ショーパブの口パク・ダンサーとして日銭を稼ぐゲイのルディと、その恋人で検察官のポール、二人が出会った育児放棄されたダウン症のある少年マルコ、三人はただただ純粋な愛情で繋がった家族として幸せに暮らしていきたかっただけなのに……。1979年のアメリカを舞台に、当時特に激しかった差別と偏見、その中に光る真実の愛を優しく描き切った映画『チョコレートドーナツ(原題『ANY DAY NOW』2012年)』。日本では2014年に公開された、この名作を世界で初めて舞台化したのが2020年のこと。映画版ではトニー賞受賞歴を持つ名優アラン・カミングが演じていたルディを、舞台版では東山紀之が熱演、宮本亞門の鮮烈かつ情感溢れる演出も相俟って好評を博したものの、コロナ禍で東京公演は予定の半分を中止にせざるを得なかったという悔しさも残る初演となった。しかし2023年秋、その無念を晴らすべく、待望の再演が決定!初演同様に演出は宮本亞門が手がけ、ルディ役は東山紀之が続投、さらに今回はポール役として岡本圭人が初参加することが決まり、また新たな『チョコレートドーナツ』が再始動する。本格的な稽古に入る前とはいえ既に意欲満々の東山と岡本が、作品への想い、初共演することへのワクワク感をたっぷりと語ってくれた。
――『チョコレートドーナツ』が再演されることになりました。まずは、今の想いをお聞かせください。
東山 初演はコロナ禍の大変な時期で、東京公演は半分近くが中止になってしまい、もちろん覚悟はしていたものの、やはり自分の無力さを感じていました。でもお客様も大勢観に来てくださいましたし、演劇の力というものも感じ、自分自身も感銘を受ける物語でしたから改めて今、もう一度きちんとこの作品に向き合って、さらに研ぎ澄まされたものをお届けしたいなと気持ちを新たにしているところです。
――今回、岡本さんが新たに加わることに関しては、どう思われていますか。
東山 不思議なのですが、今回はポール役を圭人でと言われた時に「ああ、なるほど」という納得感があったんです。もともと僕は圭人が出演する舞台を、本人に誘われてよく観に行っていたんですが、本当に素敵な俳優さんになられていますしね。その彼と同じ板の上で素晴らしい作品を作ることが出来たら、僕にとってももちろんですが、圭人にとっても財産になりますし。さらに圭人のファンの方々には、ぜひとも彼の新たなチャレンジを目撃していただきたいという想いが強くあります。
――岡本さんはこの作品に参加すること、東山さんと共演することについて、どんな想いがありますか。
岡本 東山さんは父の先輩でもあるので、最初はちょっとよくわからない状況でもありましたが(笑)、今「納得感があった」とおっしゃってくださって、少しあった不安もなくなり、改めて稽古を共にさせていただく時間がすごく楽しみになりました! 『チョコレートドーナツ』というこの作品に関しては映画が公開された際に観に行き、自分自身も心に刺さった作品でしたので、その舞台版の再演でポール役を演じさせていただけると聞いた時はうれしかったです。一生懸命に役づくりをして、自分が最初に受けた感動、そして心に響いたものを同じようにお客さんに届けたいなと思います。
――この作品の、たとえばどんなところに感銘を受けられたのでしょうか。
東山 結局は人間同士が、どんな想いを抱いて生きていくかということなんですけどね。もちろんゲイとかドラァグクイーンといった表面的な部分も描かれますが、本質的なところでは人間同士が愛し合うということを表現している作品ですので。それにダウンシンドロームの子供を預かるというのは、非常に勇気があることだと思うんです。特にその当時のアメリカで、ゲイのカップルは差別の対象でもあったわけですから。その中にあってのルディの勇気、それをみなさんに感じていただけたら、と思います。表現者であっても、どんな方でも、やはり生きるというのは勇気が必要ですから。それを表立って「これが必要だ」みたいに言うよりも、演劇を通していろいろ感じていただけたら、日々の生活にも活かせるかもしれないと思うんですよね。
岡本 僕も本当にそう思います。初めてこの映画を観た時、僕が個人的にグッときたのがルディとポールとマルコの関係性でした。そもそも、すごくハッピーな物語ではないんですが、この三人の関係性が奪われていく、失ってしまう、壊れてしまう時に感じた気持ちが、自分の中ではとても強く残って。だから今回も、そういった気持ちを東山さんと、マルコ役の(丹下)開登(カイト)くん、もうひとりの(鈴木)魁人(カイト)くん、そして(鎗田)雄大(ユウダイ)くんと一緒に、三人家族のような関係をしっかり作っていきたいなと思っています。
――ここで改めて、お互いの役者としての印象をお聞きしたいのですが。
東山 圭人のことは幼少期から見てきましたが、ある瞬間から一本筋が入ったというか、本気になったなという感じがあって。あれは内野(聖陽)さんと共演した舞台(『M.バタフライ』2022年)の時だったかな。京劇の女形の役で舞台上で全裸にもなっていて、その姿を見た時に彼の本気さをとても感じたんです。とても大人になったな、とも思いました。そんな矢先に今回のお話をいただいたので、これはすごくいい真剣勝負ができそうだと思いましたね。
岡本 その舞台の時、ものすごく頑張って誘ったんですよ、東山さんのこと(笑)。東山さんが『さらばわが愛 覇王別姫(2008年)』をやられた時の京劇の先生が、『M.バタフライ』にも関わられていたのでいろいろと先生から東山さんのことを聞いていて。それで是非観に来ていただきたいと思って誘ったんですけど、これがまあ、席が近くて! 前から4列目くらいの席にいらしているのが目に入って「あ、東山さんだ、近いなぁ!」って思っていました(笑)。僕は事務所に入る前の子供の頃から『PLAYZONE』を観て育っていますから、その舞台に立っていた方とこういう形で舞台で共演できることは、ものすごく幸せなことだなと思っています。やはり東山さんはスターですし、華がありますし。子供の頃から父の舞台を観ることも多かったですが、それとはまた違うスター性というか、出るだけで立っているだけで光が射し込むような感じというか。その光に負けないよう、自分も輝いていきたいなと思っています。
――これからお稽古に入られますが、この舞台に向き合うにあたり、今どんな想いがありますか、またどんなことが楽しみですか。
東山 この舞台をやった時に感じたのは、お客さんの感情の揺れ動きがすごくよくわかることだったんです。それは俳優として喜びでもあるのですが、作品が持っている力と、あとはやはり亞門さんの演出もすごいものだなと思っていて。それを劇場空間で共有できるというのは、なかなかない経験なんだろうなとも思うんです。それと同時に、実は大変難しい作品でもあって。圭人演じるポールは、法律の専門家ですから専門用語もいっぱい出て来ますしね。だけどそれが物語に没入できるとすんなりと入ってくるもので、そこもすごい。そしてお客さんが最後に見せてくれる涙にはこちら側もさらに感動させてもらえるので、今回もそれをぜひ引き出したいものですね。
岡本 まだ稽古に入っていないので今のところ、東山さんとはこうしてまだ距離が多少ある感覚ですが(笑)、これが稽古に入ってお互いに役を生きていくにあたって、自分はポール、東山さんはルディとして改めて出会った時に交わす会話はどういう感じになるんだろうということを、台本を読みながらずっと考えていまして。そこが今、すごく楽しみです。個人的には自分の父と初めて『Le Fils 息子(2021年)』という舞台で共演した時、これまで自分が、岡本圭人自身が父親に言えなかったことを、役を通して言えたという経験ができて。そこが自分の殻を破る瞬間にもなった気がするんです。それと同様に、ポールだからできることもあるんじゃないかと思うので、ふだん自分ができないこと、言えないことをポールを通して伝えたり、関係性を作ったりすることを経験してみたいです。
――それぞれ演じられるルディとポールという役を、今回はどんな想いで演じたいと思われていますか。
東山 物語としては、これって本当に理不尽な話なんですよね。それとこの作品には宗教観も多少必要で、たとえばマルコというのはキリスト教における天使の名前でもあって、そうなると僕らはその天使に付き添う神々なのかもしれないなと思ったりもしますし。ただ現代における要素、社会的な問題も含まれていまして、たとえばキング牧師の言葉が出てきたり、アメリカの抱える差別や人種問題といった、さまざまな問題もこの物語の中には集約されているみたいなところもあります。だけどこれを上演することによって、少しでもいい未来ができたらいいなとも思うんです。
岡本 本当ですね。僕が演じるポールに関しては、何度か亞門さんと打ち合わせを重ねさせてもらっていまして。個人的に気になっている、ポールのバックストーリーであったり、なぜルディがいる場所に行ったのかとか、どんな過去があってそこで何があったのかという話をさせていただいたんです。その後で、亞門さんがそこからいろいろ台本を書き直してくださって。だから再演の舞台ではありますけれども、初演の谷原(章介)さんが演じていたポールとはまた違う人物像になるような予感がしています。そもそも年齢も違いますし、そういったことも含めて台本に入れていただいていて、そういう作業ができたのが今回はすごく刺激的でした。僕は今まで翻訳劇に挑むことも多かったので、こうして台本を変えるという経験があまりなくて。だから、こういうアプローチの仕方もあるんだなと新鮮に思いつつ、亞門さんといろいろ話し合うことで、よりポールの人物像が深まった感覚もありました。それと、やはり日本語はすごく語尾が重要で、語尾一つでその人物像が変わってくる気がするんです。そこに関しても亞門さんから、今、台本を読みながら想像しているものと、稽古場に入って東山さんが演じるルディと一緒になった時とで変わってくるものがあるだろうから、その時その時の雰囲気や空気感で語尾は変えていいよとおっしゃっていただいていて。その点でもまた、今までにない新たなポールが演じられそうな気がして、とてもワクワクしています。
――オリジナルのポールが演じられそうですね。
岡本 そうですよね。初演とはまた違うセリフになっていたり、新たに増えているセリフもあったり。それはルディに関してもありそうなので、また新しい作品として観ていただけるのではないかと思っています。
東山 そういえば3年前にやった初演時には、映画の主演のアラン・カミングがツイッターに「今、コロナ禍なのに東京で『チョコレートドーナツ』の舞台をやっていて超ヒットしてるらしいよ」みたいなことを書いてくれていたそうなんですよ。
――それは、嬉しいですね! 世界初演だから、気にしてチェックしてくれていたのかもしれません。
東山 今はこうやって繋がることもできるんだなと思いましたし、そういう心の新たな結びつきみたいなものが今回も生まれるといいですよね。飛行機代を出すと言ったら、観に来てくれるんじゃないかなあ、ねえ、パルコさん!(笑) えっ、映画版の監督は来てくれるかもしれないの? 楽しみでもあるけど、なかなかヤバイね、それも(笑)。
岡本 アラン・カミングにぜひ観に来てもらいたいですね。その時は僕、インタビューしたいです!(笑)
取材・文/田中里津子