写真左から)倉持裕、林遣都
■倉持裕、林遣都の成長と変わらぬ魅力を語る
2016年、倉持裕作・演出の『家族の基礎〜大道寺家の人々〜』で初舞台を踏んだ林遣都。8年ぶりの倉持作品『帰れない男〜慰留と斡旋の攻防〜』で主演を務めることとなった。再びのタッグとなる倉持と林に、初舞台の思い出や今作の魅力、8年での変化などについて聞いた。
今も基盤となっている初舞台での一言
──『帰れない男〜慰留と斡旋の攻防〜』はどんなところから生まれた作品ですか?
倉持 まず、なるべく少人数の、濃い関係の話を書きたいなと思ったんです。ちょうど僕が『鎌塚氏』シリーズなどのわかりやすいエンタメを続けて書いていた時期だったので、逆に不条理な、不思議な話を書いてみようとプロデューサーと話したところから『帰れない男』が生まれました。主人公の精神世界、妄想が具現化されていくような話になるだろうと思ったとき、考え込む姿が似合う遣都が思い浮かびました。遣都とはずっとまた一緒にやりたいねと話していたので、これはまさにぴったりじゃないかと。
──林さんが今作の話を聞いたときの気持ちを教えてください
林 8年前に経験した初舞台は、自分が成長できる要素だらけでした。稽古場で濃密な時間を過ごし、本番ではお客さんの生の反応を味わうことができた。演劇の世界にはこんなにもお芝居を愛し追求している人たちがいるんだと圧倒されましたし、自分の力のなさも痛感しました。だから再び倉持さんに声をかけていただけたというだけで、もうぜひやりたいと思いました。
──初舞台の印象的な思い出は?
林 鮮明に記憶に刻まれているのが、立ち稽古が始まってすぐの時に、倉持さんから名指しで「映像と同じようにやっても通用しない」と言われたことです。
倉持 え、そんなこと言った?
林 はい(笑)。当時の僕は、自分を奮い立たせてくれる人、瞬間を求めていた。そこで言われたこの一言は今でも深く刻まれていて、自分の中でずっと基盤になっています。
倉持 その自分の発言は忘れてましたけど、ただ遣都が最初、すごく硬かったのは覚えていて。身体にすごく力が入っていて、歩くたびにうるさい音がするほどだったんですよ。初舞台で身体に力みがあるんだろう、時間はかかるだろうけど1ヶ月の稽古でなんとか頑張って力みがとれるようにと思っていたら、早かったですね。あれよあれよという間に舞台上で自由になり、松重豊さん、鈴木京香さんと並んでもなんの違和感もなくなっていった。すごいなと思いました。たぶん、他の役者を見ていたんでしょうね。どう身体を使っているのか、どう声を出しているのか、稽古場で見て獲得したんだと思います。
林 とにかく共演者の方はすごい方々がたくさんいらっしゃって。みなさんに、いろいろ教えていただきました。舞台にはこういう時間があるんだと感動しました。身体の使い方でいうと、京香さんに引っ張られて、嫌がるシーンがあったんです。僕が稽古場で本気で嫌がったら倉持さんに「本気でやってどうするんだ」と言われて。本気で反抗したら、京香さんが引っ張れなくなってしまう。だから、ちゃんとリアクションをコントロールして見せる動き方をしなければいけないんだと知りました。それは今、映像でも活かされている部分だと思います。
──初舞台は、林さんにとってかなり大きな経験だったんですね
林 まわりのすごい役者さんが、一つひとつ積み上げていく過程を見られたのが貴重な時間でした。後々になって、当時の松重さんの動きを思い出したりするんです。演出家の方のダメ出しを聞きながら、ああ、松重さんはそういうことをやってたなと。同じ役者として、なんて美しい積み上げ方をしていたんだと。自分が作品を重ねていくほどに、初舞台がどれだけ価値ある経験だったかを思い返す、その繰り返しです。
林遣都をかたちづくる硬質の魅力
──今作のストーリーはどんなところから着想しましたか?
倉持 不思議な話、幻想的なものって何だろうと思ったとき、内田百問*(うちだひゃっけん)の短編を思い出したんです。おそろしく広く、薄暗い屋敷の中で迷ってしまう。僕は主人公が巻き込まれていく話が好きなんですけど、文学では成り立っても、演劇でそれをやるとどうしても主人公が受け身になって、沈んで行ってしまう。だから、「自分は巻き込まれていない」と思って抗う主人公でいないといけない。そこが遣都には似合うかなと思って。ユーモアももちろん入れて、「自分は後手には回らない」と思っているのに先手を取られてしまう、失敗の連続がところどころ滑稽に見える、そういう役が描けたらと。
※内田百間の「間」の字は、門がまえに月が正式表記
──今作で楽しみにしていることは?
林 この作品を通じて、演じる側も見る側も想像することを楽しめればと思います。『帰れない男』というタイトルだけでいろんな想像ができるじゃないですか。考え方次第ではどこかバカバカしさも感じる(笑)。だから、今からすごくわくわくしています。
倉持 実は最初もっと難しいタイトルだったんだよ。
林 そうなんですか!
倉持 そう。三島由紀夫みたいな、頭のよさそうなタイトルだった。でも「いや、だめだ」と。作品の中身に「わからない」面白さがあるとしても、どういう作品かはもっとわかりやすくお客さんに伝えないと、ということでこのタイトルにしました。
──幻想的な物語の場合、リアルを描く作品よりも役のとらえどころがなさそうにも感じます。どのように役作りを?
林 最初はすごく不気味な世界の話かと思ったんですが、プロットを読めば読むほど「うわ、人間ってこうだよな」と感じるんです。必死に「こういう人間でありたい」と思っているのに、気づかずに真逆の行動をとってしまうようなところとか。もちろん時代背景を含め、調べなくてはいけないことは出てくると思いますが、せっかく再び倉持さんとご一緒できる機会なので、今は極力自分のこれまでの経験とか準備をなるべくとっぱらって、まっさらの状態で稽古場に飛び込めたらと思います。そこから、深いところまで行けたらなと。
──倉持さんから見て、林さんの魅力はどこにあると思いますか?
倉持 初舞台のときの硬さって、もちろん緊張もあったと思うんですけど、林遣都という役者の生来持っている魅力でもあるんだなと思ったんですよ。硬質な感じ。頑固にも見えるし、警戒しているようにも見える。こんなふうに常に臨戦態勢にあるようなムードの役者ってそんなにいないから、貴重だなと。『浅草キッド』でも鬱々とした役だったじゃないですか。あの雰囲気は僕が思っている林遣都と通じていたんですよね。思っていることがいっぱいあるのに、そうやすやすと口にはしないような。
林 自分のそういう部分を活かしてくださろうとしているのであれば、すごく幸せなことです。もしかしたら自分ではあまり好きじゃない部分かもしれないけど、大切にして演じたいです。
──今の林さんはどんなふうに変化、成長していると思いますか?
倉持 まず単純に大人っぽくなりましたよね。それと、売れた役者はみんなそうだけど、輪郭線が太くなった印象があります。すごく存在がくっきりしてきた。『浅草キッド』のときも、ちゃんとど真ん中に太い存在としてあった。堂々としているのもあるし、正面を向けている。これは「演劇は客席見なきゃいけない」という話じゃなくて、印象として、観客の視線をはね返していた。ちゃんと責任を負い、正面から受け止めている感じがしました。でも、さっき言ったような警戒心や猜疑心をまとった雰囲気は、最初に抱いた印象と変わっていないのが嬉しくもありました。
──林さんにとって、舞台作品はどんな存在ですか?
林 舞台はやるたびに得るものがあって、自分が変化していく実感が得られます。今日ちょうど初舞台の資料を見直していたんですが、制作会見の写真を見たら、まさに自分の存在感がないように見えて。当時は自分のことでいっぱいいっぱいだったから、もっと視野を広げていろんなことに目を向けていたかったなと思いました。でもそう感じられるということは自分が多少なりとも変化できているのかなとも……。だから今作では、何年かたったあとに「この作品のよさをもっと受け取っていられたらよかった」と思わなくて済むように、一日一日を大事にしたいです。
インタビュー・文/釣木文恵