朗読劇「あの空を。」作・演出:樫田正剛(方南ぐみ)オフィシャルインタビュー

2023年7月26日(水)~30日(日)に、東京・有楽町 I‘M A SHOWで上演する朗読劇「あの空を。」。2020年の新型コロナウィルス感染拡大に伴い、甲子園大会の中止を余儀なくされた高校球児たちを題材に、失われたひと夏とその後を描いた注目作を、今年の夏の甲子園開幕直前に、個性豊かなキャスト陣でお届けいたします。上演に先駆け、作・演出の樫田正剛(方南ぐみ)のインタビューが到着いたしました。


公演の最後に観客から沸き起こった力強い拍手は、コロナ禍を乗り切った自分たちへの拍手かもしれない


――朗読劇「あの空を。」は、コロナ禍の高校球児たちを描いた作品です。本作のテーマを高校野球にした理由を教えてください。

宮田悟志くんの“あの空を忘れない”という歌ありきで作ったので、まずこの歌の話をしますが、宮田くん自身が東北高校の野球部出身で、彼から2018年ぐらいに高校野球をテーマにした歌詞を書いてほしいと言われて。2020年にコロナの影響で高校野球が中止になったときに、ふとその話を思い出して、コロナ禍で悲しみに暮れている人たちに対して、「でも前向きに生きようよ」という詞を書きました。そうしたら、宮田くんが母校でミュージック・ビデオを撮ってきたので、行った理由を聞いてみたら「絶対に後輩たちに教えたかった」という熱い言葉が返ってきた。「これは、歌だけで終わらせたくないな」と思ったものの、まだストレート・プレイの舞台をやるのは難しい時期でしたし、朗読劇ならできるかな?という思いで、一気に書き上げました。


――2021年に初演を迎えて、過去にも何度か上演されていますが、印象に残っていることはありますか?

それこそ初演ですよね。過去に上演した朗読劇は歴史や戦時中がテーマだったけど、「あの空を。」は、コロナ禍でお客さんみんなが食らっていることをテーマにした作品なので、「これがどう受け止められるのか?」という怖さがありました。「どうなるんだろう?」と思いつつ終わってみたら、お客さんから力強い本気の拍手を頂いて。驚きと共に「観ている方にも伝わった」と感じて、この作品をもっと多くの人に知ってほしいと思いました。それが忘れられないですね。


――劇中では、コロナ禍を経た5年後も描かれていますよね。台本を読みながら、キャラクターの行動や思いを通じて、自分自身も考えることが多かったです。

高校球児の3人それぞれにストーリーがあるし、どんな形であれみんなコロナの煽りを食らっているんです。だから、コロナの渦中と5年後を描くことで、仲間や友達は絶対に必要だ、ということを裏テーマとして伝えたくて。コロナ禍で、一人ぼっちになってしまった人も多かったと思うんです。会社に行くことができない、仕事をしていない人は面接に行けない。人と会うことが憚られた時期に、部屋にずっと一人でいた人もいる。それはどんなに苦しかったんだろうと。でも、仲間がいれば、会えなくても電話をするような話し相手がいれば、助けられたんじゃないかなって思うんです。


――新型コロナウィルスが流行り始めた時期に印象的だったニュースや言葉が入ってくるので、当時のことを思い出しましたし、私自身も今思い起こすと辛かったかもと……。

そうなんですよね。今年1月に「あの空を。」を上演したときに、前回から少し時間が空いていたし、コロナの状況にも慣れてきていて、2020年時のあの苦しさは薄れてきているんだけど、お芝居の稽古や劇場に入った時に思い出すんですよ。お客さんも最初は「あ、コロナの話ね」って感じで来るんだけど、当時の描写がポンポンと来た時に、その時期のことを思い出してくれたのではないでしょうか。最後に力強い拍手を頂いたときに、それは作品に対してかもしれないし、「よく乗り切った! 頑張れ!」というお客さん自身への拍手かもしれないなと。


この作品を特に見てほしいのは、息子や娘がいる親御さん


――登場人物だけでなく、観客もコロナ禍の時期を過ごしているからこそ、重なる部分、思い出すことがあるのが、この作品の魅力でもありますよね。そして、回によってキャストが変わるので、それぞれの良さや感じ方が違うかもしれないですよね。

それが、朗読劇の面白さなんです。台本は同じなので、どのキャストにも同じようにキャラクターのことを伝えるんですね。でも表現するのは役者なので、全く同じということにはならないんです。そこが面白いんです。それぞれのチームの4人の役者が自分たちの思いを信じて舞台に乗りす。とてつもなく素敵な時間です。


――樫田さんとしてもキャストによって作品の新たな発見があるのでしょうか?

新たな発見というか、アプローチの違いはありますね。極端な言い方すると、どれも間違っていない。キャラクターの性格が違うときは修正しますけど、そうじゃない限りは全然オッケー。赤点を取らなきゃ大丈夫(笑)。もともと演劇は、絶対に100点は取れないと思っていて。ただ、「あの空を。」に関しては、100点が取れるんじゃないかと思っている部分もあります(笑)。あと、この作品を特に観てほしいのは、息子や娘がいる親御さんですね。


――確かに。コロナ禍の影響を受けているのは生徒たちだけではないですものね。

冒頭で生徒たちが大会で負けた時に、客席にいる人たちは手が痛くなるほどの拍手を贈った、という描写が出てくるんですが、その中には野球部のOBや後輩、彼らを応援してくれた父兄たちがいて、親御さんたちは、小学校から中学、高校まで、朝練のために早く起きて弁当を作ったりして、少年たちをずっとサポートしてきた。大会に出られなかった本人もすごく悲しいけれど、頑張ってきた息子が大会にすら出られないことを経験した親御さんたちも、可哀想でなりません、その方たちにこの作品を観てほしい。コロナ禍の影響を受けたのは野球部だけではなく、文科系の人も、社会人のそういう大会をやっている人たちも、みんなが食らっている。だから、多くの人に知ってほしい物語です。


――この物語のキャラクター達も、その周りの人たちも、コロナの影響を大きく受けていますが、樫田さんご自身はコロナ禍を経験して、考え方に変化はありましたか?

変わりましたね。僕たちの商売は本当に水モノで、コロナ禍に直面してどうやって生き残っていくのか、いろんな機会においては淘汰されてきている気はしています。僕は60を越えてあと何年頑張るのかなと思うぐらいですが、それでもいつどうなるのかわからない仕事だし、だからこそ、その日をいかに楽しく、一生懸命生きるのか。その部分が変わりました。


――この瞬間しか観られないものを観る、というのも重要になりますね。

ハイ。だからこそ、「あの空を。」はぜひ観てほしいですね。

 

取材・文/長澤香奈