ⒸAkio Kushida
俳優で演出家、そして舞台美術家でもある串田和美が、新たに演劇創作の場として起ち上げたフライングシアター自由劇場。2023年12月に旗揚げ公演『仮面劇・預言者』を上演後、今年6月には『あの夏至の晩 生き残りのホモサピエンスは終わらない夢を見た(以下、『夏至夢』と表記)』、8月には若手公演として『あざみの花咲く頃』(脚色・演出は串田十二夜が担当)、と精力的に作品を上演し続け、10/18(金)~28(月)には第4回公演となる最新作『ガード下のオイディプスースフィンクスの謎解き』が東京・すみだパークシアター倉で幕を開ける。2500年前に書かれ上演されていたギリシャ悲劇の最高傑作『オイディプス王』をモチーフに、串田和美を含む8名のキャストたちが自由に斬新に繰り広げる刺激的な舞台となる。タイトルロールのオイディプスを串田十二夜、その母にして妻のイオカステを大空ゆうひ、そして串田和美が予言者であるテイレシアスと盲目の老人を演じるほか、大森博史、さとうこうじ、山野靖博、大野明香音に加え、音楽担当でもあるDr.kyOnが出演する。世界的に知られる壮大な悲劇をベースに、脈々と現代にも繋がっていく物語がこの面々により、どんな世界観で描かれていくのか興味は尽きない。本番まであとわずかという10月初めに稽古場を訪ね、大空ゆうひと串田十二夜に作品への想いを語ってもらった。
――振り返ると、お二人が初めて出会ったのはいつだったんですか?
十二夜 大空さんが『マーキュリー・ファー』(2015)にご出演されていた時、終演後にお目にかかっているんですが、その時は話らしい話はできずにご挨拶程度でした。だから、ちゃんとお話しさせていただいたのはフライングシアター自由劇場の最初の公演『仮面劇・預言者』の時ですね。
大空 松本まで、観に行かせていただいたんです。その時点で、次の公演に出演させていただく話は決まっていたので「よろしくお願いします!」とご挨拶させていただきました。
――大空さんは前作の『夏至夢』に続いてのご出演となりますが。続けて出演されることは、かなり前から決まっていたのでしょうか。
大空 まずは串田(和美)さんにフライングシアター自由劇場を起ち上げた時点で「一緒にやってみる?」とお誘いいただいて「ぜひ参加させてほしいです!」とお返事をしたので、その流れから出演が続いているというか。串田さんの、どういう演劇を作っていきたいかという想いに私も賛同したいなと思ったので、公演ごとにお声がけいただけたら、自分の予定さえ合えばできる限り参加したいと思っているんです。
――今回の台本を読まれた感想や、この作品に魅かれたポイントについてはいかがでしたか。
大空 まず『ガード下のオイディプス』という、このタイトルの言葉自体に魅力を感じました。日本のいわゆる“ガード下”、ちょっと薄暗く昭和の香りがする場所に、盲目の年老いたオイディプスがいる姿を思い浮かべてみると、なんだかすごく面白そうだなと思いました。ちょうど1年前にまさに『オイディプス王』(石丸さち子演出、2025年2月に再演予定あり)でイオカステ役を演じたばかりだったんですが、その時は王道に近い形のギリシャ悲劇としてだったので、また違う角度からオイディプスを掘っていけることは自分にとっては新しい試みでもあるし、興味深い経験になるなと思いました。
――不思議な巡り合わせですよね、同じ作品、同じ役が演じられるというのは。
大空 本当ですね。しかも、それほど間を空けずに全然違うアプローチで同じ役に取り組めるなんて、俳優生活の中で初めての経験ですから。
――やろうと思ってできることではないですものね。十二夜さんは、今回の作品をやることになっての率直な感想はいかがでしたか。
十二夜 『ガード下のオイディプス』というフレーズは、以前からよく父が「いつかやりたい」と口にしていて。僕自身は、オイディプスという単語しか知らなくて、どんなものなんだろうと思っていました。普段から父は「こんなことをやりたいんだ」と、いろいろなアイデアや作品について話をしているのですが、もちろん実現しないものもあるし、本格的に実現に向けて考えているものもあるしという中で『オイディプス』に関しては、かなり優先度の高いものだったんだなと感じました。父は、自由劇場の初期の頃に少しオイディプスを演じた経験があるそうで、それもあって思い入れがある様子でしたから、僕としては「あれをやるのか!」というのが最初の感想でした。だけど古代ギリシャの知識がまったくないので、いっぱい調べたのですが調べれば調べるほど古代ギリシャのイメージがつかめなくなるんです。歴史的にも上塗りされていたりして、実際のリアルな風景と重ねるのは難しいし。そもそも最初にソポクレスという方が書いたものも時代と共に変化していっているのかもしれないよなと想像したりしながら今は稽古に励んでいる段階です。
――お二人はイオカステとオイディプスという役を演じながら、その他の役も担うことになるようですね。役を演じるにあたってどんなことを意識したいな、と現時点では思われていますか。
あたってどんなことを意識したいな、と現時点では思われていますか。
十二夜 今回、出演者が8人で、場面によっては8人以下の時もあるので、ギリシャ劇で重要な“コロス”という集団表現をするには少ないんですよね。ですから、どうやって数人だけで“コロス”の空気感を作り出せるかを常に考えておかなければ、と気をつけています。それに加えてオイディプス役もあるので、その役に変化する瞬間をどう演じるかということも考えなければいけません。先輩方からもたくさんのことを学ばせていただいていますやはり自分のことだけ考えていてはダメなんだな……と思いました(笑)。
――周りのこともしっかり把握しておくことも大切だと。
十二夜 はい。それと、視点がすごいスピードで変わっていく作品だなとも思っていまして。お客さんの視点というのももちろんありますけど、役者としての視点に関しても、個になる瞬間と遠くから眺めるような瞬間とがあるし、カメラのアングルが変わるような感覚を自分自身で調節できないといけなくて。そこが面白いところであり、難しくもあり、楽しみたいポイントでもあると感じています。
大空 私もイオカステを演じる瞬間とは別に、7人で“コロス”をやるのでその場面のシチュエーション、状況をまずみんなで共有しながら作っていくという作業が、大変ではあるけど面白いですね。みんなそれぞれ自分の役もやりつつ、とにかくずーっと舞台上にはいるわけで、違う日常というものがそこでは同時進行していたりするんですよ。自分だけじゃなく、みんなで同じ景色を見ているんだけれどそれも次々と変化していくものなので、そのグラデーションをしっかり自分たちで捉えていなければいけない。よく演劇であるように、第1場、第2場、第3場っていう風にわかりやすく進行していかないお芝居だし、空間も抽象的だし。その変わり具合を把握して、自分たちで推進力を持って向かい合わないと場面が進んでいかないんです。だからセットではなくて自分たちが見ている景色、つまりお客様の目には実際に見えているものではない、ただ感じている空気感みたいなものをみんなで共有して進めていくことがまずはすごく大事だし、一番難しい。ここが、今回の作品の肝だなと私は思っているんですよね。でも、まだそこからイオカステを演じるところにうまく繋がっていけてない気もしていて。普段、俳優と役とがある瞬間に地続きになることがあるんです、別の人物なんだけど自分のようでもあるように感じられる瞬間がある、というか。それを、舞台上でお客様に目撃していただく面白さみたいなところまで行けたら楽しいだろうな、と思っているんですけどね……。まだ、ちょっとその日は遠いです。新しい表現ができそうだな、とも思ってはいるんですけど。今はいろいろなことを探しながら、ただいま格闘中です。
――稽古場で串田さんに言われて、特に印象深かった言葉とは?
大空 今回の稽古場ではないんですが、以前、初めて立ち稽古でやってみて、意外とすんなり、できちゃったことがあって。そうしたら串田さんに「最初にうまくできたことって、あとで怖いからね」って言われたんです。その時から、なんだか自分の中にその言葉が残っていて。
――トラウマというわけではないでしょうけど(笑)、ちょっと引っかかる言葉ですね。
大空 ホント、いまだに引っかかっています(笑)。串田さんはよく「迷子になるほうが面白い」ともおっしゃるんですが、私は結構怖がりなほうなので「うまくいったらいいな」と思ってしまいがちなんですよ。だけど、あの言葉を聞いてからは、いい意味で「最初からうまくできなくてもいいや」と思えるようになりましたし、いろいろとトライしてみることも「別に失敗しても大丈夫だ」と思えると、何度でも挑戦しやすくなりますし。失敗しちゃいけないと思うとつい固まってしまうけれど、おかげで幅広く挑戦ができるようになった気がします。
十二夜 同じようなことですけど、僕は今回の稽古場では「稽古なんだから、ちゃんと失敗して」って言われました。「ネジを最初から締めないで」とも言ってましたね。「だけどそのネジは緩めてある状態ではなくて。緩めようとはせずに、締めようとして!」みたいな(笑)。
――難しいですね(笑)。
十二夜 余白を残さないといけないんだけれど、その余白の残し方が難しい。それって何なんだろうと聞いたら、おそらくセンスとしか言われないんじゃないかなと思うんです。だから、自分で見つけていくしかないんでしょうけど。そこが楽しみでもあり難しいところなので、今回の稽古では一番そこに重点を置いています。
――共演者の顔ぶれについては、どんな座組でどんな雰囲気なのでしょうか。
大空 世代の幅がすごく広いんです。なんだか、各世代の代表がバランス良くいるみたいな感じ(笑)。アプローチの仕方も、見事なほどみんな違うし。今回は、串田さんの作品の音楽を何度も手掛けられているDr.kyOnさんも俳優として舞台上にいらっしゃるんですけど、まるで違う匂いを持ち込んできてくれているようなパワーをすごく感じます。あと大森さんは串田さんの思考をとても理解されているので、そういう意味ではとても私は頼もしいなと思っています。
十二夜 確かに世代の幅はすごく広いんですけど、でもみなさん、先輩方が見た目も喋り方もすごくお若いじゃないですか。僕が小さい時にイメージしていた60~80代とは全然違うんで、感覚がおかしくなりそうなんですけど(笑)。もちろん喧嘩することなんかないですけど、ぶつかり合ったりもしますし。あれっ、今さっきまで話が噛み合ってたと思ってたのに、急に会話が止まったぞ、ってなったりすることもある(笑)。この小さい稽古場の空間に、ひとつの社会が生まれている感覚にもなるのでとても面白いです。
――そして今回はすみだパークシアター倉、という初めての場所での上演となります。これまでともちょっと違う劇場空間になるのかなと想像しますが。
十二夜 僕がお客さんとしてシアター倉で何本か芝居を観劇した時は、なんだかふらっと入ってきたらすごいものを観ちゃった、みたいな感覚になれたというか。「よし、観劇するぞ!」と意気込んで観るという感じじゃなかったんです。入口にカフェがあり、すぐ近くに川があって空気が良くて。終演後も、外に出ればすぐそこに公園と川があって、いい風に吹かれている気分になれますしね。しかもここらへんは道路が広いから、少し外国にいるような感覚も味わえる。
大空 私さっき、たまたま劇場の扉が開いていたから、チラッと中を覗いたところだったんですけどね。倉庫の扉ってすごく重いから、ガシャーンって閉まると、その中は重めな空気にもなるし、いい意味での閉塞感、異世界感も出そうだし、新しい世界が作れそうだなと思っていました。その上で、さっきジュニ(十二夜)が言ったみたいにふらっと立ち寄れる雰囲気もあるからいいですよね。今までの劇場空間とも、またちょっと違うものが生まれそうな…。場所の空気感は作品に影響を与えてくれるだろうし。そこにお客さんが入ると、またさらに変化しそう。毎回そういう部分はありますが、今回はより一層、稽古期間が終わって劇場に入った時に、グッと作品のムードも変わるんじゃないかなという気がします。
――今回の稽古、そして本番に向けての一番の楽しみはなんですか?
十二夜 前回の『夏至夢』の時はライブ感をすごく感じる作品だったのですが、今回ももしかしたらそうなりそうで。何が起こるかわからないから、僕としてはある意味では恐怖でもありますけど(笑)。だけど、本番直前は「うわ、怖いな~、イヤだな~」って思ったりもするんだけど、芝居が終わると「早く明日になってほしいな」って思っている自分もいて。そういうライブならではの緊張感、スリルをもっと欲しくなってくるような、疼くような感覚もあり、それを味わえるのが今回の楽しみでもあります。
大空 今回、音楽が意外にたくさん使われていて。『オイディプス』だ、ギリシャ悲劇だと思って観に来られた場合、ちょっと想像していないようなことを目撃していただけるかもしれないな、と思っているんです。今はとにかく初日のお客様の反応が、ものすごく楽しみなんですよ。
――ぜひ、お客様に向けてのお誘いのメッセージもいただきたいのですが。
十二夜 ストーリーとしてはすごくシンプルなので、だからこそ自由に観られる作品でもあると思います。それこそ余白がいっぱいあって、ネジが締まりきっていないので自由度も高いような(笑)。『オイディプス』とかギリシャ悲劇とか言われるとちょっとお堅いイメージがあるかもしれませんが、今回は決してお堅い感じではなくもうちょっとカラッとした印象の作品になっていると思います。どうか構えずに、足を運んでみていただきたいです。
大空 これまでさまざまな演出でいろいろな劇場で上演されている作品で、その全部を私も観てきたわけではないのですが、だけどきっと今まで観たことのない、新しい『オイディプス』になると思います。演劇にあまり馴染みのない方にはハードルを感じたり、古典で難しいんじゃないかと思われる方も多いでしょうけれど、私たちはとても独創的に作っていますので、観る側もそれぞれ独創的に観て解釈していただいていいと思うんです。何を、どのように楽しむかは本当にそれぞれの自由ですから、とにかく難しく考えずに来ていただけたら。今の時代はいろいろと情報が溢れていますし、出かけて行かなくても、気軽にあらゆるエンターテインメントを観ることができるんですが、その日、その狭い空間でしか観られないものがきっとあると思います。ぜひ、気軽に観にいらしてほしいですね。
取材・文 田中里津子
撮影:Akio Kushida