うめさんの一代記  『まるは食堂』 竹下景子 × 佃典彦 インタビュー

“ジャンボエビフライ”で有名な愛知県・豊浜の「まるは食堂」。現在では多くの人に愛される有名店となっているが、その裏には創業者・相川うめの破天荒な人生があった。作・演出を務める佃典彦さん、主人公の相川うめを演じる竹下景子さんに作品に対する想いを聞いた。

 

ーー今回の舞台は、愛知県にある“まるは食堂”の創業者・相川うめさんを主人公にした人間ドラマと伺いました。佃さんはどういうきっかけで作・演出を手がけられることになられたのですか?

 

 “まるは食堂”さんが創業70周年を迎えられたということで、2020年に舞台化の話を頂きました(20年はコロナ禍で中止、21年に『続・まるは食堂』を上演)。僕は今も名古屋に住んでいますので、“まるは食堂”のことはもちろん知っていましたし、お話を頂いてから、原作本を読んだり、うめさんのお話を聞いたりしていくうちに興味を持ちました。

 

ーー竹下さんも佃さんもご出身が愛知県ということでご縁がありますね。竹下さんが出演されるきっかけは?

 

竹下 私の場合は息子(関口アナンさん)からですね。「オカンにやって欲しい役があるみたいだけど?」って電話がかかってきたんです。子どもからそんなことを言われたのははじめてだったので作品の内容を聞く前に「うん、演る!」って答えてました。

 

 そうなんだ。その話ははじめて聞いたなあ(笑)。

 

ーー前回の『続・まるは食堂』に引き続き、親子共演ですね。

 

竹下 彼は前回とは役が違います。『続・まるは食堂』ではうめさんのふたごの息子さんのひとりでした。今回はお孫さんであり、現在の社長さんである豊和社長の役を演らせて頂いています。劇全体を見渡すような役なので、どういうふうに演るのかなと思いながら稽古を見ています。

 

ーー共演ということで何か声はかけられましたか?

 

竹下 一言も口は出さないです。稽古場でしか顔を合わせないし。役者と役者としてという感じですね。

 

ーーおふたりの役柄も含めて気になるところです。この物語のメインとなる“まるは食堂”さんは、“ジャンボエビフライ”が有名なお店なんですよね?

 

 そうですね。

 

竹下 私は50年前に名古屋の高校を卒業して東京に出てきてしまったので、“まるは食堂”及び相川うめさんのことを全く存じ上げなかったんです。だけど、いつの頃からか「名古屋の名物はエビフライですよね?」って聞かれることが多くなって、「え? なんで?」って疑問に思っていたんです。今回やっとその答えがわかったような気がします。

 

ーー竹下さんが名古屋に住まわれていたときはエビフライは名物ではなかったのですか?

 

竹下 私の子供の頃はエビせんべいは有名でしたけど、エビフライは。最近、知り合いの方が「若い頃、“まるは食堂”の“ジャンボエビフライ”を食べに行くのが休日のなによりの楽しみで、それを食べる為に毎日、一生懸命働いていたんです」って話を聞いて嬉しくなりました。

 

ーー“ジャンボエビフライ”が働く原動力になっているというのは素敵なエピソードですね。

 

竹下 そう。そういう方はひとりだけではなくて、たくさんの方がエビフライから活力をもらって、今ではご当地グルメのひとつになっているんです。出演が決まって原作本を読んだり、相川うめさんのエピソードを知るにつれ、おお、凄いな、こんな方が実際に名古屋にいらっしゃったんだなと興味を持ちました。

 

ーー創業者の相川うめさんには破天荒なエピソードが多いと聞きました。

 

竹下 そう、ホントに! 破天荒なんですよ、とにかく。ダークヒーローのような側面もあって、私はそこに人間的な魅力を感じました。なので単なる偉人伝ではないですね。

 

ーー竹下さんが豪快な女性を演じられるのは珍しい気がします。

 

竹下 はい。絶対に演りたいと。名古屋弁のセリフも含めて、この機会を逃したら一生巡り合わない役だと思います。昨年、『続・まるは食堂』を演らせて頂いて、いよいよ今年、『まるは食堂』が上演できます。幸運な出会いができた作品だと思っています。

 

ーーうめさんの魅力は?

 

竹下 うめさんはやると決めたら有言実行で、結果はどうあれ、絶対にやり抜く人。その行動力のもとになったのはおかあさんのといさんから伝えられた“勘考せよ”って言葉。私も子供の頃に聞いていましたけれど、“よく考える”って意味ですね。勘考することに関してうめさんは天才だなと思います。身体ぜんぶで考えに考えて、それを実行に移す。で、自分が決めたことには一切文句は言わせないし、自分も言い訳をしない。そういう筋の通し方って潔い。そこに惹かれます。

 

ーー佃さんが脚本を書かれるにあたり意識されたことは?

 

 いろいろな資料を頂いて、相川うめさんのことを知っていくにつれて思ったのは、ただ褒め称える舞台にはしたくないと思ったんです。言い方がアレですけど、本当に破天荒な方なんですよ。人の話もあんまり聞かないし、突っ走ったりするし、それでいてとても厳しかったりするし。実際、豊和社長は「僕はおばあちゃんのことが大嫌いだった」ってくらいワンマンだったそうですからね。

 

ーーバイタリティ溢れる女性だったんですね。

 

 その一方で、亡くなった今も多くの人に愛されていて、もちろん成功者でもある。きっと豊浜の田舎にはうめさんと同じような境遇の人はいっぱいいたに違いないのに、なぜうめさんだけが大成功を収めたんだろうというところも興味を持った一因です。なので、僕が興味を持ったり、不可解だと思ったことを脚本のなかで探りあてながら書きました。

 

竹下 佃さんの戯曲はうめさんのスケール感も余すことなく伝えていて、それをどう私が自分の身体を通して、お客さまにお見せできるかってことに今、稽古場で格闘しているところです。

 

ーー舞台が愛知県の豊浜だけに、かなり濃い名古屋弁がセリフとして出てくるのも印象的です。

 

竹下 佃さんはあのニュアンスを活字にするのが大変だったんじゃないですか?

 

 う~ん、まあ、方言は基本、アクセントなんですよね。「なんで?」って文字で書いても標準語と同じだけど、実際の名古屋弁だと語尾が上がった「なんで?」ってなる。そのへんは、役者のみなさんはちょっと苦労していますね。みなさん東京で仕事をされている俳優さんばかりだし、それぞれの出身も違いますからね。

 

竹下 平野泰新さんと谷本琳音さんは愛知県出身だけど。

 

ーー竹下さんは地元なのであまり苦労はされていない?

 

竹下 そうですね。ただ、佃さんとも話したんですけど、世代によっても(方言の)濃さが違うし、使う単語も違うんですよね。うめさんは一番の年長者なので、いちばん濃厚な方言を喋る人です。方言とうめさんの破天荒ぶりがリンクしていて、そこが私自身が見聞きしてきた名古屋弁と違うところ。そこはちょっと難しく感じるときがあります。

 

ーー世代によって方言の濃さが違うというのはよくわかります。

 

竹下 方言ってみんなそうだと思うんですけど、言葉にならないニュアンスとか、距離感だったり、方言じゃないと伝わらないという部分が支えになっていたりもします。

 

 方言って(標準語だと)成立しないことが成立することがあるんです。例えば、「お前はそら豆みたいな顔をしているからコップ使え!」ってセリフがあるんですけど、これを標準語で言っても何も面白くない。だけど、「おみゃーはそら豆みてぇ~な顔しとるでコップ使え!」って言うと、なんとなく「あ、そうかな」と思えたり。「おみゃーは凶悪犯みてぇな顔しとるでラッパ飲みしろっ」とか。

 

ーー意味がよくわからないですよね(笑)。

 

 なぜ、そら豆みたいな顔をしているとコップで飲まなければいけないかって全然わからない。理不尽なんだけど、方言で言われるとなんか納得する気がしませんか? それが成立してしまうところがうめさんの資料映像を見てて感じたんです。

 

竹下 完全にアテ書きですよね(笑)。

 

 資料映像のなかに、うめさんが豊浜本店で、お客さんのことを「おい、お前!」って言ってるんですよ。で、次の言葉が「お土産だで、これ持ってけ」って。

 

竹下 そうそう。

 

 こっちはお客さんのことを「お前」って呼ぶ距離感にびっくりするわけです。びっくりするんだけど、その一方でお客さんが乗った車が見えなくなるまでずっとお辞儀をしている。なんかそういう相手の懐にスッと入っていく感じは方言も含めてのうめさんというキャラクターだったんだなと思います。

 

ーー人間として魅力的な方だったんでしょうね。竹下さんがどう演じられるか楽しみです。

 

竹下 カッコよくなるべく今、奮闘しております。鮮やかな、やはり佃さんじゃないと作れない劇空間だと思います。今回の舞台には子ども時代のうめさんも登場するので、そのシーンでは私はうめさんの母親といさんを演じます。

 

ーー二役されるんですか?

 

竹下 はい。といさんとうめさんは、とてもいい親子関係なんですけど、全然キャラクターが違うんです。破天荒で豪快なうめさんと、うめさんが大好きで尊敬してやまない“おかあさん”って感じのといさん。うめさんからといさんに戻るとちょっとホッとするんです。

 

ーーうめさんはそれだけパワフルな女性だということですね。

 

竹下 凄いですねえ、うめさんは。演じていてストレスが吹き飛ぶ役です。もう、冒頭から怒鳴りまくってますからね(笑)。

 

ーー作・演出家の視点で今回の舞台の見どころはどこになりますか?

 

 僕が好きなのは、冒頭に出てくるうめさんの葬儀場からあっという間に海になって、棺桶の船の上で死装束のまま、ランプを持って仁王立ちして怒鳴り散らしているうめさんのシーン。あそこを描けたときに、「あ、この芝居はいけるな」と思ったんです。今、稽古中ですけど、そのシーンの稽古を見てるだけでも好きですね。

 

竹下 フフフ。

 

 カッコいいんですよね。状況劇場とか唐十郎さんの舞台の感じもちょっとして、“葬儀場があっという間に海になり、棺桶の船の上に立つ死装束の相川うめ”って。もう、それだけでカッコいいじゃないですか(笑)。

 

ーー何かが起こりそうとワクワクします。そこからどう展開するのか気になります。

 

 この舞台は前半の1時間くらい俳優たちがいろんな役で舞台に出ずっぱりになります。その全体のチームワークといいますか、そこは面白くできたらいいなと思います。

 

竹下 そこは佃ワールドですよねえ。

 

ーーご覧になる方へのメッセージをお願いします。

 

 相川うめさんという一代で“まるは食堂”を築いた女傑の人生を、竹下景子がどう演じるんだ? という部分はやはりいちばん楽しんで貰いたいところです。

 

竹下 実在の、しかも私達の常識をはるかに超えた人物を演じる。これはチャンス。もう大変なチャレンジですけど、毎日毎日が充実しています。なにしろ、どんな風に相川うめという唯一無二の人物が作られていったのか……実際、うめさん御自身も「わからん」と仰っていたようですね。普通だったら苦労して、苦労して、偉人になったというストーリーに陥りがちなところを、それだけでおさまらないのがうめさんらしい。それをいい形でお客さまに伝えられたらなあと思います。

 

ーーありがとうございました。

 

ライター:高畠正人