土田英生(MONO)による『燕のいる駅-ツバメノイルエキ-』が、和田雅成主演で上演される。1997年京都にて初演され、その後様々な劇団・プロデュースにより繰り返し上演されてきた珠玉の会話劇だ。
舞台は燕が巣を作る季節、春の日の午後の出来事。とあるテーマパークの最寄り駅「日本村四番」では、駅員と売店の女性、その友達や電車に乗り遅れた会社員らが集っていた。彼らのたわいもないやりとりは、ごく日常の一コマのようでおだやかな時間が流れている。ただ、いつもと違うのは電車が一向に来ないこと……。
“世界の終わり”が淡々と描写される中に普遍的なテーマが滲む本作。「コロナ禍で人が消えた街の景色が、この作品の中で描いた世界に似ていた」と感じた土田が「もう一度だけ、この作品をつくりたい」と願い、注目のキャスト陣が集結。
9月・10月の東京・大阪での公演を前に本作の取材会が行われ、独特な劇世界に挑む和田雅成が意気込みを語った。
―― 本作の印象を教えてください
フィクションとノンフィクションを掛け合わせた作品、という印象です。会話のリアルさと“世界の終わり”という設定が組み合わさっているところが、すごく“演劇”で成立する物語だなと思いました。お客様に余白を与える部分が多くて、そこがすごく魅力的だなって。見て何を感じるかは人によって全然違うと思います。言葉にするとベタですが、僕はもう一回見たいなと思う作品でした。劇中の会話を自分の中で咀嚼すればするほど、何気ない会話の中にちりばめられてるものがあることに気付く感覚がありました。
―― 本作のオファーが来た時のお気持ち、出演の決め手は?
ありがたいことに今年夏のスケジュールがとても充実していたので、お受けするにはちょっと厳しいのではないかと最初は悩んだんです。でも先方からとても熱を持ったお声掛けをいただき、これだけ思っていただけるのだったらぜひ挑戦したいと思いました。僕は今まで主演という立場をあまりやってこなかったので、そこも理由のひとつになりましたね……と言いつつ、今年やらせていただく舞台は全部主演なんですけど。
―― 和田さんの2023年は「風都探偵 The STAGE」の主演に始まり、4月は舞台『ダブル』で玉置玲央さんとW主演。8月にミュージカル「ヴィンチェンツォ」の主演が控えていて、9月~10月に本作、舞台「燕のいる駅-ツバメノイルエキ-」が上演されます
「主演をやりたい!」と思っていたわけではなく、これは本当に偶然のタイミングです。僕に合いそうな役が主演の立場だったというだけだとは思いますが、新たな経験値を積んでいる感じはありますね。「風都探偵 The STAGE」は実写作品の舞台化という難しさがありましたし、『ダブル』では僕の今後の人生の色が変わっていくんだろうなと感じました。劇中に「演者と役、2つの人生が板の上で重なって芝居が生まれる」というセリフがあるのですが、実際に『ダブル』の本番中にもそれが起こったんです。感情がぐちゃぐちゃになって、舞台上で意味が分からなくなるくらい。でもそうなった瞬間、人生の全てが愛おしくなりました。
―― 何かひとつ突き抜けた感が?
そうかも。例えば些細な話になりますが、一昨日くらいまですごく胃が痛かったんですよ。熱中症みたいになっていたのかな?油物を食べると胃もたれがすごくて……ただのおっさんですけど(笑) 。でも「胃が痛いって、生きてる証拠だよな」とか、そんな考え方を自分がするようになっていて。今朝になって胃痛が無くなったら、今度は「胃が痛くない俺、めちゃくちゃ愛おしい!」と。胃が痛くない世界って、こんなに幸せなんだなあとしみじみしました。「生きてるって素晴らしい!」って、一つひとつに対して感じられるようになったんですよね。『ダブル』で演じた役がいろんな感情を身につけていく人物だったので、余計にそれを感じられたのかもしれません。この『燕のいる駅-ツバメノイルエキ-』でも何かを見つけられるような気がしていますし、自分の人生が変わっていく作品にたくさん出会えていると感じます。……ごめんなさい、どんどん話が逸れていましたね(笑)。
―― いえいえ、大変興味深いです。では生きる喜びにあふれた和田さんが本作に挑むわけですね
そう、胃の痛みも完全に無くなった和田が挑みます!(笑)。ただ、劇団公演の映像を見せていただいた時に、自分が今まで培ってきた……培ってきたといっても大した年数ではないですけど、今までの芝居でやってきたプランとは全く違うなと感じたんです。そのテイストに寄る方がいいのか、それとも自分の色に寄せていいのかはまだ分からないので、土田さんと共演者の皆様と一緒に作っていければと思います。
―― 今回の再演は「コロナ禍」の景色に本作と似たものを感じて……とのことです。本作には現実世界の問題を彷彿とさせる面もあるかと思いますが、そういった部分をどう捉えていますか?
演劇は社会問題についてメッセージ性を含ませたり、ちりばめたりする作品が多いと思うのですが、僕はそういったものに触れた時に「あ、演劇っていいな」って思うんですよね。自分個人の意見は潰されていってしまうところもありますが、演劇という形になることで自分の想いを役や作品に乗せることが出来たりもしますし。何かを訴えかけていくことって、僕はすごく大事なことだと思っています。世の中って、誰かが変えようとしなければ変わらないわけで、どこかでキッカケを作る人がいないと絶対良い方向に向かっていかない。この舞台も小さな種かもしれないですけど、見に来てくださった方に何か良い影響があったり、ひとりでも多くの人の人生が明るい方向にいったらいいなと思います。「こうなって欲しい!」とか押し付けるようなことは全く思わないですけど、何か訴えかけられるものがあるんじゃないかとは思いますね。
―― 和田さん演じる駅員の高島は、劇中で「のんびり」していると度々言われる人物。勝手ながら“事なかれ主義”的な人間の代表かと思っていたのですが、彼についてはどう思われますか?
うわ、どうなんだろう?難しいですよね……。僕、色んな可能性を考えちゃうんですよ。自分が大人になったからなのか分からないですけど、「人間、色んな可能性があるよね」って最近思うようになってきて。僕は『名探偵コナン』が大好きなんですけど、すっごく好きなセリフのひとつに「起こったことが事実でも、それは真実じゃないかもしれない」というものがあるんです。例えば明るく振る舞っている人が、実は昨日大事な人を亡くしていたとしたら。その人が笑っているのは事実だけど、そこにあるのは真実じゃないなって思うんですよね。最近、すごくそういうことを感じていて。ダメなことをやった人に対しても「どうしてこの人はダメなことをしたのだろうか」ってところまで考えることがめっちゃ多いんです。
―― 何か事情があったかもしれない、と…?
そうです。「きっとその人にはその人の正義があってやったのだろう」と考えるようになって、その人の正義を探すようになっているので。でも脚本を読ませていただいた現段階では、高島の正義はまだ見つけられていないのが正直なところです。もしかしたら高島は全部分かった上で“のんびり”なのではないかとも思いますし、事情を分かっている可能性もゼロじゃないな、とか。まだ土田さんとお会いしていないので、役について細かくはお聞き出来ていないのですが、自分としては色んな道を持っておこうと思います。「こうだ!」って決めつけることほど面白くないことってないと思うので。突き詰めることも大事だと思いますが、色んな道を作ってみて……と試行錯誤した上で、舞台に立てればいいなと思います。
―― 本作に期待している方々にメッセージをお願いします
絶対に2枚以上チケットをどうぞ!……直球過ぎます?(笑)。でも最初にお話したように、僕はもう一回見たくなる舞台だったので。もちろん一回でも楽しめますよ!予習も要らないですし、会話がシンプルにとても面白い作品です。この空間だけで楽しめます!でもこの空間から出た時に、もう一回この空間に入りたくなる……そんな世界観だと思います。お客様にもそうなっていただけたら嬉しいですし、そう感じていただけるように稽古に励んでいきます。
取材・文/片桐ユウ