東京にこにこちゃん『RTA・インマイ・ラヴァー』開幕レポート到着!

2024.10.03

10月2日、下北沢・駅前劇場にて東京にこにこちゃんの最新作『RTA・インマイ・ラヴァー』が開幕した。
主宰で作・演出を手がける萩田頌豊与が本作で描くのは、ゲームクリアまでの最速スピードを競う“RTA(リアルタイムアタック)”を登場人物たちの人生に落とし込んだ物語。東京にこにこちゃんの持ち味である怒涛のボケ数、愛らしいキャラ達が織りなすドラマ、そしてハッピーエンドへの助走をさらにさらにと加速させ、文字通り“最速”と“最高温度”でゴールに向かってひた走るボーイミーツガールが繰り広げられた。

劇場には“最速”で上演を見届けようとする観客が一人、また一人と足を運び、新作への待望を物語っていた。無論、私もその一人である。ゲームソングをテーマとした客入れ音楽がその高揚にさらに拍車をかける。どこか懐かしいリズムに身を委ねながら、思わず指先が動きそうになる。

コントローラーを握りしめ、コインもアイテムも取らず、とにかく猛ダッシュで敵をかわしながらゴールまで一目散に駆け抜ける。何かしらのゲームでそんな“時間との戦い”を自身に課したことはないだろうか。そういったゲームの類を「RTA」と呼ぶということを私は本作を通じて初めて知った。いくつものゲーム画面の風景が脳裏をかすめる中、劇場は暗転。前情報によると制限時間は95分、唯一無二のステージが始まろうとしていた。

ファーストステージ、つまり物語の冒頭は登場人物たちの幼少期、生い立ちに遡る。チャイム音が鳴り響く小学校の風景は、東京にこにこちゃん演劇のお約束とも言える、愛らしいはじまりだ。ゲーム画面を模したような大道具(石倉研史郎)や舞台美術にも工夫が凝らされている。黄色、青、黒、白、緑、赤。舞台上にはカラフルなステージがいくつも重ねられており、そこに子どもたちが点在している。

教室内はある話題で持ちきり。それは発売したばかりの人気ゲーム。何でもハイスピードでこなす主人公・瞬(野上篤史)がもう全クリを果たしたのだという。
そんな瞬を「すげえや、すげえや」と囃し立てるのは成速(てっぺい右利き)。急(高畑遊)や跳介(立川がじら)の個性豊かなクラスメイトたちも次から次へと話に加わり、教室はいっそうに賑わいを見せていく。

登場人物たちの名前のルビはあえてふらないでおきたい。物語の世界観と手を繋ぎ合ったユニークな命名とその名に負けぬ強烈な個性はどうか劇場で確かめてほしい。どのシーンにも展開にも、最速の物語にちなんだユーモアとそれぞれが抜群に愛らしいキャラクター造形が施されているのだ。

パンチが効いているのは生徒だけではない。子どもたちを諸共吹っ飛ばすような勢いで教室を掻き回すのは担任教師である雪華(加藤美佐江)だ。子どもから見た大人のズルさや横暴さをデフォルメしたような振る舞い。東京にこにこちゃんが描く大人の姿はいつもどこか反面教師感に満ち溢れていて、思わず吹き出してしまう。

賑やかな教室の中で一際マイペースな女の子がいる。瞬とは対照的にゆっくりと時間をかけて物事を進めるもう一人の主人公・早笑(前田悠雅)である。ゲームはもちろん、給食を食べるにも鉄棒ができるようになるのにも人一倍時間がかかる彼女をクラスメイトたちは揶揄うが、そんな早笑にだからこそ見える世界、見つけることができる景色がある。そのことに気づき始めたクラスメイトたちは、彼女のペースを尊重しながら温かな友情を深めていく。

中でも去去(藤本美也子)や音波(木下もくめ)と繰り広げる他愛もないガールズトークは早笑にとってかけがえのない時間になっていく。ボーイミーツガールだけではない、ラブリーなフレンドシップが可笑しみと煌めきとともに築かれていく様子もまた大きな見どころになっている。

“最速”とだけあり、ハイテンポに交わされる会話とそこに隙なく差し込まれる笑い。毎度ながら俳優陣の底知れぬエネルギーとタフさ、感覚の精度には舌を巻く。下手・中央・上手のどこを切り取っても最大風速の「ボケ」や「小ネタ」が仕込まれている。一見、物語の大筋には影響しないようなささやかなシーンやくだらないやりとりにこそ、「そんな時間こそが人生の本領なのだ」と言わんばかりに時間をかける。山場こそボケる。いいシーンこそ茶々を入れる。そんな萩田の執念にも似たこだわりが、限られた時間で絶え間なく点滅するのも本作の魅力の一つ。そして、それこそが劇作家・萩田頌豊与の信条であり、東京にこにこちゃんの随一の個性とも言えるだろう。

また、今回どうしても特筆しておきたい見どころがある。それは、照明(中西美樹)・音響(松本蓮)・舞台監督(西山みのり)といった頼もしいスタッフたちの“最速”の伴走だ。俳優のみならず、スタッフも全員が制限時間の中、文字通りリアルタイムアタックたる奔走を駆け抜けているのである。

一言、一行のためにつくられた灯り、ここぞ!というタイミングで添えられるいくつもの音楽。短いシーンの間に幾度となく変幻する照明や音楽は、間違いなく本作の魅力であり、それらの瞬発的な技がこの作品の比類なき疾走感を大きく支えている。そんな舞台における総合芸術の力もどうか劇場で体感してほしい。

ゲーム同様、人生にもやはりステージがある。幼少期から思春期、そしてモラトリアムへ。中学での部活や恋、高校での受験勉強、サークルや飲み会に忙しい大学生活も気づけば、あとわずか。友人たちはそれぞれの道を見つけ、瞬は持ち前のスピードで飛び級を果たし、もはや指先すら届かない存在に…。子どもから大人への階段を駆け登っていく中には数え切れないほどの忘れがたい出来事があった。そんなささやかな思い出こそを一つ残さず忘れずに生きていきたいと願う早笑なのだが…。

ところで、RTAにおけるスキップで欠かせないのがバグである。バグを起こすことによって、ステージを割愛でき、より速くゴールができるという仕組みなのだ。しかしながら、人生のステージはそう簡単にはスキップできない。ゲームの攻略と人生の必然。目的へと生き急ぐ瞬と、目的を探しながらゆっくりと進む早笑。その狭間で物語が大きくうねる。演劇の、人生のクライマックスがもうすぐそこにきていた。

果たして、早笑の願いは、瞬の目的は果たされるのか。愛すべき登場人物たちはこの限られた時間の中でゲームクリアを、最高の大団円を、ハッピーの新記録を迎えることができるのか。答えはゴールではなく、その先にある。
「間に合わないかもしれない」
本当のクライマックスは、そう思った瞬間から始まる。生き急ぐも、立ち止まるも、ひとたび始まれば、あっという間に終わってしまう。そんな演劇の、季節の、人生の必然とそこでのみ瞬く閃光。それらの最速の輝きを強く感じる本作を、やはりできるだけ最速で見届けてほしいと願うばかりである。

東京にこにこちゃん『RTA・インマイ・ラヴァー』は10月6日まで下北沢・駅前劇場にて上演。出演は前田悠雅(劇団4ドル50セント)、野上篤史、加藤美佐江、藤本美也子、木下もくめ(破壊ありがとう)、高畑遊(ナカゴー)、立川がじら(劇団「地蔵中毒」)、てっぺい右利き(パ萬)。上演時間95分。

取材・文/丘田ミイ子
撮影/明田川志保