『アカシアの雨が降る時』鴻上尚史インタビュー

2021年に初演された、鴻上尚史作・演出による三人芝居『アカシアの雨が降る時』が再演される。昨年夏に惜しまれつつ亡くなった久野綾希子の最後の舞台作品となった今作を再演するにあたっては、新たなキャストとして竹下景子と鈴木福が参加し、初演から引き続き松村武が出演することになった。
物語は、母・香寿美が倒れたところから始まる。病院に駆けつけた息子・俊也と孫・陸が見守る中、目覚めた香寿美は自分のことを20歳の大学生だと思い込み、陸のことを自分の恋人だと信じ切っていた。病気による症状だからこの妄想を否定しないようにという医者のアドバイスに従おうとする俊也と陸だったが、香寿美が大学生活を送った70年代初頭とは“恋と革命”が途方に暮れようとしていた時代でもあったのだ……。
70年代の若者たちが行っていた“闘争”のことや、当時流行っていたギャグや音楽が散りばめられた、笑って泣ける、切ない物語。今作への想いを、作・演出の鴻上尚史に聞いた。

 

――初演時を振り返っていただいて、この作品を書くきっかけになったのはどんなことだったのか、ということから聞かせてください。

きっかけはいくつかあるんですけどね。一つ目は、久野綾希子さんと知り合ったこと。久野さんとお芝居を一回やらせてもらった時(『ローリング・ソング』2018年)に「なんというコメディエンヌだろう!」と驚いたんですね。でもよくよく話を聞くと、コメディのお芝居はほとんどしたことがなかったそうで。それで「こんなに素敵なコメディエンヌなのに、なぜ!」と思い、「また一緒にやりましょう!」という流れになったわけです。二つ目は、個人的なことですが母を亡くした直後で自分の中に抱えていた想いがありまして、改めて“母”というものを書きたいなと思ったんです。大きくは、この二つですね。


――出演者は三人のみですが、この少人数でやろうと思われたのは?

三人というのは……なんとなく、たまたま、ですかね(笑)。真ん中の世代である息子から見れば母と孫であり、上の世代の母からすれば息子と孫、その孫からすればおばあちゃんとお父さん、という風に三世代がそれぞれ象徴的になるのがいいかなと思ったんです。そしてやはり、大勢よりは少ない人数のほうがいいんじゃないかなとは思いました。


――初演時のことで、思い出深いことというと。

自分でもすごく素敵な作品になったと思いましたけど、第三舞台の長野里美が観に来て「私が出ていない芝居の中では一番の最高傑作」なんて言ってくれてましたね。その褒め方はなんだよ?って思ったけど(笑)。お客さんもみんな、笑って、泣いて、感動していただけている様子だったので、やって良かったなと思いました。


――初演で香寿美役を演じられた久野綾希子さんとも、再演のことは話されていたそうですね。

初演の千穐楽の時に「ぜひ再演しましょう」という話はしていたんです。久野さんと直接会ってお話をしたのは、それが最後になってしまいました。劇場を押さえ、俳優さんたちのスケジュールを押さえ始めた頃に、久野さんが闘病されているということがわかり、残念ながら昨年の夏にお亡くなりになってしまって。それで、さあどうしようとなったんだけど、この作品は再演したほうが久野さんの供養になるように思ったんです。久野さんの旦那さんにも「そのほうが本人も絶対に喜ぶと思います」と言っていただけて。この作品は亡くなる前に「私の代表作だ」とまでおっしゃってくれていたそうなんですよ。他にも有名な舞台にたくさん立たれていた方なのに、この作品のことをそういう風に言ってくださったことはすごく嬉しいし、ありがたいし。その代表作を再演するということは、久野さんを忘れないということにも繋がるわけですから、やはりぜひやろうと決めたわけです。

 


――今回の再演では、香寿美役は竹下景子さんが演じられることになりました。

引き受けてくださって良かったと、本当に思っています。だって初演の方が亡くなっているということは、そのイメージが強く残っていることにもなるので、二の足を踏むのが普通だと思うんだけど。でも稽古が始まってみたら既に竹下さんならではの香寿美さんで、あの世代の言葉でいうととても“おきゃん”なおばあさんになっていて。すごく素敵だなと思いながら、日々稽古をしています。


――孫の陸役で、鈴木福さんも初めて参加されます。彼に期待していることというと?

福ちゃんと言えば、国民の弟ですからね(笑)。


――国民の息子、でもあるかもしれません(笑)。

確かに(笑)。でも今回はちょっと俳優として「おっ、鈴木福、やるな!」とみなさんに思っていただけるようにしたいんですよ。というのも、福くん本人はとってもいい子なんだけど、この陸という役は幼い頃に両親が離婚したことで父親とは6年くらい会っていなくて、母親のことも鬱陶しいと思っているような、かなり屈折している青年で。先日、福ちゃんと喋っていたら「僕は屈折した役をやっても、愛されて育ったように見えるとよく言われるんです」なんて言うから、「それってどうなのよ」と聞くと「良くないと思っています、俳優ですから!」と言ってくれたので「じゃ、今回はこの屈折した役をいつも以上に頑張ってやってみますか!」ということになったんです(笑)。


――ということは、新しい福さんの魅力が目撃できるかもしれませんね。

新しい魅力、出せたらいいなと思いますけどね。ま、そこは本人の頑張り次第です。


――香寿美の息子で陸の父親である俊也役は、初演キャストでもある松村武さんです。

前回からの続投としてひとりだけ残ったわけだけど、松村くんはどう思ってるんだろうな。でもまあ、大人ですから(笑)、新キャストのお二人が参加してくれて喜んでいるんじゃないですかね。


――松村さんの俳優としての魅力については、いかがですか。

お芝居はうまいですし、彼は自身の劇団の主宰者であり、演出家でもありますからね。僕、演出家でもある俳優さんと一緒に仕事をするの、好きなんですよ。それはつまり、演出家の視点を持っているからその場で何を求められているかをすぐ理解してくれるんです。「なるほど、この場面ではこういうことをやりたいんだな」と、あうんの呼吸でわかってもらえる。


――演出家でもある方が稽古場にいてくれると、安心できたりするのでは?

そうなんですよね。初演の時は僕、別の芝居の稽古と重なっていたこともあって、実は開幕した後に2週間ほど劇場から離れたんです。そのあと2週間ぶりに本番を見たら、全然ブレてなくて大したもんだなと思いました。普通は、演出家が見ていない間にブレるものなんです。僕がいなくても、松村さんが中心になって全体を見てくれていたんですね。そういう面でも安心できますし、ブレない俳優さんだととても信頼しています。


――また、この作品は劇中曲もとても印象的です。どういう基準で曲選びをされたんでしょうか。

70年代の音楽なんですけど、つまりは僕が自分で好きな歌を選んだということになります(笑)。時代を象徴する曲としては『遠い世界に』と『友よ』は外せなかったですし、中でも僕が好きだったのが、今回は福くんが熱唱してくれる『これが僕らの道なのか』。これはね、今もまだ各地にありますけどユースホステルという宿泊施設が当時はもっとあちこちにありまして、若者たちがバックパッカーとして安い料金で利用していたんです。僕自身も、中学時代からよく一人旅で使っていて。大体、ユースって夜8時くらいから食堂でミーティングの時間というのがあって、近隣の観光スポットの紹介もしながら、みんなで歌ったりゲームしたりするわけですよ。若い男女はそっちが目的だったりもするんだけど、その時に『これが僕らの道なのか』という歌をみんなで大合唱していたんです。それが1970年代中ごろ、学生運動の熱狂が冷めた頃、つまり学生たちの戦いの敗北が明確になってきた時期だった。そんな時「ほんとの事を言ってください、これが僕らの道なのか」って歌詞を大合唱している光景に、中学生の自分はすごい衝撃を受けたんです。「こんな歌が世の中にあるんだ!」と思って。


――テレビではあまり流れていない曲ですよね。

流れないですね、おそらくラジオを通じてクチコミで広がっていった曲だったんだろうと思います。それで自宅に戻って早速調べてみたら、実は『遠い世界に』を歌っていた“五つの赤い風船”というグループの歌だったんですね。それで、この元気なんだけれども途方に暮れているということを歌っている曲は、その後もずっと僕の心の中に残っていて。いつかこの時代を描く時が来たら、と思い続けていたんです。今回は、現代を生きる二十歳の登場人物を演じる福ちゃんの気持ちにもいい具合に重なってくるんじゃないかなと思っています。


――では最後に、改めてお客様に向けてお誘いのメッセージをいただけますか。

自分で言うのもなんですが、とにかくこの作品は名作です! 僕は正直なところがありまして、危ないかな?と思う時は素直にそう言うほうなんですけども(笑)、本当にこれは名作ですからご安心を。笑いがあって、涙があって、もちろん歌もあって。とても豊かな気持ちになれると思いますので、ぜひ劇場にお越しください!!

 

取材・文/田中里津子