劇団た組の加藤拓也が作・演出を手がける『もはやしずか』が、4月2日に東京・シアタートラムにて開幕する。
現代における夫婦の問題をベースに、解決することのできない問題の解像度を問う物語となる本作は、長い期間の不妊に悩み、治療を経て子供を授かった夫婦が、出生前診断によって生まれてくる子供が障害を持っている可能性を示され……という物語が描かれる。
出演は、橋本淳、黒木華、藤谷理子、天野はな、上田遥、平原テツ、安達祐実。
稽古がスタートしてしばらくした頃、加藤と橋本に話を聞いた話を前・後編に分けてお届けする。今回は前編。
ふたりで企画書を作った
――加藤さんと橋本さんは、ショートドラマ『恋をたどる、』、加藤さんが主宰する「劇団た組」第18回目公演『在庫に限りはありますが』(共に’19年)、シス・カンパニー公演 『たむらさん』(’20年)、ドラマ『きれいのくに』(’21年)とタッグを組まれてきました。今回の企画はどのようにして生まれたのですか?
加藤 なんかありましたっけ?
橋本 『在庫―』の後に、「なんかまたやりたいね」とは言っていて。実際に「企画を立てよう」ってなったのは2年ちょっと前くらいですよね。コロナのちょっと前。
加藤 そうですね。
橋本 それで企画書を各所に提出して……。
加藤 企画書を作るためにプロット(作品のあらすじ)がいるから、じゃあ書きますわって感じでしたね。
――え? じゃあふたりで企画書を?
加藤 そうです。
橋本 僕の事務所に舞台制作チームがあるし、劇団公演じゃないところでやろうかって話して。プロットを事務所のプロデューサー陣に渡して、各所確認も取れて、スケジュールも決めて。加藤くんがすぐホン(脚本)を書いてくれて、その2~3か月後にはキャスティングに入って、キャストはみんな一番理想とする形で決まりました。
加藤 そうでした。
橋本 僕らの性格的に「企画を立てよう!」というよりは、もやもやして始まって、もやもやした状態でスタートして、今はその途中なんですけど(笑)。具現化できたのは、周りのみなさんおかげです。
――おふたりでやることにしたのはどうしてですか?
橋本 僕はすごく「一緒にやりたい」と思っているけど、彼が何を思っているかはわからないです。
加藤 (笑)
橋本 いやだから、「こいつとはもうやりたくねーな」と思われていたら恥ずかしいから、「やろうよ」とは言えなくて。でも「やりたいな」って気持ちはあって。そしたら加藤くんが「橋本さん、またやりましょうよ。こんな役を橋本さんにやらせたいんです」って言ってくれて、「そう言ってくださるなら」って。その後にコロナ禍が始まって、自粛期間は僕も仕事がストップしたから動けたんですよね。それで事務所の人に相談したら「すぐ動きましょう」って。だからその人がちゃんと火を点けてくれた感じです。あれがなかったら、
加藤 ぬるっとしてたかもしれないですね。
――橋本さんはすごくいろんな作家さん・演出家さんの舞台に出演されていますが、そこで加藤さんと「またやりたい」と思われたのはどうしてですか?
橋本 一緒にやって楽しかったですし、作品も面白いですし、加藤くんの作品を観る度に「やりたいな」とか「自分がやるならこうしてたな」とか思いますし。僕は思いが強いから、人がやっているのを見ると嫉妬するんですよ(笑)。あとは、俳優としていろいろ気付かせてもらえる、自分についた錆をきれいに取ってくれる、唯一の演出家だと僕は思っていて。
――ついた錆を取ってくれる。
橋本 加藤くんは、「乗っけるべき最低ラインのものだけを提示してほしい」「変な武器とかいらないからそれは一回置いてほしい」という人で。でもそういうの、やり続けていると忘れちゃうんですよ。気付いたらコン棒を持っていたりするので。そこで「あなた、コン棒持ってますよ。放してください」と言って「ああ、そっかそっか」って放させてくれるような。本当に稀有な演出家なので、定期的にやりたいです。今回もやりながら既にもう「またやりたいな」と思っていますし。でも緊張感はありますね。
――加藤さんは、橋本さんのことをどんなふうに思っているんですか?
加藤 橋本さんには「こういう役が似合うんじゃないか」っていうのがあります。藤原季節さん(加藤作品に多く出演)とかもそうですけど、そういう人が僕には何人かいます。
――キャストは一番理想とする形で決まったとおっしゃっていましたが、実際やり始めてどうですか?
加藤 (平原)テツさんも(安達)祐実さんも過去に作品で一緒にやってきたぶん、自分の演劇で求めているものやトーン&マナーへの理解をすごくされています。(藤谷)理子ちゃん、(天野)はなちゃん、上田(遥)さんも「一緒にやりたい」と言っていた方で。黒木(華)さんもすごいですよ。
――すごいですか。
加藤 最初は多分、おそるおそるでやられていたと思うんですけど。
橋本 順応度とか柔軟性が高いのかな。
加藤 純粋な表現力がきっと高い人なんですよね。ここまですごいんだっていうのは、正直驚きました。
――橋本さんは、黒木さんと過去にも共演されていますよね。
橋本 華ちゃんは舞台は3回目になります。僕、彼女にこういう芝居に出てほしかったんですよ。絶対向いてるはずなのに、やってないのは勿体ないなと思って。それでお願いして、ホンを読んでもらったら「絶対やりたいです」と言ってくださいました。加藤くんとは初めてなので不安はたくさんあったと思うんですけど、彼女は腹が座っているし根性もあるから。
――どんな方ですか。
橋本 役者ってどうしても、一個のことを言われるとそこだけ集中しちゃうんですけど、華ちゃんは、ひとつ変わると全体が変わるってことが見えている方だと思います。だから例えば、後半を変えると前半も変えなきゃいけない、みたいなことを、言われなくてもできてしまう。それができるのは、背負ってきているものが違うんだろうなって感じがします。
加藤 やっぱり一緒にやってみるまでわからないんですよ。テレビで観るといいけど、映画で観るといいけど、じゃあ演劇だとどうなの?みたいなところがある。黒木さんはそのハテナをどんどんひっくり返していきます。最初に「黒木さんはどう?」と言ってくれたのは橋本さんです。
橋本 良かったよ(笑)。僕も華ちゃんとやるのは楽しいです。
物語は、物語以上でも以下でもない
――今作について、既に出ているあらすじを読むと「不妊治療」とか「出生前診断によって、生まれてくる子供が障害を持っている可能性」とか「出産を反対」とか出てきたので、正直に言うと「観れるかな」と思いました。
橋本 そうですよね。割とショッキングな内容も含まれているので、ホンを読んでいる時は僕も怖かったです。でも多分、加藤くんが投げかけているのはそういうことじゃなくて、人間の本質的な人生観だったり死生観みたいなことだと思うから。
――はい、私も実際に脚本を読ませてもらって、自分が思ったものとは全く違う内容だとわかりました。
橋本 観る前は子供の障害とか堕胎とかに目がいきがちだと思うんですけど、観終わった時にはそこにいかないというか。もっと個人の問題だったり、他人との接し方だったり、人生観のぶつけ合いだったりが描かれていて。「でもやっぱ人間って一人だよね」ってことを、僕はとっても思いましたし。登場人物みんな言ってることは正しいと思うし、人の数だけ答えがあるなと感じる、そういう普遍的なテーマが流れている作品だと思います。笑える部分ももちろん多いですし、楽しむっていうのもなんですけど、いろんなことを感じていただけたらいいかなって。
――加藤さんは作品についてどんなふうに思われていますか?
加藤 最近の僕は、「制作物自体にメッセージはそもそも存在しない」という考え方でやっています。物語は物語以上でも以下でもない。演劇も演劇以上でも以下でもない。この作品を現実を顧みる延長として観るもよしですし、完全なフィクションとして観るもよしですし、って感じです。それに、(作・加藤拓也だけれど)僕がコントロールできるところってホンの段階までなんですよ。正直、ホンの段階でもコントロールできているかどうかちょっとわからないんですけど。作品自体がやがて持ち始める意志みたいなもの……自我じゃ届かないようなシーンとか会話に、「作」じゃ届かなくても俳優がいたら届いたりもする。
――ちなみにこの物語は橋本さんとやる、というところから生まれたんですか?
加藤 メモがあって、その中で「この男は橋本さん」みたいな感じですね。それで実際やりますとなった。ホンになるとまた形も変わったんですけど。
(後編につづきます)
【後編】「橋本淳は、いい作品になるために必要な人」加藤拓也×橋本淳『もはやしずか』対談
取材・文:中川實穗