舞台『さるすべり』|高畑淳子・渡辺えり インタビュー

高畑淳子と渡辺えりが共演する2人芝居、舞台「さるすべり」が4月6日(土)より東京・紀伊國屋ホールにて上演される。本作は、渡辺が作・演出を手掛けており、コロナ禍の2020年8月に木野花・渡辺の2人で上演したもの。戦争や学生運動、恋など激動の時代を生きてきた老いた姉妹の物語に、劇場に現れた2人の女優の物語が交錯する、演劇に恋した女たちを描いたストーリーとなっており、再演にあたって大幅な書き直しが施されるという。はたしてどのような物語となるのか、話を聞いた。

――「さるすべり」はもともと、コロナ禍だった2020年8月に上演されたお芝居ですが、どのような経緯で制作されたものなんでしょうか

渡辺 もともとは、コロナ禍で大勢が出演する舞台の企画が中止になってしまい、多数の劇場があいてしまった。少人数の芝居を企画して上演できないか?という劇場側からの依頼があり、元々その企画で出演を依頼していた木野さんにお願いした。最初は簡単にすぐできるトークショーをやろうとしたんだけど、木野さんが何か新作を書きなさいよ、なんて言うもんだから。一週間で書き上げて、稽古も1週間しかできなかったんですよ(笑)。セリフもぎりぎりまで覚えらえなくて、綱渡りみたいなことをやりました。それで、いつかきちっと練習して再演したいという思いがあったんです。それで、以前から高畑さんとはずっと何か一緒にやりたいと思っていて、「喜劇 老後の資金がありません」(2021年)でご一緒したときも、ものすごく楽しくて。同世代で同じ映画や本を見て育っているので、感覚がすごく合うんです。北と南で場所は違いますが、田舎から親戚もないところに出てきてコツコツとやってきたところも似ていて…新劇とアングラで畑の違うところでやってきていたので、会ったことはなかったんだけど、それぞれお互いの芝居も見ていたんですよ。

――高畑さんと何かやりたいという思いと、「さるすべり」をもう一度やりたいという思いが重なって、今回の再演が実現したんですね

渡辺 作品のテーマとしては、本当に演劇が好きすぎて、芝居だけは続けたい、ということなんです。コロナ禍の中で、それでもやっぱり私たちは劇場に戻るんだ、ということを描きたかった。忘れてしまったものを思い出すことと、演劇のよみがえる力をかけた芝居なんですね。そういう演劇の力の話ですから、再演するなら演劇少女の高畑さんとやってみたいな、と。2人ともどう見てもおばさんなんだけど、やっぱり2人とも演劇少女だと思ってるんで(笑)。

高畑 私はこういう作品はやったことがないから、本当にどうしようって思って(笑)。昔は、「お前はまめまめしく芝居するから鬱陶しいんだよ」なんて劇団の人に言われて、どういうことですか?って聞いたら「だからもっと、ぼやんと舞台の上に居りゃいいんだよ」とか言われたんですね。今回の作品は、そういうことにも挑戦できるかも知れないな、と感じています。これから高齢女優になるにつれ、ぼやんと居ることに存在意義があるみたいな、そういう境地も探せるのかな、と。でも、こんなにセリフがあったら、ぼやんとなんてしていられませんけど(笑)。

渡辺 ボケてしまった老人の役なんだから、そういうシーンもあるから大丈夫よ。

高畑 それにつられて忘れちゃいそう。

渡辺 そういう芝居だからね。なんだっけ?っていう芝居だから(笑)。

高畑 ほんとうに、そういうふうになれたらいいんですけどね。子役と老人には勝てない、なんて言いますけど、それくらい勝るものが無い、ってどんと居られる存在になれたらいいんですけどね。とにかく、本を早く下さい(笑)。

渡辺 頑張ります(笑)。イメージとしては、世界で起こってしまっている戦争とか、今の問題も入れて書き直そうかと思っています。平和を祈っていたのに、攻撃されて亡命せざるを得なかった作家の話なんかはそのまま残すんですけど、シベリアに抑留されたおばあさんの話とか、いろいろ書き入れるつもりです。木野さんは私の7歳上だったので、そのつもりで書いていたんですけど、私たちは同い年なので、そのあたりの感覚も変えようかと思いますね。

――同じ時代を見てきた同世代、というお話が渡辺さんからありましたが、高畑さんから見た渡辺さんはどんな印象ですか

高畑 これだけ正直な演劇少女…まぁ少女とは言わないですけど(笑)、こんな演劇人はいないだろうな、って思いますよ。みんなオブラートに被せて、言わないことは言わない。なんとなくぬるぬるとこの世界にいて、衝突しないように生きていく術をおぼえていくんですけど、えりさんはいつも真反対。ここだけは譲れない、みたいなところがすごいんですよ。お芝居を観ていても、お客さんで来てるのに、ドドドっと楽屋に行って、役者さん1人を捕まえて「あんた芝居わかってないわよ」ってダメ出しされてたんですよね(笑)。

渡辺 今こうやって聞くとゾッとしますけど、若いときはそういうことを言うのが本当だと思ってましたね。言い合って、高め合っていくのが本当だと信じてた。

高畑 私たちも何かを掴めればいいんだけど、何を言ってあげればいいかわからないし、苦しんでいるのがわかっている人だったから…。その人を捕まえて「あんた、あの役は…」って始まった時に、この人はすごい人だって思ったわね。

渡辺 昔のことを思うと、肝を冷やすことがいっぱいあります。中村勘三郎さんの楽屋に行って「こんなの見せたら、お客さん帰っちゃうよ」とか、平気で言ってたんだから。

高畑 でも、それが楽しかったんだと思う。そうやって芝居を作ることが良かったと思うし、そんなこと言う人居なかったと思いますよ。だから、楽しかったんじゃないかな。

渡辺 あんな上手い人に、ここがおかしいとか言ってね。まじめに次の日には演技をきちんと変えてたし。同じ年ということもあって気が合ったとはいえ、なんかもっと別の言い方できなかったのかなあとか、もっと優しくできなかったのかなあとかね。高畑さんとも、見てきた芝居も似ているし、偶然同じ日にお芝居を観に行ったときは、休憩時間に2人でおしゃべりしていたらお話が盛り上がっちゃって。「老後の資金が~」の時も、出番のない時にずっとおしゃべりしてました。それで、もうちょっと静かに、なんて言われちゃいましたけどね。

――今回は2人芝居なので、存分にお話できますね

渡辺 私が演出ですからね(笑)。今日みたいに取材の中でもアドリブっぽく使えるようなお話が出てきてたりするので、それで追加の台本が書けそうです。

――どんな稽古場になりそうでしょうか

高畑 想像がつかないですね(笑)。でも、覚えるのに追われることだけは確かだろうな、と。楽しいことばかりではないだろうし。えりさんのお芝居って、例えば早変わりがあったりとか、瞬間的に空気がパキッと変わるようなところが面白いんですよね。そういう面白さは出せるといいな。普通にしゃべっているのに、急にパカッと違う世界の人になったりとか。舞台ってそういうことができるから面白いんですよね。舞台だからこそできる面白さをよく知っている方なので、親がいて、子がいて…っていうリアリティのあるところから、宇宙にだって行けることも知っている方ですから。すごく楽しみにしています。

渡辺 まずは1本の軸としてシリアスなストーリーを決めないと、いろんなところには飛べないので。まだ書き出せていないところでもあります。コロナ禍のときのものなので、そこも入れるか入れないか考えていますね。

――音楽にもこだわっていらっしゃるんですよね

渡辺 初演の時にも音楽は川本悠自さんにお願いしていて、コントラバスで演奏もしていただくんですが、今回はバンドネオンの鈴木崇朗さんに加わっていただくことになりました。楽曲も追加されますし、おかしな歌も入れようかと。細かい掛け合いのある、ユーモアのある歌が入れられたらな、と思っています。

高畑 私は声がすぐに裏返ってしまうので…だからもう歌うのは辞めといた方がいいよ、なんて言われたこともあるんで、苦手意識がありますね。

渡辺 でも、毎年シャンソンで「パリ祭」にも出てらっしゃるじゃない?高い声も出るので、演歌みたいなのを歌われているのも見たことがあるけど、すごくお上手でしたよ。

高畑 いや本当にもう死にそうになるんですよ(笑)。1番怖いですが、やっただけの意味はあるんだなと思いますね。お芝居でもすごく怖がりだったのに「パリ祭」に比べたら怖くなくなりました。

――歌われる方の中でもそうそうたる方々と肩を並べるわけですから、緊張もされますよね。作中でどんな歌を聞かせていただけるか楽しみです。本作はシュールなコメディということですが、コメディ芝居の魅力についてはどのようにお考えですか?

渡辺 やはり人を笑わせるのが好きですし、人の笑顔が好きなんですよ。これはもう、昔からです。ユーモアがないお芝居が苦手なんですよね。笑かしてやろう、っていう感じではないんですけど、ユーモアが感じられるものを作っていきたいとは昔から思っています。真剣にやっていれば、笑えると思うんですよ。お葬式とかでも、真剣にやっている中で誰かがおならしちゃったら笑えてしまう、とかあるじゃないですか。人生っていうのは、真面目に一生懸命やっていたら笑えると思うんですよね。

高畑 すごく同感ですね。劇場でお客さんの笑っている声を聞いてしまうと、もうこの輪からは出られない。人が集って笑っている、なおかつ最後には泣いている、そんな空間を体感したときのあのうれしさを経験してしまったら、もう抜けられないですね。

――最後に、公演を楽しみにしていらっしゃるみなさんへメッセージをお願いします

渡辺 同年代の2人が、ちょっと派手にケンカしたり、笑ったりして、それが虚実を超えてやっていることが面白いと思っています。そして、高畑さんの犬やニワトリの声が上手いんですよ。今日、取材した中で知ったので、きっと本に入れてると思います(笑)。そして平和な時代に生まれて、二度と戦争はしないと思いながらも、またその空気に流されそうになっている世の中になってしまっていますよね。それを今一度考え直す、平和にならなくちゃいけないという思いは必ず入れていきたいと思います。生の演劇の魅力、だから私たちは演るんだ、という想いが皆さんの中に残るお芝居にしますので、ぜひ楽しみにいらしていただきたいと思います。

高畑 こんな”2匹”が同時に観られるお芝居はもう無いと思いますので(笑)、ぜひお見逃しのないようにしていただきたいです。年齢を重ねてきて、体力もね、力を振り絞ってやっておりますので。「あれ、観ておいてよかったな」「あの2人の芝居が面白かったんだよ」なんて思っていただけるようなお芝居になればいいなと思っております。今持てる力を使って、何かを作る、役を作るとかではなく、生のエネルギーと、争いの無い世界への想いを詰め込んでお届けしたいと思います。

――楽しみにしています!本日はありがとうございました

取材・文/宮崎新之