演出・五戸真理枝&木村達成インタビュー 『新ハムレット~太宰治、シェイクスピアを乗っとる!?~』

太宰治が戯曲形式の小説として残した作品を、五戸真理枝が戯曲化した『新ハムレット~太宰治、シェイクスピアを乗っとる!?~』が6月に上演される。シェイクスピアの四大悲劇の一つに数えられる『ハムレット』を太宰治が語り直した本作は、設定は同じながらも太宰治のレンズを通すことでハムレットや彼を取り巻く人物たちがこじらせる悩みや関係性が非常に身近に感じられ、日本人のままで共感できる作品だ。上演台本と演出を手掛ける五戸と、ハムレット役を演じる木村達成に、今作への想いを語ってもらった。

 

――五戸さんは、今作がPARCO劇場初登場となります。PARCO劇場で作品を手掛けることについて、どう感じていますか?

五戸 私がこれまで手掛けてきた作品とは公演の規模やお客さまの人数が違うので、とてもドキドキしています。観客としてPARCO劇場には時々お邪魔していますが、その時に感じているのは、PARCO劇場で上演されている作品は、エンターテインメント性がしっかりあるものが多いということです。私自身は、笑えて泣けるものが好きで、自分も、演出する時はいつも「人をエンターテインメントする」、笑わせて泣かせて、心をいっぱい動かして演劇の上演時間を楽しんでもらえる上演にしたいと思っています。演出家としてお声がけいただいた時は、大きなゲートが開かれたように感じ、とても嬉しく思いました。

 

――太宰治の書いた『新ハムレット』を題材としようと思ったのは、どんな理由からだったのですか?

五戸 いくつかの候補の中から選ばれたものですが、もしかしたら、と思い私が提案した戯曲でした。元々は、太宰の小説を読んでいて、これは強烈だと感じたことが始まりでした。太宰の書いた『新ハムレット』は、パロディとしてもとても強く、シェイクスピアの『ハムレット』を知っていると笑えるところもたくさんあり、元ネタがある分太宰らしさも色濃く感じられる作品です。ただ、そのまま上演すると、長すぎるセリフがあるので、それをカットしたりして手を入れる必要も感じ、それが許されるかどうかという不安がありました。プロデューサーの方々が、私が上演台本としてカットしたものを読んで面白いといってくださった時はちょっと安心しました。私自身も思い入れの強い演目をPARCO劇場で上演できるまたとない貴重な機会をいただいたという気持ちです。

 

――太宰治の『新ハムレット』のどんなところに魅力を感じたのですか?

五戸 太宰治というと、私にとっては『人間失格』がまず最初に浮かぶ作品で、暗くて内向的というイメージが強かったのですが、『新ハムレット』を読んだ時に、そうした太宰とは違う姿が見えてきました。文学者として戦う姿と言いますか、有名な戯曲を自分のものにするために何度も何度も読んで、自分で語り直すという行為をしている太宰の息遣いみたいなものを感じ、この人は内向的で暗い人ではなく、人間の心を表現しようと戦っている人なんだと。文学って何なのかとかは、私には語れませんが、自分の文学を確立するとか日本の文学をさらに発展させるとか、そうした未来のために戦っている。その姿にはすごく憧れます。戯曲を立ち上げることで、さらに太宰の息遣いが聞こえるのではないかと強く興味を惹かれました。

 

――なるほど。今回、上演台本では、どのくらいの脚色を行っているのでしょうか?

五戸 極力、太宰の言葉を生かした方がいいと思っているので、「カットだけで成立させる」を第一目標に脚色しました。ですので、私のオリジナルな言葉はなるべく入れないようにしています。ただ、例えば、4、5ページの長台詞をカットするためには、セリフの順序を入れ替えたりしなければならず、やむを得ず、そうしているところもあります。それから、オフヰリアやハムレットの存在をもう少しだけ立たせるために、シェイクスピアの『ハムレット』から引いてきた言葉を足すということはやっています。でも、それもほんの一部です。そのほとんどを太宰の言葉で構成しようという意図で脚本を作りました。

 

――木村さんは、ハムレット役でオファーがあった時、どんな心境でしたか?

木村 今の年齢でできるシェイクスピア作品というと、『ロミオとジュリエット』や『ハムレット』だと思いますし、そうした話をたまたまマネージャーと話すことがあった時にこのお話をいただいたので、これはやるべきだと思いました。それから、戯曲を読ませていただき、自分が普段から話していることとハムレットの悩みや苦しみがリンクして、太宰治さんは僕のあてがきで書いたのではないかと思うくらい(笑)、すごく共感できるポイントがあったんです。なので、これはやらなくてはと改めて思いました。もちろん、オファーをいただいて嬉しい気持ちもあったのですが、僕は作品が決まった瞬間が一番嬉しく、その後は(作り上げる)苦しみに変わっていくタイプなので、これからさらにハムレットに似てくるのかなと思っています。

 

――共感したポイントというのは、具体的には?

木村 お客さまや僕を知ってくださる方が不安に思うかもしれないですが、ポップに聞いてくださいね(笑)。まず、物語冒頭の「からかわないでください、僕は地獄へ行くんです」という言葉がかなり突き刺さりましたし、「苦しみが苦しみを生み出す、悲しみが悲しみを生み、溜息が溜息をふやす。」という一節も響きました。僕は、常々言っていますが、役者として生きていく中では休みなんてものがないんですよ。肉体的な休みはあるものの、心が休まる瞬間がない。結局、休みの日があったとしても、何か作品が入っていたとしたら、その休日も作品のことを考えたり、覚えなくてはいけない台本があるから、それは完全なる休みではないんです。唯一、コロナ禍で仕事が皆さんストップした時は、心の休息が取れた時間ではありました。ただ、一度、その安心感を覚えてからは、またあの休息を求めてしまう。それがハムレットの苦しみに共感するポイントなのかなと思います。
以前に、宮沢賢治さんの舞台に出演した時に、まず宮沢賢治さんという人物を読み解いてからでないと色々と見えてこなかったので、今回も太宰さんの色々な作品を読み解くことで、この『新ハムレット』も自分が今まで考えていたもう一歩先が見られると思います。それにこの作品は、『ハムレット』ですから、シェイクスピアの作品も一応、ピックアップしておかないといけないという思いもあるので、やらなくてはいけないことが山積みだという苦しみも今、感じております(笑)

 

 

――お二人は、本作が初タッグとなりますが、五戸さんから見た木村さんの印象や役者としての魅力は?

五戸 先日お会いしたばかりですが、お話をし始めて数分で、ハムレットにも太宰にも似ていて、正直な人という印象を受けました。それは、この太宰版の『新ハムレット』でハムレットを演じていただく上で、もしかしたら一番重要なところかもしれません。木村さんの敏感で正直で、ストレートなところを知って、これは大丈夫だと安心しました。ハムレットが現れたと私は感動しましたし、木村さんにハムレットを演じていただけるのが嬉しいです。ただ、木村さんはとても繊細な方でもあるのかなと思うので、稽古で一人で苦しまないようにしたいと思いました。

木村 今までは不安やナイーブな気持ちは吐けずにいましたが、今回は稽古場で吐けるので気持ちが楽でもあり、それを吐くことでハムレットに似てくると思うので、どんどんやっていきたいと思います。ただ、それが当たり前になりすぎて、ただの我がままな青年にならないように気をつけていきたいと思っています。

 

――木村さんは五戸さんとお話して、どんなことを感じましたか?

木村 先日、五戸さんと初めてお話しさせていただいた時に、僕が見えている景色の何十倍も多くのものが見えているんだなと感じました。僕の物差しで測るのもあれですが、役者という職業をしていて、ファーストインプレッションからお話を経てどんな人間像に変わっていくのかというのを楽しみにしているところもあったのですが、それすらも通り越して、無色に近い、透き通っているような印象を受けました。その奥には、濁流のように流れている川があって、それは熱い情熱だったり、ハムレットという作品にかける思いだったりするんだと感じました。あまり多くは語りませんでしたが、少ない会話の中で相手の意図を汲み取り、それ以上の何かをこの作品に投影できるのではないかと感じる、素敵な時間でした。

 

――ちなみに、五戸さんの作品は何かご覧になっていますか?

木村 僕のパーソナル情報を先にお伝えしますと…僕は観劇が苦手です(苦笑)。観劇すると、「僕が出たい」と思うので、誰かの作品を観るという時間が得意ではないんですよ。もともと、野球をやっていたのですが、その時もプロ野球の試合を観るのが好きではなかったです。「僕が試合に出たい。僕に投げさせて欲しい」という気持ちが強いんです。いつまでもプレイヤーでいたい。なので、舞台は常に上がっていないといけない場所なんです。

五戸 (その話を聞いて)やっぱり太宰と似ていて、強烈だなと思いました(笑)。お話を聞いていると、自分にも身に覚えがある感情のことだなと思いあたるんですが。自分が“表現者”である人は、人の表現を見る時、絶対に自分に跳ね返ってくる。なので、それに対して正直で敏感な人なんだと感じます。しかも、それを正直に話せる勇気がある。そこは、やはり太宰とかぶりました。

木村 自分では、それは自己防衛な気もしてますが。弱い自分を鼓舞しているような気持ちもあるのかなと。

五戸 弱さをさらけ出すというのは誰にでもできることではないですし、それを聞いている人が同じ弱さを自覚していれば、その言葉に救われたりもするんですよ。よくぞいってくれたというように。なので、自己防衛から始まってるかもしれないけれど、自己防衛に終わらないのではないかなと思います。

 

 

――共演には、島崎遥香さん、加藤諒さんなど豪華な顔ぶれが並びます。今回のキャスティングの狙いを教えてください。

五戸 とても個性豊かな方々にお集まりいただけたと思っております。それはひとえにプロデューサーの皆さんのお力のおかげです。シェイクスピアの『ハムレット』というビッグタイトルであっても、いかに日本人感覚、お茶の間感覚に引きずり降ろせるかが今作の最大のテーマなので、ただ美しい、ただかっこいいだけじゃない方々に集まっていただけたのはとてもありがたいです。個性があり、深い考えを持つ方々だと思いますので、たくさん言葉を交わしながら作っていけたらと思いますし、そうすることで豊かな人間模様が舞台上にも現れるのではないかと思っています。そうできるように頑張ります。

 

――木村さんは、今回の共演者について、どう感じていますか?

木村 共演経験があるのが加藤諒さんだけなのですが、その加藤さんがハムレットの親友で大切な仲間であるホレーショーを演じてくださるのは心強いです。加藤さん以外は初めましての方が多いですが、だからこそ、自分の知らなかった自分を発見できるのではないかという期待をしています。それから、今回、ハムレットの叔父のクローヂヤス役の平田(満)さんは、同じ事務所の先輩です。僕は同じ事務所の方との共演を熱望していたので、平田さんが叔父を演じてくださることはとてもありがたく、プレッシャーでもあり、認めてもらいたいという気持ちもあります。

 

――座長ということについては、いかがですか?

木村 主演をする時は、みんなが思い描いているような主演をやらないぞというあまのじゃくな思いはあります(笑)。主演というと、みんなを鼓舞してリーダーシップを取るイメージがありますが、僕はあくまでも現場の盛り上げ役だと思っています。エンターテインメントをお届けするからこそ、みんなで楽しく作品を解釈していきながら、最後にはお客さまに喜んでいただけるものを作っていきたいと思っているんです。楽しく作ったら、絶対に楽しいものになるという自負があるんです。なので、主演ということに対して気負うことなく、カンパニーを盛り上げていけたらと思います。木村でよかったと思っていただけるようなハムレットを作っていきたいと思います。

 

取材・文:嶋田真己