ハイバイ『ヒッキー・カンクーントルネード』 岩井秀人 インタビュー

変容した世界に放つ半径3メートルの物語

 
「もうね、承認欲求の塊でグチャグチャだった頃に書いたホンですよ」

岩井秀人が作・演出を担うハイバイの代表作『ヒッキー・カンクーントルネード』が8月の東京公演を皮切りに、高知、山口、札幌の3都市で上演される。今回はワークショップやオーディションで選ばれた10名の俳優が、“拝み渡り”と“トペ・コンヒーロ”の2チームにわかれて出演するダブルキャスト編成だ。

岩井「『ヒッキー~』は10回以上の再演を重ねて、研ぎ澄まされてきた作品。物語に強度があるし、登場人物のキャラクターもしっかりしている。こういう広く知られた台本を新しいアプローチで上演することで何が生まれるか、僕自身、凄く興味があるんです」


岩井がそう考えるきっかけのひとつとなったのが、コロナ禍で立ち上げた事前稽古なしの初見台本読みライブ『いきなり本読み!』での手ごたえ。

岩井「同じテキストを使っても、演じる俳優が変わればまったく違うものになるとあらためて実感しましたし、その匂いや空気の違いは、お客さんにちゃんと伝わるんだと思いました。それって演劇のオモシロのひとつですよね」

『ヒッキー~』では10年間自宅に引きこもっている登美男を中心に、母、妹、レンタルお兄さんもどきの男性やカウンセラーによる半径3メートルの世界が展開する。

岩井「この作品を書いたのは28歳の時。当時、僕は演劇科の大学を卒業したばかりの“自称・俳優”で、そんな人間、誰も相手にしてくれなかった。演劇をやろうと思ったら、台本も自分で書くしかなかったんです。で、やってみたら、これがとんでもない勢いで書けちゃった。10代後半の引きこもり当時のことを思い出して、3日間、ゲラゲラ笑いながら大学ノートに書き殴ったんですけど、笑っているのと同時にどこかで泣いてる自分もいて。いやでも、あんな体験、後にも先にも『ヒッキー~』を書いたあの時だけです」


本作は再演を重ねるたびに国内外で高い評価を受け、岩井秀人が世に出る1枚のチケットともなった。

岩井「ここ最近、もう新作は書かないって言ってます(笑)。自分や家族のことを題材にした作品をさんざん書いてきて、今は新たなモチーフに取り組む必要性を感じないから。現時点ではこれまでの“私演劇”をいろいろな俳優さんとブラッシュアップしていくことに気持ちが向いているんでしょうね」


『ヒッキー・カンクーントルネード』前回の上演から6年が経ち、私たちの日常もすっかり変わった。

岩井「特に人との距離の取り方はコロナの影響で大きく変化したと思います。他者と会わずに家にいることを推奨され、なんなら救われている人も確実にいるだろうし、引きこもりに対しての世間の反応も、“とにかく外に出ろ”って感じでもなくなってきた。ただ、この作品に関しては、時代に合わせて内容を変えていく……みたいなことは極力したくないと思ってます」


岩井にとっての“演劇”とは?

岩井「まず自分にとってのカウンセリングみたいな一面はありますよね(笑)。抑えて抑えて溜まっていたものが、小さな穴から一気に吹きだしていく感じ。一体なにを書いたのか、なんのためだったのかが分かるのは、何年も先で」


20年以上に渡り、歌舞伎でもミュージカルでもない登場人物5人の現代劇が再演を重ねるのは稀有なことだ。それは本作で描かれる半径3メートルの世界に圧倒的な広がりと力があるからだろう。家から出ないことが良しとされている2021年の今、家から出られない登美男の物語がどう響くのか。自分の“体験”としてその結果を受け取りたい。

 

インタビュー・文/上村由紀子
Photo/平岩享

 

※構成/月刊ローチケ編集部 8月15日号より転載
※写真は誌面とは異なります

掲載誌面:月刊ローチケは毎月15日発行(無料)
ローソン・ミニストップ・HMVにて配布

 

【プロフィール】
岩井秀人
■イワイ ヒデト ’03年にハイバイを結成。’12年、NHK BSプレミアムドラマ『生むと生まれるそれからのこと』で第30回向田邦子賞を、’13年には『ある女』で岸田國士戯曲賞を受賞。