戦後の大阪・アパッチ集落を舞台にした鄭義信版『三文オペラ』で、ウエンツ瑛士が生田斗真の“恋人”役に挑戦!

写真左より 鄭義信・ウエンツ瑛士

ベルトルト・ブレヒトにより1928年に初演され、国境と時代を越えて世界中で上演され続けてきた筋金入りの名作『三文オペラ』。差別と貧困、資本主義社会を風刺したこの音楽劇を、鄭義信が昭和30年代の大阪でたくましく生きるアパッチ族たちの物語へと翻案し『てなもんや三文オペラ』として上演することになった。主人公のマック・ザ・ナイフを演じるのは鄭とは初顔合わせの生田斗真。キャストは、見事なほどに一癖も二癖もある個性派たちがズラリと揃う。マックの恋人役を演じるウエンツ瑛士が原作では女性だったポリーを男性のポールに変更して挑むほか、渡辺いっけい、根岸季衣、福田転球、福井晶一、平田敦子といった濃い面々がパワフルに、濃密に、強烈に、命を燃やす。着々と稽古が進行中の5月中旬、稽古終わりの鄭とウエンツに、作品への想いや意気込みなどを語ってもらった。

 

――まずは鄭さんに、今作の成り立ち、いきさつについて伺います。開高健さんによるアパッチ族を題材にした『日本三文オペラ』という小説もありますが、このあたりも構想に影響はあったのでしょうか。

 どちらかというと『日本三文オペラ』というよりは、梁石日(ヤンソギル)さんの『夜を賭けて』のほうですね。梁さん自身がかつて、アパッチ族の一員だったんです。さらに金時鐘(キムシジョン)さんという詩人の方でアパッチ族の族長みたいなことをやっていらした方に、以前からお話を聞かせていただいていて。いつかその話をお芝居としてやりたいなと思っていたんです。それで、この『三文オペラ』という作品に取り組むことになった時、その話を思い出して。当時の生きることへの貪欲さはもちろん、本当に生と死がすぐそばにあるような環境のもとで屑鉄を拾って生計を立てていたアパッチ族の生活は、まさに『三文オペラ』の盗賊団の人たちの生き方にも似通っているように思えたので。あの時代のエネルギー、パワーを作品に活かせたらいいなと思ったんです。


――ウエンツさんは台本を読まれて、どういうところに魅力を感じましたか。

ウエンツ まず思ったのは、『三文オペラ』がこういう風に進化したこと、そのこと自体に驚きがありました。もう、単純に「すごいな!」という喜びもありましたね。あとは、鄭さんの書かれた言葉のひとつひとつに、エネルギーがものすごくあったこと。きっとものすごく、演じる側もエネルギーが必要な作品になるんだろうなと思いました。

 今回はもう、とにかく時間が足りなくて(苦笑)。クルト・ヴァイルの難曲があり、ダンスや殺陣もあり、やること満載なんです。おまけにウエンツは、関西弁をしゃべらなくてはいけないので、四苦八苦していると思いますよ。

ウエンツ 鄭さんがよく「今日はこれくらいにしといたる!」っておっしゃるんですけど(笑)。おそらく本当に時間がなくて、ここで終わらなきゃいけないって日もあるんだろうなーって思う時もあります。もちろん関西弁のセリフや歌の難しさもありますが、鄭さんがひとつひとつの言葉を大事にされているのが、ビシビシと伝わってくるので、僕としても言葉をしっかりお客様に届けたいということを意識しながら稽古に臨んでいます。


――キャスティングの狙いもお聞きしたいのですが、まずマックを生田さんにと思われたポイントは。

 マックは人たらしで、男からも女からも愛される人物で、性格はスパッとしていて男っぽくて。生田くんはまさに、そういうマックという人物像にとても近いと思ったんです。そしてその恋人役は誰にしようといろいろな名前が浮上した中で、最終的にウエンツがいいんじゃないか、と。ほかのキャストもとても素敵な人たちが集結してくださいました。転球さんはもともと大阪芸大のミュージカルコースを出ていらっしゃるし、まあ、いっけいさんはまったく初めての経験だそうですけど(笑)。だけど、ただ上手に歌い上げる人ではなく、多少ゴツゴツしていてもいいからエネルギーに満ちている、そんな想いを持った方ばかりがキャスティングできたと思っています。


――ウエンツさんは生田さんの恋人役だと聞いて、どう思われましたか。

ウエンツ 斗真とは小学校時代からの付き合いでしたから正直、驚きました。初めてお芝居で斗真と一緒にやれることはうれしいけれど、どんなだろう、恋人役っていうのは、と(笑)。だけど、斗真の人柄は昔から知っているわけですから、彼のことを好きになること、彼がそうやって人を好きにならせるマックを演じてくれるはずだということは明白で、それを絶対にやってくれるとも信じられたので、自分が恋人役をやることには何の心配もなかったですね。逆に僕は、斗真演じるマックをどういう風に好きになろうかなあ、と楽しみな気持ちでいたくらいです。


――鄭さんといえば、古典の名作の舞台を関西弁にした『泣くロミオと怒るジュリエット』(2020年)もあり、あの時はオールメールでやられていたわけですが。今回はマックの恋人・ポリーをポール、男性に変えたことの狙いは。

 マックは“男も女も魅了する”人なので、恋人は男性であってもいいんじゃないかと思ったんです。最初のうちは、またオールメールでやろうかなとも思っていたんですが結局ルーシーは女性が演じたほうがいいように思えたので、今回は意表をつくあっちゃん(平田敦子)をキャスティングしました。だから本来はルーシーとポリーという女性同士の争いになるわけだったんですが、でもそこは女性と男性が争っているほうが面白くなるんじゃないか、と。実際、やってみたらとても面白くなっていますので、そこは見てのお楽しみです(笑)。僕としては、特にLGBTQ問題をやろうとしたわけではなくて。ただ、原作よりは愛と希望が見える作品にしたいなと思っています。


――ウエンツさんが演じるポールはどういう人物で、彼にとってのマック、マックにとってのポールはどういう存在なのでしょうか。

ウエンツ ポールがマックのどこを好きになって、マックがポールのどこを好きになるかということに関しては、ちょうどこの間、斗真と「話そうね」と言ったきり、まだ話していないんです(笑)。ちなみにあっちゃんも「ルーシーのことをなぜマックは抱いたのか、斗真くんに聞いてみたいんだけどそういう時間が本当にないんだよね」と言っていて。それは、コロナ禍の影響で飲み会がないからかも(笑)。実際、それまではそういう場でなにげなく話題になったりしていましたからね。でもまあ、この環境がマイナスかどうかはわからないですよね、そんな想いを秘めたまま、何か表現できるかもしれないので。ただ、マック自身は僕から見ていても誰からも愛されるというか、性別関係なく確かについていきたくなる人だなと思います。ポールの境遇としては、マックに愛されるというか、そもそも誰かに愛されるということがそれまであまりなかったキャラクターだろうとも思っていましたし。しかもこの時代背景なのに、結婚までできるなんて。きっと一瞬も思い描くことが出来なかった、夢のようなことが起きているというような、その想いはすごく大事だなと思うんです。彼はおそらく小さい頃から、自分の気持ちを周りにハッキリ言うことは出来ていなかったんだと思えるし。その上アパッチ族という、マックの周りにいる人たちはものすごくエネルギーに溢れていて、そんなことも気にしないというかすべてを飲み込んでくれるような人たちで。彼らの世界に自分も入れたという喜びは、すごく大きいんだろうなということも感じながら役を作っています。


――クルト・ヴァイルの難曲を、関西弁で歌うことになりますが。その面白さ、難しさに関してはどんな想いがありますか。

ウエンツ もう、僕の場合はとにかく難しいことだらけなので(笑)。もともとある楽曲を、それも日本語の訳詞で、ということにとなると音のハマリが難しい場合もありますが、逆にそこは関西弁のほうが、英語詞のイントネーションに近いように僕は思えるんですよね。初めての関西弁のお芝居なので、現時点では正しいイントネーションはまだまだなのですが。関西弁の言葉の音のノリとか、音楽だけでなくセリフに関しても、僕はまだ出来ていないところは多いですが、それでも楽しいなとは思っています。


――鄭さんは、今回初めてご一緒されるウエンツさんにはどんな期待を寄せ、どんな注文を出そうと思われていますか。

 ウエンツ本来が持っている素直さ、可愛らしさが引き出せればいいですね。今回は可愛らしいポール像になっていますから、実際、稽古場では、日々くだらないことにもウエンツは熱心にやってくれてますね。今日もとてもくだらない実験をしたんですが、そういう実験も進んで参加してくれるし。他にもくだらないことはいっぱいやってもらっていて、申し訳ないなとは思うんですけど、本気で一生懸命やってくれるので大変感謝しております。


――くだらない実験というのは、たとえばどういう?

 それは、ここでは言えません、ネタバレになってしまうので(笑)。それはウエンツだけじゃなく、斗真にもいろいろなことを要求していて、二人にバカなことばかりやってもらっています(笑)。

ウエンツ 僕は、あっちゃんから事前に「きっと鄭さんから、くだらない要求が飛んでくると思うよ」と聞いていたので、先に身構えてはいました(笑)。それとは別に、僕が鄭さんの作品をとても素敵だなと思うのは、やはり言葉を大事にされている方だという点。僕がふだんテレビのバラエティ番組で言葉を使って遊ぶような時に、時々感じていたちょっとしたコンプレックスでもあるんですが、たとえばテンションが上がった時は決まったリズムになってしまうなとか、感情が入っていればいいという意識が自分の中にあるのか、そこにある言葉自体をしっかりと最後までお客様に届けられていないのではないかとか。テレビだったらマイクが拾ってくれたり、編集でそこに文字を載せてくれたりするけれど、でもそうではなく舞台はナマなので、目の前で起きていることとしてお客様に伝えることとは?ということを今とても勉強させてもらっている気がしているので、僕のほうこそ鄭さんにとても感謝しています。


――お客様には、この作品を通してどういった時間をお届けできたらと思われていますか。

 今はコロナ禍の最中で、戦争も起こっていたりしている状態ですが、そもそも『三文オペラ』も戦争というものが深く影を落としている作品ですからね。僕たちのささやかな日常というか、今、平和だと思っていることが実は非常に脆い、危ういものの上に成り立っていたんだということ、だけどやはり、平和、愛、希望というものは生きていくためにはとても大切であるということが、まあ、そんな大上段に構えているわけではないんですけど、観ているお客さんにはきっとビビッドに感じていただけると思うんです。特にコロナ禍で交流が少なくなった今だからこそ、そういうことも少し考えさせてくれる舞台になればいいなと思っています。

ウエンツ 僕は自分の役を演じていて思うのは、ポールは立場上、親とはなかなか意見が相容れない関係で、だけどそういう相容れない方ともちゃんと意見を交わすことが大切なんだということ。今は特に他人となかなか交流ができない時代ですが、以前から友達であっても気が合わなければ疎遠になることもあったと思うんです。ポールの場合はその相手が親なわけですが、意見がまったく合わなかったり、気が合わなかったりする。ルーシーとも最初はそうでしたしね。でも、人との関係ってそこだけじゃないんだと思うんですよ。お互いが出会った理由って、本当にあるなと思うし。そうやって出会えた人たちとのコミュニケーションは、すべてがこんなにも大事なんだと思える。まあ、これは作品のテーマとは違う部分かもしれないですけど。そういう点など、少しでも「ん?」って引っかかってくださる方がいらしたら、僕はうれしいなと思いますね。


――では最後に、お客様へ一言ずつメッセージをいただけますか。

 この作品を観ることで、とても単純に笑ったり泣いたりしていただけるだけでも僕は本当にうれしいです。コロナ禍でお客様との距離感が遠くなってしまいましたが、PARCO劇場はとても親密な空間ですから、すぐそばに人が存在し、いろいろなことを思いながらそこで生きていることをリアルに感じていただけるのではないかと思います。そうやって人と共に時間を過ごせる喜びというものを、役者と観客とが共有できれば本当にいいなと思っています。

ウエンツ お芝居を観ていただける環境が、まだ100%ではないかもしれないですが、ちょっとずつできつつある中、今回こうして公演をさせてもらえること、お客様に劇場に足を運んでいただけるだけで、まずはすごくうれしいなという気持ちでいっぱいです。そしてやはりナマの舞台ですから、僕ら役者としてはとにかくエネルギーを受け取ってもらえるようにしっかりと蓄えて、それをいい形で放出し、お芝居を楽しんでいただいて、笑って帰ってもらう。その素敵な循環ができればいいな、と思っています。

 

取材・文/田中里津子