撮影:若木 信吾
2022年11月に東京・世田谷パブリックシアターで舞台「夏の砂の上」の上演が決定した。
1998年に初演された「夏の砂の上」は、劇作家・演出家の松田正隆が生まれ育った長崎を舞台に描いた作品で、1999年読売文学賞戯曲・シナリオ賞を受賞した松田の代表作の一つ。長崎を舞台に、職をなくし妻に家出された主人公と彼を取り巻く人物たちの間で交わされる会話から、一見淡々とした日々に漂う、抗いようのない悲哀や心の乾きが滲みだす名作。
今回、演出を手掛ける栗山民也は、「涙の谷、銀河の丘」(2003 年、新国立劇場)以来の松田正隆とのタッグとなる。コロナ禍のこの時代に上演する作品として栗山は、日々の生活に重く漂う閉塞のもとに生きる人々のやるせなさと慈しみを描き出したこの作品を選んだ。
栗山演出作品として、世田谷パブリックシアターでは「藪原検校」「シャンハイムーン」「CHIMERICA チャイメリカ」「殺意 ストリップショウ」「彼女を笑う人がいても」など数多く上演してきた栗山は、「CHAIMERICA チャイメリカ」に出演した田中圭を3年ぶりに起用するにあたり、積み重ねられる会話から登場人物の心模様があぶり出される、俳優の力量が問われるこの「夏の砂の上」を選んだ。田中が絶大な信頼を寄せる栗山の演出により、舞台俳優としての実力を存分に発揮することが期待される。
登場人物たちの心情の繊細な揺れを演じる俳優陣にも注目!
主人公・小浦治を演じるのは田中圭。テレビや映画等多彩に活躍しながらも、舞台への出演は欠かさず並々ならぬ意欲を持つ田中が、真摯な演技を高く評価された「CHIMERICA チャイメリカ」から3年ぶりに、栗山演出に挑む。夫を捨て家を出ていく妻・恵子を演じるのは、舞台や映像作品で唯一無二の存在感を発揮する西田尚美。若手実力派として映像作品に多く出演する山田杏奈は、本作品が初の舞台出演となる。さらに、新時代のバイプレイヤーとして注目される尾上寛之、 2020年に第55回紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞した実力派の松岡依都美、 また舞台を中心に活躍し演出家が信頼を寄せる粕谷吉洋、深谷美歩、三村和敬と、豊富な舞台経験を持つ俳優が揃い、登場人物の心情の揺れが幾重にも積み重なる作品世界を、丁寧に描き出す。
本作は11月の東京公演を皮切りに、その後も12月まで兵庫・宮崎・長野へと公演は続く。
栗山民也(演出) コメント
近頃、歳のせいか、静かにゆっくりと動くドラマに惹かれる。稽古の後半には、それまで積み重ねてきた飾りもの
を削ぎ落とし、最後に残された風景と言葉だけを見つめているような気がする。世田谷パブリックシアターから新しい演出依頼があった。いつもより少し長い間、上演作品を考えた。こういう時が実は一番幸せな時間で、自分の今までをじっくりと思い返すことができる。そんな時、松田正隆のセリフがちぎれちぎれに聞こえてきた。風に揺れていたり、突然ピタリと止んだ乾いた沈黙のときだったり。
この「夏の砂の上」の風景の中を流れるジリジリとした熱い感情と、しかし静かに刻む時間の一刻一刻に身を任
せ、この荒涼とした現在から、そこにその時生活していた人たちを見つめてみたい。
松田正隆(作) コメント
「夏の砂の上」という戯曲を書いたのは、ずいぶん昔のことで、平田オリザさんから依頼があって、この戯曲は青
山円形劇場で上演されました。1998 年のことです。思い出すのは、この戯曲を書くにあたって、まだ、プロットも固まっていない時に、さんざん夏の長崎を歩き回ったことです。汗をかいて坂をのぼりくだりしているうちに、次第に劇の輪郭が生まれてくるような気がしました。故郷の長崎を遠くから想像してつくるようなドラマではなく、石段に身体がへばりつく感覚でセリフを書いた覚えがあります。渇水の町で洪水にのまれ、閃光に焼かれるイメージを得られたのは、長崎をただひたすらに歩いた経験がもたらしたものでした。
カラダが立ち、歩く、座るという姿勢から、うつ伏せ、横たわり、挙句に蒸発し影となり流されるということ。生命の水準についての劇は時代の重力に従順になるほど、露わになります。私は、「日常」の劇から「生と死」に直面する劇へと変容するような戯曲を書きたかったのかもしれません。それでも、おそらくは「作者の思い」などこえて上演されるのが演劇の面白さでしょう。上演を拝見するのがとても楽しみです。
出演者コメント
■田中圭 (小浦治役)
2019 年の『CHIMERICA チャイメリカ』以来、栗山さんのもとで演劇ができる2 度目のチャンスをいただき、とても嬉しいです。松田さんの深みを持つこの作品をどこまで掘り下げていけるか、栗山さんの演出でどんな舞台になっていくのか、僕自身がどう体感していくのか…とても楽しみにしています。皆様にもぜひ一緒にこの作品の深さやその奥にうごめくものを感じていただければと思っています。劇場でお待ちしております。
■西田尚美 (小浦恵子役)
何度も拝見してきた栗山さんの演出を受けるのは今回が初めてで、世田谷パブリックシアターの舞台に立たせていただくのも初めてです。どんな風景が見えるのだろう、ぜひ挑戦したいと思いました。松田さんの『夏の砂の上』はとても素晴らしい戯曲なので、共演の皆様とともに長崎の湿度を感じるような舞台を築いていけたらいいなと思っています。ぜひ皆様にも舞台の私たちと同じ空気をじっとりと感じていただければと思っています。
■山田杏奈 (川上優子役)
初めての舞台出演で、出演が決まってからずっと、頭のどこかに「舞台」への緊張感があります。目の前で観てくださるお客様がいる舞台ってどんなものだろうとワクワクもしています。これまでの数少ない経験や価値観を、一度捨てられるような勇気を持って、新しくお芝居を始めるような気持ちで挑みたいと思っています。栗山さんのご指導と、舞台経験豊富な共演者の皆様に精一杯ついていけるよう、まっさらにして臨みたいと思います。