東京にこにこちゃん『ネバーエンディング・コミックス』初日開幕レポート到着!

2024.02.29

2月28日、下北沢・駅前劇場にて東京にこにこちゃんの最新作『ネバーエンディング・コミックス』が開幕した。怒涛のボケ数と俳優のパンチ力が巻き起こす笑い、可笑しくも愛すべき登場人物たち、そして、なんといっても“ハッピーエンド”の大団円。そんな喜劇へのこだわりと随所に忍び込ませた作品群で観客を魅了してきた主宰で作・演出の萩田頌豊与が新たに描くのは、文字通り「終わらない漫画」の物語だ。

開演30分前から階下まで続く長蛇の列、隙間なく埋め尽くされた客席がその待望を物語っていた。耳馴染みのある客入れ音楽にふと幼少時代の思い出を重ねる。子どもの頃から読んでいる漫画、アニメ化を経てもなおラストを迎えていない漫画……音楽の変わり目にいくつもの実在の作品が脳裏を駆け巡る中、劇場が暗転に包まれる。

今はまだ客席に座る誰一人としてその“結末”を知らない物語が、まさに始まろうとしていた。

舞台上にはサイドに白幕が一つずつあるほか、取り立てて目立ったセットや小道具はない。しかし、この白幕こそが時の流れや、それとともに変化していく登場人物たちの心情や関係性を鮮やかに映し出す重要な仕掛けになっていく。下手、上手と忙しなく当てられるスポットの中、かけがえのない「始まり」の時間が描き出される。

チャイムが鳴り響く教室。その片隅に一人の少女が座っている。周囲に友達の姿は見当たらない。それもそのはず、彼女は今日まさにこの学校にやってきたばかりの転校生だった。名前は尾田清笑(辻凪子)。名の通り清々しい笑顔の彼女がその手に握りしめているのは、ある一冊の漫画。無類の漫画好きである清笑が今最も夢中になっている冒険の物語だ。そして、それこそが登場人物たちを長きにわたって翻弄する「終わらない漫画」なのである。

清笑の登場によって、「漫画」という新たなカルチャーが生まれた教室。厳しい生徒指導を行う教師・三浦(尾形悟)の目を盗みながら、清笑の漫画愛は徐々に周囲へと伝播していく。同級生の二文字(海上学彦)、常夏(てっぺい右利き)、砂鯨(佐藤一馬)、秋秋秋(四柳智惟)が代わる代わる清笑の元を訪れる。それまではアニメが話題の中心であった教室は、あっという間に漫画の貸し借りとその続きの予想で盛り上がりを見せる。

その名が示す通り、登場人物は誰もがみんな実にユニークで愛らしいキャラクターばかりだ。小学生ならではの距離感、使う言葉の調子、いつだって真剣な眼差し、カラフルな衣装に至るまで“在りし日”の再現性にまたセンスが光る。子ども時代の悲喜交々を描かせたら、右に出る者はいない。萩田の劇作家としてのゆずれぬポリシーが全面に反映されたシーンである。

軽妙なテンポで繰り広げられるドラマにはどこを切り取っても圧倒的な「笑い」がある。白幕を駆使したシーン展開、緩急の隙間に絶えず挟み込まれる怒涛のボケとナンセンスギャグの応酬。その本領を全身全力で担う個性溢れる俳優陣。色とりどりのコメディセンスが其処彼処で火花を散らす。これぞ、まさに東京にこにこちゃん節である。

賑わう教室を尻目に、人知れず大きな葛藤を抱える虎子(土本燈子)だけはその輪に入ることができない。そして、その秘密こそが物語を大きくうねらせ、“結末”をも揺るがしていく。娘の学校生活を気にかけつつも、父(立川がじら)は仕事で忙しく、その核心に触れることはない。みるみる心を溶かし合っていく子どもたちと、思いがあってこそ本心を言い出せない親子関係。そのコントラストが時に切なく、時に可笑しく心を打つ。舞台中央で立ち尽くす虎子の姿は、右にも左にも行くことのできないその心情を物語っているようだった。

そんな虎子の葛藤をよそにまだまだ加速する清笑の漫画への情熱。その没頭は人生における特別な出会いをも引き寄せる。三浦とは対照的に転校生である清笑を気にかけ、愛情を注ぐ恩師・小鳥(髙畑遊)との出会いだ。その出会いはいつしか、大人と子ども、教師と生徒という間柄すらを飛び越えていく。

そんなある日、大事件が勃発する。漫画への愛と友情が同時に試される、子どもにとっては一世一代の選択。ピュアであればあるほどに悩ましい決心を迫られた清笑の心の揺れを全身で表現する辻凪子の表現力が見事なシーンである。その傍らで息を飲む子どもたちの表情にもそれぞれの想いが滲む。俳優の秒刻みの心の抑揚がまさに漫画のコマ割りのように舞台上へと映し出されていく。

 

「漫画面白いから、どんどん読み進めちまうよな。あれと一緒。ページを捲るように、一気に大人になるんだ」

遠くを見つめてそうつぶやく小鳥の言葉通り、あっという間に大人になった子どもたちはそれぞれ別の道を歩んでいた。あの漫画はまだ終わっていない。在りし日の漫画への純粋な愛は、次第に狂気を秘めた執着へと変わっていく。

「物語は終わらせなあかんのや」

そう思い立った清笑は周囲を巻き込み、誰も予想だにしない革命を起こそうとする……。

漫画は続けども、演劇は“ネバーエンディング”とはいかない。「終わらない漫画」を抱えながら、「必ず終わる演劇」が向かうその先には一体何が待ち受けているのか。果たして物語の結末はいかに。そんなお決まりの言葉がここまで似合う演劇を私は知らない。

東京にこにこちゃん『ネバーエンディング・コミックス』は3月3日まで下北沢・駅前劇場にて上演。出演は辻凪子、海上学彦(グレアムボックス)、土本燈子、髙畑遊(ナカゴー)、立川がじら(劇団「地蔵中毒」)、てっぺい右利き(パ萬)、四柳智惟、佐藤一馬、尾形悟。上演時間100分。

取材・文/丘田ミイ子

写真/明田川志保