タカハ劇団 第19回公演『おわたり』|高羽彩・早織・田中亨・西尾友樹 インタビュー

撮影:塚田史香

その夜は、外は見てはいけない。人形を飾ってはいけない。背後から呼ぶ声にふりかえってはいけない。そんなしきたりで執り行われる、ある村の年に一度の祭「おわたり」。7月1日(土)よりシタートップスで上演されるタカハ劇団の新作『おわたり』は、そんな霊魂にまつわる村の奇祭をテーマにしたホラー作品だ。

海で死んだ者たちの魂が黄泉の国へとわたる日にその地に訪れた来訪者は、亡き友人の霊が見えるようになった小説家の稔梨(早織)と彼女と学生時代からの仲である民俗学者の紅雄(西尾友樹)とその助手の亞紀(宇野愛海)。三人は司祭を務める霊能者・翡翠(かんのひとみ)の孫である刹那(田中亨)と出会うのであるが、彼にはもう一つの顔があった。その出会いがもたらす運命は果たして……。

タカハ劇団15年ぶりとなるホラー作品の見どころや魅力、稽古場での創作について、主宰で作・演出を手がける高羽彩とタカハ劇団初出演となる早織と田中亨、劇団の初期作品ぶりの出演となる西尾友樹(劇団チョコレートケーキ)の4名に話を聞いた。

――『おわたり』はこれまでのタカハ劇団とはまた一味違ったホラーの作品ですが、高羽さんが本作の執筆に取り掛かるまでの経緯からお聞かせいただけますか?

高羽 少し前に亡き友人の霊をおろしてもらうためにイタコの方に会いに行ったことがあって……。その時に起きた出来事やイタコを通して聞いた友人の言葉がすごく印象的だったので、この体験を元にお話を書いてみたい、書けるかもしれないと思ったんですよね。ただ、理由はそれだけではなくて、私が行ったのは恐山だったのですが、この物語は祖父母が住んでいる場所の周辺が舞台になっていて、幼少期に遊びに行った時にそこはかとなく感じた疎外感とかそういった記憶も反映されています。「ホラーをやってみたい」という展望自体はずっと前から持っていたので、いろんなタイミングが重なってようやくできる準備が整ったという感じでした。

――ご出演される皆さんは、最初に台本を読んだ時はどう思いましたか?物語やご自身が演じる役柄の印象についてお聞かせ下さい

早織 「どんな怖いお話なんだろう?」と思っていたのですが、いざ台本を読み始めると、すごく面白かったんですよね。ホラーという言葉から思い浮かぶイメージは色々あると思うのですが、『おわたり』はまずベースとなっている物語そのものに深みがあって、引き込まれていくような感覚がありました。ホラーの特色がありつつ、それだけではなくて、登場人物の関係性、多彩なテーマが一つの作品の中に潜んでいます。その構造に魅了されました。

西尾 分かります。とくに物語の序盤はまだホラー要素が少ないというか、分かりやすく心霊現象が起きたりするわけじゃないんですけど、それでもずっとゾクゾクしながら読んでいる自分がいましたね。このゾクゾクの理由は一体なんだろう?と思った時に、やっぱり登場人物に秘密があって……。みんなそれぞれ何かしらの事情を抱えていたり、後ろ暗いものを持っていたりする。そういった人の怖さが滲み出ているところも本作の面白さであり、深みなのかなって思ったりしています。僕は小さい頃からオカルトが好きだったので、「とうとうホラーの作品に参加できるんだ!」というミーハー心もあって、オファーをいただいた時はすごくわくわくしていたんです。でも、いざ本をもらって読んでみると、「こ、これは家で一人で読めないかもしれない」って思って。夕方になって陽とか翳ってくるととくに……。

全員 あははは!

西尾 怖いもの好きの、怖がりなんですよ。

早織 私も性質としてはすごく引っ張られやすいタイプなので、嫌な気配がすることや怖いと思ったことにはあまり近づかないようにしています(笑)。ただ裏を返すと、面白いと思ったことには自ら進んでいくようなところもあって、この作品やタカハ劇団の現場にはそういった魅力がありました。同時に、何かに引っ張られたり、取り込まれたりするような感覚が稔梨という役を演じる上では一つのキーワードである気もしています。

――なるほど。早織さんの中に稔梨とリンクする部分があるということでしょうか?

早織 全てが理解できるというわけではもちろんないのですが、稔梨には自身の欲望に気付いていないところがあると感じています。私自身も自分が本当にしたいことや望んでいることがわからない時があるので、そういった部分には共感しますね。そして、そういう「わからない」状態の時こそ何か目に見えないものに引っ張られていくような感覚があって、さらに、その引っ張っているもの自体がいいものなのか、悪いものなのかもまた分からない、という怖さがあるんですよね。稔梨が何にどんな風に引っ張られているのか。今の稽古ではそこを辿って、少しずつ触れて探っているような感触があります。

西尾 僕が演じる紅雄と早織さん演じる稔梨と宇野愛海さん演じる亞紀の3人は、村を訪れる側の人間で、つまり来訪者=部外者なんですよね。そこにも一つの「取り込まれやすさ」があるような気がしています。3人に対して他の方々は村の人たちを演じられるのですが、稽古が進めば進むほど、みなさんの演技も歪に不気味になっていくんですよ。外からやってくる来訪者と内側の人間との違いがどんどん形成されていって……。その境界が面白いなと思いながら稽古をしていますね。

高羽 手練れの方ばかりなので、本当に生々しいお芝居をしてくださるんですよね。

田中 僕もこの間の初通しの後に改めて痛感したのですが、共演の方々のエネルギーがそれはもう凄まじくて……。皆さんが同じ方向を向いたときに生じるパワーが半端なさすぎて、とても初通しとは思えなかったです。

――田中さんは、村人で「おわたり」の司祭の孫である刹那を演じられますが、憑依されたり、したりという切り替えがありますよね

高羽 刹那くんという役柄の特性はこの話を思いついたときから決まっていて、むしろ刹那くんというキャラクターを思いついたことで、舞台ならではのホラーが実現できるって思ったんですよね。というのも、同じ人間が別の人間を演じることで構造が何層にもなる仕組みって、演劇だから成り立つ描写なんじゃないかなって思って……。映像では役者を変えるという方法になってしまうことが、演劇では何人かのキャラクターが同時に一つの肉体に存在する形でできる。ただ、その役はめちゃくちゃ大変だぞ、と。加えて若い方にやっていただきたかったので、いろんな信頼できる方に「こんな役をやってもらえそうな俳優さんを知りませんか」と聞いて回ったんです。その時に複数人の方から声を挙がったのが田中さんでした。それで事務所に突撃したら、有難いことに引き受けてくださって……。

田中 ありがとうございます。稽古は日々刺激の連続です。僕の演じる役はその時々で中身の人間が変わっていくのですが、基本的には刹那の身体を通してしゃべっていくような感じなんですよね。憑依されたからといって、突然力持ちになったりするような分かりやすいものではなく、無意識下で行われているものなのだろうな、と思ったり……。だから、僕自身も頭で色んなことを考えてお芝居をするというよりは、ある意味ボーッと空白の状態でいる方がいいのかなとか思っています。「今の瞬間、あの身体の中身は誰なのか。乗り移られているのか、本人なのかどっちなんだろう」という想像をお客さんにしていただく。その範囲を広げた方が面白いのではないかなと思って、稽古場では小さな工夫を重ねていくような感じです。

――そんな試行錯誤の稽古もいよいよ大詰めといったところですが、稽古場の雰囲気はいかがでしょうか?高羽さんが本作の稽古において大切にしていること、みなさんが感じている演出の魅力や印象についてお聞かせ下さい

高羽 みなさんのおかげさまで非常に楽しく、健全な創作環境が維持されているのではないかなと思っています。演出する上で毎回気をつけていることは、なるべく論理的に話す、言語で理解してもらえるように努めるということでしょうか。役をどう作ってほしいみたいなことよりも、具体的な動きを伝えたり、このセリフの解釈をこう変えてみましょう、っていう形で説明をしたり、細かなところを変えていくことで全体に影響を及ぼすような作り方ができるといいなと思いますね。

早織 私は演劇の現場にいることが立て続けにあるわけではないので、舞台稽古に入る時に「求められることに応えられるだろうか」という不安を抱くことがよくあります。舞台上で演技をするのはいくつか特性があって、基本的なことを言ってしまうと、声量も映像とは全然違いますね。今回は稽古に入る前に高羽さんがそういった不安を解消する相談の時間を作ってくださって、そんな丁寧なコミュニケーションがすごくありがたかったです。過去に演劇の稽古場で、抽象的なダメ出しに戸惑いを覚えたり、「分からないって言っちゃダメなのかな」、「みんなは分かっているような感じだけど、分かっていないのは私だけなのかな」って不安になったりすることもあったんですよね。

西尾 うんうん。すごく分かります。

早織 でも、今の稽古ではそういうことがないのがすごく安心。高羽さんがきちんと言語化してくださることによって、私自身も自分の分からないところや解釈を伝えやすい状態でいられる。そんな関係がとても心強いです。

高羽 そうですよね。早織さんが仰るように、演劇の稽古場って言葉でうまく伝えきれない感覚的/感性的なことがとてもたくさんあって、それをもとに作っていかなきゃいけないものだからこそ、演出もつい抽象的な言い方になりがちだと思うんです。だからこそ意識して具体的な解釈を説明したり、誰が聞いても理解ができる言葉で解決法を提示することが必要だと思っています。演出家の気持ちだけで走っちゃって、現場が振り回されるようなことがないようにしないとなって思いますよね。

――創作環境での工夫も作品の魅力に直結していくような興味深いお話です。西尾さんと高羽さんは元々交流があったとのことですが…

高羽 それには紆余曲折の時間がありまして……(笑)。西尾さんは、タカハ劇団が旗揚げして間もない数年間で何度も主演をやっていただいていて、私の中では初期のタカハ劇団を支えて下さった非常に重要な俳優さんという認識なのですが、そこから実になんと15年の時を経て、今回久しぶりにまたご一緒させていただくという! 

早織 そうだったんですね!じゃあ出演依頼がきて15年ぶりの再会?!

高羽 そうなんですよ。その間とくに連絡を取っていたわけでもなく、なんならLINEの連絡先もこの間交換したという不思議な関係!

西尾 そうなんです、だから、オファーをいただくと同時の即決でした。実はこの公演と自分の劇団(劇団チョコレートケーキ)の公演期間がぶっているのですが、劇団の方には「ちょっと来年のこの期間は劇団を離れます、タカハ劇団に行きます」って告げて…(笑)。昔からやっぱり高羽さんの本や作品はすごく面白いと思っていましたし、「高羽さんはこの先もずっと演劇をやっていく方なのだろうな」と確信していました。劇団では社会派の作品をやることが多いので、ちょっと別の作風の作品にも参加してみたいなと思ったのですが、いざ参加してみると、ホラーと言ってもただ怖いだけでなく社会派の要素もしっかりあって、結局社会派をやることになったなと!(笑)。

高羽 あははは! 

西尾 ただ、多くの社会派の演劇ってやはりメッセージ性が前面に強く出るので、それが良くも悪くも作品全体のテーマになることが多いと思うのですが、『おわたり』という作品はホラーというジャンルを借りつつも、随所で社会に踏み込んでいくことで時代の様相を感じたりすることができるんですよね。そこも大きな魅力だなと思っています。

早織 1995年という時代設定も特徴的だなと感じました。高羽さんはその時代を日本の社会や歴史における一つの転換期と捉えてこの物語を描かれたそうですが、そういったターニングポイントって個人の人生にもあるなって感じて……。誰しもに多かれ少なかれ過去に置き去りにしている問題があって、そこを見ないように進んできているところがあると思うんですよね。私の演じる稔梨という人物ももれなくその一人で、そんな個人の問題と時代や歴史の流れが共に奏でられているところが、物語が進む上での厚みになっていて心に響くのではないかなと。

田中 高羽さんが『おわたり』の世界へと全力で引っ張ってくださるし、共演の方々も凄まじいパワーを持った方ばかりなので、そんなエネルギーの強さや流れによって巻き込まれるような強さがあると感じています。「ここから劇場で美術さん・音響さん・照明さんも入ったら、一体どうなっちゃうんだろう」っていう怖さと一体になった期待があります。ちなみに、僕は西尾さんとは過去にも共演させてもらっていて、最初のプロットでお名前を見つけて「西尾さんがいる!」と興奮しました。全幅の信頼を寄せている先輩なので、すごく心強かったです(笑)

西尾 そうそう。オフィスコットーネプロデュースの『母 MATKA』という公演で兄弟役をやったんですよ。亨くんは共演していても、出演舞台を観ていても、同じ俳優とは全く思えないような変幻をする人なのですごいなあと思っています。僕の周辺では亨くんのことを次世代モンスターと呼んでいるので、また一緒に作品を作れて光栄だなって思います。

高羽 こんな風にホラーでも稽古場はとても和やかです(笑)。作風はホラーではあるのですが、人と人とのコミュニケーション上で生じるちょっとした可笑しみとか、クスッときちゃうところもたくさんあって、みんなで楽しみながらつくっていくような部分も多いんですよね。村の司祭であり霊能力者・翡翠を演じるかんのひとみさんもお芝居がすごく上手でいらっしゃるのでしっかり怖いんですけど、奥で控えている俳優さたちが前のめりでお芝居そのものを楽しんでいる様子もあって、豊かな稽古場だと感じています。

――プロットの段階から物語の結末が大きく変わっているところも興味深かったのですが、その変化についてはどんな思いがあったのでしょうか?

高羽 書き進めていくうちに、設定の面白さだけで見せるのは限界があると感じたことが大きかったですね。これじゃ最後まで走りきれない、ってなった時に主人公である稔梨のドラマをもっと描きたい、描かなければ物語としては成立しないだろうと思ったんです。そこにフォーカスしたことによって余分な設定が剥ぎ取られていって、今回の結末に辿り着いたような感覚があります。

早織 稔梨はとても複雑なキャラクターなので、やはり演じていても難しさは感じます。でも、その人物像について高羽さんと何度もすり合わせていく作業を経て、だんだん彼女のことがわかるようになってきたんですよね。とりわけ稔梨の強さに気づいていくような感覚がありました。最初はどちらかというと弱さやナイーブさに目がいっていたんですけど、だんだんそれだけじゃない人だなと思ってきて……。小説家である稔梨の精神みたいなものにも徐々に近づいてこれている気がします。

――みなさんにお話を聞いて改めて思ったのが、稔梨をはじめどのキャラクターにもそれぞれのドラマがあるということでした

田中 そうですね。刹那のドラマに対して思うのは、彼にとって母親の存在が大きかったんだろうなっていうことでした。結末はここでは明かせないですけど、僕個人としては、含みがある部分も含めていいエンディングだなと思いました。「彼は今後どうするんだろう?」っていうことをきっと観客の方が色々と想像して考えて持ち帰ってくださるんじゃないかなって。最近常々痛感しているのが、お客さんの想像力の豊かさと果てしなさなんですよね。わかりやすく、今笑っています、怒っていますってやらなくとも、細かい仕草や表情からいろんなことを受け取ってくださる。刹那はとくにそういう想像が膨らんでいくような役柄だと思います。

西尾 稔梨と紅雄の関係性にもまたドラマがあるのですが、恋愛なのか友情なのか、はたまた愛情なのか。でも、もはやきっと一つではなくていろいろ含んでいる関係なのだろうなって思っていますね。二人は15年ぐらいの付き合いだから、もうある意味では家族みたいな感じなのかなとも思ったりしています。最近、それこそ95年に出たドリカムの『サンキュ』を聴いて、めちゃくちゃ刺さってしまっている自分がいて…。

高羽 まさかのドリカム!

西尾 そうそう。稔梨に「何も聞かずにつきあってくれてサンキュ」って言われたい……(笑)。

早織 あははは!

――『おわたり』の裏テーマソングとして心得ました!(笑)。ホラーだけど、ホラーだけじゃない。そんな作品の広く深い魅力について色々とお伺いできた気がします。最後に、ここもこの作品の魅力だという部分を一言ずつ教えてもらってもいいですか?

高羽 とかく演劇ってハイコンテクストな娯楽だと思われることが多くて、観に行く前に勉強して行かなきゃいけないとか、わからなかったらどうしようとか、そういった思いを抱えてなかなか劇場に足が向かない方も多いと思うんです。だけど、本作ではあくまでエンターテイメントを目指したので、社会派的メッセージみたいなものはそういう方向で演劇を楽しみたい方へのプラスアルファのようなものなんですよね。ホラー好きな方でも、演劇好きな方でも、人間ドラマが見たい方でもどんな人でも気軽に最後まで楽しめる、見やすい作品になっていると思います。なので、夏の始まりにちょっとゾクっとしてみようかなと軽い気持ちで劇場に来てもらえたらと。東京ではお盆の時期に近いので、ぴったりの作品じゃないかなと思っています。

早織 前半のチケットがおもとめやすいです!また25歳以下は2,500円だし、高校生は1,000円。お金だけで考えることではないとは思いつつ、映画に比べて演劇のチケット代が高いなんていうことを言われることもやっぱり多いので、この辺りは言っておきたいなと!

高羽 大事!若い方に演劇を観てもらわないことには先細りする一方ですから。そういった意味でもタカハ劇団はチケットの種類にもこだわっています!

早織 キャストの宇野(愛海)ちゃんもU-25チケットを使っていろんな演劇を観に行かれているみたいで、そういった割引は是非どんどん使ってもらいたいなって思いますね。映画とはまた体験することが違うので、ぜひ生の体験を楽しんでもらいたいなって思いますね。

西尾 しかも、演劇でホラーってなかなかないジャンルなので! 映像で見るホラーとはまた違う体験ができると思うので、ぜひ楽しんでほしいなと思います。

田中 シアタートップスというのもポイントですよね。あのサイズ感と濃密な空間がよりいい効果を生み出してくれるような、深いところに届くような体験がしてもらえるのではないかと思っています。一回観たらもう一回観たくなるような恐怖と快感があるんじゃないかなと思うので、いろんな人を誘って、多くの人にクセになってもらえたら嬉しいです。もう、なんなら幽霊さんを引き連れて来ていただいても……(笑)。

高羽 あははは!確かに幽霊も人間もみんな一緒に盛り上がれたらいいですね。今日の客席なんか奥の方までいっぱいだなあ、ってね(笑)。

取材・文/丘田ミイ子