宮崎駿初監督アニメ『未来少年コナン』の初舞台化作品、舞台『未来少年コナン』の稽古場レポートをお届けする。
ミュージカル『100万回生きたねこ』や、村上春樹原作の『ねじまき鳥クロニクル』などを手掛けたインバル・ピントが演出、振付、美術を、フランス国立民衆劇場の専属パフォーマーとして活動する傍ら、脚本家や演出家としても、舞台や、複数の映画を手掛けるダビッド・マンブッフが共に演出を手掛けている。二人が中心となって、まさにゼロから立ち上げる舞台の稽古場は、創作活動に溢れる空間となっていた。
稽古場に入ると、最初に特殊な傾斜のあるステージが目に飛び込んできた。いわゆる八百屋舞台だが、傾斜の角度が前方と後方で違う。その上でダンサー達がさまざまに体を動かしている。事前に台本を読ませていただいたが、物語としてはわかりやすく、舞台で上演されるように原作が凝縮されているが、稽古場に入るやいなや、ダンサーの様子や稽古場の舞台セットを見るだけでもインバル・ピントの作品らしさがすでに溢れている。最初に全体のミザンス(舞台上の役者の動き)をつけて作品全体の全貌を作り、次の段階で芝居面などを精査していくとのこと。取材時は、物語の佳境となる、コナン達がレプカと対峙する場面のミザンスを作っていた。
レプカ(今井朋彦)が捕らえたラオ博士(椎名桔平)を痛めつけ、太陽エネルギーシステムを聞き出そうをしているところに、コナン(加藤清史郎)、ラナ(影山優香)、ジムシー(成河)、モンスリー(門脇麦)、ダイス(宮尾俊太郎)が駆けつける。モンスリーはレプカにコナン達が大切なことを教えてくれたと告げる。レプカはその場から逃げ去り、コナンが追いかけていく。ラオ博士は瀕死の状態の中、ラナに太陽エネルギーシステムの情報を伝え、ラナが発動させていく……という場面。
冒頭からダンサーが細い白いゴムのようなものを複数人で緩やかに動かしている。何を表現しているのか、本番でも同じものを使うのかはわからなかったが、ゴムが作り出す形が止まること無く変化している様子を見ていると、その場の空間が動いているような感覚になってきた。舞台中央で、レプカが太陽エネルギーシステムについて、その秘密を明かすようにラオ博士に迫っていると、八百屋舞台一番奥から、コナン達が駆けつけてくる。一旦この場面を通すと、演出のインバルとダビッドが中心となって、動き、音楽、美術面でさまざまな調整が行われた。主にインバルはダンサーの動きを、ダビッドはメインキャストの動きを指示している。ゴムが作る図形の中に人が入ってみたりと調整をしている場に、気づくと成河が一緒に参加していて、そこかしこを自由自在に行き来していた。インバル作品に何度も参加している成河ならではなのかもしれない。
モンスリーがレプカに銃を突きつけて思いを語る。物語のこれまでを振り返り、この先へと進む大事な場面だ。役者達の立ち位置をさまざまに動かして何度もトライを繰り返す。モンスリーとレプカの立ち位置が入れ替わったり、二人の距離が近づいたり、その言葉を受けるコナンやダイスの動きも変わって来る。どの言葉で、どう動くのか、目線は、体の向きは、などベストな形を探っていた。門脇と今井が主となって動く場面だが、演出の要望に応えて瞬時に対応していく。この場面の後半は、博士からテレパシーで指示を受け取ったラナが、太陽エネルギーシステムを動かしていくのだが、インバルが説明していた美術も含めて想像すると、壮大なシーンになるのではと期待が高まった。
音楽も同時進行で作られているのが、インバル作品だと感じた点でもある。一角にキーボードやパーカッションなどが置かれていて、3人のプレイヤーがさまざまな音を奏でている。不可思議な音も多く、一体どの楽器をどのように奏でたら今の音が鳴るんだろうかと見入ってしまう。音楽の阿部海太郎、影山、成河が話し合っていると思ったら、次のトライではラナの歌が増えていた。インバルとダビッドに実際にやって見せて提案し、その場ですぐにジャッジされ採用となる。稽古場はまさにセッションだなと感じた。この場面の稽古後には、出番を終えた宮尾が、ピアノを弾いてもらいながら歌稽古をしていたが、その元気な楽しいナンバーに心が躍った。他にどんな歌があるのかも楽しみだ。
一方では、脚本の伊藤靖朗と椎名が、瀕死の状況のラオ博士が、愛しい孫娘にどんな声をかけるのか話し合っていた。ラナはテレパシーの持ち主なので、ラオ博士が考えていることは全てわかるはずだ。その彼女に対して発する言葉は肝になるのかもしれない。
続いて、逃げたレプカと追いかけてきたコナンの二人が対決する場面をゼロから作っていった。新たに登場した舞台セットを使って表現していくのだが、大きいながらも動かせるように軽く作っていて、滑りやすいような細工もしてあるそうだ。インバルとダンサーは、さまざまに動かしてみたり、乗ってみたり、滑ってみたり。その様子を見ていた加藤と成河は、「(どんなふうになるのか)全然想像つかない!」と高揚した様子。インバルが意図を伝えると、ダンサーはすぐに動いてみるのだが、その阿吽の呼吸に驚くばかり。ダンサーは、要望に動いて答えるのが当たり前の表現方法なのだろう。この場面において、ダンサーはエネルギーであり、エネルギーのやり取りをしているのだと、インバルはその意図を明かしていた。
「コナンは(舞台セットを)指で動かせるから」と加藤に呼びかけたインバル。その様子がとてもチャーミングで、稽古場に笑い声が溢れた。ワクワクした様子で見ていた加藤が、コナン登場のタイミングで呼ばれて舞台上へ。やってやるぞと強い気概に溢れている。さらに形を変えたセットの上でコナンとレプカが対決する。インバルが場面を作っていく間も、加藤は自らいろいろな動きを試している。その動きが素早くダイナミックで、コナンが自由自在に駆け回る様子を想像し、加藤が演じるコナンがますます楽しみになった。
稽古を見ているだけで、脳が活性化される感覚になった。また、稽古場のあちこちで自然なコミュニケーションが取られていて、豊かで伸び伸びとした環境だと感じた。どんな舞台が誕生するのか開幕が待ち遠しい。
取材・文・撮影/岩村美佳