パルコ・プロデュース2022『凍える』坂本昌行インタビュー

初舞台(ミュージカル『阿国』)以来、30年ぶりに演出家・栗山民也とタッグを組むことになった坂本昌行。舞台『凍える』は、1998年にイギリスにて初演、2004年にはニューヨークで上演されて同年のトニー賞“BEST PLAY”にもノミネートされている、ブライオニー・レイヴァリーによるヒューマンサスペンスだ。
10歳の少女ローナが行方不明となり、その20年後に逮捕されたのがラルフだった。この連続児童殺人犯に対峙するのは、ローナの母であるナンシーと、精神科医のアニータ。それぞれの内面に垣間見える、痛み、葛藤、憎悪、悲しみ、そして絶望。決して他人事では済まされないテーマ、物語の展開には、きっと誰もが心を揺さぶられることだろう。
ナンシーに長野里美、アニータに鈴木杏が扮し、坂本にとってはどちらとも初共演。この新鮮な顔合わせによる演技バトルも、かなりの見ものだと言える。しかもラルフは単なる殺人鬼ではなく、幼少に受けた虐待で患った疾病により児童に執着してしまうという、とても難しい役どころ。まだ本格的な稽古前の坂本に、この作品、役柄に挑むにあたっての率直な想いを聞いた。

 

―この『凍える』という作品の、どんな点に魅力を感じられていますか。

最初に読んだ時は、ストーリー展開に、まずちょっとビックリしました。それぞれの心の独白的なものからスタートし、そこからどんどんストーリーが転がっていくんです。今まで観たことがない作品になるだろうなという感触がありました。今は、劇中で起きている悲しい出来事を前面に出すのではなく、登場人物たちそれぞれが抱えている心の痛みや闇というものを、どのように表現してお客様に届けようか、そしてそれをお客様はどういう風に受け取ってくださるだろうか、という気持ちでいます。


――今回演じるラルフという役は、坂本さんのパブリックイメージとは真逆の役とも言えますね。その役を演じるにあたっての、現時点でのお気持ちとしてはいかがですか。

自分では、特にパブリックイメージに関しては何も考えていませんね。役者である以上はそのまま、いただいた役にどれだけ近づけるか、どれだけ輪郭をはっきりつかんでお届けできるか、ということしか考えていないので。逆に今までにやったことのない役をいただいたということは、僕にとってはとても大きなチャンスで、今回は自分の引き出しを増やす大事な時間になると思っています。稽古を含め、本番最後の日まで練りに練って、この役をしっかりと構築していきたいですね。


――たとえば役柄によって、ふだんの自分自身に影響されることはありますか?

もしそのたびに影響されていたとしたら、相当疲れてしまいますよ(笑)。僕の場合はいつも、お芝居が終わったら「ハイ、終わり!」と、すぐにふだんの自分に戻って、帰りにはいつも通りスーパーに寄って買い物でもしている感じです。


――今回、演出をされる栗山民也さんとは30年前の初舞台の時にご一緒されています。その舞台『阿国』の時のことで覚えていることなど、何かありますか。

当時は、先輩の役者さんたちの稽古についていくのに精一杯で、その時の栗山さんがどういう演出をされていたか、あまり覚えていないんです。唯一覚えているのは、先輩の役者さんたちが稽古している中で栗山さんが「もっとないのか、もっと他にあるだろ」と、「もっと、もっと」という言葉をおっしゃっていたこと。そのたびに先輩の役者さんたち同士が一緒になって考え、苦悩していた姿が印象に残っています。


――今回演じるラルフという役や、作品の世界観に対してなど、少しでも理解できる部分はありましたか。

こういった話は、日本ではそれほど頻繁に起こってはいないかもしれませんが、海外に目を向けると少なくもない事件でもあるんですよね。ということを考えると、これは戯曲であって、ドキュメンタリーでもあるような気がしています。こういう出来事が起きてしまったことの悲しさはもちろんありますが、そこに至るまでラルフが幼少期からどういう痛みを感じ、子供時代をどういう風に過ごして、どうやって人間として構築されていったのか。それでこういう事件が起きてしまった、と言えるのか。人間には楽しい気持ちもあれば、悲しみや痛み、闇というものも少なからずみんな持っていると思うんです。そういうことを、包み隠さず表現している作品なのかなと思いました。


――坂本さんご自身の闇とも、向き合わざるを得ないようなところもあるのでしょうか。

そうですね。それぞれ、闇は大なり小なり大きさは違うと思いますけど、きっとあると思うんです。やはり、自分にも正直なところ小さな妬みであるとか恨みとかは、あると思うので。それをどれだけふくらませて、ラルフという役と重ねられるかというのは、役に向き合うにあたり、ひとつのやりかたでもあるのかなとは思います。


――ミュージカル作品と今回のようなストレート・プレイとでは、ご自身の中で使う引き出しが違ったりするものですか?

いや、それは一切考えたことがないですね。どんな作品でも終わったら、ニュートラルになれる人間なので。始まったら、その作品に合わせたギアに入るという感覚なのかな。それと、よく「前回とは真逆な作品ですが、どうですか」と聞かれるのですが、逆に、似通った作品でなくて良かったなという思いのほうが大きかったりします。役についても、自分自身と重ね合わせるということはあまりないです。自分を自分で見つめるというのはなかなかできませんから、自分とは違う人間として見つめるというか、なんとなくこういう人って昔いたよなという風に置き換えてみたりすることはあります。自分と重ねるより、そっちのほうが多いかもしれないですね。


――ラルフは連続殺人犯ですし、とても難しい役かと思われます。この役に挑むことが、坂本さんにとってどのような経験になって、どういうことが得られそうだと思いますか。

どうでしょうね。とにかく、あまりにも特異な役なので、これまでの何かの役と重ねることもできないし、どういう風にアプローチしていいかも、今はまだ模索中です。どの作品、どの役もそうなんですが、その人物の外側の部分を探すよりも、その人の幹とか核となるものをまず探す。それはいつも、役に入る時に考えることです。だって誰しもが生まれた瞬間から凶悪になるなんてことはないでしょうし。最初は無垢な状態で生まれているはずですからね。ではなぜ、こうなったのか。それは周りの環境であったり、いろいろな事情があった上で、そういう哀しい人間に構築されてしまったんだろうと思うので。それまでのプロセス等々、そこに至った経緯を考えつつ、役づくりをしていきたいと思っています。


――最後に、お客様に向けてメッセージをいただけますか。。

今まで僕が出ていた作品とはちょっと違う、決してハッピーな気分ではない後味の作品かもしれませんが、でもきっと、みなさんの心の中に問いかける部分がある作品だと思います。ぜひ感染対策にも気を付けつつ、劇場にいらしていただければうれしいです。

 

取材・文/田中里津子