「そのいのち」佐藤二朗インタビュー

佐藤二朗が手掛ける応援歌「そのいのち」
負は生きる燃料に変えられるということを、祈るような気持ちで信じている

映像や舞台、バラエティー番組などで八面六臂に活躍する佐藤二朗。彼が全公演で作・演出を担当し、主宰を務める演劇ユニット「ちからわざ」の第13回公演「そのいのち」が上演される。佐藤が12年ぶりに戯曲を書き下ろし、主演するのは、宮沢りえ×佐藤という、ワクワクする組み合わせだ。登場人物は介護ヘルパーとして働く山田(宮沢)と、彼女の雇い主で障がいのある花(佳山明、上甲にかのダブルキャスト)と、その夫・和清(佐藤)。穏やかだった3人の関係が、あることをきっかけに狂い始めていく。「持つ者」と「持たざる者」の間にある埋めようのない溝をあぶり出すという。佐藤に作品や、書くことの源について聞いた。

――12年ぶりの新作戯曲です

ちからわざは今まで自分のポケットマネーでやっていて、色々大変だったんです。今回、過去に一緒にお仕事をして、僕の脚本を気に入ってくれている関西テレビのプロデューサーが、「好きに書いていい。金はカンテレが出す」と言ってくれたので(笑)、それならと思って好きに書いたんです。

その時に妻から、ミュージシャンの中村佳穂さんの「そのいのち」というすごい楽曲があるよと言われて、聴いてみたらガーンときた。歌詞に特に意味はないんですよ。そこがまたいいんです。決して、歌詞にインスパイアされたとか、物語のヒントを得たとかではなく、単純にこの歌が流れる物語を書きたいと思ったんです。そこで、何を書こうかなとなった時に、優生思想といわれるものについて書きたいなと。中村さんの楽曲の歌詞に「いけいけいきとしGO GO」というのがあるんですよ。これって色んな解釈ができるんですけど、生のあるものすべてに対する応援歌みたいなニュアンスがあると思って。その辺がリンクしたんです。

――佐藤さんにとって書くことは、演じることとは「別腹」だそうですね。それは役者を始められた時からでしょうか

いやいや、演じる欲求は子どもの時からあったんですけど、書く欲求はもっと後ですね。徐々に高まっていったという感じ。徐々に徐々に自分の中に出てきているという感じですね。

――書きたいことはたくさんあるのでしょうか

そうですね。まだまだありますし、毎回、「いや俺、よくこんな面白いものが書けたな」と思うんですよ(笑)。自己肯定感はものすごく高いんで(笑)。

――今回は書き上げるのにどのぐらいかかったのですか

3カ月ぐらいですね。

――宮沢さんが、その脚本を読んで「そそられる」と言い、佐藤さんはその言葉を聞いて、「役者として信頼できる」と思ったそうですね。役者として宮沢さんのすごいところは?

りえちゃんが主演した映画「紙の月」を見たんですが、なんて抑圧されるのが似合う女優だろうと思って。だけど、内にはマグマのように熱いものを抱えているのが似合う。僕が書いた主人公の女性と同じタイプで、演じてもらうなら、りえちゃんがいいなぁと思ったんです。

――なるほど、マグマのような…

手垢のついた言葉ですけど。

――ちからわざで2009年に初演され、佐藤さんが監督・脚本を手掛けて映画になった「はるヲうるひと」を拝見して、佐藤さんをはじめ、山田孝之さんや、仲里依紗さん、坂井真紀さんらの今までやったことのないような役、見たことのないような演技で驚いたのですが、今回、宮沢さんにもそれが期待できるのでしょうか

りえちゃんと先日、一緒に「さんまのまんま」に出たんですが、「脚本も今まで読んだことのないような本で、役も今まで私がやったことのないような役です」と言っていました。それはうれしいですよね。

――佐藤さんは今回、動物ライターの和清を演じられますが、それも今までやったことのないような役になるのですか

うん。まぁ、どうかな…。そうなるかもしれませんね。あるドラマのプロデューサーが、「反省しなくてはいけないけど、例えば、口うるさくて面白いおばちゃん役となったら、この俳優。その人にはずっとそれをあてがう。本当は力ある俳優さんは色んな役ができるのにね」と言っていたんです。本当にその通りで、俳優は色んなことができるはず。だから「はるヲうるひと」は、皆、前のめりで参加してくれたし、りえちゃんも、そういう意味でも「そそられます」と言ったんじゃないかな。

――佐藤さんは、シリアスもコメディも同じ延長線上にあると

同じ、地平にあるです。

――すみません。それは、突き詰めたら同じということでしょうか

そういうことかもしれないですね。少なくとも演じる方として、どっちが好きとか、どっちがどうのこうのとかはないです。全く同じように一生懸命やるというか、なるべく本当のことをやる。まぁ、作品によりますけどね。

――東京で宮沢さんと行った会見では、「負を力に変えることが生きることだ」とおっしゃっていました

まぁね、そう信じたいんです。

――かっこいい言葉だなと思いました

そうですか?

――はい。私は、生きることって何なのかいまだに分からなくて

私も分かりません。負は大なり小なり皆、抱えているじゃないですか。それはたぶん、取り除かれることはきっとないんですね。ないんで、だったらせめて、生きる力にすべきだと。言葉だけ格好つけると、命を燃やす燃料にする。そうしないと救われないじゃないですか。僕は今、55歳ですが、今でもそれを信じられている。負は生きる燃料に変えられるということを祈るような気持ちで信じているので、それが書く時の源だったりしますね。

――それは若いころからそう考えていたのですか

いやー、若いころは何も考えてなかったですね(笑)。でも20代でリクルートに入社して一日で辞めたりとか、色々と失敗していくうちにですね。昔からよく「ケガの功名」と言うじゃないですか。明らかに悪いことなんだけど、それによって、何かができたりする。例えば、舞台の製作をやっている僕の知り合いが、製作の直前に盲腸炎で入院して、仕事を降りざるを得なかった。皆に迷惑かけるから悪いことですよね。その人はその年におみくじを二回引いて、二回とも凶だったらしいですよ(笑)。でも盲腸になったから、タバコを止められたんですよ。今もタバコは一切やっていない。これでもし、彼女が長生きしたらどう思います?盲腸になって製作を降りたという、一見、負のようなことが良かったことになる。こういうことの繰り返しが生きることなんじゃないかなと思いますね。

――そうですね。今、何かあっても長い目で見ないと分からないですものね。自分の中に確固としたテーマがあるから、作品に自然に出てくるということでしょうか

テーマにはなってないんですが、心血を注いで書けるということですね。

――「そのいのち」は賛否両論分かれる作品になりそうだと関係者の方が言っていました

そうでしょうね。「はるヲうるひと」の時も、これは女性が見たら怒る、胸糞が悪くなるという意見もありましたよ。僕としては最後まで見ていただければ分かるんですが、応援歌のつもりで書きました。もちろん、女性を蔑視しているわけではない。ただ、作家が登場人物に言わせていることが、作家の考えだと思われたら困るんですよね。そんなことはもちろんないから。「はるヲうるひと」で、僕が女郎役の坂井真紀ちゃんの頭を引っつかんで、放送禁止用語を言うシーンがあるんですが、プロデューサーから、「ちょっと、この言葉は」と言われたんですね。でも、「どうしても言わせてくれ」と。僕が言うんですが、僕がそう思ってあんな行動を取っているわけじゃない。思いきりアンチの存在によって、言いたいことが浮き彫りになることはあると思うんです。

そういう意味でも、今回は人によっては、「はーっ」となる可能性はありますね。でも、最後まで見ていただければ。僕なりの人間への応援歌のつもりで書いています。

――それは楽しみですね。花を演じる、佳山明さん、上甲にかさんのダブルキャストも注目です

「負を力にすることが生きることで、書くことの源」とさっき言いましたが、それをこの目で見てみたい。だから健常者ではなく、障がいのあるお二方に役をお願いしました。

――なかなか舞台で、障がいのある役者さんの芝居を見られることは少ないですね

まだまだ、ハードルが高いですね。

――お二人がどう佐藤さんと宮沢さんの芝居に反応していくか期待です。最後にメッセージをお願いします

これはこういうもんだ、ああいうもんだというものをなるべく崩したいと、本を書く時でも、芝居を書く時でも思っています。そんな感じで来てください(笑)。

取材・文 米満ゆう子