一色洋平×小沢道成『漸近線、重なれ』presented by EPOCH MAN│小沢道成インタビュー

「我ら宇宙の塵」で第31回読売演劇大賞“優秀作品賞”、“優秀演出家賞”を受賞し注目を集める小沢道成が次に挑むのは、俳優の一色洋平と8年ぶりに共演する二人芝居「漸近線、重なれ」。住人が入れ替わっていくアパートを舞台に、そこに暮らす青年と彼の人生に現れる住人たちとの交流を描いていく本作。演出、美術も小沢と一色の2人で行い、脚本を須貝英、音楽をオレノグラフィティが手掛ける。久々のタッグに臨む小沢は、どのような想いで作品に挑むのか。話を聞いた。

 

――一色洋平さんとは8年ぶり3回目のタッグとお聞きしました。そもそもこの企画はどのように始まったんでしょうか

僕と一色洋平君が出会ったのは11年前くらい。舞台で俳優として共演しました。その時に、この人面白いって思ったというか、人間として興味を持ったんです。話していくと洋平君はすごく演劇が好きで、僕もかなり演劇が好きなんで、じゃあ2人で何か企画できないかな、と始めたのがこの企画でした。それで2014年に「谺は決して吼えない」という作品を王子小劇場で上演したのが最初です。当時は僕もいち俳優で、本も誰に書いてもらおうと考えたときに、せっかくなら俳優をやっている人たちだけでやってみたらどうだろう、と2人で思いついて、俳優もやられている須貝英さんに脚本を、オレノグラフィティさんに音楽をお願いしたんです。俳優をやっている人間が、俳優視点で作る舞台を目指してみようと思ったんですね。1回やってみたらこれは面白い、と実感しましたし、ある種の自由さも感じました。どうやったらお客さんに楽しんでもらえるかを、自分たちで責任をもって意識して、演劇が好きな人たちだけで作りあげるものがとにかく面白くて、2016年には第2弾の「巣穴で祈る遭難者」を上演しました。

 

――そこから8年の時間が流れましたが、今またやろうと思ったのはなぜでしょうか

まず2回目の後、僕自身のやりたいことが脚本を書く方に向いたんです。それは、この企画のおかげでもありますね。書くことや美術を作ること、演出をすることにとても興味が出て、またやりたいと思いつつも、お互いに違うことをしていて、忙しすぎたんですよね。昨年に「我ら宇宙の塵」の上演を終えて、1~2週間くらい経った時に、次は何をしようかと考えたんですけど、自分が書く方で新作を作るのは少し違う気がしたんです。そしたら、8年ぶりにあの頃を思い出すような感覚で、演劇を作ってみたいと思いました。当時を知ってくださる方には、お祭り感もあると思いますし、より演劇密度の濃いものができる企画だと思っているので、次はこれにしようと思ったんです。

 

――ある種の原点とも思えるこの企画をまたやりたくなられたんですね。小沢さんからみて、一色さんはどのような印象ですか

似ているところで言うと、演劇に対して真面目な思いがあるというか、ストイックですね。そして僕らは、お客さんに楽しんでいただくという演劇のエンターテインメント性を忘れない2人だと思っています。それに、一色洋平がいたから今の僕がいるといっても過言じゃないくらい、影響を受けています。体を駆使して演劇に対する姿勢とかを見ていて、初めて「この人にはちょっと勝てないかも知れない」って思わされたんですよね。勝ちたいという気持ちもあったから、すごく嫉妬もしたし、悔しい気持ちも味わいました。僕が5歳も上なのに、どうして洋平君はこんなにキラキラしていて、誰からも好かれる人柄でありながらも、お芝居への姿勢は最強なんだろう。そういう想いを抱いていました。誰しも、隣の人と比べてしまうことってありますよね。その比べる相手って、一番近しい存在だと思うんです。なんで僕とあいつは違うんだろう、みたいな。それが僕にとってまさに洋平君でした。

 

――演劇人としての力を認めているからこその悔しさがあった

ありましたね。でも、今はお互いが違う方向に向かっているんです。同じ業界にはいますけど、僕は書いたり演出したりする方向にも興味を持っていて、洋平君は俳優としての道を今も続けていて。そこは大きな違いだと思います。以前は俳優同士だったから嫉妬心があったけど、今は洋平君のさらに輝いてる姿を僕自身も見てみたいというか。

 

 

――今回の脚本も、須貝英さんが書かれています。どのように物語を組み上げていったんでしょうか

まず、須貝さんの描いてくださるものがすごく好きで、僕にはない文学性を持っていらっしゃると思うんです。特に今回、ト書きの言葉がとても素敵で。でもト書きは上演では伝えられないから、どうやってこの空気感を伝えようかと洋平君とも考えているところです。あとは、エンターテインメント性も大事だと思っているので、その折り合いをどうしようかなと今やりとりをしています。

 

――今まさに、物語が深まっているところなんですね。今回のお話はあるアパートに暮らす青年と、彼の隣人など彼を取り巻く人々が絶妙な距離感で交流する日常が描かれていますが、このプロットはどのように生まれたのでしょうか

いろいろな要素があるんですけど、大きな要素の1つが、シアタートップスで観てみたい舞台美術が浮かんだことだったんです。多くの作品はおそらく、物語があって、そこから美術が生まれてくるものだと思うんですけど、僕の場合はだいたい、美術から始まって物語が生まれるんですね。「我ら宇宙の塵」では、LEDディスプレイを半円状に貼って、映像とパペットを使った手法だったんですけど、今度は思いっきりアナログに、演劇のアナログを信じてやれるかが課題になると思ったんです。トップスの舞台は決して広くないんですが、制限されているならば、もっと制限させてみようと思いました。それで、客席と舞台上の間に、窓がいくつもあるアパートの壁面をズドンと立てて、窓越しに物語を見るようなことを考えたんです。圧迫感も出せるし、あの狭さだからこその迫力が出せると思ったんですね。普段、僕たちも街を歩いているときは、外からの、窓からしかそこに暮らす人のことを見れないじゃないですか。それを劇場で、そこに住んでいる人の人生を想像できるようなものにしようと最初は考えていて、洋平君ともアイデアをさらに膨らませて、それを須貝さんにお話ししたんです。

 

――舞台美術のアイデアから物語が生まれているんですね

でも、物語が上がってきたら、直感としてこの大きな壁の、客席と舞台を隔てるプランじゃない、と思ったんですよね。物語に描かれている不安定さが印象に残ったんですけど、その不安定さと、ズドンと立っている壁が僕の中で当てはまらなくなったんです。なので、今はプランを変更して別の美術を考えています。変更に当たって、いろいろな方に申し訳ないという気持ちはあるのですが、「こっちの方が面白いね」と言ってくれる人ばかりだったので、ありがたいです。

 

――お互いから生まれてきたものを受けて、アップデートを繰り返して作品が出来上がっているんですね

きっとシンプルに上演することもできるんでしょうけど、一色洋平×小沢道成だからこそ、この須貝さんの脚本を演劇の遊び心をもって、エンターテインメント要素をしっかりと入れて、見ていて面白いものにしていきたいです。ただ8年前から意識が変わったところがあるとしたら、面白いアイデアが思いついても、物語と繋がらないならば、その面白さは捨てる、ということです。やっぱりまずは物語があって、その物語に込められた質感や意味みたいなものを考えて、考え続けた先に面白い…忘れられないような絵が生まれると思うんです。そこは「我ら宇宙の塵」が教えてくれたことのような気がします。脚本をそのまま舞台美術にしようとすると、物語の都合のいいように配置されてしまうというか…そういう都合のいい配置に、面白さはあまり感じられないと思うんです。まだまだ勉強中ですが、今はそう感じています。

 

――どういう舞台美術になっているのか楽しみです。そんな着想の基にもなった、シアタートップスの空間の魅力を、小沢さんはどのように感じていらっしゃいますか

いくら後方の席だとしても、すごく近い空間で、演者の呼吸すらわかるような、汗すらも見えてしまうような空間なんですよね。その分、集中度が高くなる場所だと思います。大きな劇場にはまた別の良さがあるんですけど、あの小ささだからこその集中できる感じが、すごく好きです。別の美術にはなりましたけど、最初に壁で隔ててみようと思えたのもシアタートップスだったからですし、あそこは奈落も使えるんですよね。とはいえ、奈落を使った芝居もあの場所では、みなさん観慣れているかもしれないですけど。また今回、いろいろな兼ね合いが成立すれば、きっと新しい見え方が実現するはずなので、楽しみです。きっと、シアタートップスの新しい使い方の提案になると思っています。

 

 

――音楽についての現時点の印象もお聞かせください

オレノグラフィティさんは、最初の脚本を読んですぐに「こんなの浮かびました」って2曲くらい出してきてくれたんですよ。音楽について打ち合わせしようとかも、まだ言い始める前に。それがもう、ドハマりしていて、須貝さんの世界観にすごくピッタリだったんです。歌詞の言葉とかも、須貝さんの描いているものから生み出す音楽がすごく作りやすいって言っていました。歌とか音楽は、作品にとってものすごく大事になる部分ですが、ほかの要素と同じように音楽を盛り盛りでやってしまうと、観ているほうはお腹いっぱいになってしまいます。作品としての良さを活かすために、その部分に果たして音楽が本当に必要なのかどうかを、しっかりと話し合っています。音楽の要素を最高に活かすために、どこに音楽が必要なのかを探して見極める作業ですね。オレノグラフィティさんの楽曲はいつも、不安定さと力強さ、希望と切なさが溢れていて、そういうところが得意な方だと思っているので、すごく信頼しています。

 

――2人がまじりあうようなメインビジュアルも非常に面白いですね

すごく面白い写真になりました。これ、合成じゃないんですよ。カメラマンの島津明さんからご提案いただいて、歪んだ鏡越しに撮影したものなんですね。実にアナログな手法を使いながら、いかに撮影できるかというところは、ビジュアル撮影でも意識していた部分でした。

 

――たくさんの登場人物を2人で演じることになりますが、どのように演出していくのでしょうか

2人芝居だから、何役も演じることになると思うんですけど、例えばそれをカツラや衣裳をすべて変えて着替えることも可能ではあります。でも、なんとなく今は、より究極的なことを考えてしまいますね。カツラや衣裳をすべて変えるなら、そもそも7人とか8人の芝居で良いじゃないか?って思うんですよ。演じている人の気持ちや心が変われば、役も変わって見えるんじゃないか。あえて見た目を、そういうエンターテインメント性のあるもので表現しない方がよさそうな脚本じゃないかと感じていますね。マジックのように、一瞬にして別の役になることが可能な方法があるとすれば、きっと演じている俳優の心持ち、中身の部分じゃないかな。とか言いながら、メチャクチャ眼鏡かけたり、カツラ被っていたりする可能性はあるんですけど(笑)。

 

――(笑)。ただ根幹は、演じる側の心、中身が変わっていることが大事ということですね

そうです。お客さんの想像力ってスゴイですから。観ているほうも視覚的ではなく、感覚的に「今、役が変わった」って見えた方が面白いんじゃないかと思っています。ただ、すごく難しいことをしようとしているので、実際に劇場でやってみないとわからない部分ではあるんですけど、なるべくそぎ落として、作っていきたいです。でも見た目が変わることの面白さも分かるから迷ってるところです。

 

――先日、2人で今回の企画に先駆けたトークイベントも開かれましたが、どんな手ごたえでしたか

やっぱり前回から8年経っているので、お客さんもガラリと変わった印象でした。以前も来てくれたいた方と、この8年の間に知ってくださった方が混ざり合っていて…。演劇とひと口に言ってもいろんなジャンルがあって、ストレートプレイもあればミュージカル、2.5次元などいろいろ分かれています。洋平君はミュージカルや2.5次元でも活躍していて、僕はストレートプレイで結構やってきましたが、客層って全然違うじゃないですか。それがギュッと混ざり合ったような感じがあって、ほかでは観ることのできない客席だったと思うんですよ。だから本番も僕にとっても未知なところで、すごく楽しみにしています。

 

――この8年で、小沢さん自身が感じている演劇界の変化などはありますか

僕がそこに何か発言するのはおこがましい気持ちもあるんですけど…ここ数年は、楽しむことよりも、考えさせられるような演劇が多く生まれている気がしています。心よりも頭を使うというか。僕も演劇を観て、頭を使って考えて、そういうことかと理解出来た瞬間に面白いと感じたりもするので、それが良いとか悪いとかではないんですけど、いわゆる演劇のエンターテインメント性を感じられる作品が減ったような気がしています。

 

――なんとなくの雑感として、深く考えたい人が増えているような気はします

SNSの影響なのかな。考えることが好き、というか、考えちゃいますよね。もちろん、物語やお芝居に触れて〝考える〟ことはすごく大事だと思っています。それでも、考えることと楽しむことをどうにか両立したいとずっと心掛けているんですけど…いわゆる〝考える〟というジャンルが違うのかな。例えば、物語自体は、なるべく分かりやすく提示したとする。でも、その物語で扱っているテーマは考えてしまうような…パズルをするような堅い思考で考えるんじゃなく、人生について感じ取ってもらうような〝考える〟を目指しているんだと思います。多くの人がおそらく経験したことのあるであろう難しい問題に想いを馳せる時間、といいますか。

 

――作品を通して答えを提示するというよりも、それぞれに〝考える〟ことのきっかけになるんですね。稽古もこれからですが、2人で演出もしていくわけですし、どんなふうに進めていくか、何かビジョンは浮かんでいますか?

そこは何にも考えてないです(笑)。より近い存在だし、何でも言える関係性だからこそ、気を付けて作っていこう、くらいかな。洋平君も言ってくれているんですけど、多分、僕が演出として大きな外の枠を決めさせてもらって、そこから一緒にここはどういう風にしていこうか、というのを相談しつつやっていくと思います。お互いにどんどん言い合って、出しながら作っていくので、仲が悪くならないように…いや、やっぱりそこまであんまり考えてないです(笑)。8年一緒にお芝居をしていないので、今の洋平君のスタイルがどういう感じなのかまだ想像がつかないです。でも忘れたくないのは、僕たちはあくまでも、この物語をお客さんに伝えるためだけの存在でしかないということ。だから、物語以外の何かが目立ってしまうようなことは避けたいですね。例えば、俳優としてのキラキラ感だけが目立ってしまうとかは、今回のこの物語には関係がない。8年間という時間を重ねた僕たちの人生を使ってこの物語を作っていけば、それだけでも響くものになる、強度のある台本だと思っているので、そういう視点は大事に作っていきたいと思います。

 

 

――今回のお話では、人との付き合い方や距離感がテーマのひとつになっているように思います。小沢さん自身は人付き合いについてどのようなことを意識していらっしゃいますか

僕自身は、すごく人付き合いが苦手な方です。あんまり飲み会には行きません(笑)。とにかく1人の時間を作るタイプの人間なんで、それを周りの友達もわかってくれている気がします。「今日、飲もうよ」って言ってくれる友達はたくさんいます。でも、今日はそういう気分じゃないんだとか、今日はゆっくりと寝たいからとか、割とはっきり伝えて断りますね。ごめんね、って。でも、今日、今会うべきだ、って感じるときもあって、そういう時はすぐに飛んでいきます。すごく自分勝手だよなぁと思うのですが、そういう自分の感覚は大事にしています。

 

――別にその友達が嫌いなわけじゃないけど、乗り気じゃないのに飲みに行ってやっぱり楽しめなかった、と思うと相手にも申し訳なくなっちゃうんですよね

かといって1人になりすぎるのも良くないんですよね。人との出会いは大事ですし、人としゃべることで生まれるアイデアもありますから。でも、人と会うことで自分の心が疲れてしまうのも何か違うと思うので、お互いがより楽しめるときに会うことを選んだ方がベストなんじゃないかと思います。そこをわかってくれる人たちが、居てくれる感じです。でも不思議なことに、そういう友達は密に連絡をしなくても、ふいに街中で会ったりするんですよ。この間も、バッタリ会った友達と急遽お茶をしてすごいしゃべりました。そういう時間も大好きですね。

 

――最後に、公演を楽しみにしているみなさんにメッセージをお願いします

8年前までの第1弾、第2弾をご覧いただいたことのある方々には、時間を重ねた僕たちがどんなものを見せるんだろうというお気持ちでいらっしゃるんじゃないかと思います。ハチャメチャでお祭り感のある演劇を作るんだろうな、と想像されている方を、いい意味で裏切ることができたらいいですね。歳を重ねた僕たちがもう1回集まることに、僕たちもすごく意味を感じています。一方で、この企画をまだ1度もご覧になったことが無いという人もたくさんいらっしゃいます。僕らのことを知らない人たちが観ても、きっと「このお芝居、私好きかも」って思ってくれる人は結構多いと予想しているんです。なので、フラッと劇場に来ていただいても楽しんでいただけると思います。せっかく、今こうやって読んでいただいて、知っていただく機会が訪れたと思うので、ぜひお越しいただけたらと思います!長い言葉を聞いていただきありがとうございました。

 

取材・文/宮崎新之
写真/小岩井ハナ