1年間という期間の中で、話し合いや試演を重ねて豊かな作品を生み出す「こつこつプロジェクト」。2021年6月から2022年2月にかけて行われた『テーバイ』が、新国立劇場2024/2025シーズン作品として上演される。本作は、『オイディプス王』、『コロノスのオイディプス』、『アンティゴネ』という3作品を1つの戯曲に再構築した作品。オイディプスやアンティゴネだけでなく3作に共通して登場するクレオンにもスポットを当て、現代にも通じる人間ドラマとして描き出す。構成・上演台本・演出の船岩祐太と、クレオンを演じる植本純米にインタビューを行った。
■作品と向き合い、強度を上げてきた
――まずは、「こつこつプロジェクト」の思い出、時間をかけて作品に取り組む中で見えてきたものを教えてください。
船岩 「こつこつプロジェクト」は1st~3rdの3タームにわかれていて、僕のチームでは、各タームごとにキャストを入れ替えながら創っていきました。いろいろな役者さんの言葉が乗り、結果として精度や密度の高い言葉になったと思います。キャラクターがどんな人物で、どんなことを考えているか、様々なバリエーションを試すことができたので、3rdの試演時にはある種のゴールが見えたかなという印象がありましたね。
植本 僕は3rdだけの参加だったんです。大変そうな役だとわかっていたので、事前に2ndの段階で見学しに行きましたね。3ターム全ての「こつこつ」が蓄積されての今回の上演。自分一人じゃないということは強く思います。とにかく強度の高い戯曲が作りたいことは伝わってきた。そういえば、オイディプスに石を投げて国から追い出すところとか、ホンにないシーンもバックボーン台本を作って演じさせられたりしましたもんね(笑)。
船岩 元々ひとつの作品ではないので、物語の整合性を考えながら戯曲を書く必要があって、最終的には上演には出てこない4つのバックボーン台本を作って出演者と共有しました。台詞によっては役者さんの力も借りて、一文丸ごと「ここ、何か言って」とお任せしたりするんですけど純米さんから素晴らしい言葉が出てきて、あれは思い出ですね。
植本 俺!?
一同 (笑)。
植本 お任せセリフはみんなにあって、みんな素敵なことを言ってたから。
船岩 石を投げるシーンで完璧なセリフを二十行くらい演説してた。聞いてみたら「準備してきた!」って。
植本 自分では「(オイディプス)出ていけ!」しか言った記憶がない(笑)。
船岩 実際の台本に言葉としては反映されていないけど、すごく思い出深いです。
植本 2021年に始まったプロジェクトだけど、僕は2022年の1月から参加だった。1stから出ている方からすれば僕は新参者だし、僕からすると参加した時には、みんな出来ているからしんどかったよ(笑)。2ndを見学した段階でセリフを覚え始めたもん。
船岩 早い(笑)。
植本 (船岩とは)元々友達だったんです。アクションで入っている亀山(ゆうみ)さんの紹介で仲良くなった。でも、今回気付いたんだけど、友達の関係から演出家と役者の関係になるとこういうことになるんだって…。
一同 (笑)。
植本 でも、年齢は違うけど本音で語り合える関係性だと思います。
――クレオンというキャラクターにスポットをあて、植本さんをキャスティングした理由は。
船岩 クレオンって、ストーリーを転がすために使われている駒感がある。一般的に、悪人のクレオンというイメージが強いですが、そうではなく多面性を持つ人間として描きたいと思った。(植本は)悪人に見えない。人の良さが滲み出るようなタイプで、かつ複雑さをきちっと表出できる方と考えると純ちゃんかなと。
植本 クレオンを演じてみて、小物だなとすごく思います。プレスリリースの一文に「一介の脇役が~」って書いていて、みんな同じことを思うんだと(笑)。
船岩 テキストと長い時間向き合っていると、時代の方が動いていくんですよ。この数年でテキストの強さが浮き彫りになったと思いますね。
植本 僕はラジオ番組の仕事で他の現場にインタビューしに行くこともあるけど、「何年か前にやる予定だったものが中止になり、時代に合わせて脚本や演出を変えた」という話をよく聞く。この作品にはそれがない。さすが紀元前の作品だよね。
■当時の劇作家たちの自由な精神に則って創りたい
――『オイディプス王』『コロノスのオイディプス』『アンティゴネ』の3作をまとめるアイデアはずっと温めていたものなんでしょうか?
船岩 自分の団体で別のギリシャ悲劇5本をまとめてみたことはあって、その時からアイデアはあったと思います。
植本 この試みをしたことがある人はいるの?
船岩 いわゆるトロイ戦争ものはあるけど、テーバイものはないんじゃないかな。自分で調べた限りはたどりつかなくて…。『コロノスのオイディプス』は上演自体もあまりされていないと思います。
植本 『オイディプス王』はあれで終わりだと思っている人が多いと思う(笑)。
――それぞれの物語のテーマ性をどう考えていますか?
船岩 上演年代でいうと、『アンティゴネ』、『オイディプス王』、『コロノスのオイディプス』の順番。発表に2、30年期間が空いています。「こつこつプロジェクト」では、作品からギリシャ悲劇的なものや、時代状況的なものを剥がしていくことをしました。でも、改めて作品が描かれた当時の時代背景を確認していくと、かなり密接に繋がっているだろうということが見えてきた。今回は紀元前5年の政治的解釈から生まれた台本として扱ってみようと考えています。最初のオイディプス像を並べて追っていくこのアプローチが上手くハマればいいなと思っています。
――3つの作品で、オイディプスの考え方も変わっていますね。
植本 オイディプス、すごくクレオンのせいにするから(笑)。
船岩 その変化には作家の熟成があるのかなと。『コロノスのオイディプス』は人生の最後の方で書いたと言われていて、人生の見方が定まった状態で書いたんじゃないかと思います。
植本 「幸せに死にたい」みたいなこと言うもんね(笑)
船岩 ソポクレスはプラトンの『国家』なんかにも「長生き」キャラで出てくるんですが、90代で書いたらしいんです。ペロポネソス戦争の始まりに『オイディプス王』を書いて、終わってから『コロノス~』を書いている。激動の時代を見て書いた作品で、その経験が罪などに対する考え方を大きく変えた気がします。
植本 『コロノス~』だけで上演すると難しいけど、今回はあってよかったよね。
船岩 テーバイものって失われた作品が多いんです。成り立ちを考えたときに、神話を勝手に二次創作しているのがギリシャ悲劇だというのがわかりやすいと思います。神話が成立していろいろなエピソードが語り継がれ、劇作家たちが自由にバリエーションを産んでいった。その精神に則って、文学的な厳格さを引き離し、自由にやってみようという考えで作りました。
植本 テセウスって、いろいろな文献ではかなりの女好きとして書かれているじゃない。今回もなんとかそれが出てこないかなって思う(笑)。
船岩 神話の時代に生きたと言われているわりには、アテナイの民主制を作った人ともいわれている。アリストテレスの『アテナイ人の国制』に「テセウスは平等な権利を市民にあたえた」と書かれていて、すごく民主制の元祖みたいに書かれている。女好きは神話の部分。
植本 『フェードル』をやった時にテゼってキャラクターが出てきたんだけど、そこでは恋多き人だった(笑)。同じ人なんだ! って驚いたのを覚えている。
船岩 他ではたくさん語られているけど、当時の人たちにとっては民主制のヒーローだったんだと思うんですよね。その複雑さをうまく入れていきたいですね。
■それぞれの作品に対する見方が変わるかも
――もともと友人だったということですが、お互いの印象を教えていただけますか。
植本 本作が新国立デビューなので、友達としては男にしてやろうという思いはありますね。
船岩 憧れの人です。『子供のためのシェイクスピア』シリーズなんか、齧り付くように見ていたから。古典をあれこれする原点の一つに間違いなく(植本の存在が)ありますよね。
――ともに作品に取り組むクリエイターとしてはいかがでしょう。
植本 年下だけどすごく頭がいい。それに加えて、歩んできた演劇の道もある。自分も新しいことをやりたいので、任せて飛び込んでいる感じです。
船岩 言葉を喋る強度をすごく持っている俳優さんだと実感しています。古典作品もそうでないものもたくさんやっていて蓄積があるから、テキストを一つひとつ確認していく作品にベストマッチ。語れる・喋れる人という印象です。
――この3つの作品の魅力はどこに感じますか? 国家と個人というテーマなど、現代に通じる部分も多いのかなと思います。
植本 市民からの突き上げや炎上はいつの時代も同じだと思いますね。
船岩 そもそも政治のシステムがどうなっていくか、どう作られてきたかがすごく重要だと思っています。テセウスの話が出ましたが、当時は紆余曲折あった中で民主制が確立された時期。単純に悪い統治者が身を滅ぼして……ではなく、統治に対する考え方、思想に思いを馳せるのにいいのかなと思っています。
植本 どちらかというとお客さんはアンティゴネに共感すると思うけど、演じているとクレオンが言っていることは正しいと思える。そこがお客さんにどう伝わるのか楽しみです。
船岩 『コロノス~』があるから、『アンティゴネ』の見え方も変わるよね。クレオンとアンディゴネの対立についてはずっと議論されているけど、それは『アンティゴネ』単体の印象で言っているからだと思うし。
植本 それでいうとクレオンも『オイディプス王』があることで一本筋が通るよね。
船岩 難しいけど上手くいくといいよね。
――「こつこつ」での創作過程で、船岩さんが壁を感じたことはありましたか?
船岩 なかったかも。通常の稽古だと成立させるリミットが決まっていて、目指すものが正しいのかどうか検証する時間がない。今回は創作上の壁にぶつかった時に他の手を考えられた。高い壁にぶつかった時にはテキストを疑う時間がありました。
植本 もちろん試演会だけでなく、お客様の前での上演ができたらいいなという思いはありつつ、上演のために創っていたわけじゃない。ゴールを決めないのは贅沢だったと思います。
船岩 これで成立だと決めなくていい。僕は俳優の演技ではなく、企画の熟成に時間を使おうと考えました。
植本 そのやり方が正しいよね。
船岩 プレゼンみたいな感じで、面白いものがあればやってみようという懐の大きな企画。上演ラインアップを考える時に選択肢が増える試みは価値があると思います。
――ここからの稽古期間はどんな感覚でしょう。
船岩 普通の稽古です。でも、蓄積と準備があるし、なぜこれをやるかを突き詰めたので、ここまでに立ち止まってたくさん考えたぶん、意義や方針は強くあると思いますね。テキストでいうと、言葉のチョイスにすごく自覚がある。オーダーを出す時に有効に働きそうです。最初から参加しているキャストと途中参加のキャスト、今回が初めましての方を混ぜるので、また違う趣になるし、それを楽しめる強度は得られていると思います。
植本 僕は今回から入るみんなの気持ちがすごくわかるから、みんなに優しくしようと思う(笑)。
船岩 「こつこつ」からの再演ではなく、新たなプロセスと捉えているので、またゼロからやろうと思っています。
取材・文・撮影:吉田沙奈