世界各国で上演され続けている名作中の名作、シェイクスピア四大悲劇のひとつでもある『リア王』。日本では過去に津嘉山正種(1991年)、山﨑努(1998年)、平幹二朗(2008年)ら名だたる俳優たちが演じてきたリアを、2024年に上演されるショーン・ホームズ演出版では段田安則が演じることになった。2022年に上演されたショーン・ホームズ演出版『セールスマンの死』で第30回読売演劇大賞最優秀男優賞などの演劇賞に輝いている段田、ここで再び彼とタッグを組むことでこれまでにないリア王像が誕生しそうだ。本格的な稽古開始を待つ段田に、作品への想いや意気込みを語ってもらった。
――再びショーン・ホームズさんと組んで今回は『リア王』に挑まれるにあたり、現在の率直な心境としては。
今は「僕で本当に大丈夫なのかな……」という不安ばかりで…(笑)。最初にショーンさんから「何をやりたい?」と聞かれたので「ロミオ」と答えたら「ジュリエットはどうだ」と言われたんですが(笑)。そもそも『リア王』は以前、蜷川(幸雄)さんの演出版(1991年)でエドガー役をやらせていただいているのですが、その時に「いい芝居だなぁ」としみじみと思った記憶があって、その想いもあってお引き受けしました。ただ、ここに来て改めて戯曲を読み返しているのですが、「はてさて自分がどういう風にリアを演じられるのだろう?」と不安が押し寄せてきて…。もちろん楽しみですし嬉しいのですが、今は、楽しみな気持ちと不安な気持ちとが半々です。
――ショーンさんの演出を受けられたのは前回の『セールスマンの死』が初めてでしたが、どんな印象をお持ちですか。
外国人の演出家さんとは、これまでイギリス、アメリカ、ルーマニアの方々など、何度かご一緒した経験があります。みなさんそれぞれと、素晴らしい作品づくりができたのですが、その中でもショーンさんとは特に相性が良かったように感じています。面白い視点をもった演出家さんですし、まったく無理のない状態で稽古が進められたことも大きいです。今回も、演出がショーンじゃなかったら、もっと不安が大きかったかもしれません。僕にとって、それだけ信頼している演出家だ、ということですね。そして、前回の『セールスマンの死』も原作よりも少し現代に近づけた設定になっていましたが、今回も現時点で僕が聞いている情報では背広を着ているような時代設定になるようなので、装置なども含めて現代的な『リア王』になるのではないでしょうか。おそらくショーンが演出するのであれば、きっと僕でも成立させられる『リア王』を創り出してくれるのではないかと、とても頼りにしているところです。
――『リア王』に出演するのは30年以上ぶりとのことですが、改めて戯曲を読み直して感じた面白さはたとえばどういうところでしたか。
前回出演した時に、「いい芝居だなぁ」と感じ入った記憶が鮮明ですし、年齢的にも当時よりリアの心情がわかるようになった気はしていますが、今、僕があの役を演じて果たして面白くできるのだろうか…と考えたら急に怖くなってきて(笑)。もちろん、ショーンが考える現代版『リア王』がどういう演出になるのか、その点はとても楽しみなんですけどね……って、なんだかついつい不安に思うことばかり口にしてしまっていますね、おかしいな(笑)。昨日も戯曲を読んでいたら巻末に、過去にいろいろな名優がリアを演じられていたという上演記録が載っていて、そこに自分が出演していた蜷川さん演出版もあって1991年と書いてあったんです。「えっ!あれから30年以上も経っているのか!」と、それに衝撃を受けてしまいました。そこまで月日が経っていない感覚だったんですが、この先30年後と考えたら僕、生きているかわからないですよね(笑)。そんなことに気づいて「うわーっ!」となって、なんだか昨日は作品の面白さを考えるどころじゃなくなってしまいました。
――でもそれだけの年月が経ったからこそ、リア王が演じられるとも言えます(笑)。
そうなんです(笑)。しかし、まさか自分がリア王を演じられるなんて予想外でした。それを言ったら『セールスマンの死』のウィリー・ローマン役だって、自分がやれるなんて思ったことありませんでしたからね。本当に、お声をかけていただけてありがたいです。そもそもウィリー・ローマンにはどっしりとした大木のようなお父さんというイメージを勝手に抱いていたので、自分にはできないだろうなと思っていたんです。それが、幸いにもやらせていただくことになり、実際に演じてみたら「こういうウィリー・ローマンでもいいんだ」と思えたので、今回も、私は私なりのリア王を、つまり今までなかったイメージのリア王を演じられるかもしれない、という希望はあります。そのためには、きっとショーンがいろいろと考えて導いてくれるはずだと信じています。
――ご自身が年齢を重ねたことで、リア王への共感度が以前よりも上がったということもあるのでは。
確かに、自分が年齢を重ねたことで「老い」という面からは共感できるところも多くなりました。でも、僕には子供がいないので、リアの娘への気持ちはわからないままですし、家族で殺し合いもしたことはないので(笑)、その点ではまったく共感するところはありませんが…。でも最近はテレビを見ていても何かとブツブツ文句を言うようになってきました、若い時はそんなことしていなかったのに。…って、別にリア王は常に文句を言っている人というわけでもないですけどね。たぶん年齢を重ねると昨日できたことができなくなったり、見えていたものが見えなくなったりしてくるから、その影響もあってさまざまなことに癇癪を起したり、何かにつけて腹立たしく思ってしまうのかもしれない。そんな風に考えると、きっとリアも辛かったんだろうなあ……と思えるようにはなってきました。
――共演者についても伺いたいのですが、今回の顔ぶれを眺めるとどんな座組になりそうだと思われますか。
『セールスマンの死』も良い座組でしたが、今回も本当に素敵な俳優さんばかりですので、みなさんとご一緒できることが今からとても楽しみです。初めて共演する方も多いですね。道化役の平田敦子さんとも初共演です。『リア王』の道化役というとだいたい面白いオジサンが演じているイメージでしたが、平田さんがどのような道化を作られるのか非常に楽しみなところです。娘たちの江口のりこさん、田畑智子さん、そして上白石萌歌さんも舞台では初共演です。オズワルド役の前原滉さんは、『セールスマンの死』でもご一緒していますが、ショーンの演出の舞台にはいつも出ている、とても面白い俳優さんです。そして『リア王』では二枚目俳優が演じることの多いケント伯爵役が今回は高橋克実さんで……ん?おかしいな、二枚目がやる役どころのはずなのに(笑)。グロスター伯爵の浅野和之さんもいてくれて、このおじさん二人、高橋くんと浅野さんがいなかったら、僕は荒海の中に一人で放り込まれた気になって不安が今よりも倍増していたかもしれません。このお二人がいらっしゃるのは心強いです。
――古典の名作であり、シェイクスピアの四大悲劇のひとつでもあると聞くと、もしかしたらハードルが高いと思ってしまうお客さまもいらっしゃるかもしれません。そのハードルを下げていただくために観劇のコツ、心構えみたいなものを一言いただけたらと思うのですが。
コツではないですが、今回は現代版になるということである意味、今までで一番、見やすい『リア王』になるのではないでしょうか。
――そこは太鼓判が押せそうだ、と。
見やすけりゃいい、ってものではないんですけどね。わかりやすい、決して堅苦しくはない『リア王』になるのではないかという予感がしています。
――きっと身近に感じられるかもしれない?
おっ、うまいことをおっしゃいますね! では“身近なリア王”、そんなイメージでお願いします(笑)。みなさまぜひ劇場へ、お越しください!お待ちしております!
インタビュー&文/田中里津子