フランスの劇作家モリエールの喜劇「スカパンの悪巧み」を、串田和美が独自の解釈で作り上げた『スカパン』が10月に上演される。
本作は、かつて串田が主宰を務めた「オンシアター自由劇場」にて1994年に初演された作品。翌年には本国フランス・アヴィニョン演劇祭で上演、芸術監督(当時※現・総監督)を務めるまつもと市民芸術館では柿落として上演するなど、串田が節目毎に上演してきたライフワークとも言える人気作。
今回の公演でも串田自身がスカパンを演じ、オクターヴの父親アルガント役を大森博史、レアンドルの父親ジェロント役を小日向文世が演じ、「オンシアター自由劇場」でしのぎを削りあい、初演時にも出演した3人が再び共演する。
さらに、串田和美の息子・串田十二夜がレアンドル役、小日向文世の長男・小日向星一がオクターヴ役として出演。小日向親子の共演は本作が初めてとなる。串田と小日向に話を聞いた。
「次に串田さんに声をかけられたら、なんでもやるつもりでした」(小日向)
――串田さん、なぜ7年ぶりに『スカパン』を上演しようと思われたのですか?
串田「『スカパン』は、最初はそんなことなかったんですけど、気が付いたら節目節目に上演してきた作品で。今回も『ちょうどだな、またやろうかな』というのがひとつ。あとは自分が年をとるのと同じに、役(スカパン)も一緒に年を取っていくっていうのがいいなと思って、やることにしました。年を取っちゃ成り立たない役もたくさんあるんだけど、スカパンは90になって杖をついてても『いいねえ、そういうのも』って、一緒に役も年取れるような役なんじゃないかな?と思って。」
――今回の「節目」について、改めて伺えますか?
串田「まつもと市民芸術館をこ今年度で退任するというのと、80歳になるのもですね。いろんな節目なので。こんなふうに言うと、節目がないとやれなくなっちゃうんだけど(笑)」
――小日向さんは、串田さんが主宰されていた「オンシアター自由劇場」のメンバーで、同じくメンバーの大森さんと共に『スカパン』初演(’94年)にもご出演されました。今回、オファーが
きてどんなふうに思われましたか?
小日向「串田さんとは『K.ファウスト』(’12年)をやって以来で、それ以降も他の作品で何度か声をかけてもらったんだけれども、スケジュールが合わなかったりして、やりたいんだけどできないっていうのが続きました。だから次にお話をいただいたときには絶対に引き受けないと、串田さんが本物のおじいちゃんになっちゃうって(笑)」
串田「(笑)」
小日向「早くやらないとできなくなっちゃうって僕は思っていたんですよ。それで、次は声が掛かったら絶対にやろうと思っていて、2年前のお正月に偶然新宿で会った時に声をかけていただいて、その時点でやることを決めていました。『この期間は絶対にスケジュールをあけて』って事務所にも話して。なので、『スカパン』じゃなくても、串田さんに声をかけられたらなんでもやるつもりでいました」
――それが『スカパン』だったというところにはどういう思いがありますか?
小日向「やっぱり、串田さんが80歳でスカパンを演じるっていうのはすごいなって。僕は初演と再演のみ出演しましたけど、その後も串田さんはライフワークとしてやられている作品だから。これが見納めかもしれないぞとも思うし……なんて言いながらも、僕ももう70手前なんですけど。考えられないんですよね、自分が23歳で自由劇場に入って、その頃の記憶や感覚がガッツリ残っている。なのにもう70手前ってね。全然ピンとこない。串田さんが80歳でしょう? もうね、『年取るってこういうことなんだ』って。気分は全然変わってないんですよ、若い時と」
串田「うん。何も変わってないよね」
小日向「さっきも串田さんと話してたんだけど、当時、僕は“なんとか荘”っていうアパートに住んでいて、串田さんがね、夜中だろうとアパートの窓に石をぶつけて、『ちょっと面白いのやろうよ』『台本、これ読もうぜ』って読み合わせしたりしていたんですよ。その頃の記憶がハッキリあるから」
――先ほどライフワークというお話もありましたが、串田さんにとってこの『スカパン』はどんな作品なのでしょうか?
串田「若い頃は、一度やったものをまたやろうなんて思っていなかったし、次々新しいものを探すのが楽しかったけど。やっぱり『やり残している』みたいな感覚が身体の中に残っていて、なんだろう、自分じゃない何かに『もう一回やってよ』って催促されているような感覚もあるんですよ。それで『またあれやりたいな』とか『前にやってたことを今やったらどうだろう』とかそういう芝居がけっこう増えました」
――やる度に「次はこうしたい」というようなものが見つかるということでしょうか?
串田「そうですね。舞台っていうのは生き物だから、そのままそのようにはできないし、できないからいいんだし。ある条件、肉体とか、時代とか、外側の条件も、内側の条件も、折り合いをつけながらやっていくものですからね。また面白い現象が起きるんじゃないかなと楽しみにしています」
――小日向さんから見て、『スカパン』ってどんな作品ですか?
小日向「僕は、初演からとてもアナーキーな作品だなと思っています。原作である『スカパンの悪巧み』はモリエールの喜劇作品の一つとして広く知られていますけど、『スカパン』は笑いじゃなかったですね。スカパンがとてもアナーキーなヤツで、最後はいち労働者として野垂れ死んでいく。人間の尊厳を踏みにじられるような、そういう痛い部分が強烈に出ていたので。これは串田版のスカパンだなって思いながら演じていました」
――初演のときのことは覚えていらっしゃいますか?
小日向「初演はね、中村七之助くんが少年役で出演していたんですよ。七之助くんはお客さんの前でも平気な顔して全然緊張もせずにやっていたんだけど、ある日、緊張した顔してるから『どうしたの? いつもと違うじゃない』って言ったら『お父さん(十八代目 中村勘三郎)が観に来る』って言って(笑)」
串田「(笑)」
小日向「その七之助くんがものすごく印象的でしたね。一番怖いのはお父さんで、お客さんはちっとも怖くないんですよね。それが、すごいな!と思って」
「いま自分の心の中に動いているものをやらないでどうするんだ、それが役者だろ」(串田)
――今回はおふたりの息子さん(小日向星一・串田十二夜)が出演されますね。
小日向「いや~ちょっとね、息子と……。十二夜くんとも初めてです。十二夜くんの芝居を見るの楽しみ。星一はね、舞台のお話をいただいてあちこちやってるみたいで。ただ、串田さんの作品に参加するのは初めてだし、きっと今までに経験したことのない稽古になるだろうから。いろいろ戸惑うと思うし、でもいい機会だなと思う。絶対経験しておくべきだなと思う」
――串田さんは十二夜さんとはこれまでも共演されていますが。改めてご一緒するのはいかがですか?
串田「不思議なんですよ。全然ね、(俳優を)やるとは思ってなかったから。初舞台からまだ1年経ってない。ある時、「やってみる?」って言って。それはワークショップだったんだけど、みんなが面白がるし、いいかなと思って。ただ、這ってる頃から僕の芝居を見てるからね。何か独特の感性があるような気がする。」
――小日向さんが「星一さんにとって今まで経験したことのないお稽古になるんじゃないか」とおっしゃっていましたが、小日向さんにとって串田さんの稽古はどんな場ですか?
小日向「串田さんは、細かくああしろこうしろって言わないんですよ。『演じるのは君なんだから、君がどうしたいかを見せてよ』って。でも、その芝居が面白い方向にいっているかはやればすぐわかるんです」
――すぐわかるんですか?
小日向「はい。串田さんの顔を見ればすぐわかります。串田さんが喜んでくれたらOK。僕はほとんどそれでやっていました。じゃあそれはどういうものか。それは、ずーっとやっていく中である時『あ、そういうことか』と思ったことがあって。それが自由劇場の『ペリカン党』でした」
――オンシアター自由劇場の中に作られた集団ですね。
「そう。黄色い燕尾服を着た集団で、その人たちが風のようにふわっと来てはなんか面白いことをやるっていう。演奏したり、寸劇をやったり、詩の朗読だったり、ちょっとしたことをやるんです。それは基本的にはみんな『アホ』だった。道化とも違うんです。アホだった。そういうことを、串田さんが一枚の紙にワーッと書いて全員に渡されたんですよ。それです。人間っていうのはどういう存在なのか、それをどういうふうに演じていくかっていうことが、僕はそこから広がった気がします。そこから今に至ります、本当に。それがなかったらちょっとどうなっていたんだろうなと思う」
――大きな経験だったんですね。
小日向「串田さんが『明日この5分間のシーンをやりたい人は、明日までに考えて来て』って言って、開演前に一人ずつ、考えてきたことをやるんですよ。それを串田さんが見て、『はい、じゃあ今日は○○さん』ってお客さんの前でやらせてくれる。試練というのかな。やりたいし、でもそこで選ばれなかったら悔しいし、でも面白いものを見つけたいっていう、そういうのをそこで叩き込まれました。いつも答えはないんですけど、串田さんが喜ぶ方向はこっちだろうっていうのは目星がついてる」
串田「(笑)」
小日向「で、それが素敵だなと思えた。串田さんはきっと今回の『スカパン』でも、そっちの方向にみんなを向けていくんだろうなと思います。それを星一が体験するんだろうなって。『こういうふうにキャラをつくって、こういうふうに立つ』とは言われないけど、その方向に向かされて、なにかつくっていかなきゃいけないふうに多分追い込まれていくと思う」
串田「(笑)。どうしよう。こんな解説されて、同じようにやるのも恥ずかしいし(笑)」
小日向「でもほんとそうなの、串田さんは具体的に言わないんですよ。ただ、僕はそういうふうに思った」
――串田さんは、演出をされるときに、どういうところを大事に思われているのですか?
串田「僕も自分が役者だと思っているから、役者っていうものは道具じゃないぞ、絵描きの絵の具じゃないぞっていうようなね。つまりやらされてるんじゃないんだよっていうのを、若い頃から思っていたんですね。役者が、偉い先生が書いたものを、間違いないように、その人の機嫌を損ねないように、お気に召すようにやるっていうんじゃなくて、いま自分の心の中に動いているものをやらないでどうするんだ、それが役者だろと思って。そういう役者でありたいし」
――はい。
串田「全員が最初からそうってわけにはいかないんだけれども、なるべくそういうふうにしたいって思うんですよ。自分もそうありたいから。『自分の中に衝動があるから演じてるんだ』っていう役者たちと一緒にいたいなって。それでゴチャゴチャになろうが、そのほうがいい。いまだにそうを思っているんですね。だから、すごくいいアイデアだとか、コンピューター演技だとかっていうところではなく、『あの人嬉しそうだな、やってるってことが』というところ。そうすると素敵に見えますよ、立派な芝居より。そういところで僕が喜んでいるのを(小日向が)見ていてくれたんだな。ただそうすると、僕が演じるときに、そういうふうにして見た人たちが、今度は僕を見るから。それは自分に対してのプレッシャーになる。だから稽古場でも、お客さんより先にみんなを喜ばせたいって気持ちがあります(笑)。みじめなところを見せるのも含めてですけどね。そういう感じです」
――今回の『スカパン』でも。
串田「今までの公演を思い返すとあれこれ浮かぶんだけど、顔を合わせた時にワッと浮かぶ衝動を大事にしたい。そういう状態に自分を持っていきたいです。だから『答えは全部演出家が知ってるんでしょ? どうするんですか?』って覗かれても、『見せてよ。答えは俺の中になんかないよ』っていう顔つきをしてないといけない」
小日向「演出家が全部決めていて、『ここではこうやって』って言われるほうが、役者としてはラクなんです。でも串田さんは、絶対に決めないから。それに慣れてない人が串田さんと一緒にやると、疲弊しますよ。『なんで串田さん答えをいつまでも教えてくれないの』っていう。本当は(演出プランが)ないわけないんだけど、でもやっぱり役者の中から嬉々として出してくるものが素敵だってことも串田さんはわかっているから。敢えて言わないっていうことだと思います」
串田「自分で『ある』って自覚してない人に『あるんだよ』って言っても困るだろうけどね。でもそこを妥協しちゃうと、どんどん縋る人になっちゃうし、そうなると、その人たちと一緒にやりたくなくなっちゃうから。そこは厳しいですよね。『どうやればいいんですか』で教えてくれないのは辛いだろうけど、でもきっとその先になにかあるはずだと思う」
「串田さんはなんでもできるけど、どれが一番って言うと、役者だと思う」(小日向)
――小日向さんから見て共演者としての串田さんの魅力、役者としての串田さんの魅力ってどんなところだと感じていらっしゃいますか?
小日向「串田さんは演出も素晴らしいし、美術も全部自分でできる人なんですよ。ただ、どれが一番って言うと、役者だと思う。いつも嬉々としてやっているから。悩んでるところを見たことがない。いつも嬉々としている」
串田「(笑)」
小日向「劇団では、吉田日出子さんがいて『だったらさ、もっとこうしたほうがかっこいいよ』って言うんですよね。『ダメだよ、そんなんじゃ素敵に見えない』とは絶対に言わない。『そうしたいんだったらさ、もっとこうしたほうがいいよ』っていつも串田さんのいいところを引き出すように言っていた。だから串田さんは『これどう? もっとかっこよく、おもしろくやりたいんだ』っていつも嬉々としていて。2020年の自粛の時に串田さんが一人で公園でお芝居をしたでしょう? やっぱこれなんだよな!と思った。僕にはそんな勇気はないです。いつでもどこでもやっちゃう人です」
串田「(笑)」
小日向「でもね、これはそんな簡単にはできないですよ。だから特殊な人だと思う」
――串田さんと小日向さんと大森さん、お三方が共演するのは約22年ぶりですが、どういう楽しみがありますか?
串田「大森はね、輪をかけて変な奴です」
小日向「(笑)」
串田「芝居を観に行ったりすると、『変だな、こいつまだ』って」
小日向「ははははは!」
串田「今回は出ないけど、同期で長年のライバルの真那胡敬二と一緒に出すと必ず喧嘩になるんだよ」
小日向「大森さんと真那胡さんが?」
串田「そう。稽古しながら、大森が急に台詞にないことを言うの。そしたら真那胡くんが『そんな台詞は知りません』ってアドリブで」
小日向「ははは!」
串田「『勝手なことはやらないで』って芝居で返すわけ(笑)。そうやって喧嘩するのよ」
小日向「面白いね(笑)」
串田「喧嘩するなら共演しなきゃいいのに、一緒にやるんだよね」
小日向「(笑)。同期だねえ」
串田「そして最後はまた喧嘩して別れるっていう(笑)。面白いんですよ。そういう大森さんです」
――(笑)
小日向「大森さんはとにかく独特の感性で。最初に衝撃的だったのは、串田さんが演出した『夏の夜の夢』でオーベロン役(妖精の王様)をやったときに、鹿の王様ですごかったね」
串田「オーベロンは本当は鹿の王様じゃないんですよ」
小日向「串田さんが『鹿のようにやれ』って言ったらね」
串田「もうほとんど鹿になっちゃって。うっかりしたこと言っちゃったなと思った(笑)」
小日向「動物が好きなんですよ。劇団時代、大森さんは面白くてファンがいっぱいいましたよね」
串田「吉田日出子さんも『大森の頭を切って見てみたい』ってね(笑)」
小日向「言ってたね(笑)」
――すごく和やかにお話しいただいていますが、稽古場もこんな感じになるのでしょうか?
小日向「まあ~でも、結構シビアな部分もありますからね。今回、串田さんはスカパン(役)をやるから、けっこうみんなほっぽらかされるかもしれない」
串田「ハハハハハ」
小日向「だからみんな必死にならないと」
串田「初演の時に、中村勘三郎さんが観に来て『演出の目してるよ』って言われてさ。『ダメだよ、舞台の上で演出の目しちゃ』って。見抜かれた、と思って。あれは痛烈なダメ出しだった」
――そこからじゃあ。
串田「うん、(みんなを)ほっぽらかしに」
小日向「大変だ。大変だぞ~(笑)」
――小日向さんは出演する度に違う役で、今回はジェロント役を演じられますが。
小日向「ジェロントはね、若い人にうらやましがらせたいです。『早く自分も年取りたいな』と思わせたい。『これだけはお前たちは悔しいだろう?』っていうのを見つけたいんですよ。みんな、じじいとかばばあになりたくないと思っているのが悔しいんだよね。『早く自分も年取りたい!』『あれがあるからいいんだよな~』っていうふうに思わせたい。70近い俳優がやる素敵さっていうかね」
――演じるうえで、どんなことが必要になりますか。
小日向「まずは興味深く見てもらえるようなキャラをしっかりつくっていかなきゃなっていうのはあります。劇団の時によく、外国の写真集を見て、自分の演じている人物がどこかにいないかなってずーっと探していました。そういう作業をしなきゃなって。ジェロントを演じるわけですからね。どういう人かを探したり想像したりする作業をしっかりやらないと、なかなかできないかなと思います。自信を持って提示できるまでにちょっと時間がかかるだろうな」
――『スカパン』楽しみにしています。
串田「このメンバーでできるのが本当に嬉しいです。息子たち世代が入ってくるのも。彼らはきっと『大人は、若者はこうだって勝手にレッテルを貼っている』という気分があると思うんですね。だから僕は『じゃあ剥がしてみろよ』って思う(笑)。そうじゃないところを見せろよって。楽しみです。すべて楽しみです」
取材・文/中川實穗