リーディング『First Love~ツルゲーネフの「初恋」~』│中村壱太郎 インタビュー

2023年8月28日(月)~8月30日(水)、東京・あうるすぽっと(豊島区立舞台芸術交流センター)にて、リーディング『First Love~ツルゲーネフの「初恋」~』が上演される。ロシアを代表する作家、ツルゲーネフ没後140年という節目の年にあたる2023年、彼の半自叙伝的な作品として知られる「初恋」が朗読劇として生まれ変わる。

主人公のウラジミール役は藤本隆宏、ウラジミールが恋をする公爵令嬢ジナイーダは中村壱太郎が演じ、さらに一色采子、神里優希、柳内佑介、鯨井康介が出演。上演台本は木内宏昌による書下ろしで、演出は独創的なオペラ演出で高い評価を得ている彌勒忠史が担当する。

ジナイーダ役の中村壱太郎は、朗読劇に挑戦する気持ちと歌舞伎とは違う舞台に出演することへの期待感について語ってくれた。

――本作に出演が決まったときのお気持ちと、出演を決めた理由をお聞かせください

今回演じるジナイーダが天真爛漫で悪の要素も強いけれど魅力的な女性なので、演じてみたいという思いがありました。女方のお役をずっと演じてきているので、朗読劇で女性を演じるということにはぜひ挑戦してみたいと思いました。

そしてもう一つは、朗読劇というところに魅力を感じました。歌舞伎ですと化粧をして衣裳を着て鬘をかけて役になるのが常ではありますけど、その全てを削ぎ落として声だけで勝負をする朗読劇は興味深いなと思い、出演させていただくことを決めました。

――朗読劇ならではの役作りはどのように考えられていますか?演出の彌勒さんとはすでにお話をされていると伺っていますが…?

彌勒さんは、椅子に座って目の前の人に語りかける演出でいくとおっしゃっていました。とにかく声が大事ですから、一つひとつの言葉を伝えることの大切さを感じていくことに重きを置いて役作りをしていくと思います。

ジナイーダをどう演じるかについては、(ウラジミールを演じる)藤本さんと、これからお稽古していく中でできていくと思っています。自分で役を作り込んで稽古を迎えるというよりは、稽古をしていく中で役ができていくと感じています。

――壱太郎さんからみて、ジナイーダという女性はどんな女性だと思いますか?歌舞伎でいろいろな女性を演じられると思いますが、共通点があるのか、それともこういうキャラクターはいないのか、どうでしょうか?

彌勒さんからジナイーダについては、「(オペラの)カルメンみたいな女性だ」というワードを出していただきました。すごくわかりやすい例えだと思いましたね。

カルメンはジプシーで、ジナイーダは公爵令嬢なので身分が全然違いますけれど、芯から悪人ではないけれど、男性を翻弄する悪の側面を持っているのは共通するところです。それで役に対するイメージが湧きました。

歌舞伎の役で…というよりは、誰もが知っている「カルメン」という役から導いていける意味で、すごくいいヒントをいただいた気がします。

――壱太郎さんは個人的にジナイーダという女性はどう思いますか?

すごく演じがいのある役だと思います。藤本さんが演じるウラジミールを翻弄して、ウラジミールの心を動かすものがある人ですから魅力的なんだろうなと。

ジナイーダは、落ちぶれた公爵令嬢だけれど彼女自身の中に律しているものがあります。気高く見せるために、年下は年下、年上は年上…という線引きをきちんとしているからこそ、ウラジミールのお父さんとの関係も理解できます。強さや男性を弄ぶ女性の魅力がありますね。

――ウラジミールを演じる藤本さんとの稽古がこれから始まるということで、楽しみにしていることはありますか?

最初の稽古に参加ができなかったので、その時の様子を動画で拝見しているのですが、皆さんとても声がきれいですし、出演者が横に並んで座った時にどうなるのだろう…と考えました。

今回は、お互いに向かい合って芝居をするのではなく、お客さんに向けて芝居をするのを、共演者同士は、せりふを隣で受けることになりますから。藤本さんの声がどう伝わってくるのか、すごく楽しみです。

――今回の共演者は全員初対面だとお伺いしています

そうなんですよ。ずっと歌舞伎をやってきて、歌舞伎では「初めまして」がほとんどありませんから、今回のように「初めまして」から生まれる芝居が、すごく素敵だと思う瞬間がたくさんあると思います。それを楽しみに稽古をしていきたいです。

――今回の作品の注目点はどんなところでしょうか?

この作品は、ウラジミールを語り部として物語が進んでいくので、ジナイーダ自身に起こっている出来事は、ウラジミールの頭の中で想像していることなんです。これがすごく面白いし、それを予兆させるせりふを言うのは、演じていてとても楽しいだろうなと思います。

――公演の話から少し離れますが、壱太郎さんはYouTube チャンネルで積極的に発信されているのが印象的です。特にコロナ禍に配信されたART歌舞伎に感銘を受けました。新しいことにチャレンジしていくことは、もともとお好きなんですか?

そうですね。歌舞伎俳優なので、歌舞伎をやっていくのは当たり前なんですけど、今の時代、いろいろな可能性があるじゃないですか。コロナ禍になる前から、歌舞伎をもっと広めたいなという想いをずっと持っていました。コロナ禍で配信が生まれましたから、時代の流れに少しでも早く乗って、何かをしたいと考えたのです。

YouTubeをやりたくてやったというよりも、いざというときに何かをやろうとしても遅いので、武器になるものを持っておくことはすごく大事だと思います。配信でART歌舞伎をやりましたけど、いずれ舞台で上演するのが目標です。

――コロナ禍で歌舞伎俳優の方々がいろいろな活動をされたことで、歌舞伎を身近に感じた人は多いと思います。お客さんの層に変化はありましたか?

すごく客層が変わったね…ということはないですが、ART歌舞伎を見て歌舞伎を見たいと思ってくれる方が一人でも増えたらと思います。

歌舞伎の舞台では、学生さんが団体で観劇してくださることがありますが、100人いたらそのうち1人でも「もう1回歌舞伎を見たい」と思ってくれるかが僕らの勝負なんです。

配信も同じで、ART歌舞伎が面白かったから実際の歌舞伎の舞台を観にいくという気持ちになっていただける道筋を僕らは作っていかなきゃいけないですね。そういうことを意識して歌舞伎の公演に臨んでいます。

――壱太郎さんのYouTubeの中で、YOASOBIの「夜に駆ける」がとても素敵でした。壱太郎さんの衣装の美しさはもちろんのこと、和楽器の演奏のかっこ良さにびっくりしました。今回の公演ではリュートの奏者がいらっしゃいます。音楽で注目するところがあると思いますが、いかがですか?

僕はリュートという楽器のことは知らなかったんです。彌勒さんとお会いする前、まさにYouTubeで調べて、いろいろな人の演奏を聴いたのですが、和の世界で表現をするなら琴に似てると感じましたし、西洋の楽器で例えるならハープっぽいのかなと思いました。

彌勒さんがリュートのルーツを話してくださったのですが、ペルシャで生まれて西へ行くにつれて琵琶になったそうです。リュートは、音色が後ろに流れていくので伴奏に適している楽器だと感じました。

歌舞伎も音楽に助けられるところがすごくあって、なおかつ生演奏だからいいというところがあるんです。今回もリュートという初めて触れる楽器に自分の声がどう乗っていくのか、そして新たな楽器との出会いが楽しみです。

――先ほどから声のお話がたくさん出てきますが、壱太郎さんの声は本当に素敵ですね。今日は女方とは違うトーンでお話いただいていますが、ますます公演が楽しみになってきました

ありがとうございます。もちろん今のような男性の声でジナイーダを演じないでしょうけれど、例えばラジオドラマのようにやるのか、声優さんのように何かにあてる声にするのかによって、変わってくると思います。

僕もいろいろな声のお仕事をさせていただきましたし、歌舞伎で演じる中にも、いろいろな引き出しがあります。その中でジナイーダに合うものが何なのか、演じながら探していくことになると思います。

演出の彌勒さんが引き出してくれると思いますし、(上演台本を担当した)木内さんの「こういう思いだった」ということを聞いて変わるかもしれません。または藤本さんをはじめとする共演者の皆さんによって変わるかもしれません。

今回は4回公演がありますけど、歌舞伎でもそうですが、完成したものをお見せしていく中で、4回の公演がそれぞれ変わっていくところも面白いのではないかと思います。

――ちなみに、声を美しく保つコツはあるんでしょうか?

特に何か特別なことをしてるわけではないんです。役になることで、声ができていくんですよ。歌舞伎であれば、化粧をして衣装を着て鬘をかけていくうちに役になっていくので、その段階で声ができていくような気がします。

あとは少ない稽古の回数の中で、どれだけ綿密に声を作っていけるか…というのが、歌舞伎でいつもやっていることです。今回も稽古の回数が多いわけではないのですが、僕は限られた時間で稽古をするほうがいいと思っていますし、そのほうが力強い作品ができると信じています。

――ところで作品にちなんでの質問ですが、壱太郎さんの初恋はいつですか?

やっぱりそういう話になりますか(笑)!ウラジミールの初恋が16歳ですよね。それよりは早かったと思います。小学校6年生の時に他のクラスの子を好きになったことが最初ですね。僕はその頃から声で何かを表現することが好きで、当時放送部に入っていたんですが、そこで一緒だった子でした。

(誰なのか分かってしまっても大丈夫ですか?とのスタッフの突っ込みに)
全然大丈夫でしょう!その子が「私のことかも…」と気付いてこの公演を観に来てくれたら最高じゃないですか(笑)!

稽古が始まったら、共演者の皆さんと休憩時間に初恋話をするのも面白いかもしれないですね(笑)。

――今後やってみたいこと、目標にしていることはありますか?

多種多様な舞台をやりたいです。今回のリーディングへの出演もすごく嬉しかったですし、新たな世界に飛び込めると思いました。

歌舞伎はなくならない限りずっと突き詰めていくものですから、その線路に乗りつつ、いろんな駅に停車して、いろんなものを見て、いろんなものに触っていくことはずっとやっていきたいです。「何歳までにこの役をやる!」という目標は歌舞伎の中ではありますけど、芝居に関しては、いつも貪欲にいろいろなものをやっていきたいという気持ちで役者道を進みたいです。

――歌舞伎の中では目標があるというのは、具体的にどんな役でしょうか?

女方が主役の作品をやりたいです。例えば『妹背山婦女庭訓』(いもせやまおんなていきん)の「三笠山御殿」でお三輪という役があります。これも恋の話で、恋が燃え上がって嫉妬して、狂気になっちゃうのですが、そういう女性を演じるのは面白いし、いつかやりたい役の一つですね。

――最後にファンの皆さんにメッセージをお願いします

歌舞伎を見てくださってる方は、女方の僕が普通の女性を演じたらどうなるかという面白さがあると思います。そしてまっすぐお客さんに向かって本を読むという、シンプルでいながら一番熱量が伝わる形の舞台になると思います。

今回はチラシにもあるように、バラがテーマになっています。ジナイーダがカルメンのようなイメージだという話をしましたが、妖艶な花が咲いていくところを舞台で表現できたらいいですね。

僕がどんな花を咲かせるのか、悪の魅力ある女性をどう演じるか、ぜひとも見ていただきたいです。

インタビュー・文/咲田真菜
ヘアメイク/大宝みゆき
写真/山副圭吾