泉鏡花生誕150年の節目となる今年、新たな伝説が生まれようとしている。鏡花の代表作のひとつでもある『夜叉ヶ池』が森新太郎の新演出で上演されるのだ。出演は、これがPARCO劇場初座長となる勝地涼を筆頭に、入野自由、瀧内公美、那須凛ほか、美しき演技派たちがズラリと揃う。
放浪の旅人と美貌の村娘、そして夜叉ヶ池の竜神姫と彼方の竜神、この二つの恋物語を中心に、人間界と異界の眷属の物の怪たちが荒々しくユーモラスに描かれていく。この刺激的かつ雄大なスペクタクルに期待は高まるばかりだ。
過去に声優として共演経験はあるものの、舞台ではこれが初共演となる勝地と入野に作品への想いを訊いた。
――早い時期から、本読みを開始されていたと伺っていましたが。やはり声に出して戯曲を読むことで変化があったり、新しい発見があったりしましたか。
勝地 初めての本読みから時間を経て、そろそろ本格的な稽古が始まるタイミングではあるのですが、今もまだ本読みを続けている段階です。(取材当時)だけど自分が読んで、こうかな?と想像している以上に、森さんがものすごく深くセリフの意味を考えていらっしゃるんです。たとえば泉鏡花という人は、この場面はこういう意味で書いているんだよとか、このセリフの真意はこうなんだとか。やはり自分が考えるよりももっとイメージを膨らませて、そのイメージをお客様にもしっかり伝えていかないと。今のままではお客様も情景を思い浮かべられないぞというのが、僕がぶつかっている壁だと言えます。だけど本読みを何度もやらせてもらっているおかげで、僕と自由くんと瀧内さんの三人の声、そして泉鏡花の言葉に馴染めてきて、少しずつだけどイメージも広がってきているように思います。
入野 最初に自分の頭の中だけで描いていたイメージは狭いものだったんですが、本読みを重ねてお互いの声を聞き、森さんの話を聞き、それぞれの思っていることを深めていく中でどんどんイメージが膨らんできているところです。ですから稽古をやればやるほど、この泉鏡花の『夜叉ヶ池』という世界に入り込んでいっている感覚があります。使われている言葉が、大正時代の古い言葉で理解するのが難しかったりはするんですが、その分、セリフが意味する内容をしっかり伝えようということを特に意識しながらやっています。つい現代の言い回しのニュアンスになってしまって、自分としては苦戦中です。どうしても表現をしようとして、そっちに走りがちというか。あまり良くないことだなと頭では理解しつつも、自分の安心材料としてそっちに流れていってしまうので「そうじゃないんだ、そうじゃないんだ」と森さんから、本読みでずっと言われ続けているような状態です。
――本読み段階で「そうじゃない、そうじゃない」が続くのもなかなかつらいですね。
勝地 千本ノックを受けている感じです(笑)。それでも食らいついていけるのは、森さんが僕らと同じように考えて悩んでいてくれているからだと思います。
入野 そう、森さんは休憩中だってずっと考えているから。
勝地 「このセリフはここで一度切ったほうがいいか」とか「ここに点を入れないほうがいいかもしれない」とか。その様子を見ていると、ちょっと微笑ましくなることもあります。あんなに泉鏡花が大好きで「このセリフ面白くない?」って言っている方、なかなかいないと思うので。
入野 鏡花の、というかこの作品の一番のファンだと感じますよね。なんでこの作品をやろうと思ったのかと聞いたら「自分が役者でやるとしたら、このセリフを言いたいから」と、森さんが仰っていて。実際に自分も口に出して読めば読むほど、その意味や魅力がわかってきたので、さらに深みにハマって面白くなってきました。「もっと、こういう風にセリフを言ったほうが伝わりやすいかも」と思いながら稽古を続けています。
――お二人は森さんと一緒にお仕事をされるのは。
勝地・入野 初めてです。
――森さんとお会いする前と、現在とでは印象は変わりましたか。
勝地 印象が変わったかどうかはわからないですけど、森さんは稽古場では何回も何回も「違う、違う、もう一回、もう一回」とねばられるということで既に有名な人です。「ああ、これね!」と思いました(笑)。だけど僕もぜひ一度森さんとご一緒してみたかったですし「反複して何度も稽古する理由も徐々にわかってきたので、とても面白いです。
入野 確かに。同じく、さまざまなエピソードは僕も聞いていました。あと、気づいたのは本当に耳がとても繊細だということ。聞こえているものが違うんだな、ということはすごく思います。ちょっとした言い回しの違いや、自分が出している音と森さんに聞こえている音、森さんが求めている音、その微妙な部分が自分にはまだ聞こえていなかったりもして、なかなか正解にたどり着けなくて。ようやく当たった、ヒットしたと思っても、その言葉や音が自分に馴染むまでまた何回も繰り返し口にして、身体に沁み込ませています。
――その森さんは、公式のコメントとして勝地さんのことを「紫電清霜の主演俳優だ」とおっしゃっていますが。
勝地 森さんが僕のどの作品を見てそう思われたのか、わからないんですけど。一度聞いてみたいとは思っています。
――確認していないんですか(笑)。
勝地 聞けないですよ(笑)。そんな風に言っていただけるのは正直に嬉しいです。森さん、「今は、簡単なほうにどんどん行っちゃう」「こんなにわかりやすいものばっかりになってしまっていいのかな」と。そうやって、常にエンターテイメントに対して深い思いを抱いている方で、そのアツさは見ていてすごいなと思うんです。そのアツい森さんがそんな褒め言葉をおっしゃってくださっているわけなんですけど。だからこそ、聞きたいんです。「一体、何を見て?」って。「もしかすると、僕じゃない人を観ていたんじゃないですか?」って(笑)。
入野 ハハハ、違う人だったりして(笑)。
勝地 「あの作品に出てたよね?」「出てません……」なんてことになるかもしれない(笑)。いつか、答え合わせはしてみたいです。
――お二人の初共演は、声優としてだったんですよね。
勝地・入野 そうです。
勝地 最初が『機動戦士ガンダム00』。でもあれは、一緒のブースで声を入れていたわけではないから、直接共演できたのはノイタミナの作品の『UN-GO(アンゴ)』かな。
入野 坂口安吾を題材にしたアニメだったんですけど。よく考えたら、あれも文学モノだね。
――日本文学つながりですね。
勝地 あれもまた、珍しく勝地が主役だったんだよなあ、なんで僕だったんだろう(笑)。当時はアニメのこととか全然わからなかったんで、いろいろ自由くんに教えてもらったり、自分がちょっと集中力が切れそうになった時には自由くんをいじらせてもらったりして(笑)、たくさん助けてもらいました。
入野 楽しかったですね(笑)。
――今回は生身の身体では初めての共演ということになりますが。役者としてのお互いの魅力については、どういう風に感じられていますか。
入野 僕は、勝地さんの出演作品は、映画も舞台もたくさん見ていますから。本当に信頼しかないです、ついていきます!という感覚ですね(笑)。僕自身、今回はこれまであまりやったことのないような役で、年齢的には35、36歳くらいで実年齢に近いんですが、当時の時代の人はもっと年上に見えそうな気もするし。他にもいろいろ不安はあるものの、とりあえず最終的にはすべて振り払って勝地さんについていきます!という感覚でいます。アツい人で、かっこよくて、大好きなんですよ。これまでの、いろいろな逸話を聞くたび「かっけえな!」って思っています。
勝地 僕としては、とにかく自由くんは言葉ひとつひとつの立て方であったり、伝えるという表現が素晴らしいなと改めて思っています。この間の本読みを録音したものを音で聞かせてもらったら、自分の声はすごく平坦に聞こえて、自由くんの声はとても立体的に聞こえてくるんです。逆に言うと、その立体な感じが、森さんからは「余計なところを立たせてしまっている」と言われちゃうんです。そこをいいバランスで二人で重ねていけばいいということなんだろうなと考えているところです、あとから音を聞き直すことで、森さんが言っていることがわかりました。でもやっぱり、自由くんの言葉を伝える力はものすごいので。僕はご一緒していてすごくやりやすいです。
入野 ……頑張ります!(笑) 僕も、もっともっとシンプルなところを目指したいんですけど。声の仕事をやっていると、どうしてもキャラクターに合わせて膨らませるということがメインになったりしていたので。ここ数年は舞台の仕事もやっていたので、そういう部分を自分の中で削ぎ落としていこうという作業は意識してやってはいるんです。だから少しずつでも、その境地にたどり着ければ。特にこの『夜叉ヶ池』に関してはそれが重要になってくるだろうということは、わかっているので。
勝地 いやあ、難しい。
入野 ホント、難しい。
――お二人とも、心からの言葉が出ている気がします(笑)。
勝地 僕が演じる萩原晃は特に、変に抑揚をつけすぎるのも違うとは思うし。それなのに、今の僕の課題としては「ちょっと暗いから、もっと明るく」と言われていて。でも明るい表現をするのに、抑揚をつけずにどうやればいいのか、悩んでしまって(笑)。
入野 確かに(笑)。
勝地 だから僕としては、一刻も早く森さんに会いたいです。早く森さんに会って、やってみて、「違う」と言われて調節したいです。「課題は勝地に渡したからな」と言われたけど、家で一人で自主稽古したって無理無理、家では無理!(笑)
入野 「世間話をするように、二人の会話から始まる」と言われて、ちょっと世間話風にすると今度は「軽すぎるよ」って言われる。いやあ、難しい!
勝地 難しい! 晃も、自分がその物語の中に入ってしまったみたいなことになっている状況を、別に嫌だと思っているわけじゃないんだと思います。
入野 そうだね。
勝地 だから自分の親友である、自由くん演じる山沢学円に「こういうことがあってさ」と話し出す、その気持ちは掴めているとは思うんだけど……。でもそれをどういうところからドライブかけていくか、そういう細かな部分がまだまだなんだと感じました。そして同じように、百合を演じる瀧内さんもたぶん今、悩んでいるだろうなと思う。
入野 みんなそれぞれに悩みが別の部分であって、それが回り回ってどんどん一緒の悩みになっていくと、またいいのかなとも思うんです。それぞれの課題が今はまだ大きくあるから、本読みの中でもうちょっとクリアにできたらいいんですが、でもまだ自分のことで手一杯になっていて。もっとちゃんと相手のためにセリフを言いたいのに、現時点では自分のここのイントネーションなんだっけ?みたいになっているので。
――まだもう少し、時間がかかりそうですね。
勝地 かかります。公演初日を、ちょっと伸ばしてもらっていいですか(笑)。
入野 いやいや、それはダメでしょ(笑)。
――この『夜叉ヶ池』という作品を、PARCO劇場で上演するということに関しての想いはいかがですか。
入野 僕は、やはりPARCO劇場というと、まさに『夜叉ヶ池』じゃないですけど、ちょっと魔法にかけられたような面白い作品、ぜひ観に行きたいなと思うような作品を上演している劇場だという印象があって。PARCO劇場で初めて作品を観たのは10代の頃で、20代の時に旧PARCO劇場に出演させていただいて。そして30代でもいつかぜひと思っていたら、しかもこの50周年という記念すべきタイミングで出演できることになったので、とても光栄ですし、ものすごく嬉しかった。今はとにかくモチベーションは高く、やるぞ!という意気込みしかないです(笑)。まだちょっと不安も怖れもありますが、最終的には思い切り楽しんで、この作品をお届けすることができればいいなと思っています。
勝地 僕も、初めてPARCO劇場で舞台を観たのは、10代の頃でした。特に、お客さんと舞台、板の上が一体化している感覚が「こういう劇場があるんだ」と思いました。それは他の劇場にないというわけではなくて、PARCO劇場はその感覚が特に強く感じられる気がする。旧PARCO劇場が大好きだったんです。それが新しくなるとどう変わってしまうだろうと思っていたら、劇場の良さはそのままで。それは舞台に立つ意味でも、観に行く側からしても、有難くて。音がいいからなのか、理由はわからないですけど。だから今回、そういう大好きな、思い入れのある劇場で、しかも自分が座長として立たせていただけるなんて感謝しかないですし、身が引き締まります。とにもかくにも、チケットが売れないことには困るんです。しかし勝地涼で主役をやらせようと考えたPARCO劇場さんは、たぶん正気じゃないと思うんです……(笑)。
入野 そんな(笑)。
勝地 なんとかしてすべての壁を乗り越えて僕らは幕をあけないといけないと思っています!!(笑) とにかく山々に囲まれた谷の、水がたたえられた美しい夜叉ヶ池の情景が、セリフのやりとりからしっかり浮かび上がるような。そんな空間が作り出せたら最高だな、と思っています。
取材・文/田中里津子