『サンソン─ルイ16世の首を刎ねた男─』稲垣吾郎 インタビュー

この1月、『No.9ー不滅の旋律ー』で3度目のベートーヴェンを演じたばかりの稲垣吾郎が、『サンソン─ルイ16世の首を刎ねた男─』で、新たな役に挑戦する。18世紀のフランスに実在した、死刑執行人シャルルーアンリ・サンソンである。日本ではあまり知られていないこの人物は、熱心なカトリック教徒で、「人間の生死を決められるのは神だけではないか」と苦悩し続けていたという。ベートーヴェンに続き、人間の苦しみや葛藤を表現することにまた飛び込んでいく稲垣は、この人物をどう生きるのだろうか。

 

──今回の作品は、安達正勝の小説「死刑執行人サンソン」を原作としながら、“坂本眞一「イノサン」に謝意を表して”とも記されています。舞台化の経緯から教えてください。

「もともとサンソンという人物との出会ったのは、僕がやっていた『ゴロウ・デラックス』という番組に坂本眞一先生がゲストで出演してくださったことがきっかけなんです。そのときに坂本先生の、サンソンのことを描いた『イノサン』という作品を読んで、僕はその世界観にものすごく惹かれたんですね。いちばん最初につかまれたのは先生の描かれる独特なビジュアルの美しさでしたが、こういう人物がいたんだということに驚かされました。タイトルにもあるように、ルイ16世をはじめ、ロベスピエール、マリーーアントワネットと、よく知られる人物たちの死刑にも関わっていた人間ですから、もっと有名になってもいいはずなのに。しかも、死刑執行というのは人間の歴史のなかに必ずあった務めで、世間からの偏見とか重圧を抱えながら任務を果たしてきたんですから、もっとフューチャーされてもいいんじゃないかと、そんなことを思ったんです。それで、何かやれないかなというお話を、『No.9』でお世話になっていたプロデューサーの熊谷信也さんや演出の白井晃さんとしていて。最初は「やれたらいいな」くらいだったのでこんなに早く実現することになってびっくりなんですけど。これまで自分からアクティブに企画したり発信したりすることがほとんどなく、いただくお仕事をこなすのが精いっぱいだっただけに、一応自分発信でスタートしてこうして形になって、本当にうれしく思ってますね。

 

──3月10日から稽古が始まったとお聞きしていますが、どんな手応えがありますか。

「ちょうど最後まであたったところなんですけど、白井さんの言葉で言うと今は、「ようやく全体的なスケッチができた」というデッサンの段階ですね。ここから肉づけして色をつけて、より濃く深く、みんなで作り上げていく作業に入っていきますが、『No.9』でもご一緒していたスタッフも多いですし、本当に自分のことを理解してくださっている、安心感と信頼のある仲間たちとまた一緒に作っていけるのは、このうえない喜びですね」

 

──サンソンをどうイメージして役作りをされているのでしょう。

「まず、こういう男がいたと伝えていく一員になれることを誇りに思っているんですけど、俳優として演じがいがある人物だなと思いますね。死刑執行という仕事を一族で続けてきてきたなかで、やはり人を殺すんですから、葛藤はあったと思うんです。とくに若いときは。それでも、正義のためであり、世の中に必要とされていて、ほかに代わる人がいないと、自分の仕事にプライドを持って続けていく。本当に強い人間だと思います。また、当時、貴族は斬首、一般市民は絞首と、身分によって処刑の仕方が異なっていて、サンソンは平等思想の観点から、誰にも平等に苦痛を感じさせないようにとギロチンの発明にも関わった人物なので。その発明によって処刑のスピードが上がって処刑の数が増えたことにもきっと葛藤があったでしょうし。あと、僕はこれはどこかルイ16世(中村橋之助)とのラブストーリーでもあると思っていて。橋之助さんがまた、本当に王子のような雰囲気の持ち主で、稽古着なのにルイ16世に見えてくるんですけど(笑)。そのくらいルイ16世を愛して、フランス国家を思っていた人物が、そのルイ16世の処刑を行わなければならなくなる。そんななかでどうしてこんなに強く生きられたのか。どういう精神状態だったのか。僕自身も、演じながら探っていけたらなと思っていますね」

 

──白井さんからは今どんな演出を受けられているのでしょうか。

「『No.9』のときもそうだったんですけど、個人的にはあまり言われないんですよね(笑)。たぶん細かいことは今後いっぱい出てくると思いますけど。ただ、この作品は何よりまず時代を作っていかなきゃいけないですから。18世紀のフランス革命の時代のパリの街や民衆を描いていって、そこから細かい人間ドラマをクリアにしていくことが大切だと思うんです。それを今、白井さんよりすぐりの俳優たちが作っているところで、主人公であるサンソンもその時代の流れは伝えていかないといけないと思うので。スケールの大きいものを目指してやりたいですね」

 

──そして脚本が、『No.9』でもご一緒された中島かずきさんです。今回の脚本の面白さは?

「中島さんと対談させてもらって、そのなかですごく印象的だったのが、ギロチンは現代社会で言うとネットにあたるのかもしれないとおっしゃっていたことです。香取慎吾くんのドラマ『アノニマス~警視庁“指殺人”対策室~』じゃないですけど、世の中が良くなるようにと思って作ったものが悪い方向に傾いていく。ネットのなかで多くが同調して熱狂していく恐怖も含め、サンソンが生きた時代を描くことは、現代に訴えるものがあると思いますね。それから、中島さんが書かれる言葉は、そこまでまっすぐ言うかっていうくらいストレートで強いから、見得を切れるし、俳優として気持ちいいんですよね(笑)。つかこうへいさんもそうでしたけど。そういえば、中島さんの劇団☆新感線のいのうえひでのりさんが演出してくださったつかさんの『広島に原爆を落とす日』とこのサンソンは、通じるものがある気がしているんです。原爆を落とすという誰もやりたくないことを自分の身を持ってやるっていうのがね、何か重なるなと、そんなことも考えたりしていました」

 

──『No.9』つながりで、三宅純さんの音楽についてもぜひ。

「これは僕も言いたかったです(笑)。『No.9』ではベートーヴェンの楽曲が主でしたけど、今回は三宅さんのオリジナル。すばらしいです。ひとつネタバラしをしてしまうと、王宮の場面で、ここが旧態依然とした場所であるということを表現していると思うんですけど、昔のバロック調の音楽を流すんですよね。それが時代錯誤みたいな感じがして面白いなと。そういうバロック音楽と、三宅さんならではのジャズが混ざっていて、音楽も楽しんでいただけると思います」

 

──舞台が続きます。改めて、舞台にはどんな魅力を感じられていますか。

「いつも同じことを言っているので申し訳ないんですけど、やはりいちばんの魅力はお客さんがいることですよね。無観客配信などニューノーマルが必要な時代ですけど、これからもお客さんと喜びを分かち合える空間であればいいなと思っています。そして、今回もそうですけど、この世界は映像ではなかなか演じられないですよね。でも舞台では、常識を超えて、ここが18世紀のフランスだと誘うことができる。あと、僕は何回もできるところが好きなんですね。もちろん映像の一発の良さも大切。その鮮度は大いに魅力的だと思います。でも、100回練習したらもっといいものになるじゃないですか。数100回やっていれば、鮮度だって取り戻せるんです。また新鮮味というものはお客さんがもたらしてくれたりもするんですよね。お客さんが入れ替われば匂いも空気の質みたいなものも変わりますから。本当に、魅力を語るとキリがないですけども、その魅力のなかでこういった得難い作品に出会えたのはありがたいことですし。今回は全国を回れるので、お客さんに出会えることをとても楽しみにしています」

 

インタビュー・文/大内弓子