「大人も楽しめる作品に」
東京芸術劇場『気づかいルーシー』ノゾエ征爾インタビュー

ノゾエ征爾

2015年の初演、2017年の再演を経て、今夏8~9月に全国ツアーを行う『気づかいルーシー』。松尾スズキの原作絵本を大胆に舞台化するのは、劇団「はえぎわ」主宰で、劇作家・演出家のノゾエ征爾だ。過去2度の上演で手応えを得たノゾエが、いま感じる、作品、自身、そして社会の「変化」を語るーー。

上演する度に変容されるべきだと

ーーはじめに、今作とノゾエさんの関わり方についておさらいさせて下さい。原作は松尾スズキさんの絵本『気づかいルーシー』。ノゾエさんは、脚本、演出、そして出演もされています。さらに劇中曲の歌詞も書かれていますね。

はい、そうです。あと、舞台美術の原案とかでしょうか。

ーー作品全般について、ノゾエさん自身はどのように捉えていますか?

やはり「子どもと観られる音楽劇」を僕自身あまり他所ではやっていないものですから、その意味で特別な位置付けにあると思います。でも、これを壊さないように大事にしたいとか、そういう気持ちは全くなく、上演する度に変容されるべきだと。前回(2017年の再演)から5年の月日が経ちました。出演者も、見た目はあまり変わらないかもしれないけど、それぞれの環境や感覚などは随分変わったでしょうし、「じゃあ、いま向き合って何が面白い?」ということを大事にしていきたい。今年で3度目の上演ですが、繰り返すことで強固になるものもあると思います。そこは大事にしつつ、大胆な更新も狙いたい。

ーーこれまでの上演で、お子さんたちに好評だったこと、そして大人たちに好評だったことを、それぞれ教えて下さい。

子どもは、瞬間的な単語、例えば「うんち」だとか、あるいは視覚的なネタ、「皮膚を剥かれたおじいちゃんがピンク色になる」とか、そういうものへの反応は凄かったですね。それから、音楽や歌が予想以上に響いていて、すごい嬉しかったです。大人は、「子どもと一緒に観られる」と思って観に来たら子どもよりのめり込んじゃった、という感想をよく耳にしました。

「これを子どもに見せられるか?」という想い

ーーノゾエさん自身も現在子育て中と伺いました。その経験を踏まえ、作品との向き合い方に変化はありましたか?

一番の変化は、単純に時間がなくなった(笑)。いかに短い時間に集中して仕事を進めるか、その密度が変わりましたね。普段の創作では、「これを子どもに見せられるか?」という想いが、よく頭をよぎるようになりました。「子どもも楽しめるかな?」「楽しんでもらえるかな?」と。それは今作に限らず、色々な作品を創りながらよぎることです。「もしかしたら感性の狭い作品だったかも?」と自問したり。それもあって、いわゆる「子どもだまし」というものに対して、以前より敏感になりました。実際の子どもは、そう簡単にだまされてくれない。

ーー今回お子さまの観劇予定は?

はい、観に来ます。これまでも、全然子ども向けじゃない演出作品なども、隅っこで特別に見せてもらったりしていました。

ーーその際「お父さんが創った劇だよ」という説明をされる?

そうですね。お父さんはそういう世界にいる人、ということを何となく認識しているのかな。「きょうはゲキでしょ?」とか言うので。

よりオリジナル性を強めたい

ーー先ほど「変容させたい」というお話がありましたが、大事にしている「変えないポイント」と、大胆に「変えたいポイント」について教えて下さい。

美術はさほど大きく変わらないだろうし、軸となる劇中曲も変わらないと思います。逆にそれ以外は、俳優に沿って自然と変わるかなぁ。いま強く感じているのは、以前と比べて時間の感じ方が変わったこと。社会も、僕自身も、すごく変わってきていて、時間の隙間を埋めたい、密度を濃くしたい感覚になっている。今回の創作は、その作業が増えると思う。

ーーより「要素」が盛り込まれる?

 これまでの上演には絵本特有の「余白」が反映されていて、今回はそれを埋めたい気がする。絵本の世界観を大事にする気持ちに縛られ過ぎないよう心がけ、よりオリジナル性を強めたい。

ーーそうすると、初演・再演を観ている方の印象も、今回で変わるかもしれません。

そう思います。作品テーマの「気づかい」も、以前より身近になってきている。松尾さんがテーマに気づかいを掲げたことも、いかにも松尾さんらしい視点でしたが、今は誰もがその渦中にあるというか。色々なことに気をつかったり、気疲れをしたり、みんながそこにどっぷり浸かっている。なので、より身近なテーマとして、大人も楽しめる作品になると思います。

ーー社会全体の閉塞感が徐々に強くなる時代。

そうですね。気づかいというテーマを描く真実味が、どんどん強くなる気がしています。

僕の好きな二人がそのまま板の上にいる

ーー作品を象徴する俳優・岸井ゆきのさん、栗原類さんに対して、ノゾエさんが期待することは?

二人の役は二人の実年齢と離れていっているので、その年齢差を役の上に重ねて欲しいですね。隠す必要はなくて、漏れていいと思う。ごまかさない。気をつかっても漏れちゃう感。それに関する良い方法、良い漏れ方を見つけたいです。

ーーノゾエさんから見て『気づかいルーシー』に出演中のお二人はどんな俳優に見えますか?

役になりきっているとか、そういう雰囲気ではなく、二人とも割と地続きに、それぞれの人間性、人間味、人柄を持ったまま役へ入っているように見えます。普段の二人がちょっと装いを変えて舞台へ上がってきてくれる。僕の好きな二人がそのまま板の上にいる感じ。

ーーお二人の素の魅力が濃く出ている?

出ていると思います。もちろん素のまま舞台へ上がる訳じゃないけれど(笑)。元々キラキラしたものを持っている二人なので、その素敵なものを他の俳優と交わりながら広げてくれるはず。

ーー岸井さん・栗原さんのファンの方々も心待ちにしている一作だと思います。では最後に、上演を楽しみにしているお子さんへ、それから、楽しみにしている大人へ、一言ずつメッセージを頂戴できれば。

この作品は、歌も踊りも盛り沢山で、お話もちょっと変わった面白さを感じてもらえるだろうし、お子さんには「全部を楽しみにして劇場へ来て下さい」と伝えたいです。大人には、そうですねぇ……。一応「子どもと観られる音楽劇」と謳っていますが、気づかいというテーマも含めて、むしろ大人が観て突き刺さる作品に年々なってきていると感じます。歌や踊りだけでなく、物語も含めた演劇空間自体を楽しみに来て下さると嬉しいです。

取材・文/園田喬し
撮影/阿部章仁