゃらない部分もある。騙し、騙されという部分で引っ張っていると見せかけて、訳の分からない沼に引きずり込んでいく一筋縄ではいかない作品です。何度、DVDを観ても本を読んでも、ストーリー全体を本当に正しく理解できているのか自信が持てないんですよ(笑)。何か、煙に巻かれるような感じで。そこが大きな魅力なんじゃないかな。」

 

――キャスティングについてはなにか意図しているところはありますか。

河原「この間まで現場で、初演に出てた生瀬勝久さんと一緒だったんです。それで、生瀬さんはてっきり我が家の坪倉由幸さんが自分がやった役をやると思っていて、『坪倉には、俺のアクは出せないだろ(笑)』って言われたんですけど、「あ、その役はオカケン(岡本健一さん)です」って答えたら、『イメージできん!』って。逆にそそられますよね(笑)。オカケンとは同い年で昔から知り合いなんですけど、これまで一緒に仕事をする機会がなかったんですよ。まさか最初の仕事がこういう先が見えない舞台になるとは思わなかった(笑)。ファーストサマーウイカさんとペアになる役で、確かに生瀬さんが言うようにアクが強い役なんだけど、逆にスゲーいい男がやったらどうなるんだろう?って。」

 

――深津絵里さんがやった役は生駒里奈さんが演じられますが、生駒さんについては?

河原「深津絵里さんの弟が堤真一さんなんて、すごく演劇マジック。でも今回は、洸平くんの方が先に決まっていたので、年相応のちゃんとお姉さんになれる方を想定していたんです。生駒ちゃんについては、他の役の可能性も考えて本読みとかをしてもらったんですけど、お芝居がすごくお姉さんでね。想像以上に可能性を感じたんですよ。で結局、実年齢を考えると演劇マジックになっちゃった。でも、洸平くんもなんか弟感があったし、じゃあもうこの2人でやっちゃえ、って(笑)」

松下「僕は、生駒さんの名前を聞いた時に、納得感がありましたよ。まだお芝居を拝見したことは無いんですけど、楽しくお芝居ができるんじゃないかというカンが働きました。外見の印象だと、おとなしそうな感じですけど、きっと内面でいろいろなものが燃え滾っている方じゃないかな。それが弾けた瞬間は、きっとものすごい破壊力だと思います。でも、他のみなさんとも共演できるのも楽しみなんですよ。過去にご一緒したことがあるのは、シルビア・クラブさんだけ。岡本さんやウイカさんとは何度かお話したことがありますけど、お芝居をするのは初めてですから。みなさんの第一声、どういう動きをするのか――。今からああしよう、こうしようみたいなことは一切考えていなくて、ひたすらに戯曲を読み、この作品の世界観を本で感じておこうと思います。今までは、心配性なのでいろいろ準備してしまう癖があったんですけど、そういうのを一度やめてみようかと。その場で起きることを、いかに起きたことを新鮮に感じられるか。それを鍛える上で、どうなるかわからない今回のキャスティングはワクワクしますし、勉強になると思います。」

 

――ルーファスを演じるにあたり、松下さんに期待していることは?

河原「ワイルドな推進力。KERAさんの本って、「こう演じると面白くなる」的な緻密な方程式が読み取れるほど、とても完成度の高いものなんですよ。だから主演として、その中でどれだけ暴れられるかってとこを期待したい。なので今回は、上手さとか器用さみたいなものをそんなに求めなくていいかなって思ってます。たとえばKERAさんの本には笑いは不可欠で、確かに笑いが起これば観客を飽きさせないし、観客が物語についてこれているサインにもなる。けど、物語自体に十分な引きがあるので、今回はそれすらあまりこだわらなくもいいんじゃないかって。とにかく、今までよりも俳優を信じてやってみようと思います。何なら自主練したものを見せてもらうくらいの感じで(笑)。でも、それで面白くなることも多いんですよ実際。素敵な才能同士がリラックスしてお互いの意見を言い合うことで新たな発見も生まれるというか。ま、面白いテキストがあって、このメンバーとそれをリスペクトしながら作っていけば、どうにかはなるでしょ。今回音楽を依頼した伊澤一葉さん(東京事変・the HIATUS)もすでにいい感じの音源をいくつか送ってくれてますし。言っても、僕もちゃんと稽古場には行きますしね(笑)。」

 

――まったく新しい「カメレオンズ・リップ」になっていそうですね。楽しみにしています! 本日はありがとうございました。

 

インタビュー・文
宮崎新之

スタイリスト
渡邊圭祐 keisuke watanabe

ヘアメイク
五十嵐将寿masakazu igarashi