稲垣吾郎が、ライフワークともいえるベートーヴェン役に
4度目の挑戦を果たす!
ベートーヴェンの生涯最後の交響曲、第9番ニ短調。日本ではいわゆる“第九”として広い世代から愛され、特に第四楽章にある合唱『歓喜の歌』を歌ったり、聴きに行ったりすることは年末の恒例行事ともなっているほど。その“第九”がいかなる状況で生まれたのか、そして“楽聖”と呼ばれる偉大な音楽家、ベートーヴェンとはどういう人物だったのか……?ひとりの天才と、その周囲の人々の姿がドラマティックに描かれていく舞台、それが『No.9』だ。
2015年の初演以降、2018年、2020年と上演を重ね、4年ぶり、4度目のベートーヴェン役を務めるのは、稲垣吾郎。
ナイーヴでエキセントリックな孤高の天才を、ある時は感情を爆発させ、ある時は静謐な表情と存在感とで丁寧に表現していく。共演には、そのベートーヴェンを秘書として支えるマリア役でこの作品には3度目の参加となる剛力彩芽や、片桐仁、岡田義徳、深見元基、奥貫薫、羽場裕一、長谷川初範らが続投するほか、新たに南沢奈央、崎山つばさ、中尾暢樹、松田佳央理らが座組に加わることになった。また、演出の白井晃、脚本の中島かずき、音楽監督の三宅純とは、『サンソン ールイ16世の首を刎ねた男ー』(2021年、2023年)でもタッグを組んできた相性の良い顔合わせ。この『No.9』でも引き続き、息の合った作品づくりが成されるはずだ。
波乱万丈のベートーヴェンの半生を、熱量の高い演技で魅せる稲垣に、作品への想いを語ってもらった。
――4年ぶり4度目の『No.9』となりますが、またこの作品を演じられることが決まった時の心境はいかがでしたか?
やはり、嬉しかったです。もちろんこの作品、この役をずっと演じ続けていきたいということは、僕もこれまで何度も言ってきましたけれども、ここ数年はコロナ禍があったりして、前回の『No.9』は2020年から2021年にかけてだったので、なんとか千穐楽まで完走することができましたけど。
――ウィーン公演をやる予定だったのに、中止になったのは残念でしたね
そうなんです。しかも、その後2021年に同じく白井晃さん演出、中島かずきさん脚本の『サンソン』という舞台の初演があったんですが、それもまさにコロナの影響で公演が途中で中止せざるを得なくなってしまい。それを先にリベンジした流れで、『No.9』がこのタイミングになったといういきさつですね。だけど前回から3年、時が経ったことでまた新鮮な気持ちで取り組めそうな気もしています。キャストも少し変わりますしね。キャスト1人変わるだけでも、音楽1曲変わるだけでも、舞台というのはガラリと雰囲気が変化しますから。そう考えると、鮮度を保ちながら新しい気持ちで演じることができそうで、今はそれがすごく楽しみです。
――誰もが知る偉大な音楽家、ベートーヴェンを演じるにあたっての想いは。この作品ではちょっとというか、かなりエキセントリックな存在として描かれていますけれども
ベートーヴェンといっても作品によって、解釈によって、描かれ方もそれぞれですし、正解というものはわからないんですけどね。ただこれは中島さんの書かれた本で、白井さんが演出する劇の中での人物で、そのラインに沿って演じる僕なりのベートーヴェンにはなってしまうわけですが。ある程度、自分に引き寄せながら演じているところもありますし、演じても演じてもつかみきれない役でもありますけど、心から楽しみながら演じていることは確かです。3年ぶりぐらいに改めて台本を読み返したのですが、心臓をドキドキさせて心拍数を上げながら喋っている場面でのセリフは、まさにその状況にしないと感覚が呼び覚ませないと思って、ランニングマシーンで走りながら台本を読んだりして。
――物理的に心臓をドキドキさせて?(笑)
そうそう(笑)。静かに椅子に座って読んでも、物語の世界には没入できてもその場面の心情があまり蘇って来なかったんですよ。その感覚を取り戻すためにトレッドミルで走りながら台詞を叫んでみたら、ちょっと感覚が呼び覚まされてきました。自分の中にはないくらいにとてもエキセントリックな、感情の起伏の激しい人間ですからね。僕自身はどちらかというと、静かに穏やかに生きていきたいと思っているほうなので。
――まるで、逆ですね
逆なんですよ。でも自分の中にはないからこそ、演じていて面白いんです。とはいえ、実は自分の中にある部分も……。
――もしかしたら、ある?
ありますね、きっと。最近、自分も自分のことをよくわかってないんだなと思うことが多いので。
――でも、だからこそライフワークにしたいと思うくらいに愛着のある役なんですね
だって既に90回以上もやっていて、だから今回どこかで100公演を迎えるんですけど。そうやって自分なりに作ってきたベートーヴェンを、ただただお客さんに最後まで観ていただいて喜んでいただきたいというのが結局は大切なところなんですけどね。だから、あまり役にナルシスティックにこだわり過ぎてもいけないかなと思いつつ、でもこだわるのも大切かと思ったり、それでも頭でっかちにはならないようにしたいですし。やはり、最後に『第九』を聴いて感動していただきたいという、その気持ちがやはり一番大きいかな。でもホント、考えると100回ってすごいですよね。俳優の仕事でも、なかなか経験できないことだと思います。当然もっと公演数やられている大先輩方も大勢いますけれども。同じ演目をやり続けると飽きてしまう方もいますけど、僕の場合はやってもやっても完成できない感覚になるタイプみたいです。もちろん毎回一生懸命に向き合ってはいますけど、時代が変わってお客さんも変われば作品もまた新しくなっていくので。僕も、若い時からいろいろなジャンルの仕事をさせていただいていますし、いろいろな役を演じて来ましたが、舞台に関してはちょっとしたルーティンワーク的な作品をやり続けてみるのもいいかなと思っているんですよね。
――そこまで長く付き合えるというのは、たとえばどういうところに強く魅力を感じられているのでしょうか?
それはやはり、ベートーヴェンの音楽があまりにも偉大だからかな。作曲家としてのベートーヴェンの、人物としての魅力もありますが、彼が作り出した音楽の素晴らしさ。みなさん『第九』のことは知っていると思いますけど、それをもっともっと伝えたいという気持ちがあります。あとはもちろん、ベートーヴェンのキャラクターもすごく好きです。人間臭くて。さっきつかみどころがないとは言いましたが、意外にわかりやすいチャーミングさもあるんです。だって普通は人間って、あそこまでむき出しにはなれないですよ。いろいろなエピソードがありますけど、とにかく何に対しても全力で裏がない。人間関係も、女性に対しても、家族に対しても。もちろん音楽に対してが一番そうなんですが。正直過ぎるがゆえに、他人から誤解されてしまったり偏屈に思われることもあると思うんですよね。あんな風に生きれたらいいだろうなと、自分も思う時があります。まあ、ベートーヴェンが本当はどういう人だったのかはわからないですけどね。エピソードによって、人格がいろいろ想像できるから。若い時は社交的だったのに、難聴が進むとそれを知られたくなくて人付き合いが悪くなり、誤解されるようになっていった。そこから生まれる苦しみは、我々には理解できませんしね。もしもずっと健康だったら、バランス感覚のいい社交的な穏やかな人だったのかもしれないし。とはいえ魅力的な人物ではあって、とても親近感があります。自分と双子のように感じたりもする。そんな風に思うのもおこがましいですが、偉大だしものすごく大きな人なのに、とても身近にも思えるんですよ。でも、そのくらいに自分で思い込めないと演じられないですよね(笑)。
――白井晃さんとは『No.9』では4度目の顔合わせですし、『サンソン』でもご一緒されていて。演出をつけていただく際の楽しさや、白井さんご自身の印象などもお伺いしたいのですが
白井さんとご一緒するのは、ものすごく楽しいですよ。自分だったら諦めてしまうようなことを、何が何でも諦めない人ですしね、白井さんは。そこは本当に徹底しているので、あのエネルギーにはいつも影響されています。ある意味、白井さん自身がベートーヴェンみたいな人ですから。止まることがなくて、一度も休憩せずにずっと走り続けている。もし止まったら、動かなくなっちゃうんじゃないかなって思うくらい。この芝居だって90回以上やっていても、さらにもっと進化していこうと言ってくださって。これだけ何度も上演すれば、ある程度は完成されているものなのに、それでも毎回毎回、ここを変えたほうがいいと思えばあえて一度壊して再構築しようとするのも、すごい勇気だなと思うし。でも、そうやって引っ張ってくれるから作品もどんどん進化するし、鮮度も保てるんでしょうね。もう、頭が上がりませんよ(笑)。カンパニーのみんなも、白井さんのことが大好きで、あの一体感もすごく心地いいですし。
――ちょっと、稲垣さんと白井さんの雰囲気って似ているような気もしますが(笑)
それは光栄ですけど、どうでしょうね(笑)。だって、白井さんの本当のところはわからないから。あまり深くまで入り込むのは失礼だろうし、僕もそういう距離感は大切にしたいと思うほうなのでね。関係性が浅いとか深いとかの問題ではなく、お仕事をする人間として入り込んではいけないところって絶対あると思うので。でも、白井さんもそういう感覚を持つ方のような気がします。そういう意味では、もしかしたら白井さんと僕は似ているのかも。ひとつのものを磨き続けて、終わりのない旅をしているというところも含め、共通部分は多いかもしれません。
――今回の共演者についてもお聞きしておきたいのですが
新しく参加される方もいますから稽古場の空気も変わるでしょうし、さまざまな感覚がリセットできそうでとても楽しみです。南沢奈央さんは出演されている舞台を拝見していますし、崎山つばさくんとは『サンソン』でもご一緒していますし。久々の再会となる剛力彩芽さんも今回3回目で、マリアという役が共演するたびに深みを増してきているのを感じていますしね。また片桐仁くんは僕のお友達として、ラジオとかにもよく来てくれていますから引き続き安心です。
――そうなんですね。公演以外でもお付き合いが続いている?
いえ、別にプライベートで付き合いがあるわけではないですけど(笑)。でも、いてくれるとすごくホッとできるんですよ。二幕の頭では、片桐仁くんと一緒に登場することになるんですが、僕がちょっと疲れている時は必ず声をかけてくれるんです。「ゴローさん、大丈夫?疲れてるでしょ?」って。その気遣いに、いつも元気をもらっています。この新鮮な座組で、パワーアップした『No.9』をお届けいたしますので、ぜひともこの年末年始に楽しんでいただければと思います!
取材・文/田中里津子
撮影/武田敏将