ハイバイ『ワレワレのモロモロ2022』岩井秀人インタビュー 「事実とフィクションとの往来を楽しんでほしい」

©️平岩享

俳優が自分の体験を“演劇”として見せる『ワレワレのモロモロ』が帰ってくる。さまざまな場所から集まったおもしろくカラフルな人たちがどんな世界を立ち上げるのか。脚色・演出の岩井秀人に話を聞くうちに、岩井自身の小さくて大きな変容もふと見えてーー。

――『ワレワレのモロモロ2022』も気になる出演者が揃いました。

岩井「本来は2020年に『ヒッキー・カンクーントルネード』とともに上演する予定でしたが、コロナ禍で一旦中止になり、その時のキャストに加え、当時はスケジュールの都合で出られなかった人や、僕がやっている俳優や作家のワークショップに参加してくれているメンバーの中から特におもしろい人材に集まってもらいました。下は21歳から、上はそのお父さん世代まで、年齢やバックボーンを含め幅広い座組みになっています」

――現時点では本稽古前、それぞれの台本がほぼ固まったところだとうかがっています。

岩井「台本制作には約4か月くらいかけました。6月中旬から最初の上演地、長野県の上田市に約3週間滞在してそれぞれの台本を基に本格的な稽古に入ります」

――台本制作の過程はこれまでの方法と変わりない?

岩井「変わってないです。自身が経験したことを僕を含めた他のメンバーの前で語り、その時の反応も意識してそれぞれ一人称の台本に起こし、プレ稽古やディスカッションを進めながら練って固めていく方法ですね」

――俳優が自身の経験を“演劇”にする過程で通常とは違う葛藤が生まれる気がします。

岩井「それはありますね。大体の台本ができたところで、それぞれホンを読んでみる時間があったのですが、そこで「僕の台本だけ異常にモノローグが多くないですか?」って不安になっちゃう人もいたり。まあ、そんなの全然大丈夫なんですけど、俳優さんは作っていく過程で当然いろんな壁にブチあたります。さらに『ワレワレのモロモロ』で彼らが演じるのは、基本、自分自身ですから、既存の台本の役をやるのとはぶつかる壁の質も変わってくると思います」

©️平岩享

――今回はどんな作品が集まったのでしょう。

岩井「カラフルなエピソード満載です。“ハイバイ劇団員なのにほぼ公演に出ない川面千晶”は出産のエピソードを持ってきましたし、2年前にスケジュールの都合で出演が叶わなかった秋草(瑠衣子)さんは、某歌劇団を卒業した後に足を踏み入れた新宿二丁目でのアレコレを演じてくれます。他にも俳優の卵の心象風景や女子の恋心など、世の景気の悪さを笑い飛ばせる新作が揃いました」

――以前の岩井さんのインタビューを読み返すと、書き手でもある俳優それぞれが体験した「酷い話」に強めのフォーカスがあったようにも感じるのですが、今回はそこに特化はしていない?

岩井「もちろん今回も「ひでぇ瞬間」は出てきますが、俳優さんたちに台本を立ち上げてもらう過程で「重くて酷いエピソード」にこだわってはいないですね。むしろ落ち着いてお客さんに明るい気持ちで観てもらえる話も多いんじゃないかと」

――それは全体を構成し、演出を担う岩井さんご自身の変化と関係があったりするのでしょうか?

岩井「ああ、どうだろう……でも、あるかもしれないです。『ワレワレのモロモロ』を始めた当初は、僕自身の「酷い話」、特に父親や家族とのエピソードを演劇として発表したから多くの人に観てもらえたという思いも強くて、人に自分の表現を観てもらうなら、「とてつもなく酷い話」や「死ぬほど傷ついた時のこと」を書かないとダメなんだ、そうしないと人に見せる価値なんてないっ!みたいな意識が今よりずっと強かったかもしれないです」

――今は違う?

岩井「今はそんなにドン底にいた時のことを背負って生きていかなくても、人にはいろんな瞬間が訪れるし、過去を思いっきり引きずる必要はないかもよ、って思います。それはひきこもりについても近いものがあって、以前は明確に「無理して外に出なくてもいい」派だったんですけど、今は僕個人のスタンスとしては「できれば外に出た方がいいよ、その方が絶対楽しいから」って考えるようになりました」

――とてもニュートラルにお話しくださっていますが、クララが立つ瞬間を見たハイジの心境です。

岩井「そんな大事件じゃないですけどね(笑)。多分、そういう変化って、僕が「作家である」ことへのこだわりがほぼなくなったからだと思うんです。今は「夏が好き」って堂々と人に言えるようになりましたし」

――ちょっと意味が分からないです(笑)。

岩井「ですよね(笑)。なんか作家って、夏が好きって言っちゃいけない感じがあるんですよ。あと、僕、スキーが超得意なんですけど、それをずっと内緒にしてました。ひきこもりだったのは本当だけど、夏が好きとかスキーが得意って公言すると、ビジネスひきこもりって疑われるんじゃないかって。作家って、創作の過程において苦しんでいる姿も見せないと許されない空気があると感じるんです。今はその呪いから解き放たれたので、めちゃくちゃ楽しく自転車に乗ったり、山梨でブドウ栽培を手伝ったりしてます、シャインマスカット」

――おもしろいです、安易に結び付けてはいけないですが、そういう岩井さんの心持ちが今回の『ワレワレのモロモロ2022』にビビッドに反映される気もしてきました。

岩井「人って本当に苦しい経験をした時はさらにキツい過程を経て、一旦いろいろなものを殺さないとふたたび立ち上がれないこともあるじゃないですか。以前は『ワレワレのモロモロ』がその手助けじゃないですけど、誰かが過去を克服して歩き出すための一部を担っていたところもあると思います。でも今は、自分のキツい状態を他者のせいにして生きる方がツラいんじゃないかとも思うんですね。あなたがそこで立ち止まっている理由、じつは他人じゃなくて自分の中に在るかもしれないよ?って。そんな風に考え方がシフトしていった根底には、自分が憎んできた父親のことを書いた『夫婦』や、家族を題材にした『て』の上演を経たことも当然あるとは思いますが」

――クララが三回転半ジャンプを決めるのを目撃したハイジの心境です。『ワレワレのモロモロ』、そもそものヒントのひとつが、私たちが卒業した演劇科の大学の課題でやる「自画像」かと思っているのですが、合ってます?

岩井「合ってます。自分自身のことをモノローグ基調の芝居にして、同期の前で演じるアレですよね。今、僕がやっていることと違いはいろいろありますが、ヒントにはなっています」

――演劇科の学生時代、岩井さんがどんな「自画像」を演じたのか聞いてもいいですか。

岩井「僕はひきこもりの後に入学したので、皆より4歳くらい年上でしたけどね。同期の男子が高校野球の地区大会で決勝まで行けたけどその先には進めず悔しかった……みたいな話をやったら、指導の先生が「誰がお前の自慢話を聞きたいんだ!」ってめちゃくちゃ怒って、場がシーンとなったのを覚えています(笑)。そこからなんだか、内面の負の感情と向き合う……みたいなボソボソ声のモノローグをやる人ばかりになっちゃって、僕はなんとかその筋から逃げようと、多摩川の土手を彼女と散歩していたら、すぐ近くの遊園地が砂のように崩れていつの間にか彼女もいなくなった、って話を自分で書いて演じた記憶があります。なにかを強く表現したいというより、いかに怒られずにその場を切り抜けられるかにすべてを賭けてました(笑)」

――それ、岩井さん主演でリバイバル上演してください。最近では演劇の課外活動、ではないですが、俳優さんの個人レッスンもやられていますよね。

岩井「1時間、ほぼマンツーマンで俳優さんと向き合ってます。といっても、必ず女性スタッフもその場に同席してくれていますが。コロナ禍で人と集まることが良しとされなくなって、どうしていいのかわからなくなっていたり、そもそも1人でもできる稽古方法があるって知らない俳優さんも多いんですよ。こんなおもしろい人、どこに隠れてたんだ!みたいな俳優さんも参加してくれて、このレッスンも僕にとっては才能ある人との出会いの場になっています」

――ハイバイとしては久しぶりの『ワレワレのモロモロ2022』、夏が好き!と堂々と言えるようになった岩井さんと俳優さんたちがどんな世界を見せてくれるのか楽しみです。

岩井「もちろん、『ワレワレのモロモロ』で語られることは、俳優さんたちが実際に体験した事実がベースになっていますが、そこだけに強いベクトルを置いていないので、事実と演劇作品としてのフィクション部分との行き来も楽しんでもらえると思います。その狙いとして、今回は美術や衣装もこれまでの日常的なものとは違ったテイストにする予定ですし。とにかく俳優さんたちがどえらくチャーミングな人たちばかりなので、きっと彼らを好きになってもらえると思いますよ」

――もう一声!

岩井「僕が“ザ・ハイバイ”だと思って信頼している板垣雄亮さんや後藤剛範くんも助っ人俳優として参加してくれるので、お得な感じになってます!あと、東京公演のみになりますが、ワレモロ不朽の名作『ザ・シャワー』の上演もあります……あの、もう2時間くらい経ってるんで、そろそろ帰ってもらっていいですか(笑)?」

取材・文 上村由紀子