七月大歌舞伎 第三部『風の谷のナウシカ 上の巻 -白き魔女の戦記-』公演迫る!中村米吉 独占インタビュー!!

可憐さ抜群の注目若手女方・中村米吉が
歌舞伎座初登場の『風の谷のナウシカ』を語る!

 

2019年に歌舞伎舞台化して大きな話題となった『風の谷のナウシカ』が、七月大歌舞伎の<第三部>として歌舞伎座初登場!初演時に<昼の部>として上演した物語の前半部分を中心に、今回は皇女クシャナにスポットを当て『白き魔女の戦記』というサブタイトル付きの<上の巻>として、新バージョンで上演する。初演でナウシカ役だった尾上菊之助が今回クシャナを演じ、前回ケチャ役で出演していた中村米吉がナウシカに扮することになった。宮崎駿監督による1984年の映画版での名場面もたっぷり含まれるこの<上の巻>で、歌舞伎版の新ナウシカはいかに可憐に純粋に、自然を愛し平和を求めて戦うのか。米吉に、現在の心境や作品への想いなどを訊いた。

――『風の谷のナウシカ』が3年ぶりに再演されることになり、そのナウシカ役に抜擢された時の率直なお気持ちは?

誰かと間違えてません!?という所でしょうか(笑)。いや、これは冗談ではなく本当に「私でいいんでしょうか?」ということは、再三申し上げたくらいでして…。

――第一報は、どういう状態でお聞きになったのですか? 

会社の方から「ちょっとお耳に入れなければいけないことが……」と言われて、とにかく驚きました。「いやいや、本当に私で大丈夫なんですか?」と。その話の中で今回は『白き魔女の戦記』というサブタイトルが付き、クシャナに注目して再構成するということをうかがいました。でもたとえクシャナに注目していただくとしても、『風の谷のナウシカ』であることには違いがないので。

――一番大きな字のタイトルですし(笑)。それでも「やってやろう!」と思われたのは……

いや、「やってやろう!」と言うことよりも不安が先に勝ってしまって、そう思えたかどうか…

――まだ、思っていない?(笑)でもお引き受けしたわけですよね?

製作サイド、そして何より菊之助兄さんが本当に私でいい、というのなら、ありがたくお受けさせていただきますよ。これだけ世界的に知名度のある作品でタイトルロールをやらせていただけるということは、ありがたいという言葉以上のものがあります。しかも初演からウン十年経って、昔こういうものをやっていましたよね、ちょっと再びやってみましょうか、ということではない。つい3年前に初演した大変な話題作です。もしくは私がナウシカで、クシャナには年齢の近いお兄さんや同世代の人での上演ということでもなく。前回ナウシカをやられた菊之助のお兄さんがクシャナをおやりになって、かつ演出にお入りになって、その上で私がナウシカをさせていただけるなんて。さらに、又五郎のおじと錦之助のおじ、彌十郎のおじさまを始め、諸先輩方も出られます。かつ(尾上)右近くんは続投で、莟玉くんといった同世代の仲間と一緒にさせていただけることは本当にありがたいですし、生半可な気持ちでは決してやれないです。そして何より、歌舞伎座でさせていただけるわけですから、やはり特別な気持ちにもなりますよね。ただ怖がっているだけではなく、させていただく以上は先輩たちの胸を借りつつ、できないなりにも自分としては一生懸命やっていきたいと思っております。

――初演で菊之助さんが演じられたナウシカともまた違う、米吉さんならではのナウシカは今の時点ではどんな風に演じてみたいと思われていますか?

そうですね、私なりに、という言葉が正しいのかどうかまだわかりませんが、でもやはりお兄さんと私とでは、役者としての経験値も全然違いますし。やはりちょっと雰囲気が変わってくることと思います。今回、菊之助のお兄さんが演じるクシャナと、私が演じるナウシカというのは役同士の関係と役者同士の関係が、どこか重なる部分があるようにも思うんです。立場とか身分とか経験値というものは、ナウシカよりクシャナのほうが格段に上なわけですから。そんなクシャナと、ただただ森と蟲を愛し、辺境の小さな谷で生きてきたナウシカとでは、やはりどうしても違うと思うんですよ。クシャナはいわゆる都会人であり軍人でもあり、歴戦の猛者で身分の高い人でもある。対するナウシカは田舎で優しく育った女の子なわけですから。そんな部分にも、等身大の自分と等身大のお兄さんとの関係というものが少しでも活かせたら、今回私がさせていただくことの意義も若干出て来るのではないかなということは感じています。

――菊之助さんからは、どんな言葉をかけていただいたんですか?

もちろん、「よろしくね」ということと。前回はケチャ役でご一緒していたので、そのことで何かお兄さんの中で思ったこともおありになったのかもしれないです。とにかく今回は、こしらえが少し変わるかもしれないということで、試しに衣裳を着てみたり、鬘をかぶってみたりもしてみたんです。その時は「ピッタリよく似合う!」っておっしゃってくださいました。

――良かったですね(笑)

「スッピンだけど、このまま出られる!」とかおっしゃるので、「出られません!」って言いましたけど(笑)。だけど初演の時は、お兄さんも相当悩まれていたのをそばで見ていました。その点、私は前回は、のほほんと出ておりました。

――そうなのですか?

ええ(笑)。出演する場面もそれほど多くなかったですし、大変な立廻りや踊りがある役回りでもなかったですし。原作ではいろいろと小さなエピソードもたくさんあるのですが、それが舞台上で描かれていない以上は、戦争に巻き込まれていく、何もできない小市民の代表みたいな気分で演じていました。何か行動できるのが、クシャナみたいな立場のある人、もしくはナウシカみたいに理想を持って主義主張ができる人。だけどだいたいの人間はそうではないですから。そういった意味では、ケチャ役に関しては個人的にもそれほど大変な想いはせずに、やっていたんです。ですがお稽古は毎日拝見していましたし、お兄さんが大変なご苦労をなさっていたのもすぐそばで見ておりました。たとえば、小さなことで申し上げれば毎日ご挨拶に伺うたびに、ちょっとずつお化粧の感じが変わっていくんです。それはきっとお兄さんの中でもどういうお化粧がナウシカらしいのかということを、肌の色から眉の描き方、目張りの入れ方。そういったことから工夫をし続けていたんだと思います。

――日々、変わっていっていた

そうなんです。その変化も近くで拝見して、悩んでいらっしゃる姿も見ていましたから。私自身がその通りにはできないまでも、お兄さんがそれだけの気持ちでやってらっしゃった大切な役だということはわかっていますので、自分もしっかりとこの役に向き合わなければいけないという覚悟はあります。

――のほほん、とは…

できるわけがないでしょう!今回は!(笑)

――そもそも、原作はお好きでしたか?

ええ。ジブリの作品というのは、私たち世代ですと、自然と目に入ってくるものでもありましたからね。ですから映画版はもちろん拝見していましたし、高校時代には原作の漫画も同級生たちで回し読みしたりしていました。

――では原作漫画も、既に読まれていた?

でも逆に、前回の初演時にはあえて読み直すことはしなかったんです。変に先入観を濃くしてしまうと歌舞伎的な台本の中でやることと、ズレてはいけないなと思いましたので。細かい確認のために、辞典を読むみたいな感じで。

――ヒントや参考にする程度に?

でも、今回は改めて読み直しました。やはりナウシカをやるとなったら、そうはいきませんから。

――どうでしたか、久しぶりに読んでみて

学生の頃に読んだ時は難しいイメージがあったのですが、その時よりはもう少し理解が深まったということはありますね。歌舞伎にした時に、端的に話がわかるようにしてくださっていたこともありますし。だけどやはり、展開とか絵の描き方、いわゆる行間というかコマからコマへの間の描けない部分に、何かあるということが読み手にしっかりと想像させることのできる、本当に優れた作品だと思いました。そして漫画として面白く読ませるだけでなく、加えて哲学的な部分や戦争に対する意見や…。

――環境問題や人種差別や

いわゆる疫病のことや難民問題も含め、現代社会でも抱えたままの問題が描かれていて。この原作が描かれてから、もう40年になるというのに、その当時にも問題だったからお描きになったことのはずなのに、まだいまだに解決できていないんですから。

――全部、まだ今もある問題ですね

それが、漫画の世界を借りて見事に描かれていて、ここに宮崎監督のお考えが詰まっているのかなとも、改めて思いました。

――そして今回の舞台では、宙乗りが期待できそうですが

そうですね、おそらく宙乗りで飛んでいくということにはなるのかな、とは思っています。

――米吉さん、確か宙乗りのご経験は……

まだ、ないです。でも七月の歌舞伎座で飛ぶ、ということは私にとってすごく大きな意味を持っているんですよ。よく申し上げることでもありますが、私という役者は澤瀉屋(※「瀉」のつくりは、正しくは“わかんむり”)の猿翁のおじさんに生んでいただき、播磨屋の吉右衛門のおじさんに育てていただいて、今があるんです。初舞台をさせてくださったのは猿翁のおじさん。その後、本格的に役者の道を歩み始めてからは吉右衛門のおじさんのもとで学ばせていただきました。もちろん、まだまだ足りないですし、もっともっと勉強させていただきたかったのですが、今となっては叶わないことになってしまいました。そんな中で振り返ると私の初舞台は22年前の七月の歌舞伎座でして。

――となると今回は、ちょうどそのご縁の深い季節でもあったんですね

そうなんです。その頃の七月の歌舞伎座は猿翁のおじさんの奮闘公演で、早替りあり宙乗りありのお芝居が上演されていました。私の初舞台のときも猿翁のおじさんは宙乗りをしてらっしゃって、狐忠信の宙乗りなんて幼心にとても楽しく拝見していました。そんな同じ歌舞伎座の七月大歌舞伎という名前が付いている公演で、初めての宙乗りをさせていただけるだなんて、ちょっと自分の人生では考えられないことでしたから。

――夢が叶った?

いや、夢とさえ思ったことがなかったことですね。ですから、そういう意味でも感慨深いものはあります。

――では最後に、お客様へメッセージをいただけますか

これだけ知名度の高い作品で、しかも今年は『千と千尋の神隠し』が舞台化され、今度イギリスで『となりのトトロ』もバレエになるというタイミングで、この日本古来の演劇である歌舞伎がスタジオジブリ作品を舞台化。いかに歌舞伎舞台化したかということにまずはご注目いただきたいです。そして私は今年、この二十代最後の年にこうした挑戦をさせていただくことになりましたので、ぜひみなさまに応援をしていただきたいなということと。さらに今回はタイトルに<上の巻>とあるということは、いつか<下の巻>もあるかもしれない。そして、いざ<下の巻>を観たいと思っても、<上の巻>を観ていなかったら気が引けるかもしれないじゃないですか!

―確かにそうですね(笑)

ですからとりあえず<上の巻>は観ておいたほうがいい、それは間違いないです!(笑)

――いわゆる、映画版の『風の谷のナウシカ』の見どころはすべて、この<上の巻>で押さえられるわけですしね

そうです、そうです。映画版に出て来る場面は前半で、そこから先は原作の世界が展開していくという舞台ですのでね。ぜひみなさま、楽しみに観に来ていただけたらうれしく思います。

取材・文/田中里津子

Photo/篠塚ようこ