舞台『ハイ・ライフ』東出昌大・日澤雄介インタビュー

写真左から)日澤雄介、東出昌大

 

舞台『ハイ・ライフ』が、まつもと市民芸術館と東京・吉祥寺シアターで上演される。

登場するのは、違法薬物に溺れる筋⾦⼊りのジャンキーたち。救いようのないクズたちは、一攫千金を狙って銀行強盗を企てる。その生き様は、破滅的で、無軌道で、不道徳。なのに、どこか眩しくて爽快ですらある。

そんな無法者たちの転落劇を、第30回読売演劇大賞最優秀作品賞を受賞した劇団チョコレートケーキの日澤雄介が演出。4人のジャンキーを東出昌大、尾上寛之、阿部亮平、小日向星一が演じる。

過剰な正義感に監視されているような現代で、ならず者たちの暴走に観客は何を見出すのか。東出昌大と日澤雄介の2人に本作の魅力を語ってもらった。

 

迫力のある人物を演じるのではなく、本物の迫力を身につけたい

――戯曲を読んで、率直にどう思われましたか。

東出「ここまでクズな4人を揃えた話はなかなかないですよね。4人とも掃き溜めの中でそれぞれ精一杯生きている。その一生懸命な感じがいいですね」

日澤「ドラッグのこととか、セックスのこととか、人が表に出しづらい、あるいは出さないものを彼らは100%出している。そこが人間臭いというか。普段自分たちを押さえつけているモラルのリミッターを外してくれるところが、この作品の魅力だと思いますね」

東出「みんな自分の欲求に素直なんですよね。劇中、「人生の大部分を、ヤクを手に入れるためか、ヤクを手に入れる金を手に入れるために使ってきた」という台詞があるんですけど、それくらい根っからのジャンキー。人生の根幹がヤクというのはぶっ飛んでいて面白いですね」

日澤「たとえば生まれた地域だったり家庭環境だったり、そう生きざるを得なかった理由が彼らにもあるはずなんですけど、そこに一切ふれない。クスリに手を染めた背景を描いた上で、そこからの再生物語というのはよくあるんですけど、この物語は根っこを描かず、むしろそのまま突っ走って崖から飛び降りようとする。だから面白いし疾走感がありますよね」

――東出さんはこの作品に臨むにあたって、どんなことを考えていますか。

東出「本物の迫力がほしいな、と思っています。実は、プライベートで去年から猟師が集まる猟友会というものに入ったんです。そこのお歴々の人たちの迫力がすごくて。僕たちも芝居でヤクザを演じたりすることはあるけど、芝居での迫力と、本物の迫力はもう全然違うと感じるんです。迫力のある人物を演じるのではなく、自分自身が本物のジャンキーとしての迫力を身につけたいですね(笑)」

日澤「ずっと猟の話を聞いているんですよ」

東出「あはは。別に話したいわけではないんですけど、日澤さんが聞いてくるから」

日澤「めっちゃ興味があって。たぶん話した8割くらいは猟の話でした(笑)。しかも山で自給自足の生活をしているのかと思ったら、全然マックも食べますよって言われて、あ、そうなんだって(笑)」

東出「普通に食べます(笑)」

日澤「でも、そうやって猟を通して生き物を殺す瞬間の感覚を持っているというのはやっぱり違うんじゃないかな。たとえば、仕留めた鹿が横たわっているのを目の当たりにしたときに何を感じるのか、あるいは何も感じないのか。僕たちのような普通の人が知らないことを知ってるわけで。猟友会のみなさんに本物の迫力を感じたのも、きっとそれをずっとやってきた蓄積があるからだと思うんですよね」

東出「そうですね」

日澤「一度、プライベートで本物の麻薬取締官に会ったことがあるんですけど、目の感じがすごいんです。すべてを見られてるような、すべてを疑ってるような目をしている」

東出「すごくわかります。それはもうべらんめえ口調だったり、とっぽい言い方で怖く見せようとするのとは全然違いますよね。そういう本物の迫力を身につけたいです、この舞台期間中は」

 

荒々しいお芝居を、どれだけ緻密に詰められるか

――東出さん自身は、そうした山での生活が俳優としての表現に何か反映されているのを感じていますか。

東出「もともとそういうものが僕には足りないのかな、そういう経験がしたいなと思って、狩猟免許を取得したところはあります。でも、それは猟に限らなくて。ダーツでもフェンシングでもプログラミングでも、何か一つのことに没頭する経験が役者の仕事につながってくる。だから、結局のところ僕は好きなことをやっているだけなんです。好きなふうに生活をしながら、常に芝居のことを考えている」

 

――なるほど。山にいながらも芝居のことは頭にあるんですね。てっきり山では山の生活があって、山から降りてきたときに役者モードにスイッチするのかなと思いました。

東出「芝居を考えるきっかけというのは日常のいろんな場面に散らばってると思います。たとえば小説を読む作業もそうだし、初めての人と会うときについ相手の癖を見ちゃうのも、芝居のヒントを探しているから。常日頃から考えちゃってますね、お芝居のことは。(日澤に)そうじゃないですか」

日澤「僕も、向こうから2人組が歩いてきたときに、この2人がどういう関係かを当てるゲームを頭の中でやっています。こっそり見て、どこかで手を握ったら、やっぱりそうだよねと。何でもかんでも芝居に紐づくというのはよくわかります」

 

――30代半ばを迎え、こうした品行方正ではない役どころを振ってもらえるというのは、役者としてはどういう気持ちでしょうか。

東出「20代の前半からお芝居をやらせていただいて、以前所属していた事務所に対しては、育てていただいた恩義があるので感謝しかないんですけど、作品を選んでくださるにあたって、「これはキャリアのために」という作品もあるにはあるんです。それが今こうして35になって、人生いろいろなことがあって(笑)。自分の見え方とか関係なく、自分の望むものづくりの方向に全身全霊でベットできるのは楽しいですね。目にもの見せてやるじゃないけど、このキャストのみんなで日澤さんと一緒にどこまで行けるんだろうって」

 

――今はご自身でお仕事を決めてらっしゃると思いますが、今の東出さんはどういう作品や役にアンテナが反応するんでしょうか。

東出「僕は『フォレスト・ガンプ 一期一会』も好きだし、キム・ギドクも好き。人間の心の奥底の血みどろみたいなものをバイオレンスに表現するお芝居もあれば、王道のお芝居もあって。そのどちらも面白みを感じるし、いろいろあるからお芝居は面白いと思っています。そして、この『ハイ・ライフ』はアウトローな部分と王道の部分の両方がある。僕としては稽古の期間中に全部さらけ出して、それをもう日澤さんに取捨選択していただこうと」

日澤「猟の話を聞いていて思ったんですけど、すごくまっすぐに話してくるんですよ。話を聞いているだけで、猟が好きなんだなというのがわかる。その情熱というか、子どもみたいに没頭できるところが、東出さん演じるディックに最適だなと。ディックは、この仕事をやったら俺らも億万長者だぜと嘘みたいな話を持ちかけて、3人を信じ込ませる。その無駄な説得力みたいなものが東出さんなら出せるだろうなと思っています」

――劇団チョコレートケーキは「重厚」「社会派」の印象が強いです。こうしたアウトローでパンクな作品って日澤さんのイメージにはないから、どう料理されるのか気になります。

日澤「おっしゃる通り、こういう作品はこれまでやってこなかったんですけど、僕が演出をするときにいつも大事にしているのは、俳優さんをどう見せるかなんですね。演出的な大きい仕掛けを持ち込むより、俳優さん同士の関係性や言葉をどれだけ緻密に積み上げていけるかが勝負。それは今回も同じです。粗野で無軌道で荒々しいお芝居を、稽古場でどれだけ緻密に詰められるか。みんなが好き勝手にやるんじゃなくて、荒々しくやりながらも呼吸がかっちりとかみ合うところまで持って行くにはどうしたらいいんだろうということにトライできるのはすごく楽しみです」

 

仕事っていつなくなるかわからない。だから、目の前のことを頑張る

――今回は、松本での滞在製作となります。おふたりが感じる滞在製作の魅力とは?

日澤「やっぱり密度ですかね。否応なく同じ場所に缶詰になる。そういうつくり方って普通のお芝居ではしないので。寝食を共にしながらつくることで、必然的に密度は濃くなるでしょうね」

東出「しかもそれをこのメンバーでやれる。僕は尾上(寛之)くんとも阿部(亮平)さんとも星一くん(小日向)とも共演経験があるんですけど、人間的に素敵な人たちばかり。いいものをつくりたいという熱量を4人とも持っているから、きっと一瞬で同じ方向を向いてつくっていけると思います」

日澤「稽古が始まったら、まずは読み合わせをやって。そこでみなさんの読みを聞いて、何を考えているのかディスカッションするところから始めたいですね。そしたらきっとこのシーンはこういうことを見せたいというのが明確になってくると思うんですよ。それをいちばん効果的に見せる方法を探っていくのが稽古という作業。そこを怠らずに積み上げたら、おのずとそれぞれの呼吸がかみ合っていくのかなと」

――演者にとっての舞台の魅力って、稽古期間を通じて芝居を練り上げていけることだと思うのですが、映像畑出身の東出さんはそこについてどう感じていますか。

東出「好きです。本当は映像でもいっぱいリハーサルをやるべきなんじゃないかと思います。それがなかなかできないのが日本映画界の課題でもあると思うんですけれども。『リチャードを探して』という、アル・パチーノがシェイクスピアの『リチャード三世』を映像化する過程を追ったドキュメンタリー映画があって、そこでは役者が集まって、戯曲をみんなで広げながら、この台詞はどこにかかっているんだろうということを散々ディスカッションして、それからようやく稽古に入っていたんですね。生産のサイクルが早い日本ではなかなかそんなことできない。でも、今回はお金をもらってそういう経験ができて。しかもそれがちゃんと売り物になって、お客さんにも観ていただける。役者としてすごくやりがいがありますね」

 

――改めてですが、東出さんにとってお芝居は今どういうものなんでしょうか。

東出「お金を稼ぐ手段ではあるんですけど(笑)。正直、いくつまで自分が役者をやっていけるか全然わからないんです。だから60になる頃までにいい役者として大成したいとも最近は思わなくて。今が体力的にも働き盛りなのは確かなので、今できるだけのことをやって、それをお客さんが見てくれて、あいつのあれは忘れられないって言ってもらえるような芝居ができれば最高だなって、それくらいです。正直、仕事っていつなくなるかもわからないから。頑張った上で結果なくなったんだったら、頑張る方向性を間違えていたんだと納得できるけど、中途半端な感じで終わって、後でグチグチと言うのは嫌じゃないですか。だから、先のことは考えず、今はとりあえず目の前の『ハイ・ライフ』を頑張るという気持ちだけですね」

 

――日澤さんはどうでしょうか。今や外部の公演にも引っ張りだこです。劇団を主軸に活動していた頃とは、芝居に対する向き合い方は変わってきましたか。

日澤「こんな状況になるとは昔の自分はまったく想像もしていませんでしたから、それはもういろいろ変わりました。関わる人の幅だったり、自分の技術だったり、稼ぐお金の額だったり(笑)。でも、20代の頃と今の僕で全然違うように、60代の僕がどうなっているかもまったくわからない。だから、東出さんと同じで、目の前のことを一つ一つ精一杯やっていくしかないんですよね。今は『ハイ・ライフ』に向けて、作品を良くするためにいろんなものを自分の中に溜め込まなきゃと、あれこれ食べているところ。その食べ方というのかな、素材の集め方や考え方は年々うまくなっている実感はありますが、とにかく一つ一つ積み上げていくことを止めないようにしています」

 

欲望のために突き進むドライブ感を面白がってほしい

――そんなおふたりで『ハイ・ライフ』という作品に臨みます。どうしようもないクズたちの救いも再生もないこの物語が、観客のみなさんにどんな意味や価値をもたらすと思いますか。

日澤「怖いもの見たさなのかな。滑稽だけど人間臭い人たちを見せられればとは思っています。もしかしたら彼らの非合法な振る舞いを不快に思うお客さんもいるかもしれない。でも、そこは恐れずにつくりたいですね」

東出「人とはこうあるべきという信念があって、そこから外れている人を見たら怒り出してしまうような方は絶対来ない方がいいとは思います。僕らは“向こう側”に行くので。舞台上でバンバン覚醒剤も打つし(笑)。粗野粗暴の極みみたいな男たちが自身の欲望のために突き進む、そのドライブ感を一緒に面白がっていただけたらうれしいですね」

 

――では最後にライトな質問を。まさに欲望まみれの男たちのお話ですが、今、おふたりの中にある欲望といえば?

東出「この取材を受けながら、ずっと今日はケンタッキー食べて帰ろうと思ってて」

日澤「街に来たからね(笑)」

東出「そう、あのスパイスの味が恋しいなと思って。だから、ケンタッキーですかね(笑)」

日澤「僕は、うちの猫ですね。去年から飼いはじめたんですけど、もう可愛くて。眺めているだけで、どうしてやろうかと思っちゃうくらい欲望がすごいです(笑)」

 

インタビュー・文/横川良明
写真/ローチケ演劇部