古典から離れ、新たなチャレンジを|中村米吉『オンディーヌ』取材会レポート

フランスを代表する劇作家ジャン・ジロドゥの最高傑作である『オンディーヌ』。1939年の初演が好評を呼び、1954年にニューヨークで行われた公演ではオードリー・ヘップバーンがオンディーヌを演じて外国演劇部門のミューヨーク劇評家賞を受賞した。日本においては1958年に劇団四季による初演が行われ、その後も繰り返し上演されてきた。
今回は、名作ドラマの演出を手掛ける星田良子が上演台本・演出を手がけ、歌舞伎界で注目の若手女方として活躍する中村米吉が水の精オンディーヌを勤める。さらに、彼女と恋に落ちる騎士ハンスを小澤亮太・宇野結也がWキャストで演じ、市瀬秀和、紫吹淳といった多彩なジャンルの実力派が顔を揃えた。外部作への出演は今回が初めてとなる中村米吉の取材会の様子をお届けしよう。

――本作の発表に対する反響も大きかったと思います。

一番面白かったのは、20代・30代の歌舞伎役者のグループLINEです。そこに突然(中村)隼人くんがオンディーヌの写真を載せて「この髪型いいね」と。髪型なのか? と思ったんですが、それを皮切りに(坂東)巳之助兄さんなどもみんな「綺麗だと思う」などの感想をくれました。
Instagramでも皆さんからのいいねやコメントをたくさんいただきました。昨今何かと負の面が強調されることの多いSNSですが、その本来の役割のような、人の温かみを感じることができました。

 

――台本を読んで、どんな印象を受けましたか?

まずは原作を読み、今日も作・演出の星田さんと打ち合わせをしました。フランスの古典劇を現代風にアレンジするのではなく、原作が持つ魅力や風刺的な部分を星田先生がうまく取捨選択しながら再構築してくださっています。オンディーヌが最後に直面する悲劇を暗示させ、リフレインしていくという劇中劇のような手法の演出なので、お客さまにも要素をぎゅっと濃縮した状態でご覧いただけると思いますね。ともするとハンスが浮気者に見えかねず、現代においては受け入れ難いかもしれませんが、非常に物語の世界に入りやすいですし、消化しやすい構成になっているかなと思いました。また、原作の中で煌びやかに光る素敵なセリフたちも随所に入り、心に響く脚本になっています。それを今後さらに洗練させましょうという意見の擦り合わせをしているところです。

――今回、多彩な分野で活躍するキャストが集まっています。皆さんの印象や、このキャストさんのこの役が楽しみということがあれば教えてください。

先日、尾上右近くんが出演している『ジャージー・ボーイズ』を見て、彼とちょっと話したんですが、僕がこういった作品に挑戦するとは思っていなかったと言われました。「大変だよ」ってすごく言うんです。「なにも分からない中に入っていくと思う。めちゃくちゃ悩むと思うけど、そこに事務所の先輩である紫吹さんがいてくれるのはすごく大きいと思う」と言ってくれました。まだ稽古に入っていませんが、常日頃から色々教えていただいている紫吹さんとご一緒できるのはとてもありがたいです。
役の上でも、紫吹さんが演じる王妃は、人間の汚さや狡さが集まる王宮の中で唯一、純粋無垢な水の精・オンディーヌを理解してくれる存在。紫吹さんのお芝居で、ホッとできる瞬間がやってくるんじゃないかと楽しみです。
また、ハンスを演じるのは小澤亮太さんと宇野結也さんのお二人。絶対に違うハンスになるでしょうし、ハンスが違えばオンディーヌも違ってくるでしょうから、それぞれに会えるのが楽しみですね。
それと、市瀬秀和さんとは一度歌舞伎の公演でご一緒しました。非常に多彩な方なので、色々な側面を見せる水の精をどう演じられるのか楽しみです。僕がご一緒したときは本物の刀で居合をし、巻き藁を切っていたんですよ。今回も何か切ってもらったらいいんじゃないかと思っていますが、そういったシーンはなさそうで残念です(笑)。
また、恋敵のベルタは声優としても活躍される和久井優さん。どう演じられるのか楽しみですし、私は男で、本物の女性に出てこられてしまうわけですから、心して相対しないといけないなと。
それと、個人的な話しではあるんですが、宮川安利さんのお祖父様の宮川泰先生は私の母の師匠でして、今回ご一緒できる縁を嬉しく感じています。

 

――今回、新たな挑戦を決めた理由は。

このお話をいただいたのは6月の終わり頃。ちょうど『風の谷のナウシカ』の本番が近付き、稽古をしている時期でした。
11月・12月は歌舞伎界が大きく動く時期です。團十郎さんのご襲名という大きなイベントがありますし、京都で毎年恒例の顔見世など大きな公演のある月ですし、また1月は1年のうちで最も歌舞伎の公演が多い時期。僕がたくさん勉強させていただいた浅草歌舞伎が3年ぶりに復活するというお話もあり、やはり悩みましたが、このタイミングでこのお話が来たのは運命なのではないかと一度お話をお預かりしました。
お預かりした上で、改めてこの作品がどんなものかを考えて見たんですね。フランスの古典の名作であり、オードリーヘップバーンがトニー賞を受賞した作品。僕自身、もともとこの作品が浅利慶太先生がこよなく愛した戯曲であることも良く知っていました。といいますのも、父(五代目中村歌六)が若い頃劇団四季で研究生のようなことをしていて、
「浅利先生は『オンディーヌ』と『番長皿屋敷』は最も人間の愛を美しく描いていると仰っていた」という話も良く聞いていたんです。ですので、まず父にこんな話があるんだと相談したところ、父がものすごい勢いで笑い出して、「面白いね」と。その言葉に背中を押されるような形で決心しました。
それに加えて、2023年は『ファイナルファンタジーX』というとんでもない歌舞伎が控えています。これまで、古典がどれだけ大切か先輩方から教わってきました。古典を受け継ぎ、守り続ける大切さを骨の髄まで叩き込まれてきだと言っても過言ではありません。それに加えて新しい試みも歌舞伎にはとても大切なこと。そんな新しい試みの一つである新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』で、タイトルロールを勤めさせていただきました。そんな自分にとって思いもかけなかった新たな流れの中で『オンディーヌ』の話をいただき、『ファイナルファンタジー』が控えている。半年ほど古典から離れて、新たな勉強をするタイミングなのかもしれないと思ったんです。ある意味『ファイナルファンタジー』があったので、思い切って挑戦を決めることができました。


――麗しいビジュアルが公開されていますが、ご自身としてはいかがでしょうか。

足元がスースーするなと思いました。あとは、歌舞伎だと首元がこんなに出ていることはない。全く違うと思いました。ただ、手がゴツく見えない工夫、華奢に見せる方法、足を内股にするなど、今まで自分が女方として勉強して培ってきたことを応用できるとも思いました。

 

――女方として様々な役を演じられていますが、今回の役で大切にしたいポイントはどこでしょう。

原作を読んで感じたのは、とにかく純粋無垢であるということ。ストレートに全て言ってしまうのが良さであるということですよね。直接的な言葉というのは、気を付けないと人を傷付ける。それは一般社会においての常識で、誰かが「私って太ってるでしょ」と言ったときに「そんなことないわよ」というのが普通の人。でも、オンディーヌは「そう、あなたはとっても太ってる。カバみたいに」って言ってしまう。
だけど、彼女に悪意は全くないんです。お客様には「この子は素直に思ったことを言ってるんだな」と思ってもらえないといけない。王宮でオンディーヌはどんどん追い詰められて、周りの人に「なんでこんなことを言うんだ、教養がない」と思われるけど、お客様には「子供と同じく純粋で素直だからしょうがない」と思ってもらえるように演じないと、オンディーヌという役が成立しないと思っています。
また、ハンスに一目惚れをするシーン。歌舞伎の娘役でもよく言われることですが、清らかな色気でないといけない。とにかくこの子が可愛くて健気で、だから悲しいっていう役にならなきゃいけないと思っています。

 

――今回はフランスの古典ですが、日本の古典との違い・共通点はありますか?

私はフランスの古典劇に精通しているわけではありませんが、人間批判や社会風刺があるように感じています。歌舞伎でも庶民の悲しみや武士に対する暗なる批判みたいなものはありますが、それを細々と入れていくという手法はあまり多くない。フランスの古典劇はどこかシニカルで、誰しもが思っているけど普段言わずにいることを代弁するような部分があるのかなと思いました。
でも、人を描くという意味では同じですね。登場人物それぞれに理屈があり、共感できる。やはり古典作品というのはしっかり人間を描いていますし、だからこそ長く愛されているんだろうと思います。

 

――20代最後の年ということで、振り返りと30代の抱負をお願いします。

私が本格的に歌舞伎役者として歩み始めたのは18歳の頃。毎月のように歌舞伎の公演に出していただきながら、女方の勉強も始めました。20歳を過ぎたころからは女方の役がどんどん多くなり、先輩方の中で身の丈に合わない大きな役をやらせていただいたり、兄さん方と新しいものを作らせていただいたり、同世代のみんなで浅草歌舞伎のバトンを引き継いだり。一緒に走ってきた感じがすごくあります。
20歳くらいの頃、玉三郎のおじさまとご一緒した時に「30になるまでに女方としての基本を身に付けておかないといけないよ」と言われました。「お姫様なら手はここでセリフの言い方はこう、体はこう動かす」「娘役はこう」という型がある。それを見に付けた上で役の心を乗せなきゃいけない。女方に限りませんが、それをすることをこの10年の指針にしていました。それはつまり、30代からはそれ以上を求められるということだと思うんです。20代の自分がどれだけ勉強し、経験を積んできたのか、これから問われる。「若くて綺麗」な時期は一瞬ですから。
そういった意味で、20代の最後にこの約10年で歌舞伎の世界で積み上げてきたことを活かせるのは非常に刺激になりますし、ありがたいご縁ですね。

 

――最後に、皆さんへのメッセージをお願いします。

私にとっては大きく新たな挑戦でございます。歌舞伎からしばらく離れるわけですが、離れた甲斐がある良い作品にしたいと思っています。ですが、今後の自分に活かすために、歌舞伎のために『オンディーヌ』をやる訳ではないです。色々な縁に結ばれ、頂いたこの機会、この作品を大切に、慈しみながら、自分が今できることを全て注ぎ込みたいです。もちろん、その結果自分自身の糧になるような公演にもしなくてはなりません。何はともあれ、名品に恥じないオンディーヌを作れるように精一杯勤めますので、よろしくお願いいたします。

取材:吉田沙奈